夜に披く情愛
アルベルトは右手に疼きを感じて、無意識に人差し指の先を軽く噛んだ。 何かが当たったという感触はあるが、それが何であるということは、視覚や嗅覚といった触覚以外の感覚からの情報等に拠って脳が判断するのだ。 アルベルトの右手にはマシンガン、左手には電磁波ナイフが組み込まれている。指先は素人がピアノを弾く程度には細やかな動きをみせることが出来るが、感覚となるとその別となる。 ある程度の触覚はあるのだが、生身の頃のように細やかな触覚は望めない。 目の前で自堕落な格好でソファーに寝転がり、テレビを見て笑っている恋人の白い肌に触れる時ですら、触覚のみでは、その柔肌の感触を味わうことが出来ない。 恋人の快楽に戦慄く表情や、震える躯を視覚に収めることにより、触覚で得られない恋人の柔肌の滑らかさが脳内で補填され、アルベルトにその感覚を伝えて寄越すのだ。 そういった方法でしか、皇かな恋人の柔肌を感じることが出来ないのはサイボーグの躯であるが故な厄介な点である。 しかし、悪い点ばかりではない。 サイボーグであるが故に、生身の頃には考えられない程の濃厚なセックスが可能となったというのも事実であった。 全てをトータルすれば、セックスに於いては生身の頃よりずっと充実しているのではないかと、アルベルトは最近思うようになった。 それら全てを自分に与えてくれる恋人といえば、バスローブ一枚という格好でソファーに腹這いになり、ビールを飲みながらコメディードラマを見て笑っている。こうして、テレビを見たりしている時のジェットは何というのか普通の年相応の青年に見えなくはないが、ベッドへ行くと途端に艶やかな雰囲気を醸し出すのだ。 そのギャップも悪いものではない。 先刻も起き抜けに1ラウンドこなしたばかりである。 深夜、アルベルトのアパートに遣って来たジェットはベッドにそっと潜り込んできた。冷えた躯を抱きしめて、再び眠りに落ちたのだから、起き抜けに愛し合っても問題ないとアルベルトは思うのだが、ジェットは駄々を捏ねた。 セックスが終わった後、NYから飛んできて疲れているのにと、口唇を尖らせて拗ねる。情交の跡を色濃く残したままそのような態度に出られると諸手を挙げて、降参するしかないアルベルトであった。 ジェットの要望通りに、かりかりに焼いたベーコンと半熟卵、ブロッコリーとカリフラワーのサラダに、二種類のチーズをたっぷりと乗せて焼いたパン、オレンジジュースに、コーヒーといういかにもアメリカンな朝食を用意させられた。 朝食を平らげたジェットはソファーの上に猫のように横になると、再び寝息を立て始めた。 しかし、アルベルトが家事を終わらせる頃には、目を覚まして、テレビを見ながら笑っている。 そんなジェットを見て、アルベルトは嬉しくなるのだ。 傍若無人に見えるジェットだが、その性格は繊細で、自分の居場所に拘る性質であるのだ。安心できる場所でしか寛ぐことはない。傍若無人に見えるのは、自分が少しでも安心して過ごせる場所を探すのに必死だということを今ではよく知っている。 戦場では時として大胆不敵な彼も日常生活の中での人間関係に於いては、非常に臆病ともとれる一面を見せる。 それは、人に慣れない子猫が震えているようにも錯覚させる。 アルベルトはそんなジェットの隣へと腰を降ろした。 ジェットも起き上がり、アルベルトが座るスペースを作る。 アルベルトが座ると、起き上がったジェットが猫のような仕草で肩に顎を乗せてくる。耳元の匂いを嗅いで、何が可笑しいのか小さく笑った。そして、耳朶を戯れるように噛む。生温かい感触がアルベルトの耳元を擽った。けれども、これは触覚のみで感じたことではなく、視覚やジェットの動き等々を観察し、五感全てで感じ取った結果である。 こういったことは通常の日常生活では必要はない。 無くとも、社会生活を営むことは可能ではあるからだ。 少なくとも、こういった感覚と実際のサイボーグとしての機能とのギャップはサイボーグであるなら誰でも多少の差はあれ持っているものなのだ。アルベルトはその能力が故に触覚が通常より鈍く出来ている。 反対に生身の人間以上に細やかな触覚を持つのがジェットである。 何故なら、彼は飛行タイプのサイボーグであり、飛行する場合に必要な様々なデータを触覚により収集し、分析し、最適な飛行プランを瞬時に立てることが出来るのである。