Jealousy of those which are loved 『Love Painting(2002年8月9日発行)』より



 突然、意識が浮上する。
 戦うことを強制的にインプリンティングされた男の意識は、本人の意思とは関係のない場所で常に戦いに備えているのだ。僅に雨が降り始めたその音だけで、意識が覚醒してしまうことすら度々あった。
 隣で眠っている恋人の寝顔を確かめてから外に視線を流すが、天候に変化は見られない。一つ違うのは、僅かにカーテンの隙間から紫色の明りが零れてきていて、夜明けに近い時間であることを告げていただけだ。この淡い光のせいであったのかとそう思うことにして、恋人の温かな躯をもう一度抱き寄せると、戦う為に作られた男は再び、穏やかな眠りへと意識を落とし込んでいった。



 目覚まし時計を仕掛けなくとも、朝の六時には目が覚めてしまうのは、習い性だなとアルベルトは自分にそう苦笑した。例え、ジェットと熱い一夜を過ごした翌朝でも、同じことである。小さい頃から規則正しい生活を擦り込まれているアルベルトにとっては普通のことだけれども、最近、ジェットの影響なのか、少し怠惰に時間を過ごすことを覚えた。
 何も予定がなければ、こうしてジェットの健やかなる寝顔を眺めていたり、もう一度、浅い夢現な眠りを楽しんでみたりして、昼近くになり起き出して二人でブランチを食べることが多いが、今は、自宅アパートではなく、ギルモア邸にいるのだ。
 あまり寝坊もしてはいられないだろう。
 ジェットを朝食の時間に間に合うように起こす仕事があるのだ。何故か自分と一緒に居る間、ジェットは良く眠る。
 同じ時間に眠っても起きるのはジェットが後だし、昼間も読書をしているアルベルトの足元や隣で、気持ち良さげに眠っていることが多い。とても愛らしい寝顔を自分以外に見せるのは癪だが、自分の傍だから良く眠れると言うジェットを見ると、つい嬉しくなってしまう。それ程までに自分を信頼して身を預けてくれることが嬉しくてならないけれども、今から、ジェットを起こすのは一仕事だとアルベルトは笑い。少し口を開けて眠っているジェットの頬にキスを一つ落として、ベッドから降りた。
 重厚な躯が動くと、ベッドが軋む音を立てる。
 アルベルトは一目で人ではないとわかる躯に、何一つ身に着けていなかった。ジェットと躯を重ねた最初の頃は、自分がその躯を曝すことに抵抗があった。でも、ジェットが自分ではないと、あの鋼鉄の手で触れられないと、その人ではないとわかる堅い肉体に抱き締められないと、達することが出来ないのだとそう告白されてからは、不思議とジェットと同衾する時はそれが気にならなくなっていった。
 不思議なものだと、鏡を見ると其処には三〇に差しかかった男の顔があり、恋人を抱いた翌朝の満ち足りた顔をしている男が映っている。
 ギルモア邸には各自の個室が用意されている。サイボーグの躯を誰かに見られることに戸惑いもあり、例え、仲間で互いに熟知していても、やはり独りになりたくなる時もあるのだと、個室にバスルームが備え付けられている。シャワーを浴びるのが精一杯の代物であるが、身嗜みを整えるには十分であった。
 半地下にはギルモア博士の趣味で大浴場が作られていて、近くの温泉から湯を引き、二四時間風呂に入ることが出来るようにしているのだ。ギルモア博士は全員がある程度の期間、共に暮らせることを前提としてこの家を建てた。いつでも、彼等が気兼ねなく訪ねて来られるようにと心を砕いている。
 アルベルトはその点はありがたいと感謝している。故国はドイツであるけれども、自分にとってここは大切な場所になっている。独りでの生活圏は何時、移動しなくてはならないのかわからないけれども、ギルモア邸は移動することはなく、そこにあるから、何時でも帰ってこられるところであるのだ。
