桃瀬海様 『うつくしい身体』



 何でもない日の午後に突然、アルベルトはオレを軽く抱えるとバスルームへ連れて行く。それまで椅子で雑誌を読んでいたオレは吃驚してされるがままだった。が、とりあえず訊いてみる。
 「なぁ、何するんだよ」
 「黙ってろ」
 オレをバスタブの淵に座らせると、靴下を脱がせて、素足にして。それからボディソープを泡立てて、オレの足を洗い始めた。指先1本1本撫でるように、優しく洗ってマッサージする。噴射口のところは自然な動きで洗うのをなるべく避けて足全体を丁寧に丁寧に泡だらけにしていく。まるで童話で聞いたシンデレラの足でも触るみたいに。オレの足を洗うアルベルトの顔はどこか穏やかで、見ているとやっぱりコイツってカッコイイんだな、と思って胸がドキドキしてしまう。片方の足も終えて、もう一方の足も洗うと、シャワーで素早く泡を流す。そしていつの間にか用意していたタオルで万遍なく水分をふき取ると、またオレを抱きかかえて、今度はカウチソファの上に降ろした。
 やっぱり何考えてるかわからねぇ。
 「アル?」
 「変なことはしない」
 答えになっているような、なっていないような返事が返ってきた。別に変なことされてもオレはいいんだけど。黙ってそのまま寝そべると、アルベルトは自分の部屋にいったん引っ込んでまた出てきた。何か小さな袋を抱えている。そこから、小瓶のようなものを2本取り出して、次にはコットンを出してきた。そしてまたオレの足元に腰を下ろして、右の足首を掴んだ。
 「まあ、ちょっとした遊びみたいなものだ」
 アルベルトはそう言うと、小瓶の1つを手にして蓋を捻る。簡単に蓋が外れた、と思っていたらすぐに爪に冷たい感覚が宿る。
 「わっ」
 オレが慌てて起きると「コラ、ちゃんと塗れないだろ」と少し不満そうに言われる。何だよ、それ。アルベルトの言葉を無視して自分の足先を見ると、赤い色が親指についていた。
 「何だよ、コレ」
 「マニキュアだ」
 「いや、それは分かってる。オレが言いたいのは何でこんなことしてんだってことだよ」
 「昨日の夜、ふと目を覚ましたらお前の足が見えたんだ」
 アルベルトは脈絡の無い返事を言いながらも作業を再開した。オレの足の指先が1本、1本、鮮やかな赤に染まっていく。
 「その時、お前の足をきれいだと思ったんだ」
 「なっ」
 そんなことない。とオレは咄嗟に言いかけて止めた。オレの足は改造だらけで決して綺麗な形ではない。ぱっと見たら綺麗なのかもしれないが人工皮膚一枚下は見るのもおぞましいコードや機械部品でいっぱいなのだ。脚部を重点的に開発されているオレの中身はアルベルトの脚部より奇妙な中身をしていると言っても過言ではない。だから、人から足を見られるのが嫌だった。この皮膚の中を見られるようで嫌だった。でも、それを改めて自分から否定するのはやっぱり辛い。
 それでも何か言い返してやろうと思って相手を睨んだが、アルベルトは目元に柔らかい表情をのせてその先を喋り始めた。
 「夜中にお前の白い足が見えて、思わず触った。いつもお前は足を人に触れられるのを嫌うだろう?でも触らずにはいられなかった」
 だって、こんなに綺麗な足だってことに俺は今まで気づけなかったんだから。
 アルベルトの続けた言葉にオレは返す言葉を一瞬にして見出せなくなった。この足が、こんな足が、きれい?
 「冗談だろ」
 「嘘じゃない」
 そう言ってアルベルトは、オレの足に口付けした。そこから淡く熱が広がるのを感じる。
 「やめろって、くすぐったいって」
 思わず身を捩じらせたらその隙に素早くアルベルトが股を割って身体を入れてきた。
 「お前はお前が卑下するよりも、ずっと綺麗な身体を持っているんだぞ」
 鼻が触れるくらいの近さで目を見て言われると、やっぱり相手がかっこよくて、おまけに言われている言葉も嬉しすぎて胸の中で心臓がすごい速さで音を鳴らしているのが聞こえる。
 「じゃあ、改めて確かめてみるか?こんな明るいうちだからオレの足、もっとよく見えるからドン引きかもしれないぜ?」
 「そんなことはない。もっと綺麗に見えるさ」
 その言葉が終わった瞬間、唇を奪われて、ソファに沈んでいく。



 やっぱり変なこと、するんじゃないか。
 思いながら自分の足先を見ると、両足とも爪が真っ赤になっていた。

 この足を見る度に今度は嬉しくなる、少しだけそう思ってしまった。





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