久山けふ様 『禍福は折り曲げしフォー チュン・クッキーの如く1 』
「はあん?一体どういう代物だよ、その"CHOP SUEY"とかいうのは?」 「なんだよ、本家チャイナフードの店に勤めてるアンタが知らねえのか?俺の国の店じゃどこでも大抵だしてた食いモンだぜ。安くて食いでもあってよ」 「知らねえも何も、そんなバスタブみたいな名の…ええと、”チョプ・シー”だっけか?」 「”チャプスイ”!」 「…ますますもって、水張った盥みてえな名前だな」 まったく。齢四十五というこの歳になるまでの年月分だけはそこそこ、種々雑多有象無象な人物輩には会ってきたと自負出来る俺ことグレート=ブリテンではありまするが。 もしも知る限りの最も詳しいジャンクフードの生き字引を同じ英語圏内で挙げろといわれたら、多分にたった今、目の前でらしくもないエプロン姿とそれ以上にらしくもない勤勉さでもってせっせと円卓磨きに精を出している赤毛の十八才ヤンキー青年をおいて他にはないと思われるのは、果たして有難き人脈と言える事柄でありましょうや。 「そっちではメジャーでも本家本元にある料理とは限らんだろう。どこの国の原産だろうが、いざ輸入したらしといたで、何であろうと途端に珍妙に加工しまくる傾向にあるからなお前さんのお国は。ありゃいつだったか、ニューヨークの歴としたスシバーでもって、生れて初めて、カリフォルニア産米でアボガド包んだあの物体を立派な日本料理の一種だとか胸張って出された時には、味はともかくまったくもってその深淵なる大国の包容力には驚嘆させていただきましたがね俺としても」 「うっせーな。あんなに旨いカリフォルニアロール捕まえといて珍妙はねーだろ珍妙は。とにかくチャプスイてのはな、その日店で余った色んな野菜だか肉だかを全部鍋にぶちこんでだ」 「なんだ。要は残り物で拵えた八宝菜か」 「違うって。それでスープなんか甘酸っぱくてトロ?っとしててな」 「てことは酢豚か」 「だから違うんだってば。聞けよちったあ人の話。で、一番旨い食べ方ってのが、熱々のそいつライスにぶっかけて、全部ぐしゃぐしゃってスプーンでかき混ぜて…」 「とどのつまりは箸の要らねえ中華丼だな」 「ダァ?!だ?か?ら?そうじゃないってえの!!」 半ば冷やかしがてらに入れていた茶々だったのだが、卓上を拭いていた筈の向こうさんの布巾はついに勢い良くほうり投げられるや、哀れあさっての方向にすっ飛んでいった。堪りかねたらしく、向き直って反駁しかけてくるのに対し、 「ほれ、判ったからそこで手を休めなさんな。言っとくけどな、ここの共同経営者兼実質オーナー殿はああ見えて店の運営面に関してだきゃあ、自分にも厳しければ従業員にもそれ以上にお厳しいと来てる御仁だぜ」 「誰が人使い荒い言うてはルかね」 「…そら来た」 「ちぇっ」 口調こそ温和でも態度は怖い。そんなこの店の最高実力者、即ち張張湖飯店店主の御登場ともなれば、たちどころに足並みそろえたように首も竦まり、お互い己の仕事へと殊勝に立ち戻るって寸法だ。 「グレート、それ終ったら野菜洗い待っていることヨ」 「わっかりましたよ、大人。ホント、一旦遣う側の立場となると容赦しねえんだからなお前さんは」 「何か言わはったカ?」 「いいえいいえ、滅相もございませんで」 普段は鷹揚と陽気な笑みを口元に絶やさないこの中国人も、自分の店の中、それも夕刻かきいれ時の直前ともなれば、短躯に太鼓腹なコック姿も途端に一国一城の主としてそれなりの堂々たる威厳と風格に満ちて見えてくるから逆らいようもないってものだ。 もっとも。その有無を言わさぬ迫力と権威の最大要因はといえばやはり、のそりと厨房から出てきながらも未だに青竜刀よろしく片手に携えたままな、どでかい中華包丁に寄るところが大なのは確かだが。 「ジェット、あそこのテーブルがまだ片づいてないのことヨ。それと後、鍋磨きもお願いネ」 「はいはい、りょーかいっと。っと…あのさ。念の為、改めて言っとくけど。今日の俺、アンタじゃなくてあくまでも一応はグレートへの為ってことで来てるんだけど?」 「目的がどうあろうとする仕事が同じなら、それにかける努力は同じネ。