 鏡を見ながら歯を磨きつつ、トイレを横切り、シャワー室の壁に取り付けられているパネルで温度調節を行うと、シャワーヘッドから湯が勢い良く飛び出して来た。ちょうど設定した温度になるには少し時間がかかる。
 湯を出しっぱなしにしたままアルベルトは洗面台に戻ると、再び、鏡を見ながら歯を磨く。
 シャワーの湯による鏡の曇りが気になり、左手の腹で拭き取ろうと手を伸ばした瞬間、下腹部が洗面台に触れた。冷たい洗面台の感触と敏感になっている男の証しが触れ合いつい腰が引けてしまう。
 サイボーグになっても、男であることには変わりはないし、セックスも可能である。
 もう三〇歳になろうかというのに、この猛りは収まることを知らないでいる。生身の頃はここまでセックスに対する執着はなかった。確かに、年相応の男らしく女性を見れば、欲情したし、躯の関係を持った恋人もいたけれども、ジェット程に、激しいセックスをした経験はなかった。
 ジェットが気絶するまで、抱いても抱き足りないと思うことなどしょっちゅうある。昨夜も散々抱き合い、最後には指を動かすのも億劫だと言わんばかりのジェットの姿があったはずなのに、朝勃ちしている自分と対面してしまっている。
 ジェットの姿を見るだけで、腹の底から欲が沸いて来るのだ。
 サイボーグになってからの方が絶倫になるだなんてなと、アルベルトは苦笑しつつ、朝から元気な下半身に視線を遣る。ちらりと流した視線が股間を離れようとして、何か見落としたとでもいうようにもう一度、元気な股間に戻った。
 其処には、あるはずのない何かがあった。
 顔を上げて鏡を見ると、間違いなく自分が其処に居る。そして、もう一度、下半身に視線を落とすと、やはり其処に見たくないモノが存在していた。
 サイズ的には結構自慢出来るものが朝から元気良く挨拶をして、その部分にマジックペンで皺が描かれていた。首を深く折ってよくよく見ると、下腹部には大きな耳と目があり、つまりは、鼻の部分がアルベルトの元気な息子になっていたのである。
 アルベルトは取り敢えず、口を漱ぎ、シャワーを止めると、タオルも巻かずに足音も高らかにベッドにと向かう。こんな馬鹿げた悪戯をするような奴には、一人しか心当たりがない。ベッドで健やかな眠りを堪能している彼しか思い浮かばない。
 ベッドまでくると其処には、ジエットはアルベルトが隣に居なくなった事に不安を感じたのか、無意識のうちに綿毛布に刳るまり背を丸めて自分の躯を抱くような体勢で眠っていた。
「ジェットッ!」
 そんなジェットの耳元でを声を荒げる。
 いつもは、優しく耳元で名前を囁きながら、起きたくないとぐすぐす子供のように言うジェットをキスと睦言で宥めて、起こすのは確かに手間だけれども、無防備に甘えて来る姿が可愛くてつい甘やかせてしまうのだ。そんな朝の一時もギルモア邸での生活でしかあまり堪能は出来ないから、アルベルトにとっては楽しみの一つになっている。
 ジェット自身は気付いていないかもしれないが、ギルモア邸に居る時はアルベルトを独占しようと無意識にアルベルトに手を掛けさせようとする節が見られる。いつもは言わない我が侭を言ってみたりして、朝も起きられるのに甘えて起こして欲しいと言ったりして、アルベルトに構ってもらいたいだけなのだ。
 アルベルトにもそれはわかっていた。でも、甘えられると嬉しいし、あまり甘えることが出来なかった彼にその過去の分すらも埋めてやりたいと思う程に傾倒している。甘えて躯を寄せるジェットは本当に愛らしい。赤味を帯びた金髪は柔らかくふわふわとしていて、毛先が跳ねる癖だけがまるで寝起きで毛並みが崩れた子猫を連想させるし、青い瞳はいつも澄んでいて、自分だけを一途に見てくれる。
