運命の墜落
木場は自分の首に抱き付いて、離れようとはしない幼馴染みの榎木津を見た。今となっては二人の関係を幼馴染みと表現することが正しいことなのか、木場には分からないが、とにかくそう云っておいた方が確かに楽であった。 榎木津の云う様に、自分は自分だとは云い切れない。二人の関係を榎木津は当たり前の事だと云う。一緒の時間を過ごす間だけ、それを考えたりすることは無い。しかし、榎木津と別れた後はいつもそのことについて考えてしまう。 聞き込みで一般家庭を訪れると、そこには妻という存在がある。自分達の年頃になれば女房や子供がいても不思議ではない。だが、自分にも榎木津にもそれがない。それが木場を悩ませるのだ。 自分は普通の恋愛が出来ないことを自覚している。だから、榎木津との関係がどのようなものか時々分からなくなるのだ。 「修ちゃん」 榎木津は本当に幸せそうな顔をする。特に久しぶりに会う時はいつもそうだ。普段の榎木津はビスクドールと同じで表情を読むのが難しい。 榎木津にとっては木場の存在が自分を救うのだといつも云う。 「離れろ」 木場が不機嫌な声で云う。と榎木津は素直に離れる。しかし、その顔には笑顔を湛えたままである。木場だけに向ける破顔に近い笑顔は木場しか見ることはない。 「修ちゃんどうしたの?」 子供の頃から変わらない話し方だ。 あの木場のアイデンティティを崩壊させるに等しい戦争が終わって間もなく、警察に就職した木場は榎木津と再会した。もう、会わないと思っていた。相手は元子爵の次男、自分はしがない石屋の息子で警察官、出世を極めようにも学もなければ、欲もない。相応しくないのだと、今でも思っている。しかし、それを口に出すと榎木津は歳も考えずに鼻を垂らして泣くのだ。それが、辛くて榎木津の前では云えない。 「ねぇ、修ちゃん」 榎木津が口付けをねだり、木場に近付いて来る。それを映画でも見るように木場は呆然と見ていた。温かい唇が重なる。木場が相手にするような香水と酒の匂いをさせた女達とは違う。男だと知っていても、欲情する自分が木場には今だ理解出来ない。榎木津以外には抱かない欲望だ。 榎木津の木場に対する想いは真っ直ぐだ。どこにも迷いがない。自分がこんなに迷っているのに、困惑しているのに、榎木津はそれが嬉しいと云う。少なくとも、その間だけは木場の頭には榎木津の存在があるということなのだから、それが嬉しいと。 「修ちゃん。ベッドに行こう」 榎木津は会うと、いつも木場をベッドへと誘う。それが当たり前のことのように、木場に抱かれることを望む。どんなに木場が惨くしても、修ちゃんだからと嬉しそうに笑うのだ。 木場の前では、子供のように振舞う榎木津。 戦後、二人が再会したのは混沌とする東京であった。警察官になって間もない頃、場末の酒場の前で倒れている榎木津を見付けたのだ。ボロボロになった榎木津を自分の安下宿に運び、治療をした。覚醒した榎木津の第一声は、 「修ちゃん、会いに来てくれたんだ」 と、子供の頃と同じ口調のままに抱き付いてきた。 その身体に、刻まれた痕を木場は見付けていた。裸にして、汚れた身体を拭いたのは木場だったのだ。下半身に残るどこの誰が吐き出したか分からない情交の痕が、榎木津の今を全て物語っていた。 「修ちゃん、抱いてよ」 抱き付きながら誘ったのは榎木津だった。もちろん、木場には男同士の性交渉の経験はなかった。戦争の中で、そういう行為が行われていたことも知っていたし、少しでも見目の良い兵隊は餌食にされていた。木場は幸い、厳つい巨躯が幸いしてそういうことに巻き込まれることはなかった。だが、どういう風にするかは知っていた。しかし、今まで一度も、劣情を榎木津に抱いたことはなかった。抱き付く榎木津を引き剥がし、肩を揺さぶり、 「礼二郎、しっかりしろ」 と云う。 