アイシテイルといえないで 『Romantic American(2002年1月20日発行)』より
「004……あっ…」 いつも何処か拗ねた子供ように上唇を尖らせている002の唇から甘い吐息が流れる。普段通りの二人で過ごす夜のはずであった。 こうして二人きりの夜を過ごすのは始めてではない。数えられないほどの時間と一緒の夜を過ごしてきた。肌を重ねる夜もあれば、なかなか酔えない酒を呑みながら朝を迎えた夜もある。 二人きりの時間が思う程にとれるわけではないけれども、二人きりでなくともいつも近くに004の気配を感じていた。それだけで、安心出来たし、まだ自分でいられる強さを自分自身が保持していられると自覚できる。 確かに最初に誘ったのは自分の方からだった。 NYの治安の良くない下町で娼婦の息子としてジェットは産まれた。12歳で母親を亡くし、彼が子供の頃は今のように福祉も充実しておらず、治安の悪い一角に溢れる親のない子供達に救いの手は差し伸べられなかった。生きて行く為に、少年ギャング団に入り、食べる為に母親と同じように躯を売ったこともある。 穢れているとか、汚れているとか思う暇も余裕もなかった日々、生きて行くのに必死で、でも、僅かでも心を許せる友もいた。そんな日常から、突然、切り離されて、目覚めてみれば、彼が生きていた時代は遥か過去と成り果てて、時間から取り残された存在だと知った時はかなり荒んでいた。 それをさり気に見守り、手を差し伸べてくれたのは、自分を乱暴に組み敷いている男だ。 「こんなんで、感じるのか?」 ドイツ語訛りの英語で、そう囁く声は明かに自分の痴態を揶揄する響きを含んでいた。 「あっ……はぁ……っん」 鼻から抜ける甘えた響きを持つ喘ぎに、彼が反応することも知っている。最初は自分から誘った関係だった。男同士のセックスを経験したことのない彼にその快楽を教えたのは自分だったはずだ。けれども、今は彼の齎す快楽に溺れている自分がいる。 普通のセックスでは物足りない。 この躯になってから幾度が女を抱いたが、虚しい感情だけに支配されて、淫乱で男を引き込み、商売の邪魔だと真夜中でもジェットを部屋から追い出した母親と女たちの顔が、何故かダブってしまう。生身の躯でいられた頃はそんなこと全く思わなかったが、今はどうしてもその思いから離れられない。 では、男に抱かれて歓ぶ自分は何だと自嘲するが、誰にもという訳ではない。男なら誰でも良かった母親とは違う。今の自分は、彼だからこそ自分の躯は反応するのだ。其処に本能だけではない愛情が介在する限り母親とは違うのだと、ジェットはそう自分に言聞かせている。 サイボーグとなり、皮膚も生身の頃とは違う。一見、全く違いは分からないが、自分の躯を覆っているのは人工皮膚である。生体機能はほぼ残っているから、セックスも可能だし、精巧な皮膚は快楽も感じることが出来るようになっている。 でも、彼の冷たい鋼鉄の指で嬲られなくては達することの出来ない躯になっている。特殊な合金で作られたマシンガンを内臓する彼の右手は冷たい感触とは裏腹にいつも優しく自分を快楽の淵にと追い詰めてくれる。 けれど、今日は違う。痛みを伴うほどに自分の肉棒を握り締められて、剥き出しの粘膜が擦れて痛みで気が遠くなりそうなほどに乱暴に攻める立てられることがが、決して嫌ではない。こうして感情を剥き出しにする彼を見ていたいし、欲しいと思う。 どんなに乱暴に扱われたとしても、普段、決して感情を面に表そうとはしない北欧の凍えた湖を連想させる深い灰色かがった蒼い瞳が、怒りや歓喜で彩られる様を見たいのだ。 彼は決して歓喜を面には見せない。自分の心の中にはそのような感情などないといっているかのように決してその影すら見させてはくれないが、それでも怒りという感情は間々垣間見せることがあった。 自分にだって、彼の怒りを引き出すことは出来る。 だから彼の心の傷である『ベルリンの壁』をたかが壁と笑って見せたのだ。アルベルトが恋人ヒルダと自由を夢見て、ベルリンの壁を越えようとしたのは衆知の事実だ。ベルリンの壁の崩壊はアルベルトにとっては非常に感慨深いものであり、壁を越えなければ今もヒルダと一緒に居られたかもしれないとの思いがなくはないのだろう。 自由を夢見た自分が恋人を殺してしまったという懺悔が彼に女性を敬遠させる。 人間であった頃のアルベルト・ハインリヒをヒルダと言う女にやってもいいが、004は自分のモノにしていたいと欲があるのだ。人間の感情を持ちながら人とは異質の存在。この哀しみと苦しみは同じ立場の者にしか理解は出来ない。過去は知らなくとも、今のアルベルトの哀しみを理解出来るのは自分だ。過去の死んだ恋人ではない。 彼の世で見ているかもしれない女に自分を乱暴に抱くアルベルトを見せてやりたいと思う。きっと、彼は決して乱暴には恋人を扱わなかったはずだ。でも、自分には怒りを露にして、その負の感情をぶつけて来る。 それが、ジェットには嬉しくてならない。 