営みの終わりに



「実藤っ!! 実藤〜」



 産まれた時の名前は、伊集市哉。
 死ぬ時の名前は、実藤寿一郎。
 名前は分かっているけれども、自分が何者なのかはわからないまま歳だけ重ねた。
 もうすぐ死ぬであろう今ですら分からないままだ。
 母親が死んだあの夜の出来事すら、今更なのだが本当なのか分からない。
 ただ、愛していた。
 母を、母の強さと美しさを愛していた。自慢の母親だった。
 多忙な中、自分に愛情を注いでくれていたことは幼いながらも理解していた。
 母親が世界のほとんどを占めていたといっても過言ではなかった。
 それが突然失われた。喪失感は半端ないものがあった。
 でも、もう昔のこと過ぎて細かな忘れてしまった。
 だから、母親を欲して蘇らせたかった。ただ、そのヒトカケラだけが残ってしまったのかもしれない。
 でも、大人になってからは気付いてしまった。もう、母親はどうしても蘇ることはないということに、いくらオキナガだといっても、骨となった母親を蘇えさせる術などないことを。
 それなのに、自分は茜丸と共に、蘇らせる為の儀式を続けた。
 どうしてだ。
 と、問われても答えられない。
 何故、あのような残虐なことをしたのだと言われても、答えなど持ってはいない。答えられない。
 分からないのだ。
 自分がどうして、そんなことをしてしまったのか理解できない。
 理解できないからこそ、ここに来た。
 もう自分が長く生きられないことは医者から告知されていた。
 正直になりたかったわけでもない。
 ある意味、自分は正直、いや欲したものに対して結構正直に生きていたような気もする。
 黙って口を拭って墓場まで持って行ってもよかったのかもしれない。
 でも、自分は出来なかった。
 タクサンの失われた命の結末だけはつけなければど、彼等に対しても、自分に対しても、実藤であり続けることが出来ないのだと、知っていたから、竹ノ内に手紙を書いた。
 自分の知り得る全てを感情を交えず。淡々と事実だけを綴ったつもりだ。
 母親の遺骨。
どうでもよかったわけではない。
按察使薫子の元で働き始めたのも、遺骨を探す目的もあったが、日々の雑事に追われて、結局見つけられないまま今日が来た。見付けてしまったら、終わってしまうかもしれないと恐れていた。
 そう、敢えて言えば、彼等が、按察使文庫に集う人々が好きだからだ。
 あの空間を構築する一つのパーツである実藤という人物でいることが、とても好きだった、心地よかった。
 だから、実藤であり続けたかったからかもしれない。
『お母さん。僕は愛されたかったし、必要とされたかったんですよ』
 それが、あの茜丸であったとしても、按察使薫子だったとしても、ただ僕という人間を必要として欲しかった。
 茜丸も市哉を欲していた。理由は分からないが、彼は彼なりの愛情を自分に与えてくれていたことは理解していた。
按察使薫子も、自分を必要としてくれていた。
二人とも、会ったその時から何の衒いもなく自分に手を差し伸べてくれた。
どちらを選べといわれても自分はきっと選べない。だから、これで、好いのだと思う。
いい加減で、始末もつけずに、強引に終わらせてしまうことに聊かの罪悪感がないわけではないが、甘えさせてもらってもきっと彼等は許してくれるだろう。
苦しいけれども、気分は悪くない。
もうすぐ、終わる。
さようならだ。
皆さん、大好きでしたよ。
実藤の唇が、僅かにそう動いた。
しかし、誰もそれには気付いてはいない。

 お母さん……、おかあさん。





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The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/11/08