「修ちゃん」 それでも榎木津は必死で木場に縋り付く。 「修ちゃん」 「修ちゃんでないと、駄目だよ」 「修ちゃんは僕がいなくなっても、平気なのか」 大きな子供のように榎木津は泣いている。泣かせたわけでもないのに、木場は罪悪感を覚える。子供の頃から、いつもそうだった。榎木津は泣かない子供で、木場の方が本当は泣き虫だった。二人きりの時は泣いていた自分を榎木津は抱き締めてくれた。大丈夫だよと、木場の年齢の割りに大きな身体を、小柄だった榎木津は精一杯抱き締めて慰めてくれた。 見掛けとは違い、泣き虫で繊細な木場を知っていたのは榎木津だけだった。 「修ちゃん、助けてよ」 榎木津の手は、猿股だけの木場のそこに伸びて来た。 「やめろっ!」 口で云っても、女と長い間、寝ていない木場の牡は正直であった。榎木津の手によって勃ち上がっていく。的確な榎木津の愛撫を振り払えない。振り払おうとした途端に榎木津の悲しそうな顔と自分の視線がぶつかる。それだけで身体が凍る。 今、榎木津を突き放すと、彼が壊れる。関口巽という鬱病の気のある上官との付き合いが、木場に人間の壊れて行く様を教えてくれた。その時の経験が、木場に警告を促している。自分と身体を合わせることに対する後に起こり得る悲惨な出来事と、榎木津が壊れる事、云われなくとも木場は前者を選ぶしかなかった。 榎木津は、木場の猿股を引き摺り下ろすと、木場の牡を口に含んだ。 「レイ……ジッ……・ロウッ………・・ウッ……・」 木場の唸り声が聞こえて来る。 榎木津は自分の疵に塗ってくれていただろう軟膏を、自分の木場を迎える場所に塗り付ける。経験でもう牡の限界が近いことを榎木津は知っていた。木場が着せてくれた浴衣を捲り上げ、その白い尻を木場に曝した。 「修ちゃん……・、挿れてぇ……・・」 榎木津は木場に支配されたかった。自分の目に映る様々な悪夢から助け出してくれるのは木場しかいないと信じていた。大人になるにつれて会うことがなくなっていった木場に恋慕の心を募らせ始めたのは、何時の頃だったのか、忘れてしまった。 女を抱いても満たされなかった。男を抱いても同じだった。 木場がいない空虚を、いつも、抱いていた。 復員して、榎木津を襲った悪夢は彼の生活を荒れさせた。木場にどこか似た米国兵と身体を重ねた。でも、木場ではなかった。木場に似ていれば、片っ端から身体を重ねた。でも、どれも木場ではなかった。 榎木津は木場に抱かれたかった。 それを夢見ながらも、悪夢と抱き合った。必ず、子供の頃のように木場が自分を救ってくれると信じていた。退屈で死にそうだったお屋敷の生活から、助け出してくれたのも木場だった。だから、今度も木場が助けてくれると信じたかった。 偶然は、木場を自分の所に運んでくれたのだ。 「シュ……う…・・っん…・ちゃん……・おっ……ネガイッ……」 榎木津は自分の牡を扱きながら腰を揺らした。 木場は腹を括るしかなかった。榎木津の為だと自分に言い聞かせて、榎木津の中に挿った。その中は女のものとは明らかに違った。貪欲に蠢いて榎木津が木場の牡に絡み付いて来る。狭く、受け入れたその場所は、張り裂けそうであった。榎木津が壊れてしまうのではないかと、恐々と腰を動かせば、 「アッ…・・ンッ………・・シュ…・・チャ……ン、イィ………・」 と榎木津の嬌声が上がる。自分で牡を扱きながら、木場の動きに合わせて腰を揺らめかせる。 「もっ……・っとぉ……・・し…・・てぇ…………・あん…………・っ」 「壊れそうだぞ」 漏れそうになる快楽の声を必死に押し殺す。木場も、そう云いながらも、我慢が出来ないところまで追い込まれていた。もう、自分の牡を宥めることもできなくなっていった。