怒りのままに自分を抱いた後は、ぶっきらぼうにすまないと視線を合わせずに言うアルベルトが好きだ。 「お前は…いつも、俺が聞きたくない言葉を投げ掛ける。いっそ殺してやろうか」 昏い凍えた湖の蒼が、抜けるようなアメリカ西海岸の青さを映したようなジェットの瞳を射抜いた。 「いいぜ…。殺せよ」 ジェットは決して視線を逸らすことなくそう告げる。いつ殺されるか分からない身の上だ。BG団の連中に殺されるくらいなら、アルベルトの手で殺された方が余程マシというものだ。そうすれば、アルベルトはヒルダを忘れないように自分をも忘れないはずだ。 今のアルベルトを見ていればわかることだが、きっと彼は後悔に念ら打ちひしがれて、自分を死ぬまで責め続けるであろう。ひょっとしたら、自分の命を絶つに等しい行動をするかもしれない。そう考えるだけで、歓喜が躯の其処から湧き起こってくる。 自分の存在が彼の中でどのような形であったとしても大きなパーセンテージを占められるのならば、命すら捨てても構わないと思う。生きていても、彼になら何をされても許せてしまう。いや、こんな顔の彼を自分以外には見せたくはない。 自分以外には、あのポーカーフェイスの彼だけを見せればいいのだ。 彼に殺されて、その胸に死んで行くことは、今のジェットには至極魅力的な人生の幕引きの瞬間のように感じる。 「どうせ、地獄に堕ちるんだ。でも、その前に……天国を見せろよ」 そう誘いの言葉を口にする。 ジェットの強気の科白にアルベルトの瞳が怒りに燃える。 「てめぇ〜」 ジェットの肉茎を擦れるほどに激しくしごいていた手を離すと、膝の裏を持ち上げて解さずに強引に自分の剣で切り裂いた。 「うっ……あっ……っつう………ぁああっ!!」 痛みに耐え兼ねたようにジェットの獣じみた声が上がる。けれども、決して躯はアルベルトから逃れようとはしない。それどころか、彼の腰に足を絡めて、しどけなく肌蹴たシャッを纏わりつかせて、アルベルトの逞しい肩へ腕を伸ばして、口付けを強請る。 薄い感情のない唇に、舌を這わせて唇を合わせる。 痛みに耐える声を漏らしながらも、アルベルトが剣を突きいれたその場所は決して離そうとはせずに収縮を繰り返している。 「アル……ベルトぉ…」 抜けるような青い瞳からは涙が溢れている。サイボーグでも泣けるのだと知ったのは、彼とのセックスの最中だった。彼の腕の中で泣ける自分が嫌いではない。 彼が自分に『愛している』とその言葉を口にすることはないだろう。けれども、彼の腕に抱かれるのが今は自分だけなのだと、それだけでジェットは満足だった。 「どうして…てめぇは……」 最後の科白はドイツ語でジェットには何を言っているのか分からなかった。けれども、アルベルトの持つ哀しみが伝わってくる。悲哀を背負い、激しい感情を秘めたアルベルトが愛しい。人前で隠している激情を自分に向けてくれるそれだけで、心が歓喜に包まれる。 今まで出会ったどんな男達よりも男前で好ましいと思う。 彼に無茶苦茶にして欲しい。 愛していると言ってくれなくとも、いいのだ。ただ傍にいて彼の感情のままに自分を翻弄して快楽の底無し沼に引き摺り込んで欲しい。アルベルトに抱かれている時だけは全てを忘れられる。過去も未来も現在もなくそこに存在するのは、アルベルトに抱かれているという瞬間だけだ。 自分を抱く男に全ての感情も記憶も想いも囚われてしまうから、心の中は全てアルベルトのことだけで占められてしまう。 そして、自分は何よりもそのことを望んでいる。 「あっ……いいっ……」 鼻に掛かる甘えた声でアルベルトに感じていると、隠すことなく訴える。血が流れようと傷付こうとアルベルトが自分に感情をぶつけてくれるならそれだけで嬉しい。エゴでも、彼の心が傷付いても構わない。それで、自分を抱いてくれるなら、どんなにアルベルトの心を傷付けても決して後悔はしない。 彼が苦笑でも、自分に笑みを向けてくれるなら、無鉄砲な単細胞を演じ続けてもそれでいいのだ。 誰が何と思おうと、自分を嘲けようとそれでも良い。 それ程に、自分はアルベルトに恋をしている。 血で濡れた其処からくちゅくちゅと響く淫猥な音だけで、腰の奥が疼きもっとと、アルベルトを求めて無意識に腰を揺らめかせてしまうのだ。 テレビから流れるベートーベンの歓喜の歌と、それを取り囲むようなドイツ語の歓声がまるで遠くのざわめきのようにジェットには聞こえて来る。 アルベルトが今、故郷に起こった激動の渦に何を思うのか知りたくはない。 ただ、自分を抱くその腕が欲しい。 痛みと快楽で薄れいく意識の中で、ジェットは愛していると言う科白を呑み込んで、深くアルベルトを受け入れようとしっかりとその広い背中に腕を回して、誘いの科白を口にした。 |
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From 'Romantic American' of the issue 2002/01/20