そもそもオマはんがグレートに何ごとか厄介かける羽目になったらグレートが快く一肌脱いでくれたってのが人の道なら、その代りに今度グレートが手伝え言った事には骨身惜しまず御恩返しするのもまた人の道」 それが癖で、フンと勢い良く鼻を鳴らしながら、 「『人ノ食ヲ食セシ者ハ人ノ事ニ死ス』即ち、人から恩を分け与えられた者はそれに報いる為には死をも覚悟、てコレ中国に昔々から伝わてる諺ヨ」 「おいおい。いくらなんでも、そりゃちょいと穏やかならざる例えだな」 伝統に基づく演技派たる古典衒学趣味は俺の独壇場かとばかり思っていたら、時にはやけに大げさな格言持ちだすもんだねえこの中華な親爺さんも。 「俺はただ、この前ちっとやらかさせて頂いた野暮な協力に、ジェットが仕事手伝いたいってんで今日一日やって貰ってるだけなんだがね」 なにね。なんで本日の張張湖飯店がこういう就職状況になっているのかと問われましては、それもこれもの発端はつい先日、とある事情でとあるお二人さんにつきましての取り持ち役が必要てな事態が起こった際に(それまた何があったかって?ま、それはまた別のお話ってことでひとつ)、この迷優グレート=ブリテン氏が久々に変装させていただいた上での即興芝居をやらかせていただいたてな事情がこの前ありましたってだけで。 白状すっと、その純粋義侠的にも見えたであろう行動の根っこには、ここぞ三文役者の腕の見せ所ってな俺自身のプライドも多少は所以にあったてのも、完全には否めないこった。 「別にそんな、何も命まで賭けてもらうような貸し作ったってえ気はさらさらないぜ」 「大げさ違うネ。大体人たる者、人の為に働くからにはそれくらいの気構えもって…」 「とにかくさー。ここの店、作ること出来ねえの?その、チャプスイ」 ??話聞いちゃねえのはどっちもどっちじゃねえのかい。なあジェット坊や。 などと、俺が口差し挟む前に、 「チャプスイ?」 何がどうしたってのか店主殿。団子っ鼻の向こうに鎮座まします奥目をぱちくりと瞬かせたかと思えば、 「ああ。ひょっとして”李鴻章雑砕”のことカ」 いきなり事も無げに、やけに長たらしくも格調ありげな名を出してきやがった。 「あ゛あ?知ってるのか張大人?」 「てか、なんなんだよ!ンなやたらとご立派そうな名前の料理!?」 「立派も立派、由緒正しい料理アル。その昔、清朝の高官だった李鴻章が外交でアメリカ行った時、連日連夜の宴会料理に飽きて或る日出た高級食材の残り物全部一緒にして家庭料理の雑炊作らせて食べた、それが”李鴻章雑砕”の由来ネ。正式に作ろう思ったら超一流宴会の後でしか出来ない、ホントにホントの純然たる、手間かかる高級料理の一種ヨ」 「そら見ろ!だーれだよまるきし人間の食いモンじゃねえ呼ばわりしやがったのわあ!」 「誰もそこまで言ってないだろうが」 こうなると途端、意気揚々と偉そうに肩にがっしり手を回してくる奴に、何もそこまで勝ち誇ることも無かろうと少々辟易しながらこちらから言い返し終えるまでもなく、 「でも多分、ジェットの言ってる”チャプスイ”はきっと別物ネ。今のアメリカで出してるアレは所詮、こっちで言えば亜流の八宝菜アル」 「あ…」 「そうですかい…っと、こらジェット。こんな所で俺を巻き添えにするない」 すかさず付け加えられた端的にも辛辣な張大人のコメントに、ジェットがガクリと肩を落とした……のはいいが、悪いことに二人して肩を組んだままの姿勢でそれをやってくれやがる。 お陰で必然的にこちらまでバランスを崩しかけたのを、何とか持ち直そうと四苦八苦している所へもって、からりとごく控えめな音と共に店の入り口が開く音が聞こえた気がした。 と、 「どちらさんかネ?済まないけどちょいとまだ準備中なので開店まではも少し待って貰うヨロシ…」 めざとく張大人の言いかけた言葉を、 「あれ?ハインリヒ?」 次いでにめざといジェットの素っ頓狂な呼びかけが遮った。 わたわたと、腕のこんがらがったまま何とか建て直そうとしていた体勢からしてはちゃんと相手を見間違えなかったのは、こいつの妙な器用どころというやら、やはり対象が対象だけにと言うやら。 「何だよお。アンタ、確か昼からコズミ博士んちにイゴだかショーギだかに誘われて行ってたんじゃなかったのか」 「??向こうに急なお客が来たんでな。