微酔を身に纏った夜



 ソファーの上でジェットは興味もないサッカー中継に見入っている振りをして、膝を抱き寄せた。そのすぐ隣に座って、アルベルトはビールを飲んでいる。何も話さぬまま、時だけが、流れて行く。前半を終えて、ハーフタイムに入り、CMが流れ始める。
 少しだけ、力を抜いてテーブルの上のグラスを手に取ると、ごくごくと音を立てて勢い良く流し込んだ。今夜は以上なまでに、喉が乾いて仕方がない。理由はわかっているけれど、原因であるアルベルトは何処吹く風と言う顔でサッカー中継を見ている。
 ドキドキと高鳴る心臓は決して、アルコールのせいばかりではない。
 今日こそはと覚悟を決めて、ベルリンまでやって来たのだ。
 でも、恥ずかしさが先に立って何も言えない。一度も、誰とも経験がなかったとしたら少しは積極的になれたかもしれないが、自分には経験がありすぎる。躯を売って生活していた時期もあったから、例え、生身でなくなったとしても、自分が汚れていないとはジェットは言い切れない。
だから、素直に触れ合えない。
 長い冬を越えてようやく触れ合えるチャンスがあるというのに、触れ合うことに今更ながらに躊躇してしまうのだ。こうして自由になってみれば、アルベルトの回りには何人もの女性の影が見え隠れする。ベルリンに初めてやって来たジェットを色々に案内してくれた。
 とにかく、アルベルトには驚く程女性の知人が多かった。
 何処に行っても、女性に、しかもそれなりに美人の妙齢な女性ばかりに声を掛けられていた。本人は些か迷惑そうな顔をしていたが、相手の女性はそうでもなかった。そして、連れのジェットを見ると、まるで貴方邪魔としでも言うような視線を寄越すのだ。
 一生懸命、決心してここまで来た決意が揺らぎそうになった。
 何度も『帰る』と口にしそうになったが、その都度、困ったような瞳でアルベルトに見られて、そうとは言い出せなくなる。早めの食事をアルベルトの行きつけのレストランで終え、アパートに戻った二人は交代でシャワーを浴びて、着の身着のままで来たジェットはアルベルトのパジャマを借りていた。彼の匂いに包まれて、奇妙な気分になる。
 抱き締められているような感覚に、どうしても落ち着けない。
 それに、アルベルトと二人きりでこんなにも長い時間を過ごしたことはなかった。BG団にいた頃はプライベートなどあってなきが如しで、行動はほぼ筒抜けであった。
 互いに惹かれ合い、愛していると告白してから、手を繋ぐこともキスをすることも出来なかった。
ただ、瞳と瞳で愛していると囁くだけしか出来なかった。
 でも、自由を手に入れて、チャンスはいくらもあったのに、どうしてもジェットは踏み切れなかった。それは、一重に自分自身の過去への拘りであると分かっていた。同性同士のセックスの経験がないアルベルトに自分を抱いてとは言い難かった。経験があり過ぎるが故に、呆れられるのではとか、抱いてみて男は厭だとか言われないだろうかと怯えていたのだ。
 でも、彼と触れ合えるのならば、ただ一度だけだとしても構わないと決心を固めてベルリンに、アルベルトの言葉を信じてやって来たのだ。
 BG団を倒して、各自故国に戻る前日、アルベルトはジェットに、決心がついたらベルリンに来て欲しい、いつまでも待っていると言ってくれたのだ。自由になってから、幾度かアルベルトはジェットを抱こうとした、キスを交わして、抱き締めて、そう言う雰囲気に幾度も流されそうになったけれども、どうしてもジェットはイエスと言えないでいる。
 そう、ベルリンに来たと言うことは、抱かれても良いと暗にアルベルトに答えているにも等しい行動なのだ。
 シャワーを帯びた時も、アナルの中まで綺麗に洗っていた。
 躯を売っていた時の習慣で、終えてから気付いて少し落ち込んでしまった自分がいたのだ。
「飲み過ぎだ」
 つらつらと色々と考えながらグラスを干していたことに今更ながらジェット気付いた。自分の為にアルベルトが封を切ってくれたボトルの半分近くが既に空になっていた。確かに、サイボーグである以上、酔いが回るのに時間が掛かるが、生体機能と脳は生のままなので、酔った感覚はある。
 目の前の状況は理解出来るのだが、どうしたらようかとの判断が上手く出来なくなっていてぼんやりと頭に霞みが掛かっている感覚に囚われる。
「っいいじゃねぇかっ!」
 つい恥ずかしさもあって逆らってしまう。
「そいつは困る」
