イワンエンジェル



「エンジェル諸君!バカンスは如何でしたかな」
 洒落た白い扉を開けて大仰の身振り手振りで部屋に入ってきたのは、頭の禿げ上がった中年の男であった。しかし、その台詞口調は見事なまでに鮮麗されたイングリッシュで彼が相応の教育を受けた男だ、というのは見る人が見れば分かるのだ。
 目と口が大きく、表情豊かな男の顔にはとても愛嬌があり、憎めないそんな人柄すらも現しているように見える。
「ええ、楽しかったわ。グレート貴方、少し太ったんぢゃなくって?奥様の手料理がとてもおいしかったせいかしら?そうそう、グレートにも奥様にもパリのお土産があるのよ」
 と緑の瞳を優しく綻ばせた甘栗色の髪の美人は、白い七部袖で躯にフィットしたシャツにブルーのストライプの入った裾広がりのパンツで包まれた長い足をソファーの上で組み替えてみせる。
「さすが、我が事務所の女王様、私たちのようなしもべにも優しきお心遣いを賜り…」
「あら、いやね。まるであたしが意地悪してるみたいじゃない」
 そんな言葉の応酬をしつつも、二人は久しぶりの再会を喜んでいるようであった。
「グレートも楽しんだみたいだな」
 と事務所にあるバーカウンターの中でコーヒーを煎れていたピュンマは華奢なコーヒーカップをグレートにさりげなく手渡した。そして、足音すら立てぬしなやかな草原を駆る豹の如くの足捌きで二人の間を横切り、フランソワーズの前のテーブルにコーヒーを置き、その向かいにもう一つのコーヒーを繊細な仕草で給仕する。
「君はどうだったんだい?」
 グレートはコーヒーの芳しき香りを楽しみながら、そうピュンマに訪ねる。黒真珠のように美しく輝く黒い理性と知性に満ちた瞳がくすりと笑い、僅かに砕けた様子を見せた。
「僕も、色々と楽しかったよ。グランドキャニオンでの化石発掘を手伝いに行ったんだけど、其処で面白くて、頼もしい。友人が出来たよ。機会があったら、グレートにも紹介するよ」
「それってさ、ピュンマ」
 とピュンマとフランソワーズの座るソファーの向かいソファーの上から襟足の跳ねた赤味を帯びた金髪の美人が寝そべったままそう口を挟んでくる。夏のバカンスは過ぎたというのに、スタイルは夏のバカンスそのもののままであった。
 ランニングに膝辺りで引きちぎられたようなジーンズ、手首に指にはじゃらぢゃらとアクセサリーを施し、足にはサンダルを突っかけてそれをぶらぶらと爪先で揺らしている。
「どういうことだい?ジェット?」
 ジェットはまたまた、とピュンマに少し下品な笑いを送るとこう切り出した。
「だって、寝たんだろう?セックスも良かった?」
「ジェットっ!!!」
 ピュンマは怜悧な眉をきりりと上げて、そうジェットをきつい口調で反撃を試みた。
「だって、セックスも相性がよくないと続かないぜ」
「あのね。ジェット…。何も、世の中、貴方みたいな恋愛をしているわけじゃないのよ。そりぁね。バカンスの間、彼とべったりとニースでラブラブしてたんでしょうけど…だって、ほら、首筋に残ってるわよ、キスマーク」
 そんなもん?とフランソワーズの台詞の後半部分はさらりと流してそ知らぬ顔をするジェットに、聊か怒りながらも照れた表情のピュンマ、そして、涼しい顔のフランソワーズ。三人三様の美人揃いだ。
 教養と気品を兼ね備えた美人のフランソワーズ、知性と理性を湛えた美人のピュンマ、セクシーでしなやかなボディを持つ美人のジェット、三人とも愛すべき美しきエンジェル達なのである。
 確かに、エンジェル達のじゃれあうような仲の良い会話を聞いているのは楽しいし、特に恋愛絡みとなると個々の個性が如実に現れて、仕事の上では頼りになるタフなエンジェル達だけれども可愛く見えてしまう。でも、エンジェル達を導くのが、自分の仕事だと朝から元気なエンジェル達にグレートは声をこう声を掛けた。
「さあ、エンジェル諸君!!我らがボス、イワンとの定時連絡の時間ですぞ」





「やあ、おはよう。エンジェル達。バカンスを楽しんだようだね」





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