M of misunderstanding



 今日はとても運が良いとフェイスは聊か調子に乗っていたことは否定しない。
 仕事が入った、金額も結構張る大きな仕事らしい。当面は怪獣映画の資金繰りに困らないと電話の向こうでは浮かれたハンニバルの声が聞こえてきていた。
 もらった報酬をどう使おうとそれは個人の勝手なのだが、大金が入れば金策に走り回らせなくて良い分、大らかに生きられるというものだ。
 更に、ハンニバルの要請で病院に入院中のモンキーを連れ出しに行ったが、あっさりと外出許可が下りて、別段、すったもんだの必要もなかった。
 その分、空いた時間は有効に使わなくてはと、手近なモーテルにモンキーを押し込んで、さっさとGF数人に連絡を取り、スケジュールの空いていた離婚したばかりのリンダという女性と一緒にディナーを楽しむことになったのだ。
 リンダが選んだレストランは、ノータイで入れる気取らない店だが、大人がカジュアルなデートを楽しむにはもってこいの店だった。
 やや頭は立っているが、亭主で苦労したのか上手にフェイスを甘やかせてくれる。そう思えば、少し豊かな腰回りも、目尻の皺もチャーミングに見える。
 背伸びをする必要のない大切なGFの一人なのだ。
 この後、バーなんかに行って、あわよくば……とフェイスが頭の中で一人妄想していると、突然、モーテルで留守番をしているはずのモンキーの声が聞こえてきた。
「貴方」
 あなたって、いやたしかに、モンキーからみれば貴方だよな。とそんなことをフェイスが思っていると、つかつかとモンキーは歩いてきて、四人掛けのテーブルに向かい合う形で座っていた二人の間に、当り前のように座った。
「モンキー?」
 フェイスは声を掛けるが、モンキーは難しい顔をして目を閉じている。
 まあ、いつものことで逝っちゃってるんだと、暢気に構えて、いや、すっかりモンキーの奇行に慣らされているフェイスは、所詮、この程度のことで済ませてしまっていた。
「ジョン。どなた?」
 ジョンとはリンダに対して名乗っているフェイスの偽名であった。
「マードック。昔からの、いや戦友でね。まあ、ちょっと逝っちゃってるんだ」
 そうお茶を濁すと、そうなのと慈悲深い視線でマードックを見た。ここでいきりたたないのが、熟女の入り口に差し掛かった年代の女性の良さというものである。
「始めまして、リンダです」
 リンダの差し出した手を払い退けたモンキーは裏返った声で、女言葉でまくし立てた。
「貴女、何を考えているんですの。この人は、確かに、昔っから浮気ばかりしていましたわ。でも、今日はあたし達の大切に記念日なのにあたしとではなく、他の女と過ごすなんて……」
 しかも、およおよと泣き始める。
 いつものスラックスにくすんだ色の革ジャンなら、いくらノータイ可の大人のカジュアルが売りの店であったとしても、追い出されていたのかもしれない。モンキーの格好は、何処で調達したのか、ネクタイ付のスーツ姿であった。一見、まともなビジネスマンに見えなくはない。
「ジョン、あたしはあんなに貴方に尽くしたんじゃないですか。暗い場所にあたしを閉じ込めておいてこんな仕打ち」
 胸のハンカチーフを出して、目頭を拭いチーンと鼻を咬んだ。
「そりゃぁ、あたしはこの人のように美人じゃないけれど、誰よりも貴方を愛しているのよ」
 しなを作ったモンキーはフェイスの手を取り、口元に運ぶと、その指にキスをする。
 一見すると、オトコの恋人が浮気現場を押さえて乗り込んできたように見えなくもない。
「ちょっと、モンキー。今度は、何ごっこしてるんだ」
「あら、ジョン。気にしなくってもいいのよ」
 リンダの発言にフェイスは固まった。
 ひょっとして、ゲイなんかって拒否されるかとそう考えたが、リンダの行動はその180度反対であった。
「ジョン。恋人が居るなら、ちゃんと話してくれればよいのに。あたしは同性愛に関して、偏見はないわよ。あたしの兄も、そういう性癖を持っていたから、普通の人たちより、貴方達のこと理解してあげられるわ。色々と大変でしょうから、手伝えることがあったら言ってね」
 にこにことリンダは笑っている。