無意識で榎木津の腰を抱えると揺さぶりながら、初めてのセックスの時のように必死で牡を出し入れする。 熱が身体を支配していくのが分かる。 「シュッ……………・チッ………ャン…………・、ィイッ……チャ……・・ぅぅ」 榎木津はひっきりなしに、声を上げている。その嬌声は更に何故なのか分からないが、木場を熱いうねりへと誘おうとしていった。 「逝くぞ、礼二郎」 低く、榎木津の耳元で囁くと 「イャ……・・ン…………ぁぁぁああああ………・んっ」 と、一際高い嬌声を上げて榎木津は果てた。その快楽が後ろに伝わり今までにない力で木場の牡を締め上げると限界に来ていた木場は、 「うぅ…・ぉお」 と低い唸り声を上げて果てたのだ。 それが、二人が初めて身体を繋いだ経緯であった。 もう、会わない方がと木場は最近、思うようになった。自分に見合いの話しが来たというわけではない。自分は普通の恋愛が出来ない。結婚に対しても諦めがある。だが、榎木津は違う。次男とは云え、元子爵という家柄の子息なのだ。いつまでも好き勝手にというわけにはいかないと木場は思っていた。 「礼二郎、もう止めよう」 と木場は真剣に云う。榎木津は止めることが何かと分かったらしい。だが、止めようと云ってる理由を別の所に見出した。 「僕に飽きたの修ちゃん」 子供の頃のまま変わらない榎木津、抱かれる榎木津に罪悪感はないが、抱く木場にはそれがある。 「見合いした」 と木場は短く云った。今まで、見合いをしたことがない木場が見合いをしたとなれば、榎木津も少しは自分達の立場を思い出すと木場はそう考えた。 「もちろん、断ったんだよね」 と当たり前のように榎木津は言う。確かに、木場は上司から持ち込まれた見合いを断った。もちろん写真に映ったその女性は美人ではなかったが、優しそうで人柄も良さそうであった。女房としては何一つ、問題のないだろう相手ではあった。むしろ、木場は自分にはもったいない相手だと思うぐらいであった。 「修ちゃんが、僕から離れたら、僕は壊れるからね」 榎木津の何時もの脅し文句だ。壊したくないから、全てを曲げて、榎木津の望むままに関係を結んだ。そのことを榎木津は木場に云う。自分の何処が良いのか木場は分からない。でも、榎木津は木場を欲しがる。我が侭に強引に、時には、何もかも捨てて木場を求めようとする。 結局、木場はそんな榎木津を振り切れないでいるのだ。 「僕より綺麗な人なんていないよ。修ちゃん」 榎木津はズボンの上からでも、分かるぐらいに膨らんだ牡を木場の牡に擦り付けた。衒いのない求愛行動は時として、木場を強暴にさせる。だが、榎木津はそれを歓んで受け入れるのだ。まるで、自分が望んで、してもらっているのだという歓喜の声をあげる。 木場は見合いを口実にここには来ないつもりであった。だが、鳥口から、榎木津の元気がないと聞いて居ても立ってもいられずに来てしまったのだ。もちろん、鳥口の情報源は益田であった。最近、二人はよく一緒に酒を飲んでいるらしい。弱ってしまった榎木津がそれでも、自分を求めた姿を思い出す。それが木場の心を縛るのだ。気が付いたら、この部屋にいた。 「礼二郎、おめぇが、いけねぇんだ」 と、木場は自分の心にある蟠りを榎木津にぶつける。それしか、木場は知らない。愛や恋を語れる程若くも、青くもないし、それらを超越してしまえる程に老成もしてはいない。そんな木場を榎木津は知っている。そういう不器用な木場が好きなのだ。自分にそういう気持ちをぶつけてくれるのが榎木津には嬉しい。だから、惨くされると木場が心を許しているということを実感して嬉しいのだ。 木場の中にある強暴な物、繊細な彼が社会という荒波で生きていく為に飼わざる得なかったその獣を自分前だけでは解き放つ。それを受け止めてあげたい。それ以上に、木場の全てが欲しい。