Corrupt angel 『Corrupt angel(2003年2月2日発行)』より
『熱い』 ジェットはそう呟いて、冷蔵庫を開ける。 ギルモア邸の冷蔵庫は全員が集まった時や、非常時を想定して業務用冷蔵庫を使用しているのだ。中身を全て取り出せば、ジェットですらすっぽりと入ることが出来る大きさがある。 入ってしまいたい欲求を止めると、頭ごと突っ込んで、冷気を浴びるだけにしておくが少しはマシになったように感じられる。 そして冷やしてあったアイソトニック飲料を取り出すと、しぶしぶ冷蔵庫を閉めた。本当はもっとこの冷気を感じていたかったのだが、そういうわけにもいかない。 地下の研究所で日々、研究を重ねるギルモア博士の元に午前10時のコーヒーを届けたジョーが戻ってくる頃合いだ。ギルモア邸の台所を預かるジョーは同じ年頃の男とは思えぬ器用さで彼等にとっての安息の場を切り盛りしてくれている。冷蔵庫を開けっ放しにしていれば、何を言われるかわかったものではない。 冷蔵庫に凭れ掛かると冷蔵庫のモーター音が振動となって躯に伝わり、ジェットは思わずその振動に昨夜を思い出して飛びのくように離れた。誰が見ているわけでもないのに、頬を朱に染めて、甘やかな溜息を零す。 昨夜、恋人とのセックスのワンシーンを思い出しただけなのに、ジェットの股間は硬くなり始めていた。 木綿のシャツが素肌に触れる感触に粟立ち、アンダーシャツを身に着けていないが故に乳首を擦るシャツの質感が快楽として受け止められてしまう。こんな躯にしてしまったのは、恋人であった。 恋人の思惑通りに作り変えられる自分の躯がジェットは決して嫌ではない。むしろ、其処までの愛情を注いでくれることが酩酊感を覚えるほどに嬉しい。彼がいない場所であったとしても決して彼を忘れぬようにと施されている仕掛けに、躯が心が彼の存在を求めて乾きを訴えて来るのだ。 それを誤魔化すかのようにジェットはアイソトニック飲料のプルトップを引き、一気に半分程煽った。 ごくごくと液体が嚥下される音が響き、口の端から含み切れなかった液体がするりと咽元を伝って、シャツの中に落ちて行った。その冷たさにジェットは思わず、掲げていた缶を戻すと、キッチンの中央にあるステンレス製の配膳台の上にその缶を置いた。そして、第二ボタンから閉めていたシャツのボタンを外して、滴の行方を捜す、左の口の端から零れた液体は、胸元を通り抜けて、スラックスのウエスト部分に吸い込まれて止まっていた。 胸元に残る水滴を人差し指の腹で拭うと、ぺろりと朱い舌が舐める。 胸元を飾る鈍い金属が目に入ってジェットは、再び、頬に朱を散らせた。 それは、今朝、恋人が自分に施したモノであったのだ。自分が彼の元から離れられぬようにとその存在を縛るモノで、ジェットにしてみれば彼が自分に見せる独占欲の証であり、其処までに自分に執着してくれるその気持ちが嬉しくてならない。 その戒めを見詰めていると突然に背後から、声が掛かった。 「盛るんなら、自分の部屋で盛ってくんない?ここで、盛られたら邪魔なんだよ」 その声の持ち主は明らかに機嫌が悪い。 みんなの前では、優等生の振りをしているが、同じ年頃というのもあってジェットに対しては、彼のダークな部分を覗かせるのだ。何処か二人には恋愛に対して似た感覚を持っている部分があり、それが呼応するのかもしれない。 ジョーがジェットにフランクに接するようになったのは、アルベルトとの関係を知ってからであった。 コーヒーカップの二つ乗った盆を音を立てて、配膳台の上に置き、ジェットに向き直った。真正面から見詰めるその瞳は嫉妬でギラギラと輝いている。 「ホモの上に、マゾだなんてさ。そりぁ〜、誰か来ないかってスルのがいいんだろう」 フンと顎を上げて、挑戦的な台詞をジェットに投げかけた。でも、ジェットは小さく笑っただけで何も答えない。それが余計にジョーのささくれだった気持ちを逆撫ですることになる。 「ジェットって、淫乱なんだろう?だったら、僕の相手してくれたっていいんじゃない」 と強気な態度で配膳台を背後に立っているジェットを追い込んでいく。二人の股間が密着して、互いのモノの存在が感じられる。やや、半勃ちになったジェットをジョーは知覚して、けっと吐き捨てるように笑う。 「もう、勃ってるじゃん。ハインリヒに奉仕させてもらってんの思い出して…るの?ジェット。だったら、僕にも奉仕して、気持ちよくしてよ」 口唇は笑みの形を作っていても、目は決して笑ってはしなかった。