 確かに、こんな子供染みた悪戯をする彼も、可愛いと思うが、馬鹿げた悪戯にはちゃんとお仕置きをしてやらなくてはと、描かれたことに対するショックよりもお仕置きをすることに対してやる気満々のアルベルトであったのだ。別にジェットがしたいなら、落書きなど何時でもさせてやるのに、だったら自分がジェットに描いてやっても楽しいだろうと、自分自身の腐りきっている思考に気付いてはいなかった。
「ジェット!!」
 更に声のトーンを低くして凄みを聞かせると、薄っすらとジェットの瞳が開いた。本日の晴れ渡るであろう夏の空のように青い瞳が、長い睫毛を瞬かせてアルベルトの目の前に広がっていく。そして、自分を呼んだのが愛しい男だと認識すると、しなやかな腕を伸ばし、頬にと触れる。
「アル?」
 昨夜上げ過ぎた嬌声のせいで、少し声が掠れていた。それも、色っぽくってなかなかに良いのだとアルベルトは頭の隅でそう思いつつも、真実を追究する手は緩めない。
「とにかく、コレを見てみろ」
 ジェットの目に見えるように腰を突き出すと、半身を起こしていただけのジェットは手を付いてアルベルトの下半身に何事かと半分閉じたままの目を近づけた。ちょうど、四つん這いに近い体勢で、背骨の浮いた白い背中がアルベルトの視界に飛び込んでくる。
 ジェットは目を細めてアルベルトの朝勃ちした立派なペニスを見詰めていた。昨夜、これに貫かれてあられもない声を上げて、乱れてアルベルトに縋り求める台詞を口にして、幸せな蕩けそうなセックスを味わったのだ。何時も、アルベルトとのセックスの後は満たされる。躯だけでなく心すらも、愛されていることを実感させられて、不思議と穏やかになれる自分がいる。
「朝から…、おったてて、元気な坊やだな」
 とジェットは衒いもなくアルベルトのペニスを握り、先端にキスを落とした。
「仕方ねぇな〜」
 そうくすくすと笑いながら、アルベルトのペニスを口に含んでやろうとした瞬間、アルベルトからストップが掛かった。
「だから、咥えるんじゃなくて、見てみろって言ってるだろうが」
 と口調は乱暴だけれども、何処か楽しんでいる雰囲気が見て取れるのは、二人が深い間柄であるという証明に他ならない。お堅いだけが取り柄だと思われがちだけれども、アルベルトは普通の青年っぽい部分を幾つも持ち合わせていてそれがジェットには好ましく映るのだ。
 セックスに関しては確かに、貞操観念は堅いであろう。けれども、ジェットに対しては常に貪欲で、ジェットが困惑するようなプレイを要求することもある。でも、自分にだけだと思えば嬉しいのだし、ジェットも実際に本当に好きな相手と肌を重ねたのはアルベルトが始めてであったのだから、貞操観念とか良く理解できていないけれども、アルベルトが嫌がるし、アルベルト以外に性的な意味で触れられたくないから、彼以外とは寝ないだけだ。
 つまり彼以外、どんな形であったとしても恋人として自分を満たしてくれる人などいない。
「あれ?」
 ジェットはアルベルトのペニスまじまじと見詰めた。サイズ的には太さも長さもかなり立派な部類に入る。春を鬻いで生活をしていたジェットは沢山の男のペニスを見てきた。その経験からいったとしても、アルベルトのは立派である。初めて受け入れた時は膝が笑ってしまったくらいにきちきちに自分の中に収まっていたことを覚えている。今は、確かに、アルベルトを受け入れるのは目一杯だけれども、その形を躯が何時の間にか覚えていて、すんなりとは受け入れられるようにはなっている。
「ナニ?」
 ようやくジェットはアルベルトの股間に描かれているモノに気付いたようである。
