宮杉野由様 『DRASTIC HOLIDAY・WONDERFUL DAY 』



大した用事もないけど、私はジェットと出かけていた。
朝からいい天気だったし、一日中家にいるなんて勿体無いわ。
それに、買ったばかりの服を着たかったから。
おろしたての服って、何か特別な時に着たいものでしょ?
ジェットと二人だけで出かけるなら、十分特別に値するもの。
あの独占欲の強いドイツ人のせいで、ジェットと二人きりになれる機会はめっきり減った。
だから、これは久しぶりの“デート”だわ。

第一世代サイボーグの中でも、取り分け私とジェットの仲は親密なもの。
あの男が現れる前から、ずっと私とジェットは一緒に居た。
それなのに、突然あのドイツ人が現れて、私のかわいいジェットを横から遠慮も無くかっさらっていったのよ!!
ジェットが少しでも嫌がる素振りを見せてたら、あの男は今頃この世にはいないわね。
ジェットを悲しませるモノは徹底的に排除もしくは抹殺!
それぐらい私はジェットを大切にしてた。
ううん、今でも老若男女関係なくジェットに変な虫がつかないように守ってる。
勿論、この子の負担にならないように陰でね。

ショーウィンドウに映る私達を横目で見る。
自分で言うのも何だけど、なかなかお似合いの絵になる二人だと思うわ。
つい含み笑い。
「フラン?」
「何でもないわ」
私はジェットにニッコリと微笑んで見せた。
不思議そうな顔でジェットが私を見てる。
「あ、分かった!これ見てたんだろ?」
ジェットがさっきまで私が見ていたショーウィンドウに駆け寄った。
私はジェットが指差しているショーウィンドウの中を見た。
…ウェディングドレス?
気付かなかったわ。
私が見てたのはショーウィンドウの中じゃなくて、そこに映る私達だったから。
「隠さなくていいんだぜ?」
ジェットが得意そうに笑ってる。
その笑顔が本当に楽しそうだから、そういうことにしておくわ。
私もジェットと並んでショーウィンドウの前に立った。
「やっぱ、フランもこういうのに憧れるんだ?」
「あら、ジェット?何が言いたいの?」
慌ててジェットがフルフルと首を横に振った。
ほんとに分かりやすい子だわ。
良く言えば純粋、悪く言えば単純。
でも、そんなこの子がかわいくてならない私も…問題よね。
「行くわよ、ジェット」
先に歩き出した私をジェットが慌てて追いかけてくる。
まるで小犬みたいね。
ジェットを動物に例えるなら仔猫だけど、こんな姿を見せられると小犬を連想してしまう。
あんまり急ぐと転ぶわよ、って言いかけてやめた。
「お茶にしましょう?」
追いついたジェットに私は言った。

休みの日ということもあって、街は賑わっていた。
どこかカフェにでも入ろうと思ってたけど、どこも混んでいて結局歩き通し。
疲れてないけど、せっかく二人きりなんだからゆっくり向き合って話をしたいわ。
そう思ってたら、ジェットが声を上げた。
「な、フラン、あそこなら空いてそうだぜ?」
ジェットが見つけたコーヒーショップ。
空いてるわけじゃないけど、まだマシ。
ちょっと騒がしいけど、まぁいいわ。