ジェットに対する嫉妬の感情が痛烈に叩きつけられる。別にジョーはジェットやハインリヒに対して恋愛感情を持っているのではない。 両親を知らぬジョーにしてみれば、父親のような存在である神父は特別であった。その感情は時を経て変化していった。もちろん、肉体的な関係など存在しなかったのだが、孤児として育ったジョーの愛情の方向は何時の間にか歪んでしまっていたのだ。 その心の支えであった神父を失い、人ではなくなったジョーの前に現れたのがギルモアだったのだ。自分をサイボーグした張本人であるにも拘らず、神父と似た面を見出してジョーは簡単に恋に落ちた。 それは父親に向ける愛情ではなく明らかに肉欲を伴った愛情であった。 生身の頃は神父に抱かれる妄想をして、自らを慰めているうちにジョーは愛されているのだが、それは自分の寄せる愛情とは違うものであり、互いに好意があっても、そのズレている感覚がジョーを更にその恋に燃え立たせたのだ。 ギルモアに対しても同じで、抱かれることを妄想して日々、自らを慰める。決して、ギルモアが自分を抱くことはないと分かっていても、寄せる恋心に熱くなっていた。そうして自分を実らぬ恋に追い込むことにジョーは精神的な快楽を覚える性質なのだ。 一方ジェットは、雁字搦めに肉体も精神もアルベルトに拘束されることに、悦びを感じる。形は違ったとしても、恋愛に関しては被虐的な傾向に二人ともあったのだ。 それは無意識の部分で二人の距離を近くしていた。 けれども、触れてもらえるジェットに嫉妬がないわけではない。 触れて欲しいとの気持ちだけが、暴走することもあるのだ。 「オレ、アルに愛されてんだぜ。他のヤツにやられて気持ちいいかよ」 愛されている自信に満ちたジェットの台詞にジョーの怒りが更にヒートしていく。何故、自分は触れてもらえないのか。恋ではなくとも優しく触れて抱き寄せられたいのだ。肉欲が伴わなくとも、節くれだった器用な科学者の手であったとしても、ジョーと優しく名前を呼ばれて、抱き締められたい。 「ホモの上にマゾなヤツの気持ちは、僕にはわかんないけどね」 敢えて、ジェットを馬鹿にした台詞を吐き出すと、ジェットはにんまりと笑う。ジョーの荒れ狂う嫉妬心が嫌でも分かる。アルベルトに近寄る女達に自分が抱いた気持ちに近かったからだ。 「ジョー、オマエさ。ほんとにオレとしたいわけ?」 ジョーの神経を逆撫でするジェットの台詞にジョーの眦がきりりと上がる。 「ああ、この怒りのままにキミを惨く犯してみたいよ」 「かまわないぜ」 とジェットはあっさりとそう言って退ける。 それは自分の裸を見て、ジョーがその気になったらの話しだ。ジョーは愛することよりも、愛されることを望んでいる。でも、叶わないと知っているから、自分の中でバランスを保つ為に、尽くすことを悦びとしているのだと何処かで転化しているのだ。 ジェットは飛び上がるようにして、背後の配膳台に座ると大きく足を広げた。 そして、前のボタンを全て外したシャツを肩からするりと下ろすと、白いシャツよりも白い肌が露になる。見ろよと言わんばかり突き出した胸には二つ鈍く光る金属がついていた。 小さなクリップの形をしたものが乳首を挟んでいたのだ。 痛々しく摘まれた乳首は赤い、まるで熟れたトマトのようであり、シャツに摺られることによりボディクリップが動き痛みを感じることは、見ただけで分かる。 僅かに息を呑むジョーに構わずに、ジェットは更にベルトを緩めて、スラックスのジッパーを開ける。 ジェットは下着を着けていなかった。 半勃ちになったジェットのペニスが元気に顔を出すが、其処にはあるべきものの存在がなかったのだ。赤味の掛かった金髪の同じ色の恥毛があるはずなのに、そこには何もなかった。つるりとした子供の性器のようにジェットのペニスの全てが晒されている。 ジェットは自らのペニスの先端から零れようとしている透明な液体を人差し指の腹に付けると、まるでクリームのつまみ食いをした子供のようにチュッと音を立てて吸ってみせた。 これでは公共の場でトイレに入ることすら、誰かの前で裸になることすら出来ない。メンテナンスの時もどうするのだろうと、ジョーの中をそんな考えがまるで、つけっぱなしのテレビの音のように通り過ぎていった。 「これは、アルがオレの為に特別に作らせて、誕生日にプレゼントしてくれたんだぜ」 と自慢げに、半勃ちになったペニスを戒める金属を見せる。筒状の形をしていて、その金属は透かして彫られており、長さは5cm程であった。プラチナで作られたそれはには独りの天使が彫られている。 