 確かに、ゾウさんである。あの有名なゾウさんがアルベルトの股間に描かれていたのだ。どうも、クールを売りにしている男の股間にはあまりにもミスマッチ過ぎてジェットはつい吹き出してしまった。
 シルバーグレーの恥毛に囲まれてそそり勃つペニスの表にはゾウの鼻の皺が細かく描かれていて、更に下腹部につぶらな瞳と耳がちゃんとついている。しかも丁寧に瞳の色は水色で塗られていた。顔を近づけてまじまじとそれをジエットは見詰めていた。妙に愛嬌が見て取れて微笑ましいものすら感じてしまっていたジェットにアルベルトは厳しい口調を向ける。
「こんなくだらない、悪戯したのはお前だろう?」
 アルベルトはずいっと顔をジェットの顔に寄せる。ジェットはきょとんとした顔をしてそれを迎えた。
「悪戯をする子供にはお仕置きが必要だな」
 左手をポキポキっと鳴らして、更に身を乗り出すとジェットは慌てて首を横に振った。アルベルトにお仕置きされるのは全然嫌じゃない、そのお仕置きが結局は自分が気持ち好くなれるのだから依存はない。自分からわざと怒られるようなことをしておいて、お仕置きされるのを待っている時もあるくらいなのだ。けれども、有らぬ罪でのお仕置きは嫌だと、必死で否定した。
「俺じゃないって」
「本当に?」
「ホント」
 ジェットは一瞬、瞼を伏せて顔を上げると、いつものアルベルトをベッドに誘う夜の顔が現れる。昼間の屈託のない子供染みたところのある愛らしいいつもの彼とは違い、アルベルトを妖艶に巧みにベッドに誘い込むジェットが目の前に現れる。
「だって、描きたかったら…、アルに頼むに決まってんじゃん。アルが見てるとこで描く。だって、アルだって、俺が頼んだらイヤとは言わないだろう?それに、こんなん描いて俺が黙っていられるはずないじゃん」
 とアルベルトの股間に手を伸ばして、再び、握り締める。
 そうなのだ。アルベルトにこんな楽しいことが出来ることを知っていたら、甘え倒して描かせてもらっていたであろう。自分が甘えたら、文句を言いつつもアルベルトは余程のことでない限り、断りはしないことをジェットはちゃんと知っているから、そう言えることなのである。
 許してもらえる時間の限りベッドで彼に支配されたいと願っているのに、壊れるほどに彼のペニスで貫かれることを願っているのに、どうして、こんなことをして黙っていられるのだろうか。
 でも、これを描いたのは誰だろうと、ジェットは考える。自分ではないし、アルベルトが自分で描いたとは想像出来ない。アルベルトが絵が苦手だと言うことは知っている。几帳面な彼が地図ですら描いてくれようとはしないから、不思議に思って詰め寄ったら、絵は子供の頃から苦手で描きたくはないとぶっきらぼうに答えを寄越した。
 弱点のないような男の弱点を見付けて、ジェットはそれを自分に打ち明けてくれたことが何よりも嬉しくてならないのだ。だって、弱点を曝すことが嫌な男がそう言ってくれるということは、それは自分に対して警戒していないからで、心を許しているということに他ならない。
「そうだろう?」
 舌なめずりをして、アルベルトのペニスに視線を転じたジェットの姿にアルベルトは自分が反応していることを自覚していた。その証拠にゾウさんの描かれたペニスは更に大きさを増して、先端から透明な液体が滴り始める。
「じゃぁ、誰が一体?」
 それを誤魔化すかのように、アルベルトはそう綴った。
 ジェットでなければ、誰が自分に気付かせないうちにゾウさんを描けたというのであろうか。邸内にいるのは、ギルモア博士と、イワンとフランソワーズとジョーと自分達二人だけだ。