私達は店へ入った。
快適というにはちょっと肌寒いぐらい空調のきいた店内で、当然の様に禁煙席に座る。
季節のミルクレープとモカ・カルーア。
「あら?」
ジェットの持ってきたトレーの上にも同じものが乗ってる。
「あ、同じだ」
ジェットの驚いた瞳。
別々に注文したのに同じ物を選んでたことが可笑しくて、私達は笑った。
外でこうやって話すのは日常とは違う新鮮さがあるのよね。
やってることはいつもと変わらないのに、二人で遠出をして場所が家から店に変わっただけで特別な感じがする。
ジェットの何気ないおしゃべりを聞きながら、ふと、出掛けに見たあの男の悔しそうな顔を思い出した。
今頃、家では残されたあのドイツ人が苛々しながらバカみたいにタバコを吸ってることでしょうね。
でも、ジェットがアナタより私を選んだんだから、しょうがないわよねぇ?
アナタは自分しか知らないジェットの顔があるって思ってるみたいだけど、残念だったわね。
こんな風に、全面的な信頼を滲ませて屈託無く笑うジェットを見たことある?
「フラン?」
「何、ジェット?」
いけない、ちょっとだけ意識が違う方向に向いてたわ。
この子はこういうことにはすごく敏感。
「ちゃんと聞いてたわ」
手を伸ばして、私はジェットの頭を撫でた。
ほにゃっとジェットが顔を綻ばせて笑った。
子ども扱いされるのは嫌いだけど、こうやって頭を撫でられるのは嫌いじゃないのよね。
「うん、別に何でもないぜ」
ジェットが一息ついてモカ・カルーアを飲んだ。

ガタンと私達の席のすぐ横に椅子が寄せられた。
ジェットが驚いて、音のした方を見た。
ニコニコ笑いながら一人の男が背もたれに腕をかけてこっちを見てる。
ニヤニヤとでも言うべきかしらね…?
「二人?」
第一声がこれ、ということは…次に言われる言葉は決まってるわね。
顔は、そこそこカッコイイ部類に入るわ。
まぁ、よほど自分の容姿に自信が無けりゃ私達に声をかけるはずがない。
「さっきからカワイイなぁって思って見てたんだ」
ほら来た。
でも、男と女が向き合って座ってるんだから、デート中なんだって気付きなさいよ。
「今からヒマなら一緒に遊ばない?」
バレバレの下心。
私がお持ち帰りされるとでも思ったのかしら。
「名前は?」
チラッとその男に一瞥をくれてやる。
あら?
「……オレっ!?」
男が見てたのは私じゃなくてジェット!?
相変わらずニヤニヤ笑いながら、男がジェットに頷いて見せた。
つまり、女の私を差し置いて男のジェットに声をかけたってこと。
ジェット自身も驚いたみたい。
そりゃそうよ、驚くわ。
私だって驚いた、びっくりしたわ。
「フ、フラン…!?」
ジェットがハッとしたような顔で私を見た。
そりゃそうよね、ジェットにしてみれば、まさか…って感じよね。
でも、ジェットの可愛らしさが万国共通であることが証明された瞬間でもあるわね。
ジェットはかわいい。
今更私が保証しなくても、周知の事実だわ。
だけど、男。
スラリとした細い体をしてるけど、身長だって高いし決して華奢じゃない。
赤みがかった茶色い髪も、白い肌もつい触りたくなるぐらい魅力的だけど…ジェットは男。
おかしいわね…どうして、女の私を差し置いてジェットなのかしら?
ジェットを見初めたまでは趣味がいいと言えるけど、私が眼中にないようじゃまだまだね。
それとも、そーゆー嗜好のオニーサンかしら?
「フランっていうの?お姉さん?」
勝手に話を進めないで!!
確かに私とジェットは姉弟みたいに…いえ、それ以上に仲がいいから、お姉さんって言ったことは許してあげる。
でも、それとこれとは話は別だわ。
でも変ね、声をかけられなかったことに対して怒りとかは湧いてこない。
女としてのプライドを傷つけられたとも思わない。
やっぱり、これがジェットだったからかしら?
あぁ、違う、そうよ、今の問題はそこじゃない!
ジェットが困ってる。
今はそんなことを考えてる場合じゃない、このニヤケた男からジェットを守ることの方が大事だわ。
「ちょっと、あなた!」
私は気を取り直して、男を見据えた。
「よーく見なさいよ、この子は男よ?」
ジェットを指してキッパリと言い切った。
「え…?姉妹か何かじゃねーの…?」
男のうろたえように、私とジェットは同時に噴き出した。
店内に声が響くのも気に留めず、大声で笑ってやった。
「せっかく声をかけたのに残念だったわね」
笑いすぎて目じりに溜まった涙を拭いながら、最後に一言。
ナンパに失敗した無様な男を見送りながら、私とジェットはまだ笑い続けていた。