初めてアルベルトにそれをプレゼントされた時は、夢ではないかと幸せ過ぎて現実を疑ってしまったのだ。アルベルトに拘束されるということの象徴が其処にはあり、何よりもジェットはそれを望んでいたからだ。 それがジェットのペニスを根元から締め付けている。透かして彫られた部分からはジェットのペニスのピンク色が艶かしく覗き、時折、ひくついて、震えている。 これだけ戒められていたとしたら、半勃ちの状態ですら辛いであろう。 でも、自分が博士の研究に付き合って地下にいる間、自分のことを一瞬たりとも忘れないようにと施してくれたのだと、ジェットは自慢そうに自らに施された性具を余すことなくジョーに見せ付ける。 グロテスクであるにも拘らず、目の離せないジェットの裸体にジョーは戸惑っていた。 ただ、ジェットのあられもない姿をぼんやりと見ていただけだった。 「これでも、オレとする?」 幾度となく互いの恋愛絡みでこの手の危なっかしい言い争いはしたことがあるが、ジェットが自らの躯に施された愛の証を見せてくれるのは初めてであったのだ。 ジョーの中でぞくりと何かが音を立てる。 眠っていたはずの、封じていたはずの、黒くくすんだ何かが留めていた理性を外そうとしているのが分かった。 そっと手を伸ばして、ペニスリング触れる。 リングはジェットの体温で温かくなっている。それは、彼がこれを長い時間着けていることを示していた。ごくりと唾を飲み込んでジェットに何かを告げようとした。でも、上手く言葉にならなくて思考は逡巡してしまう。 ジェットの性具を見てジョーは確かに羨ましいと、心の何処かでそう思った。 肉体的に羨ましいのか、それとも精神的に羨ましいのか、両方なのか、違う感情なのか全くわからなかったが、自らも興奮して来る。そして、もっと聞きたいと思った。どうやってジェットを縛るのか、そしてジェットはその行為に対してどう思うのか、そんな感情が沸いてきて、先刻の嫉妬に塗れた感情は好奇心に負けて何処かに行ってしまった。 「ジェット…」 と、話しを続けようとする声と、それを中断させるような声。 「ジェットッ!!」 違う口調のジェットの名前を呼ぶ二つの声の一つは目の前のジョーの声で一つの声の主を辿ると其処には、ジェットの恋人であるアルベルトが不機嫌な表情を隠しもせずに立っていた。 アルベルトは視線だけでジェットに要求を伝えると、ジェットは頷いた。長い前髪がそれと同時にはらりと落ちてその表情を隠す。それを確認したアルベルトは、ジョーにちらりと見遣っただけで、声すらも掛けずに二人に背を向けて姿を消した。 ジェットはペニスリングに触れたままのジョーの手を外させると、ぴょんと配膳台から飛び降りる。その表情はジョーに見せたあの自慢気な表情は消えて、淫靡なフェロモンをその見える肌から漂わせていた。 ジッパーだけを閉めて、乱れた服装のまま後を追うようにキッチンから出て行こうとしたジェットをジョーが呼び止める。 「ジェット。行ったら何されるか分かって…」 それから先の台詞がジョーには綴れなかった。 鮮烈な二人の愛の証を見せられて、ジョーは何時にない戸惑と羨望を覚えていたのだ。 「分かってるよ。でも、それはオレが望んだことだ。お前が博士との関係を望むように、オレはこういう関係をアルとの間に求めてる。だろ?」 と笑ったジェットの笑みには些かの曇りもなかった。 それに対しての明確な答えをジョーは持ってはいなかった。 ジェットはジョーを置きざりしたまま、キッチンを後にした。視界から、姿が消えるとジョーのことは頭の隅に追いやられてしまう。ジョーの前で半裸を晒したことに対するお仕置きをアルベルトにされるのだと思うと、ジェットの心も躯も快楽で甘く疼き始める。 そのお仕置きに、ジェットの心は占められてしまう。 アルベルト以外にその素肌を晒すことは例え仲間であったとしても、アルベルトは許しはしない。それ程に、ジェットに向ける独占欲は凄まじいのだ。 ああと、溜息を零して、足早に恋人の待つ部屋に向かってジェットは歩いていった。 その顔には恍惚とした笑みが浮かび、至上の幸せを全て手に入れた独りの人の顔が其処には存在していた。 そして、ジェットは快楽の地獄へと続く扉を自らの意志でノックするのだった。 |
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From 'Corrupt angel' of the issue 2003/02/02