早めにお暇させて頂く次第となったんで帰る途中に立ち寄ってみたんだが」 ぼそりとそう告げながら、ロングコートを纏った銀髪のドイツ人は入ってきて数歩の位置で足を止めた。 そろそろ茜を帯び始めた秋の日差しを背に受けて、背筋を伸ばし立つこの男の身を覆っているものはと言えば相も変わらず暗色系で統一されたハイネックに皮手袋ときている。 およそ隙を見せない例によってのその私服姿は、陽光の中ではさしずめひと足早めに訪れし冬の使者といった趣も無きにしもあらずだが、なにぶん日没とともに寒さの目立つこの時期の気候だ。周囲の自然環境とさほど違和感も感じさせないという意味では彼にとっては幸いな季節であり、時間帯ってところかもな。 「準備中だったか」 買物でもしてきた帰りなのか紙袋を小脇に挟みながら、ちらりと周囲に一瞥の視線を投げ掛けての言葉が続く。 佇むその面持ちにはやや所在なげにも思える感はあったが、そこはそれ、サービス業のプロたる張張湖のおわします所。短躯の中国人に手際よく片隅のテーブルに席を用意されるに及んでは、低い声で礼を言いつつひとまず腰を下ろす。 その間にも、 「言ってくれりゃ迎えに行ったのによ…て、あゴメン。俺今、グレートへのご恩返しで仕事中だった」 「仕事中なら仕事中でそれらしくしなはレ。二人してその格好されたまんまだと説得力に欠けるネ」 「悪りい悪りい」 言いつつ殆ど気にしてない風情で傍らからぶんぶんと手を振っている青年の相好は、さきほどから一向に嬉しげな様子を隠そうともしない。 まあ…あれだ。単なる馬鹿と決めつけるのも確かに容易な、その行動パターンではあるのだが。 それにしても、およそ企まず至近距離から眺める形となったこのお子様の横顔はと言えばまるで無邪気そのものといった愛嬌すらあり、どことなく憎めず??というか。 はっきりいって、概ねにおいて何につけ相当たるすれからしっぷりを見せてくる癖、時折ひょいと覗かせるこういった落差が年上から見れば『可愛い』と危うく思えなくもない……のが、恐らくは永らくの間悪ガキとして此の世を渡ってきているこいつの得なポイントなのだろう。 難を言えばただひとつ。十分に腕のほどけないまま、つまりは依然と体躯をひっつけたまま大きく腕を振られてる分、こっちの体までがくがく揺らされ続けている只今の現状だけは、如何せんとも閉口する点であるが。 「なあジェット。挨拶はともかく、手ほどいてからにしてくれないか」 「あー悪りい悪りい」 能天気に同じ科白を繰返しつつ、ようやくひょろりと長い腕を振りほどく。 が、つとそこで何かに思い当たったようにその首は傾げられた。 「アレ?でも、俺今日こっち来てるってのアンタに言ってなかったよな。てこた…」 「たまたま前を通り掛かったついでだ。どういう風の吹き回しか知らんが、まさか珍しくもお前がそんな格好している所に出会うとはな」 「『珍しくも』ってどういう意味だよ。…てか、へへっ。結構似合うだろコレ?バイト用の服がないつったら、グレートが貸してくれたんだ」 ひらひらと前掛けを揺らしてつつ、やけに勿体ぶって目くばせしてくる得意げな顔には、こちらも思わず笑いを誘われる??やはり、こういう所が可愛くないと言えば嘘になるか。 「こうして見ると案外と合うもんなんだな、俺とアンタの服のサイズって。背広とか、そのうち着回しできたりなんかして」 「お古で悪いが間に合って良かったよ。後あるユニフォームといや張張湖用のになるが、何せ奴さんのは、縦にも横にも少々特注品なもんでね」 「…従業員諸君。どうもさっきから無駄口ばかり聞こえてはるヨ」 「「へいへい」」 言われて異口同音にいそいそと再び仕事に戻りかける輩、約二名。 と、それを見越したのか、 「邪魔したな」 ハインリヒがおもむろに席を立とうとしたが、 「構へん構へん。まだお客さん入れるには少し時間あるシ。折角来たのだから茶の一杯ぐらい、飲んでいきなはレ」 いとも気さくに笑いかけながら、湯のみを彼の前にコトリと置く張張湖。 おやおや。 この分だとこいつもこいつなりに、この物騒な外見に似合わず何とも恋愛方面には不器用な御仁を応援してるってことなのかね。 但しそのやけに福々しくもニコヤカな笑顔を見ていると、相棒たる者、もしも万が一にも奴さんが次の瞬間、要らん御世話を??