恋人の距離にまで近付く方法



 元より、アフリカに向かっていたドルフィン号は、008の緊急連絡を受けてからそれはもう神業的な009の操縦テクニックでアフリカに辿り着いた。生身の人間であるギルモア博士は真っ青な顔をしていたが、008の元に早く駆けつけたい一心の009の目には、幸か不幸かそれは映ってはいなかった。
 取るものもとりあえず、アフリカに辿り着いた009の目を奪ったのは、健気に一人で怪しげな発光体に立ち向かう008の姿であった。宙を舞い、パラライザーを打つその勇姿にうっとりと両手を胸の辺りで組んで見惚れる009の姿があった。
 目はハートになっていて、内股になっているのは気のせいではないと003は溜め息を吐いてしまう。
「009!」
 耳元で大声を出すと、008に見惚れていた009は何?とばかりに003にちらりと視線を送るが、すぐにドルフィン号のメインスクリーンに目を戻してしまう。
「009!008を助けないと、一生、ステディな関係にはなれなくてよっ!」
 その声にはっと我に返った009は、あたふたと髪を手櫛で直すと、隣に立ってる003の前でくるりとセーラー服の裾を翻す二昔前の少女マンガのヒロインのように回って見せる。マフラーがゆらりと揺れて少年の甘やかさを残すジョーの肢体に纏わりつくように舞った。
「003、僕。可愛い?髪形おかしくないかな?」
 身だしなみに気を使うのはいいけど、今はそんな事態じゃないんじゃないのと言いたいのをぐっと堪えると、003はにっこりとお姉さんモード全開で微笑んだ。
「とっても、可愛いわよ。ジョー。早く行ってあげないと愛しのピュンマの危機よ」
 003の後半の台詞も聞かないうちに加速装置を使い008の元に行ってしまった。003は溜め息を吐く。そして、自分も自分の能力を最大限に上げて、009の行く先を追ったのである。だいたい、いつも009の恋愛相談に乗って貴重な自称乙女の時間を裂いているのだ。それくらいの特典がなければ、やってられない。
 009の存在を捉えた時には、彼は既に008の傍まで来ていた。
 敵の砲撃を浴びる寸前に008を攫うようにして、敵の攻撃から愛しのピュンマを救出する。008に触れて、早くなる009の心音は003の耳に届いていた。
「助かったよ。009」
 相変わらずに爽やかな青年は、悪びれる様子もなく。本当に009が助けてくれたことに感謝をしていた。何の下心もない笑顔に009は見惚れてしまう。それに、助け出す時に抱き付いた細身だけれども、しっかりと筋肉のついたバネのある体躯にときめきを感じて、心臓がドキドキと高鳴ってしまっていた。
 自分がぶつかるようにして抱き止めた瞬間、008は自分が助けに来たと気付き、加速装置を稼動させている009から振り落とされないようにしっかりと抱き付いてきた。
 確かに、恋愛的な意味での抱擁ではないけれども、009は有頂天になっていた。
 どんな状況下でも、抱き締められたその感触が胸を高鳴らせて、頬を紅く染めさせる。そのこじつけ具合はツーショットになっただけで、この人達、出来てるわよと穿った見方をしてしまう腐女子に匹敵するものがある。
 そんな、今の009は天下無敵であった。
 愛しい008は僕が守る。
 母性愛に満ち溢れた009は、すっかりそんなモードにスイッチが入ってしまっていた。
 元々、孤児院、しかも、教会で育ったジョーは、面倒見が良かった。小さな子供達の面倒を見て、神父様の手伝いをして家事をこなし、とにかく彼は孤児院における小さな子供達の母親的な存在でもあったのだ。
 学校の友達と放課後に遊ぶよりも、洋服を作ったり、編物をしたり、料理をしたりと言う方が楽しいぐらいであった。
 ひたすら、神父様を敬愛し清く正しく美しく生きて来たジョーは、恋愛に関しては超奥手であったのだ。初恋とも言うべき、神父様に何処となく物静かな部分や、知性的な口調や質問をすれば何にでも答えてくれるところが似ている008に引かれるのに時間は掛からなかった。
 仲良しになった003に相談して現在に至るのだが、なかなか、世間の言う様には仲が進展していかない。家庭的な部分をアプローチすると良いというので、家事が得意とアピールしても、手すら握る関係にはなれないのだ。その前に男同士と言う高い壁があることをすっかり、成層圏まで002に運んでいってもらったらしく忘れている009である。
 色々と日々、努力をしていても、生真面目な008は振り向いてくれないのだ。その生真面目さが好ましいとは思うのだが、最近では、内心複雑な009なのである。
「俺にも、加速装置がついていたら……」
 そう漏らした008の言葉に009は勇気百倍、馬力は千倍状態に充電されまくっていた。ドルフィン号へと消える008の背中を見ながら、貴方の為ならあたしなにをされても良いわと一昔前に流行った流行歌を口ずさみながら009は加速装置のスイッチを入れたのだった。