「驚いた…」
ひとしきり笑ったあと、ジェットが呟いた。
「ほんと、びっくりしたわ」
ミルクレープをフォークで一口切り分ける。
今は空いた隣の席へ視線を移す。
「トラウマになるわね、カワイソウに」
「何てったって、男をナンパしちまったんだからな」
あー驚いた、とジェットがもう一度呟いた。
そして、思い出したようにジェットもミルクレープを食べ始める。
「オレさ、はじめアイツが声かけたのフランだと思った」
「あら?私だって、そう思ったわよ」
ジェットがフォークを置いて、食べるのをやめた。
真剣な顔で私を見た。
「オレさ…フランに声かけるなんて許せねーって、追い払ってやるって思ったのに…オレの方見てるからどうしようかと思った」
私は頬杖をついてジェットを見つめた。
「そのさ…フランだから別に気にしてないと思うけどさ……その、こういうのも変だけど…フランの方がキレイだからな!!」
一生懸命フォローしてくれるジェット。
私なら大丈夫、気にしてるのはジェットの方よ。
「知ってるわよ?」
そう言った私に、ジェットはほっとした表情を浮かべた。
「それにしても、アイツ見る目ねーな」
「あながち、そうでもないわよ」
きょとんとしたジェットの顔。
「ん?どういうこと?」
クスッと笑って、私は指を伸ばしてジェットの頬を突付いた。
「教えてあげない」
さらに追求したそうな顔してたジェットだったけど、諦めたみたいに天井に向かってフゥとため息をついた。
「フランが笑ってくれるならいいや」
ほんと、この子はかわいいことを言ってくれる。

「ねぇ、ジェット」
最後の一口を頬張ったジェット。
「今日のこと、ハインリヒには内緒よ」
「え?何で?」
分かってないわね。
二人だけの秘密にしたいからに決まってるじゃない。
だけど、これはジェットには伝えない。
「だって、ナンパされたーなんて言ったら、あの心配性のハインリヒのことよ?もう二度と私と二人で外出させてくれなくなるかもしれないわ」
まぁ、これも本音といえば本音だわ。
心配性というより過保護なのよ、あのドイツ人は。
「あ、そっか!」
でも、ジェットは私の建前を信じて納得してくれた。
「…でも、そうかなぁ……?」
モカ・カルーアを飲みながらジェットが首を傾げた。
「ハイン、そんな度量の狭いヤツか…?」
そうなのよ!
ジェットに悟らせまいと巧妙に隠してるけど、内心嫉妬をメラメラ燃やしてるムッツリスケベなのよ!
「ジェット」
確認するみたいにニッコリと笑いかける。
ジェットは、少し考えた後コクリと頷いた。

空調のききすぎた店内から出ると、外の空気は暑く感じられる。
「なぁ、フラン」
「何?」
やけに真面目な顔をしてジェットが私を見つめてきた。
じっと見つめたあと、ふいに視線を外した。
「今度、変なヤツが声かけてきても…今度はオレが守るからな」
照れたジェットの頬が赤く染まった。
「ありがとう、ジェット」
だけど、私はジェットに守られるほど弱くないわ。
もちろん、ジェットだって私に守られなきゃならないほど弱くない。
つまり…同じ気持ちでいるのよね、私達。
賑わう通りを歩いてデートを再開。
さっきの言葉も、ハインリヒになんか教えてあげない。
いつもジェットを独り占めするんだから、これぐらいの意趣返しは許される範囲よね。





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