The sea can be seen 〜海の見える場所〜 『The sea can be seen 〜海の見える場所〜(2004年12月29日発行)』より



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 びゅ、びゅう、びゅ、びぅぅ……。


 凄い雨と風が吹いていた。
 暗い海からは真っ白な波が爆ぜる。
 特殊な防護ガラスが貼られた窓からは外の音を聞くことが出来ないが、アルベルトにはそう聞こえたような気がしていた。
 ギルモア邸のリビングの窓辺に備えられた博士お気に入りのロッキングチェアーからは、海が見える。
 そこは、00ナンバー達もお気に入りの場所だった。
 仲間達の気配を背中で感じながら、ぼんやりと海を眺めるのはとても心地が良い。
 しかし、真夜中はリビングには誰もいない。
 アルベルトは明かりも灯さずに、ずっと外を見詰めている。



「何を見ている」
 足音もさせずに、リビングに入ってきたジェットは素肌にアルベルトのシャツを羽織っていた。
 白い肌が暗い非常灯のみ灯る部屋にぼんやりと浮かび上がる。
 ゆっくりとまるで猫のように足音をさせずに、ジェットはアルベルトの隣まで遣って来た。
「……」
「あんた、この場所好きだな」
 ジェットは迷うことなくアルベルトの膝の上に向かい合うように腰を下ろす。
 アルベルトはその行為におやと驚いた顔をした。
「お前はこの場所が好きではないみたいだな」
 どうしてとジェットは首を傾げてアルベルトに問いかける。
「この椅子に座ったお前の姿を見た記憶がない」
「ああ」
 ジェットはアルベルトの言いたいことを理解したのか、大きく頷いた。
「オレもこの場所は好きさ」
 ジェットはアルベルトの膝の上で躯を揺らすと、ロッキングチェアーがぎしりと二人分の体重を受けて動き出した。
「壊れる」
「かもね」
 ジェットは笑わずに軽い口調でそう言うと、甘えるようにアルベルトの首筋に口唇を寄せた。
 ぺろりと舌で顎から耳まで猫のように舐める。
「オレが、この椅子に座らないのはね」
 ジェットは一端そこで息を継ぐと、耳朶を食むようにしてアルベルトに更に顔を近付けた。
「この椅子のある場所って、リビングの何処にいても見ることが出来るんだぜ」
 この意味分かると、最後にそう付け加えた。
 今ならば、その意味は分かる。
 ジェットは自分を見詰めていてくれたのだ。
「だから、お前の座っている姿を見たことがなかったんだな」
 アルベルトの問いにYESと答えた。
 そうなのかとアルベルトは納得する。
「そうだよ」
 ジェットはそんな健気な恋人に独り寝させておいてと呟き、不実な恋人を責めるような瞳でアルベルトを見る。
 アルベルトにしてみればそのようなつもりはなかった。
 長い間、恋焦がれたジェットを恋人にしてベッドで抱き合う仲になったが、片恋をしていた時期が長過ぎて、未だに恋人同士の甘い空気に慣れないこともある。
 だから、少しだけ独りになりたかった。
 今、自分がどんなにか幸せであるのかということを再確認する為に……。
「お前に、ずっと昔から恋をしていた。ここに座りながら、想うのはお前のことばかりだった」
「オレをずっと抱きたかった?」
「ああ」
「オレを見て、欲情した」
「ああ」
「だったら、その分までも抱いてよ」
 ジェットは、シャツの裾がまくれた部分に視線を落とした。
 其処には、既に先端が濡れているペニスがある。
「オレはあんたに抱かれる夢を何度も見た。通り過ぎる連中がみんなあんただったらと思ってたよ」
 アルベルトは何も言わずに、ジェットのペニスに手を伸ばした。
 ぴくりと揺れる痩躯を空いた手で囲い、ペニスを嬲りながら、口唇に口唇を重ねる。
「っふあ」
 漏れる熱い吐息にアルベルトに酔っていた。
 この椅子に座って、何度、ジェットを犯す白昼夢を見ただろう。
 しかし、もう、二度とそんな夢は見ないだろう。
 自分には、もう海が見えるこの場所は要らない。
 何よりも欲しかった人を手に入れられたのだから、自分を慰める場所など必要はないのだ。
 今度、この場所に座った時に思い出すのは、ジェットの熱い吐息とこの媚態だろう。



 そう、外の嵐は荒れる心を持て余す自分の姿ではない。
 恋人の躯に溺れる欲望を滾らせた男の心と同じものであるのだと、アルベルトはそんなことを考えた。


 凄い雨と風が吹いている。
 暗い海は自分の情欲で、真っ白な波はジェットの白い肌であろうか。
 その白い肌が波の如くに爆ぜる様がみたい。


 アルベルトはそう思った。

 
 





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The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'20/01/28
From 'Give without irritating' of the issue 2004/12/29