自分の全てを引き換えにしたとしてもだ。そんな榎木津の想いを木場は知らない。それでも、いいと榎木津は思う。 自分に縛られている。脅されている。強制されている。と思ってくれてもいいから、自分の傍にいて欲しい。誰のモノにもならないで欲しい。榎木津が欲しいと思った只一人が木場修太郎なのだ。 「おめぇが」 木場に手荒に、固い床に押し倒される。肘と背中を打つ。痛みが身体に走るが、木場の与えてくれたものだから、その痛みすら愛しい。榎木津は、木場の飼う猛獣がその台詞で暴れ出すことを知っていて、 「修ちゃん、酷くして」 と云う。見合いをしたかしないか、断ったのか断られたのか、榎木津は知らないが、木場がそのことで傷付いたことを知っている。自分が悪夢に襲われたときに全てを曲げて自分を救おうとしてくれた木場の傷を癒したいのだ。我が侭でも、その役目を自分以外の人間にさせたくはない。 その厳つい外見とは裏腹に繊細で優しい木場修太郎を知っているのは、自分だけで良い。手段などどうでも良いのだ。木場を自分のモノに出来るのなら、榎木津は他はどうでもよいのだ。女と寝るよりも、こうして木場に嬲られて女のように嬌声を上げていたいし、木場の牡に貫かれ木場のモノだと感じさせて欲しい。 唇を塞がれ、木場の煙草の匂いが入り込んでくる。 もうそれだけで、榎木津の昂ぶりは抑えられなくなっている。木場の牡に手を伸ばして、器用にチャックを外し、それを引きずり出した。もうそれを口に含みたくて仕方がない。木場の匂いが榎木津を幸せにしてくれる。鼻をその固い繁みに埋もれさせ、子供が飴をしゃぶるようにむしゃぶりつきたい。 身体をずらして、それに辿り付こうとする榎木津の身体は木場に抑えられてしまった。 「修ちゃん、咥えさせて……・・」 媚びを含んだ声で、自分の上に圧し掛かっている木場にそう云った。 「うるせぇ」 木場は吐き捨てるように榎木津を更に強く床に押し付けた。甘い痛みが榎木津を支配する。 榎木津のズボンを乱暴に脱がせ、下着も下すとそこには自分と同じ牡の証が、雫で先を濡らしながら震えていた。 暫しの躊躇いはあった。 でも、木場はもう自分が引き返せないことを知っている。ただ、認めたくなかっただけなのだ。 それを含んでやると 「ひっ…………やぁ……………、やめ……………・・てぇ…………ぁん」 と一際高い嬌声が上がり、身体をねじって木場の与える快感から榎木津は逃れようとしている。 「お前が俺にするのと一緒じゃねぇか」 口に含んだまま、上目遣いに榎木津を見ると、真赤になって口に手を当て、必死で声を押し殺そうとしている。今まで、身体を重ねても、木場は一度として榎木津をこういう形で悦ばせてやったことはない。 「修ちゃん、何でもするから、それだけはしないで…………」 子供のように木場に縋る。 「嫌だね。もう、俺はお前と堕ちることに決めた。だから、付き合え」 木場の言葉を榎木津は聞き漏らさなかった。一番、欲しかった木場の言葉だ。自分自身に木場を触れさせなかったのは、木場の躊躇いを知っていたからだ。だから、自分との関係が単なる木場の性欲の処理でもよかったのだ。 「修ちゃん」 「たがら、俺の云う通りにしろよ」 榎木津は何度も頷いた。 木場がそう云うなら躊躇いはない。木場の望むことをしてあげたい。羞恥でどうかなりそうなことだって、木場が自分を嬲りたいというならそれでよい。 木場に抱き締められる。片手で牡を扱かれて、嬉しさのあまり息が上がりそうになる。 「どうして欲しい」 「修ちゃんの好きにして……・。それが一番気持ち好いから」 榎木津は綺麗に笑った。 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'20/01/15