秘密の嘘
午後のお茶を楽しんでるあたしの視界を横切る白いフリルのエプロンをしたバイキンマンの姿が目に入る。 バイキンマンがちらりと流した視線に、今ようやく気が付いたわというように微笑んであげると、彼はにぱぁーとつい和んでしまいそうな笑みを返してくる。そして、再び、視界から消える。 目の前に並べられたマフィンもクッキーも、サンドウィチもバイキンマンが作ったものなのよね。彼は昔から手先が器用で何をやらせても旨かった。まあ、器用貧乏っていうだけなんだけど。 でも、今のあたしにとってはそんな彼の体質が大変ありがたかった。 えっ? だって、忙しくしていれば思い出したくないことを思い出す時間はないでしょう? あたしがバイキンマンに我侭を言うのは、決してあたしが我侭娘だからってわけじゃないの。確かに、我侭な部分があるのは認める。 意地っ張りだし……。 でもね、我侭をいうのも、半分はバイキンマンの為なのよ。 何故かっていうと、彼は家族に恵まれなかった。 王子として生まれたんだけど。バイキンマンのお母様という人は極普通の家庭に育った女性だった。母親の父親、つまりお爺様は天才的な科学者ではあったけれども、それ以外はこれといって特筆すべきことがあるわけじゃなかった。バイキンマンもその血を引いているんだけど。 でね。バイキンマンを産んだお母様は継承権争いに巻き込まれて、半ば暗殺されるような形で死んでしまったの。この辺りの詳しい事情はあたしも知らないけど。バイキンマンの身の安全を心配したバイキンマンお爺様は、自分の友人であるあたしたちの育ての親、バイキン仙人に孫であるバイキンマンを託したというわけなの。 あたしの事情ってのはさておいて、バイキンマンとあたしは家庭の事情って奴で二人一緒にバイキン仙人に育てられた。 それでも、バイキンマンのお爺様は生きていた頃は訪ねてきていたけれども、お爺様が亡くなってからは、バイキンマンにもあたしも誰も訪ねては来なくなった。 厄介払いが出来てせいせいしたってのが見え見えなのよね。 バイキン仙人は厳しくもあったけれども、優しくもあったし、何よりも深い愛情で包んでくれていたわ。でなかったら、あたしもバイキンマンも生きてはいなかったでしょう。 そんな理由であたしとバイキンマンは、兄妹以上の絆で結ばれた間柄なのよ。少なくとも、彼はあたしを裏切らないし、あたしは彼を裏切らない。例え、何があったとしてもよ。 あたしにとって、バイキンマンはとても大切な人だからこそ。 あたしは、バイキンマンに我侭を言うの。 口に出さないけど、バイキンマンはどっちかっていうと情が薄いあたしと違って、ああ見えても情が深くて面倒見がいいの。 ああ、とても悪とは程遠い存在の人なのよね。 でね、とっても寂しがり屋なの。 母親の月命日にも欠かさずに墓参りをしていたし、お爺様が亡くなった時も、どうしようかと思うくらい憔悴していたわ。 本当は寂しがり屋の心の優しい彼なんだけどね。 彼を取り巻く環境がそれを許さなかったのよ。 一人で生きていかなくちゃいけない、あたしを守らなくっちゃっていう気持ちからちょっと歪んじゃったんだと思うわ。 あたしにとってバイキンマンはとても大切な人だから、寂しい思いはなるべくさせたくない。 でも、この城に来てっていっても、半ば無理矢理だったんだけどね。 この城は、バイキン大王が持っている城の中で一番遠い場所にある城なの。もう、この城の存在を知ってる人が何人いるの? っていうぐらいの僻地にある城なのよ。 つまり、バイキンマンはここに体良く追い払われたってことなのよ。 別に、誰もバイキンマンの活躍なんて望んでいない。アンパンマンを倒せなんて、別にアンパンマンじゃなくって、カレーパンマンや食パンマン様でもよかったわけよね。たまたま、アンパンマンの知名度が高かっただけの話し……。卑怯な手を使えば、いくらでも倒す手段はあるのに、それが出来ないってあいつら知ってて、バイキンマンをその命令に縛り付けているのよ。それを知っていながら、バイキンマンは何処かで、信じてるのよね。自分を見向きもしない父親のことを……。 けどね。 あたしは本当いうと。 誰でもいいのよ。 バイキンマンの内面的な良い所をちゃんと認めてくれる人が現れたら、バイキンマンにはこの城を出て結婚して、何処でもいいわ。故郷のことは忘れて静かに暮らして欲しい。多分、そうしたって誰もバイキンマンを引き止めないし、探そうともしない。それくらいあたしやバイキンマンの存在は疎ましいだけなのよ。 あたしも、あたしを愛してくれる人を見つけられたら、ただのドキンって女として結婚して、静かに暮らしたいって願っているのよ。 あたし? あたしは、バイキンマンとは結婚できないわ。 だって、あたしたち兄妹なのよ。血は繋がってないけど、精神的な近親相姦になっちゃうから、遠慮したいところ。多分、バイキンマンもそれはわかっていると思う。 「バイキンマン。ねぇったら」 あたしはバイキンマンを呼ぶ、身体にビーフシチューの匂いをまとわりつかせながら、台所の方角から走ってきた。 「ドキンちゃん、どうしたの?」 「あのね。バイキンマン、あたしお茶を済ませたらお風呂に入りたいわ。バラの花弁をちゃんと浮かせてよね」 あたしは威張ってそんなことを言うと、バイキンマンは素直に頷いてあたし専用の浴室の方角へと走っていく。 そう、バイキンマン。貴方を本当に愛してくれる人が見付かるその日まで、あたしが寂しいってことを忘れさせてあげる。だって、あたしが貴方にしてあげられるのってそのくらいしかないんですものね。 少なくとも忙しくしていれば、日常の雑事の中で嫌なことを少しでも思い出さないでいられれば、悲しくも寂しくもないでしょう? そう思えるくらいあたしはバイキンマン貴方を大切に思っているのよ。 貴方の全てを受け入れてくれる誰かが現れるその日まで、あたしはあたしに出来る我侭をいって困らせてあげるから覚悟しててね。 「バイキンマン〜、それからねぇ」 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/10/01