「008、助けに行ってあげて」
 謎の物体を破壊して、地面に倒れた009を指差して003はそう言う前に、008はドルフィン号を飛び出して行った。
 確かに、008は好青年だ。
 スタイルも良し、頭も良し、性格も良しの稀に見る逸材であると思う。001がいない時には、004とその穴を埋めるに足る器を持っている。それは、誰もが認めるところである。
 003の目には、009を抱き起こす008の姿が映っていた。
 まるで、倒れ伏した愛しいレディを抱き起こすようなピュンマの仕草に、少し強張っていた003の表情が綻んだ。もちろん、見目の良い男二人がひっついていて、妄想しない方がおかしいではないか。しかも、片方は真剣に片方にフォーリンラブなのだ。
 「009、009大丈夫か?」
 躯に優しい手が触れる。それに、008の声だ。心配そうな声に目を開けようかと思うのだが、衝撃を受けて多少のダメージはあったらしく、頭が少しばかりクラクラする気がしていたし、自分を抱き起こしている008の腕の中にもう少し居たかった。
 ささやかな喜びを噛み締めつつ、半強制的に気を失っているジョーの躯を008はお姫様抱っこしてしまったのだ。あの程度で、009が負傷するとは思わないが、自分だけが安全なところに退避していて、仲間だけ危険に合わせたことにふがいなさを感じて、せめて、安全な場所まで移動させようという008なりの心配りなのであった。
 これには、009も固まった。
 嬉しいけれど、恥ずかしくって、恥ずかしくって、反対に目を開けられない。時折、頬を寄せて囁きを吹き込んで、009の意識レベルを確認しながら、しっかりとした足取りでドルフィン号に歩を進めて行く。
『どうしよう。もう、ジョー、嬉しくて困っちゃう。ああ、でも、目を覚ましたら、この幸せが……』
 ジョーは結局、ドルフィン号に着くまでは気絶した振りをしてみることにした。
 002は何かと、005に懐いて、背もたれ代わりや椅子代わりにして、スキンシップしているが、009にはそんなスキンシップは出来ない。恥じを知る民族の末裔であるから仕方がないし、生立ちがそうすることを拒んでいた。
 でも、本当は手を握ったり、冗談でもイイから腕を組んだりしてみたいのだ。
 005に002がさり気にハグしてもらうように、自分も008にハグしてもらいたいのだ。
 でも、今そうしてもらって、恥ずかしいやら、嬉しいやらで009はパニック寸前でもあった。
 思ったように細いが決して、華奢ではなく鍛え上げられた綺麗な余計なものを殺ぎ落としたバネのある体躯の胸は広く、触れる黒い皮膚は、やわらかでとても優しい波動を発している。
 009はドルフィン号で、ギルモア博士の診断を受けるまで、気絶した振りを続けていた。いや、それしかなかったとも言える。
 久しぶりの触れ合いに幸せ一杯なジョーはわざわざ005&002のアメリカ人コンビの回収を故意と遅らることにした。何故なら、自分も抱き締めてもらったし、それだけでなく心配して何かと気を使ってくれる008の温かさから離れたくはなかったからだ。
 自分が操縦すればもっと早く到着するのだが、自動操縦では、速度の制限がある為に、少しばかり時間が余分に掛かるのである。
 だからである。
 自分が幸せになると人間、他人にもやさしくなれるものである。
「大丈夫か?ジョー」
 心配そうに、澄んだ黒い瞳をジョーの茶褐色の瞳に当てて、額に掛かる髪をそうっと、その器用な黒い情熱を宿す指で払い除けてくれる。
 009は何くれと世話を焼いてくれる008を見詰めながら、大丈夫だよと、はにかんだ笑いを愛しい彼に送ったのである。





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