それこそ今度滋養強壮の薬膳料理でも作ってやろうかなどと??言い出しそうな気配でも見せたら、即座にどてッ腹抓ってでも阻止する心構えだけはしとかにゃならぬ所でもあるのだが。 え?何がまずいって? そりゃね。仲間たる者の身としては、誰かさんと誰かさんが仲悪いってよりゃ良くしてるって方が、よっぽど良いに決まってる。決まっている以上、それを無闇につついてケチつけようってな卑しい根性は、こちらとて毛頭にございませんとも。…しかれども、だ。 いくら二人揃っての最古参ペア、即ちつきあってた期間は群を抜いて長い間柄とは言えども。 年齢もさることながらこれだけ生まれ育ち性格趣味その他諸々格差大アリ、かてて加えて最大障害は何はさておきよりにもよって、何でか御互い同性同士ってなお二方が恋仲だ。 こんな、世にも無愛想な朴念仁氏と鳥頭な坊やが何故にどうして何とやらと考えれば、なれ初め及びその発展過程につきましては、誰しも興味が沸かないと言えば嘘になるのだろうが、如何せんにもダンナがダンナときておられる。 結果。いくら仲間内大多数から見てジョーとフランソワーズのカップル並かそれ以上に最早『バレバレ』な関係になっている二人であろうとも。当事者達にとっては未だトップシークレット扱いなつもりらしいその件につきましては、直接本人に尋ねてみようってな勇者は俺のみならず今現在のメンバー中誰ひとりとして現れず(というより寧ろ、現れないよう牽制しあっている状態というか)というのが、思いやりに溢れるゼロゼロナンバーサイボーグ諸君の、心温まる現況の交流事情ではある。 …と、余計な感慨を巡らせている所にもってきて、 「じゃあさ。アレはどうなんだよ。”フォーチュン・クッキー”」 それなりに仕事に励みながらもこの坊やときた日には。 手を休めないまでも、またしても、口では突飛に話題を持ちだしてきてくれた。 「アレも、中国の方じゃやんねえモノなのか?」 「そうネ。それそのものは、ワイの国には無い風習ネ」 「楽しいのになあ。ケータリングのオマケについてくるクッキー割ったら紙切れ出てきてさ。今日のラッキーナンバーとか、運勢とか、なんか勿体ぶった御言葉とか書いてるのを見るの、俺小っさい時、チャイナフード食うたびに楽しみにしてたんだぜ」 「ああ。そういや我がイギリスにも、似たような風習があったがね」 「え、ホントか」 「物はクッキーじゃなくてクリスマスプディングだけどな。予めプディングの中に物を入れといて、切り分けた時に何が当たるかで、そいつの翌年の運勢を占うのさ。コインが当たると『金持ちになる』で、あとは確かボタンだと『独身で通す』で、指輪だと『結婚する相手が現れる』とか色々…」 「へえ!面白そうじゃんソレ!」 途端に、新しいゲームを見つけた悪戯っ子の表情と化したジェットが、活き活きと目を輝かせてこっちを見つめてくる。 「な!今度ギルモア邸に集まった時にでも、一度やってみねえかソレ?そのプディングっての、こっちでも作れるのかよ?材料とかは?作り方、フランソワーズとかに聞きゃ判るのかな?」 興味持ったとなるやいきなりまくし立ててくる質問の嵐に、 「おいおい、そう、話を急ぐなよ」 肩を竦めていなして見せる。 「さっきの李鴻章云々て名の料理じゃあないが、本格的に作ろうって場合はそれなりに手間も時間もかかる伝統的な家庭料理さ。モノによっちゃあ、一ヶ月以上かけて年末にようやく出来上がりって代物もある」 「え゛ー!?」 「何せ”クリスマス”プディングというくらいだからな。本当は半年くらい、じっくりと時間をかけて作ると、そりゃあ極上のが出来るんだがねえ」 「ンなに待てねーよっっ!」 憤然と言い返してくるその様は、放っておくとまさしくその場でじだんだ踏みそうな勢いで、 「冗談だよ。気が早いこったねえお前さんも大概に」 いやはや。まあその分、人懐っこくも快活な…というか言い方変えりゃ、『はっきり言って判りやすい』性格なのがこの坊やの気のおけない所だからな。 「フランソワーズが知らなくとも、レシピなんざ、調べりゃすぐに判るだろう。後は、お前さんからうまく彼女に頼むこったな」 「わーかってるって。な!そん時ゃ、アンタも来るよなハインリヒ!」 