 アルベルトはそう言うと、ジェットが手にしていた瓶を強引にテーブルに置かせて、その掴んだ手首を強引に自分の方に引き寄せる。酔いが回り始めたジェットは、くんと逆らうこともなくアルベルトの腕の中に納まり、きょとんとしていた。
「もう、待たせるな」
 抱き寄せて耳朶を食む様に囁きを落とすと、びくっとジェットの躯が揺れる。決心して来たはずなのに、ワタワタとしているその姿があまりにも可愛らし過ぎる。アルベルトも正直、次の休暇まで待ってみて、ジェットが現われなかったら、NYに押し掛けようと思っていたのだ。
 ようやく自由を手に入れて、長い間焦がれていたジェットを思うが侭腕に抱くことが出来たというのに、肝心のことには一度も及べてはいないのだ。アルベルトと言え、聖人君主ではない。好き相手とはキスをしたいし、触れ合いたいし、抱き合いたいし、セックスをしたい。
 今までは状況がそれを許さなかっただけで、状況が許す今、これ以上は待てないのが、男の本能のいうものだ。
「ジェット」
 名前を呼んで、小さな顎に無骨な鋼鉄の手を添えて上げさせる。頬がうっすらと赤く染まっているのは、決して、アルコールのせいだけではない。恥ずかしくて頬を染めているのだ。彼は、躯は一人前で、セックスの経験も大人で、でも、心はとても綺麗で恋など知らないかのように無垢である。
 そんな彼を知るうちに、手に入れたいと思うようになった。
 あの無垢な心を手に入れたいと切に願う様になっていった。だいたいアルベルトが欲しいと思って手に入れられなかった女、いや男も存在しない。アルベルトの恵まれた体格とクールな容姿は人を惹き付ける何かがあって、面白い様に男も女も釣れて、実は入れ食い状態の青春時代だったのだ。
 実は、セックスの経験もジェットと良い勝負だったし、恋愛経験もそれは豊富で、別名、東のジェームス・ボンドとまでいわれた業界の有名人であったが、有能であるが故の悲劇が起こる。同僚や上司に疎まれ嵌められたことを察知したアルベルトは同業者だったビルダと西への亡命を図った、と言うのが、壁を越えた本当の理由だった。
そんなアルベルトが損得無しで惚れたのがジェットで、狙った獲物は逃がさない恋愛ハンターのアルベルトに初心なバンビちゃんが勝てるわけもなくあっさりと手に落ちてきたのは、いいが。あの基地内ではすることもままならず、アルベルトは長い間、お預け状態であった。
 こんなに長い時間を掛けた覚えはない。
 もちろん、ジェットは経験者なのだから、その辺りは楽だし、待たされた分はきちっと楽しませてもらわねばとアルベルトはそう思うわけだ。
「ジェット」
 口唇を寄せると、ジェットは目を閉じてうっとりとアルベルトを待ち侘びている。少し上脣の尖った部分に軽くキスを落として、それに応じてああと甘い息を吐き出したその隙間から舌を刺し入れて、口唇を今度は深く強引に重ね合わせる。ジェットの舌を探す様に腔内を舐めまわすだけで、ジェットの腕が縋る様にアルベルトの肩に掛かった。
 本当に男娼だったのかと思わせるほどに、ジェットのキスは幼かった。
 アルベルトのされるがままになっている。舌を捕らえて、自分の舌をねっとりと絡めるだけで、ジェットの腰が引けるのを強引に自分の方に引き寄せる。既に、ジェットが感じ初めているなんて、力の抜けて行く躯が教えているではないか。
 背中を深く抱き込んで、キスをしたままそっとソファーに横たえて行った。
 二人が流した唾液まで舐め取るようにして、口唇を話すと、ジェットはスカイブルーの瞳を潤ませて困ったように眉を寄せていた、僅かに上下する肩が感じているとの証しで、アルベルトは嬉しくなってしまう。
「……ッアル」
 甘い吐息と供に零れる愛称がアルベルトの下半身をダイレクトに直撃する。ああ、もう待てない。どんなに、暴れて、嫌がったとしても、許してやらないし、強引でも、この恥じらいながらも答え様とする健気な彼を征服してしまいたい。
「待たせ過ぎだ」
 その台詞にびくりとジェットの身体が脅えたように震える。その様子にアルベルトは暗い欲望を覚えてしまう。それは、自分の一言がジェットに影響するのかを目の当たりにしたからであった。
「もう、待たない」
そう耳元で囁くと、ジェットの脅えによる震えが止まった。
最初からジェットは自分の腕を求めていたのだから、待つ必要などなかったのだ。ただ、どうやって受け止めたらいいのかを知らなかっただけなのだ。
 互いの存在に始めて触れ合う夜は今、始まったばかりであった。





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