内緒の話し
「どうしたもんだろうねぇ〜」 アンパンマンはジャムおじさん邸の屋根の上で、どうしたもんかと言いながら、今後の自分の行動の指針について考える。 ここ数ヶ月、頭の中を占めるのはそのことばかりであった。 「どうしたの?」 「バタ子さん」 化粧を落とし、パジャマ代わりの短パンをはいたバタ子さんはそれでもやっぱり美人だった。パン職人で科学者のジャムおじさんの弟子兼助手なのであるからして、もちろん才女である。 そんな彼女に様々なことを文字の如く叩き込まれたアンパンマンも実は正義の味方馬鹿では決してなかった。正義の味方はどちらかというと、趣味、いや、アンパンマンの趣味ではなくジャムおじさんの趣味に付き合っているというのが正しいのである。 「ここ、最近、毎晩、ここに来てるでしょう?」 やはりバタ子さんに隠し事は出来ない。 「ええ、まぁ」 しかし、悩んでいるんですといつもみたいに軽々しく話題に出来ないことで悩んでいるのだ。 いくらバタ子さんにでも話していいものかと、アンパンマンは聊か躊躇した。 しかし、自分一人で悩んでいても埒が明かないのはここ数日頭の中の粒餡がこし餡になってしまう程に悩んだから十分承知している。少なくとも誰か自分の味方を作っておかなくては、進めたい話しも進められない。 最初に、白羽の矢を当てたのはバタ子さんだったのだから、いやバタ子さん以外にこんなこと相談できる相手はいないし、良い機会といえばそうなのである。 「バタ子さん、恋ってしたことありますか?」 バタ子さんはもちろんアンパンマンが恋に悩んでいることくらいお見通しであった。伊達に町で一番の美人といわれているわけではないのだ。美人であるからこそ、相手に不自由したことはなくバタ子さんは恋愛経験が豊富であった。 「バイキンマンね」 アンパンクンはやはりバタ子さんは騙せないと溜息を吐いた。 「そうなんですよ。気になって仕方がない。いや、もうずっと前から気になっていたんですけどね。最近なんですよ、この気持ちが恋だって気が付いたのは……」 いつも歯切れがよく、要点を的確に捉えた話し方をするいつものアンパンマンとは明らかに違うのである。 「彼のどんなところが好きなの?」 バタ子さんは相手がバイキンマンというよりも、アンパンマンの心情に興味があった。確かに、正義の味方稼業はしているけれども、アンパンマンは清廉潔白な性質ではない。笑顔の下にどろどろとした実に人間らしい感情を持っていることは、長らく一緒に生活しているからわかる。 もちろん、そんな腹の中を他人に見せないように教育したのは他ならぬバタ子であるから、その辺りのアンパンマンの感情については誰よりも詳しいであろう。 「どうして、バイキンマンはろくでもない悪さをするのか、僕、ずっと考えたんですよ。でね、ひょっとしたら彼は寂しいんじゃないかって思ったんです。でも、友達を作ったり誰かと仲良くしたりすることを知らないから、どうしてもああいうことをしちゃうんじゃないかって、ある日、ふと、そう思ったんですよね。そうしたら、何か、僕につっかかってくるバイキンマンが可愛く見えちゃって……」 とアンパンマンは鼻の頭をぼりぼりと掻いた。 そういう理由だとしたら、アンパンマンがバイキンマンにハマってしまって理由に得心がいく。だいたい、複雑怪奇に根性の持ち主のアンパンマンなのであるが、自分よりも弱者に対しては優しい。言葉を返せば、対等なそれ以上の人間にはそれ相応を求めてくるので、アンパンマンと対等に付き合うのは難しいのである。 現に、アンパンマンが唯一無条件で親愛の情を寄せるジャムおじさんと、姉的存在であるバタ子さん、幼馴染で親友の食パンマン以外で、対等かそれ以上に付き合える人間など一人としていないのである。 「悪戯っ子みたいに、にゃって笑うとことか。零れそうな大きな目が潤んでいたりとか、細い躯にフィットするコスチューム姿を見たりとか……、まあ、正義の味方としては困った状態になるんです」 「同情なら後が辛いわよ」 姉御肌のバタ子さんにも経験がないわけではない、同情で始まる恋愛にロクなストーリーは用意されていないものなのだ。 「同情じゃないと思いますよ。確かに、バイキンマンの行動原理の底辺に寂しがり屋ってわかったのが、僕の気持ちを彼に向けさせた原因であったとしても、もう、この気持ちは同情じゃないですよ。だって、戦っている彼をおかずにしちゃうんですよ。僕」 「で、どうしたいの?」 バタ子さんは既に腹を括っていた。 どうせ、アンパンマンに手を貸すことになるのだ、彼が自分にバイキンマンに対する想いを打ち明けたということはそういうことなのである。 「そりゃぁ、恋人になりたいですよ。バイキンマンとあんなことやこんなことをしたいです。出来たら、将来は一緒に暮らして、結婚したいですっ? バタ子さん、協力してくださいね。僕達の結婚式のブーケはバタ子さんのものですから」 飛躍しすぎなアンパンマンの台詞にバタ子さんは小さな溜息を零した。熱くなるのは分からなくもない。根性が複雑骨折しているくせに、夢中になると熱くなるのがアンパンマンなのである。しかも、熱しやすく冷めにくい、わかりやすく言えば執念深いタイプなのである。 「飛躍、しすぎじゃないの? 結婚式だって……、ハードル高すぎない」 「大丈夫ですよ。その為の正義の味方稼業ですから、戦っているうちに愛が芽生えて、やがてバイキンマンは僕の想いに答える為に悪党稼業を廃業するってシナリオなら、町の人達は誰もが、バイキンマンを歓迎しますよ」 やっぱりと、バタ子さんは思う。 自分と同じことを考えていたのだ。 大まかな対外的なストーリーはそれでいいとしても、一番の問題は、バイキンマンの気持ちをどうアンパンマンに向かせるかである。しかし、バイキンマンの行動原理の根底に寂しいという気持ちがあるのだとしたら、案外、ころりとアンパンマンの口八丁で騙されて、いや、口説き文句に陥落してくれるかもしれないと、バタ子さんは頭の中で姦計を巡らせていた。 「バタ子さん、本当はね。僕、バイキンマンと一緒にいられるなら正義の味方廃業してもいいって、ちょっとだけそう思ったんですよ。でも、バイキンマンが寂しがり屋だからこそ、皆に僕達のことを祝福してもらいたいんです。そうしたら、バイキンマンは寂しいと思わなくなるでしょう。それだけの為にでも正義の味方稼業を続ける理由にはなる」 アンパンマンは少し照れた顔でそう言った。 まあ、所詮、そんなものじゃないのとバタ子さんはそう返して、二人は晩くまで屋根の上で内緒の話しをしていたのである。 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/09/29