桃瀬海様 『More red!』
(あれ、フランソワーズ。それどうしたんだ?) (ああ、これ?この色私にはちょっと合わなかったの。お店では良く見えたんだけど今使ったらあんまり・・・。だからどうしようかしら、と思ってね。でも捨てるのは勿体なくて) (ふーん・・・。なら、それオレに頂戴) その日、深夜にシャワーを終えたアルベルトは自分の部屋で思いもよらない光景を目にした。始めて見るその様に瞬きを忘れて髪から滴る水滴を拭き取ることもせず、ドアノブを握り締めたまま立ちすくむ。 「遅かったな」 ジェットの声で我に返ったものの、言葉が依然として出ない。 アルベルトの視線に気付いて得意そうに笑う。 「綺麗だろ?コレ」 そう言いながら椅子に腰掛けたまま長い足の片方を彼に差し出す。そこには赤い色が足の爪を染め上げていた。 「マニキュアか・・・?」 辛うじて出た声は掠れている。 「違う。これは足にするから”ペディキュア”って言うんだぜ」 「何故、そんなものを」 アルベルトの質問を無視する形でジェットは足をするりと引っ込めて座り直すともう一方のまだ何も塗られていない足を高く折り曲げ、椅子の淵に踵をかける。次に先ほどから机上にあったマニキュアを手にして塗り始めた。 それを見ながらアルベルトがドアを閉める。 ジェットが変に手馴れた仕草で爪先にのせていく色彩は赤い。 だが、赤と一言で括るには余りにも深く澱んでいた。それは実験の時や戦いの時に見る血の飛沫に。そして夜毎、自分がジェットの肌につける紅い痕にも酷似している。 それを連想させるジェットの紅い足先を凝視する内に気が変になりそうな自分に対して自嘲的な笑いがアルベルトの中に込み上げてきた。 そして無言で彼に近寄ると未だに足にペディキュアを施しているジェットからマニキュアを取り上げる。突然の事に訳が判らずに相手の顔を見るジェットに何も言葉を返さずアルベルトは彼の足元に跪いた。 「・・・?、何だ?」 今度はアルベルトがジェットの問いかけを無視する。そして、彼から奪ったマニキュアでジェットのまだ途中までしか赤色に染まっていない足の爪を自らの膝上に乗せてまるで傅くように塗り始めた。 ジェットが言葉にならない驚きの声を零す。まさか、彼が自分の足にペディキュアをしてくれるとは想像もしていなかった。だが几帳面な彼らしく、始めての割には綺麗にジェットの大きくて形の良い爪に次々と赤の色彩を埋めていく。 数分もしない内に、ジェットの両足の爪は綺麗な深紅の色に染まっていた。アルベルトがマニキュアのキャップを閉めて床に置き、視線をゆっくりと上に移動させて見据えた先には、ジェットが足を椅子から下ろして真っ直ぐに伸ばしてるのが目に入る。 ジェットの身につけている物といえば、素肌にグレーのボクサーショーツのみ。すらりと伸びる脚の先に咲いた紅が白い肌に映えていた。 この姿を見て理性を保てる方がどうかしている。とアルベルトは思う。 腕を動かし、彼の脚をそのまま持ち上げて甲に唇を寄せた。舌を這わせればジェットは、小さく身体を震わせて彼から離れようと足を引っ込める。だがそれを逃さず右手で捉えるとそのまま強引にベッドに連れて行く。この急展開にジェットが抗議の声を彼に投げつけた。 それに対してアルベルトは聞こえない振りをしたまま上に覆い被さる。 「突然、何すんだよ」 「お前が誘ったんだ」 短く呟いて軽く口付けをすればジェットがニヤリと笑った。 その笑みにやはり自分は誘われていたのだ、とアルベルトは確信する。 何に誘われたのだろう。 ジェット自身に? それとも彼の爪に纏わりつく赤に? 血に良く似たその色に? いずれにしろ誘われて捉えられたのは自分に他ならない。 やられたな、ともう一度アルベルトは自嘲すると組み敷いた相手の身体を深く抱き込む。 窓の外では真っ赤な月が闇に浮かんでいた。 |
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