従って、かなり細やかなデータ収集が必要である。 だからジェットの皮膚は、とても敏感に環境を拾い上げるのだ。 アルベルトの記憶にある過去ベッドを共にした女性達の中でも、こんなに敏感な皮膚を持った女性はいなかった。 敏感なのがよいとは言わないが、自分がサイボーグとなり触覚が通常よりも鈍くなってしまった今となっては、敏感すぎるジェットが相手で程よく、バランスが取れているのだろう。 大抵、そうやっと帳尻合わせて生きていくというのが人間という奴なのではないかと、最近、アルベルトは自分の触覚の鈍さに折り合いを付けられるようになった。 ジェットの頬に触れると、軟らかで温かな頬の感触がある。 人差し指と中指で耳を挟み込み、親指の腹で顎のラインを辿る。 もう一度、親指で顎のラインを辿り、耳朶を親指と人差し指で挟んだ。そして、壊さないようにゆっくりと優しく、その弾力を楽しむかのように潰したり、引っ張ったりした。 ジェットはじっと、なすがままになっている。 そして、そのまま首筋を通り、するりと掌を後ろに滑らせて首筋を包み込んだ。 決して、華奢でも女性的でもないけれども、筋張った細く長い首はアルベルトの掌によい具合に収まる。 その筋張った感覚を楽しんで、そのまま背中を経て一気に腰に手を滑らせた。 「アル」 腰をしっかりとホールドして、自分の方へと更に抱き寄せる。 ジェットは逆らうことなく、アルベルトの腕の中でおとなしくしている。 アルベルトの触れるという行為に、何処無く儀式的なものをジェットは感じることがある。 聖職者の如くに真摯な表情と、子供のようにたどたどしく感じる指の動きは、ジェットの心の中に不思議な感情を芽生えさせるのだ。 快楽だけではない不思議な感情。 確かに、触れられればジェットは簡単に快楽を感じる。 飛行型サイボーグとしてだけではない、様々な実験の名残がジェットの躯には多々残っていて、性的な感覚が鋭敏というのもその一つである。 しかし、こうして触れられる時間は、快楽だけではない。大切にされているという嬉しくも擽ったい感情とでもいうべきなのか分からないが、擽ったいようなそれでいて、温かな心持ちにさせてくれる。 だから、ついじっとアルベルトに成すがままにさせてしまうのだ。 しかし、その動作が止まり、戸惑ったようにアルベルトの瞳に自分が写っていることを自覚した途端に恥ずかしくなってしまう。 それなりに恋愛経験のある者同士が今更、何恥らっているのだとジェットはいつもそんな自分達に密かに心の中でぼやいているのだ。 「何だ」 「そのエロ爺みていな、触り方よせってば」 エロ爺との台詞に、アルベルトは頭を抱える。 確かに、年上ではあるが、エロ爺はないだろうとぶつぶつとジェットに聞こえるか聞こえない声で文句を言っている。 しかし、ジェットも恥ずかしくて、甘い言葉など出てこないのだ。わざと憎まれ口を叩いてみせる。素直に気持ちを吐露して、アルベルトに甘えられる程、ジェットは恋愛の駆け引きは得意ではないのだ。 「したいんならさ。ベッドへ連れてけよ。睡眠と食欲の次は、性欲だろ?」 身もふたも無いジェットの言い様に、アルベルトは笑う。 成すがままに身を任せているジェットも艶っぽくて、悪くは無いのだが、こういう直接的な台詞で誘うジェットも至極ジェットらしいことこの上ない。そんな両面があるからこそ、楽しみがある。 だからこそ、触れる瞬間瞬間、全てが僅かに違って感じられて、同じ感触などないと思える。ジェットはジェットなのだけれども、彼の声の調子や、環境の違い。二人の位置関係や、時間、全てが触れるという行為と、それを感じる感覚へと繋がっている。 こんなにも恋人の肌に触れるという行為が深いものだと、アルベルトも最近まで知らなかった。 「そうだな。エロ爺ってんなら、エロ爺らしく、楽しませてもらおうか」 アルベルトはわざと小さな声で、ジェットの耳元に口唇を寄せて囁き、今触れたジェットと違うジェットを感じたいと、アルベルトは頬を少し赤くしたジェットの躯をゆっくりと抱きしめた。 |
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