 ギルモア博士がこんな悪戯をすると思えないし、第一、博士が入ってきて、下腹部でもぞもぞしていたら気付くはずである。イワンは眠っているし、フランソワーズはどんな理由があったとしても自分の下腹部に触れるような真似はしないと思う。大切なジェットを取られたと思っていて、折に触れ、嫌味な言葉や態度を寄越すけれども、ジェットには決してわからない方法を取っている。自分達のジェットを巡っての水面下の熾烈な争いを覚らせないのは立派だ。
 残るは、ジョーだけである。動機はともかくとして物理的に最も可能性の高い人物が彼である。加速装置を使えば、ゾウさんを描くことは可能だが、どうして、ジョーがそのような所業に及んだのか全くアルベルトにはわからない。
 彼が一筋縄ではいかないような性格をしていることは、少し前に知ることとなった。
 ジェットは悪魔とも言うけれども、フランソワーズに言わせるとあれでもジョーはジェットを可愛がっているのだと言う。彼の場合、育った環境のせいで見事に外見は優等生、中身は捩れまくった悪魔を住まわせていて、だから、自分と気が合うのだけれどもねと、そう彼女はさらり言って退けた。それに、ジョーがジェットを虐めれば、自然と自分に泣き付いてくれるから嬉しいのだとも、自分とジェットの時間を貴方が邪魔しているからと、最後にちゃんと嫌味を忘れないのはあっぱれな女振りだ。
 でも、動機はどうであれ、一番、犯人に近いのはジョーである。確証がないのに、そうジェットに告げるには些かの躊躇いがアルベルトにはあった。
「ジョーだ」
「ジョー?」
「ジョーがやったんだよ」
 どうやら、二人は違う経緯を辿りながらも同じ場所に到達したらしい。
 どちらもジョーが犯人だとそういう結論に至った。そして、ジェットにはジョーがそのような所業に及んだ事情にも心当たりがあったのだ。
 昨日のことだ。本屋に行きたいというギルモア博士を車に乗せてアルベルトは出掛けた。そこにスーパーに買い物に行っていたジョーが戻って来て、眠っているイワンと留守番をしていたジェットと二人で午後のお茶をしながらとりとめもない会話が弾んだ。こうして、普通に話している分にはジョーは良い奴だと思うし、年の近い損得勘定なしの同世代の友人のあまりいなかったジェットにしてみれば、大切な仲間であり友であると思っていた。
 もちろん、ジョーも本心からジェットを大切な仲間であり、自分には少なかった同世代の友人でもあるとそう思っているけれども、密でそして狭い世界での人間関係に拠って捩れたジョーの根性は決して、真っ直ぐになることはなく、ジェットを好きだからこそ虐めてしまうというのか、決して、ジェットが自分を嫌いにならないと言う甘えなのか、理不尽な八つ当たりをすることがあるのだ。
 最初はそのジョーの八つ当りの原因が今一つ、ジェットにはわからなかった。突然に、八つ当り的な無体を強いるのだ。一度、腕に囲ってしまった人に対して決して嫌いになれないジェットは困惑しながらも、時には腹を立てながらもジョーと距離を置こうなどとは考えられない類の優しさがある。
 そんな昨日の午後。
 どうして、自分を博士は待っていてくれなかったんだろうと呟いたジョーに、いつも忙しそうに家のことをしているから、博士も遠慮したんじゃないか、とジェットは当たり前な答えを返したのだ。毎日、イワンの世話から、博士の身の回りの世話のついでではあるが、自分達が滞在している時は自分達の食事の支度までしてくれるのは、正直ありがたいと思ったから、ジェットそう言っただけであった。
 そして、冗談のつもりで博士と出掛けられるアルベルトに焼き餅焼いてるのかとジョークを飛ばしたつもりが、部屋の温度が3℃程下がる。ぞくりと背筋に寒気が走り、ジョーの目を見ればしっかりと座っていた。思わず腰の引けたジェットにジョーは詰め寄った。