 怒りなど欠片もない。
 本当にそう思っているようだ。
『最悪』
 フェイスは口にしないで、そう呟いた。
「あたし、誤解していたみたいだわ。この人にあたしたちのことを色々と相談していただけなのね。本当に、あたしったら、早とちりでおバカさん」
 と舌を出して肩を竦めたモンキーは可愛かった。
 ついフェイスは見蕩れてしまっていた。
 ちなみに、手をモンキーに握られたままで……。
「ちゃんと仲直りしなくっちゃダメよ。良かったら、今から三人でお食事しましょう」
「ちょ……っ」
「ありがとう。やっぱり、一人の食事は味気ないですもの」
 その台詞に少しかないフェイスの良心は疼いた。モンキーが病院の外に出るのは仕事の時だけで、それ以外に外に出ることはないのだ。別段、本人は気にしていないようなのだが、そういう時ぐらい付き合ってやれば良かったとそんなことを考えてしまった。
 その隙間にモンキーの笑顔が入り込んでくる。
 ゲイじゃない。
 モンキーとセックスしたいと思わない。
 でも、こうして時折、ああ、可愛いなぁ〜と思ってしまう瞬間があるのだ。不覚としかいい様がないのだが、モンキーの邪気のない仕草を見詰めてしまっている自分がたまにいるのだ。
 決して、恋ではない。
 あるはずもない。
 オトコと寝るくらいなら、70歳のバーさんとセックスした方マシだとフェイスは真剣に思っているし、そいつは譲れないポリシーである。
 それなのに、構いたくなったりしてしまう自分がいるし、怒鳴りつけて店から追い出せない。
「あれ? おれっちどうしてここにいるわけ?」
 と突然、モンキーが素に戻った。
 リンダは驚いた顔をしている。
「フェイスのGF? 始めまして、おれはマードック、こいつの友達」
「始めまして、あたしはリンダ」
 とリンダはあっけに取られた顔をしながらも二度目の挨拶と、初めての握手を交わした。
 二人の様子を見比べて、覚えのあるモンキーはひょっとして何かやらかした。とフェイスに耳打ちをする。フェイスは厳かに頷くと、モンキーは仕方ないじゃんと笑う。
 その息の合い方は絶妙で、リンダのフェイスとモンキーに対する誤解を更に深くしてしまった。
「で、今回は何なんだ」
「最近さ。おれっちは、死者の声が聞こえるんだ。その人に関係のある人の霊がおれの身体を借りて語りかけてくるんだよ。その間、何があったのか全然、覚えてないんだけどね」
 しらっとそう言って退ける。
 フェイスはそれを聞いて、仕方ないと思ってしまうから問題なのだ。
「本当に、仲良しなのね」
 二人の様子を見ていたリンダは言う。しかし、台詞の中に含まれるのは、二人が恋人同士だと疑いもしていないという色合いが濃く滲み出ていた。
「だから、友達同士なの。誤解しないでくれる」
 フェイスが必死にリンダの誤解を解こうとしている間に、モンキーはさっさと、ウェイターを呼ぶと、オーダーを頼んでいる。
「なあ、食べていいだろう」
 病院に居るモンキーに現金は要らないので、持ち歩くことは少ない。連れ出しに行ったフェイスが活動に必要な現金を渡しているのだが、今回はまだ渡していなかった。ポケットには小銭程度の金額しか入っていないはずだから、つまりここの支払いはフェイス持ちということになる。
 だから、一応、お伺いを立てたのだ。
「勝手に、食ってろっ!!」
 その台詞にモンキーはまたも無邪気に笑う。
 嫌味の一つでも言ってやろうと、口を開きかけたフェイスだが、その笑顔を見ると、つい口を開けたまま、言葉だけが出てこないという状況に陥ってしまった。
 一転して、今日は厄日だ。
 だいたい、モンキーが笑おうと泣こうと、可愛いと思わないこともあるし、そっちの方が多いくらいなのだが、あることを切っ掛けに可愛いと思うと、その日は、一日、どうしてかモンキーが可愛く見えてしまうのだ。
 中年の親爺も可愛いもへったくれもないのだが、自分でも理解できない。
「本当に、仲良しで羨ましいわ」
 リンダはそう無邪気に笑うと、乾杯しましょうとグラスを掲げた。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/10/30