花祀り
時折、吹く風に桜の花弁が散る。 ジェットは、アルベルトから少し離れた場所で桜の木を見上げていた。 月の明かりに照らし出される桜とジェットを見詰めていると、再び、ごぉうと風が吹いた。 無数の桜の花弁が舞い上がり、ジェットの姿を一瞬隠した。 あちこちに視線を迷わせ、小さい声で恋人の名前を呼ぶ。 「ジェット」 樹齢を重ねた桜には魂が宿る、桜の木の下には骸が埋まっている、桜の木には桜の花の精が宿り人々をかどわかすと、桜に関する伝承や昔話しを幾つも聞かされたそれが頭を過ぎる。ジェットは哀しい心に敏感に反応をする。そして、躊躇なくその人に自分が傷付いたとしても手を差し伸べる優しさを持っている。 そうヒトリで寂しいと、哀しいとそう桜の精がジェットに訴えたとしたら、あるべきこともないことをアルベルト考えてしまった。 「アル」 名前を呼ばれてその声のする方角へと視線を移すと、太い幹の向こうにジェットは隠れていた。 ひょっこり顔を出す。 いつものジェットを見付けて、どうしてか安心してしまう臆病な自分に苦笑して、ゆっくりとジェットに向かって歩き始めた。 「ジェット」 右手を伸ばすと、吸い付くように硬い掌に柔らかな頬が触れた。 左手を背中に回して抱き寄せると、痩躯はすっぽりしアルベルトの腕の中に収まる。まるで決められていたことのような感覚がアルベルトをとても幸せな気分にさせ、少しだけこの機械の躯を許容ですることができる。 ごぉうと海から吹き上げる風が、桜の花弁を宙に舞い上げる。 アルベルトはジェットを守るように強く腕に抱き込んで、目を瞑ることなく舞い上がる桜を見詰める。 二人の周りを桜の花弁が舞い踊り、強い風に桜の木の枝がしなり、それらの風景を囲む木々もざわざわとざわめき、世界に二人しかいない疎外感を抱かせる。 でも、ジェットが居てくれれば、例え世界が二人だけでもいいとアルベルトはそう思う。 ジェットさえ、居てくれたら、多分、そんなことをいうとジェットは困った顔をするのだろう。大切な仲間がいない世界を考えて、自分が望めばそれでもいいとそういっていても、瞳が寂しいと訴える。 「アル?」 アルベルトの心を伺うような表情のジェットがそこにいた。 風はいつの間にか収まり、再び静かな時間が訪れる。 「アル、花弁が…」 とジェットの指が髪に触れた、淡い花弁がひとひら指先で摘まれていた。それをふっと吹き飛ばすとあっち行けとジェットは呟いた。そして、一ずつ髪に散った花弁を払い除けてくれる。 全部払い除けると満足したように笑い、いつもの調子でおねだりをしてくれる。 「キスしよ」 返事も待たずに、口唇を重ねてくる。何処へもやらぬようにと腕に力が篭り、強く抱き締きしめてしまう。もっとと欲しがって、深くと舌を滑り込ませてくるのをアルベルトは逃がさないと捕らえ、隙間がない程、もっと強く深く懐に心すら抱き留めようとした。 再び、ごぉうと風か吹き、桜が舞う。 「ジェット…」 腕の中にいたはずのジェットの姿がない。 「ああ」 もうジェットはいないのだ。数年前に病で死んでしまった。でも、こうして記憶が戻るという割にはリアルな、口唇の温かな感触もあまりにも記憶に残るジェットそのものでありすぎた。 とうとう自分も頭がおかしくなったかと、口唇に手を当てると桜の花弁がひとひら貼り付いていた。まさかと桜の木に視線を遣ると、僅かにゆらりと傾いだように見える。 「幻でも…・・・」 ……イイ。 夢でも、ジェットと逢瀬を重ねられたのなら、とアルベルトは右手を桜の幹にありがとうとの気持ちを込めて添えた。 |
The fanfictions are written by Urara since'04/04/20