 一気に日本語で捲くし立てられて取り敢えず、ジェットの脳内の自動翻訳機で翻訳出来たのは、ジョーがギルモア博士を愛していること、博士が間違ってもアルベルトなんかとそういう関係にならないこと、自分の前でアルベルトとイチャイチャいることに腹が立つことを言っているのだろうくらいは理解できた。
『どうせ、僕なんか博士とは釣り合わないよ。学校出てないし、難しいこと言われても全然理解出来ないし、してあげられるのは、身の回りのことだけじゃぁ、ないか。僕だって、君がハインリヒに抱き締められるみたいに、博士に抱き締めて欲しいんだよ』
 と今度は、さめざめと泣き始める。思わず、背中を叩いて協力するからな、とジェットは必死でジョーを慰めた。
 薄々分かっていた気はするが、やはりジョーはギルモア博士にフォーリンラブだったのだ。恋愛の対象の端ですら翳めていないとわかっていながらも、必死でギルモア博士に尽くす姿はいっそ見事であると思う。確かに、博士は年だから、ちゃんと傍で面倒を見てくれる人が居た方がよいに決まっている。それがジョーだというのには多少の引っ掛かりもしなくはないが、ギルモア博士一筋だと言うのは認めてあげたい。
『ああ、もう、君に慰められるなんて…、絶対、八つ当りしてやる』
 と言いつつ、夕食の支度と称してキッチンに篭ってしまったのだ。ジェットはその出来事を思い出していた。それがゾウさんとどう結び付くのかはジェットにも分からないが、これがジョーなりの八つ当りなのだろう。でも、自分のに描いたならともかく、アルベルトの股間に落書きしたのは気に入らない。アルベルトのペニスは自分専用なのだ。触っていいのは自分だけなのにとジェットは些か面白くない。
「おい」
「アル」
 二人は同時に何かを思い付いたように顔を見合わせた。そして、がばっと勢い良くジェットの下半身に纏わりついていた綿毛布を剥ぎ取るとちょこんと赤味を帯びた金髪の茂みから顔を覗かせたジェットのペニスがあった。まじまじとジェットの股間周辺に視線を落とした二人はやはりと溜め息を零す。
 ジェットの下半身には、紛れもなくもう一頭のゾウさんが存在していた。アルベルトよりは些か小振りでその痩躯を映し出したようにホッソリとしたそのペニスの表にはやはり鼻の皺が描かれていて、下腹部には目と耳が描かれていた。しかも、器用にジェットの恥毛の一部を白地に青い水玉のリボンで束ねて縛ってある。さしずめリボンをつけた女の子のゾウさんということらしい。
 ジェットはもちろん自分の股間の全て覗き込めるわけではない。どう頑張っても逆さまからしか見ることは出来ない。
 でも、アルベルトのは良く見える。と言うことはアルベルトには自分のゾウさんが良く見えているのであろう。
 その通りアルベルトは真剣にジェットの股間を見詰めている。中々に上手いゾウさんだとシミジミと思う。自分のモノは逆さまにしか見えなかったが、こういう感じであったのかと、時折自分の下半身に視線を漂わせながら、ジェットの股間のゾウさんと対面していた。
「やはり、犯人はジョーらしいな」
 アルベルトはくすりと笑いを零して、ジェットのちょうど、茂みの生え際を指差した。
「どれ?」
 其処には、ジョーとカタカナで署名されていた。あの見掛けだけは優等生のジョーがするには、かなり下品なジョークにジェットは戸惑いながらも、これを逃がす手はないと思ってしまうからジョーに八つ当りされるのかとにんまりと笑った。だったら、八つ当りされてやろうじゃんと余裕が生まれる。アルベルトに慰めてもらえばいいんだし、それだけ自分達がラブラブって証なんだから構わないと思える精神的な余裕があるジェットは幸せモノであった。