さも当然といった親しさで、振り返った。 筈。 だったの、だが。 「??さあな」 「へ?」 「都合がつけば行く。つけられるかどうか、まだ判らんが」 手元の茶を一息に飲み干したドイツ人から返ってきたのは、どういう訳か、常にも増して恐ろしく事務的にしてにべもないお返事で。 「……」 「………」 部外者二名分の呆気にとられたような沈黙の後、 「??なあ。ハインリヒ?」 ようやく、残る代表者一名が、遠慮がちなような声を出す。 それまで活き活きとしていたその表情はと言えば、笑みを引っ込めかけたまま完全に凍りついていた。 というより、その顔色からして、どちらかといえば今や引き攣りかけている段階といった方が相応しいかも知れないが。 「何、怒ってんだよ?」 「別に。いつも通りだが」 「嘘つけ。アンタが、ンなブスっとした顔で、ブスっとした事言う時ゃ、大抵怒ってる時じゃんか。なんか、気に障るようなことあったのかよ?」 「ブスっとしてるのは元からだ。俺は、お前さん達のお国にあるような風習も知らなけりゃ、お遊び如きで浮かれることが出来る程には、少々大人になりすぎているんでね」 「なコト言ったって??」 「大体、集まるにしてもそれまで日本に居るかどうかも判らないしな。どうせ、お呼びかかるこた何ごとも無いって時に、そんなにいつまでも居候で遊んでいられるってないいご身分でないのは、何もここにいる俺だけとは限らないんじゃないのか?」 「!?」 「ジェット。そうやって、ガキの顔していつまでも甘えて回るてのも結構な話だがな。お前も自分を一人前の奴だってなら、博士や、こっちにいるメンバーに厄介かけるような真似は大概にしとけ」 「な…っ!!」 本人の最も嫌うガキ呼ばわりを直にされたとあっては、やにわに言われた方の血相も変わる。 「んな言い方、ねえだろがッ!俺だってこの通り、ちゃんと働いて…」 「なあなあで許してもらっている限り、ガキはガキだろ」 「???てめぇッ!!」 「わ、うわ!?」 わちゃあ。とうとうこのジェット坊や、逆上の余り詰め寄ろうとしてきやがったよ。 しかも信じがたいことにはもう一人の御仁、席を立つどころか身じろぎもせず、座ったままそれを平然と眺めているような、いい根性ときたもんだ。 こうなると、仕事どころの話じゃねえ。必然、我を忘れたお子様を慌てて止めつつ宥め役にまわるのは、即ち張大人と俺の二人がかりという羽目とあいなり。 「ちょ、ちょいと!?だからどうして、そうもしょっちゅう、つまらんことばかりで喧嘩するのかネ、おまはんらハ!?」 「そうだぜ、な、ジェット。お前さんってやつは、今日一日、本当によくやってくれたよ。お陰で俺も張大人も助かったし、今まで手伝いを任せてるってこた、それだけでも一丁前だって、お前さんはもう認められてんだ。それを、ちょっとからかわれたくらいで、そんなに、ムキになる奴があるか」 「けどよお!」 「アルベルト、お前さんもお前さんだ。何もそう、なにもかも堅苦しく考えずにだね。童心に帰れとまでは言わんが、たまにはちったあ付合いってこって…」 「たまには?付合いで、ゲームに参加しろと?」 「そ、そういうこと??」 「参加しようにもな。生憎、話聞いてりゃこの身にゃ全部必要ない事柄の様だったんでね」 「は?」 「なんせ、俺も今はこんな身の上だ。これから先、それ程金持ちになりたいとも望んでいなけりゃ、独り身通す未来ですって占われようとどうって思うこともない。ましてや、あとのひとつは何だ?確か、『結婚』だったけか?」 そう言って。片肘ついた頬に浮かべたのはみるからに冷たく、乾いたせせら笑い。 「……あ」 「今更の話だ。俺には」 何もかも、と。 自嘲のような呟きをひとつ吐き捨てるや、音をたてて椅子は後ろへとひかれた。 「お、おいっ」 「アルベルト!」 「忙しい所邪魔したな」 そっけない挨拶とともに、椅子の背に掛かっていたコートの端がひらりと翻される。 宙を舞うまま器用に主に纏われた漆黒のその裾は、見計らったように丁度開店の時刻となった店のドアを擦り抜け、一顧だにすることなく外へ出ていった。 |
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