 でも、アルベルトの下半身に触れたのはちょっと頂けない気がする。だって、アルベルトはジェットのモノだから、他の誰もが触ってよいわけはないのだ。特にペニスに触れたなんて許されない行為である。でも、今朝のジェットは叩き起こされたにも関わらず、機嫌が良かった。ジョーの八つ当りの原因が自分達が幸せそうだからだとわかったからだ。こうしてゾウさんを落書きされたって、メイクラブの小道具になるだけだよと教えてやりたい。
 どうせ、食事の支度が出来たと起こしにくる振りをして様子を伺うつもりなのだろうから、どうやっても自分達が愛し合っているか見せ付けてやりたい、とジエットは意地悪いことを考える。アルベルトに触れたことに対するちょっとした趣旨返しだ。それが終わったら、消極的にはだけど博士との仲を取り持つのにちょっとだけ手を貸してやってもいいかなと友達思いのジェットであった。
「なぁ」
 甘えたようにジエットはアルベルトを呼んだ。アルベルトの股間のゾウさんは既に鼻を高く上げて咆哮を始めそうな勢いで先端から雫を流しているのを見て、自分も興奮してくるのがわかった。伸び上がり、アルベルトに抱き付くと、手が腰に回されてぐいっと引き寄せられる。ゾウさんが鼻と鼻を絡ませて挨拶をするという感じの触れ合いであった。
 口唇が引き合うように触れて、歯磨き粉の匂いのするキスをした。啄ばむような朝の挨拶に相応しいキスだった。
「しよ」
 短くジェットはアルベルトを誘う。既に触れているだけなのに、ジェットのゾウさんも鼻を高く上げ始めているのが、伝わってくるのだ。アルベルトに触れられて自分が感じないわけがないのだ。愛されることに既に敏感に反応する躯になっている。
 サイボーグになってからの方が自分は快楽を敏感に拾えるようになった。キスだけでペニスが揺れて、腰の奥が甘い疼きを覚える。今も昨夜の名残がアナルにはあって、まだ欲しいと入り口が収縮するのがわかる。気絶するくらいにアルベルトが欲しい、立派なソレで躯を貫かれ、思う存分に愛してもらいたくてならないのだ。
「ジエット」
 甘い囁きを落とすだけで、奮える敏感な躯にアルベルトは満足を覚える。
「お前の中に放水してやるぜ」
 野性的な口調のアルベルトの台詞にジェットは自分のペニスを擦りつけてイエスと答える。アルベルトに求められて、一度たりともノーと言ったことはない。言えるはずもないし、求められるなら、いつでもどこでも応じてあげたいし、どんな形でも自分を欲してくれると確かめられるから、アルベルトと触れ合う全ての行為がジエットは愛しい。
「してくれよ。あんたの、濃いの一発、俺の中にぶちまけてくれよ」
 そう答えるとにやりとニヒルな笑みが返って来た。尻の薄い肉を強く握られることにすら感じてしまう。激しく襲いかかってくるキスを受け止め、股間にアルベルトのペニスが押しつけられて、激しくゾウさん同士は濃厚な挨拶を交わしている。そして、ゾウさん達に負けない濃厚なキスが恋人達の間で交わされる。
 起き抜けで歯を磨いていないというという思考は直にジェットの頭から消えてしまっていたくらいに、アルベルトのキスは巧みで濃厚である。されるだけで、意識が霞み彼の思いのままになってしまうことが、ジェットには嫌ではない。
 ジェットは自分を翻弄する男の太い首筋に腕を回して、耳元に囁いた。
「絶対…、ジョーに見せ付けてやるんだからな」



 ジョーが朝食が出来たと起こしに来た時、二人は下半身を繋いだまま、熱烈なキスを交わしている最中であった。





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From 'Love Painting' of the issue 2002/08/09