我が心を君に告げること勿れ 『我が心を君に告げること勿れ(2003年12月29日発行)』より



 ジェットは男の好きなように躯を嬲らせながら考える。


 人恋しさにぶらりと夜の街へと繰り出した。誰かと約束していたわけではないし、用事があったわけでもない。それは、猫が縄張りを巡回する行動にも似ているかもしれない。街が変わっていく様を確かめるように、ジェットは時折こうして独り深夜に街を徘徊する。
 独りでぶらぶらとしているジェットを男娼だと勘違いをして声を掛けてきたり、ナンパをしてくる者達は少なくはないが、今日の相手は聊かいつもと事情が異なっていた。
 声を掛けられた瞬間、何処かで見た顔だと頭の奥で警報が鳴った。
 時間もあるのだし、確かめておいて損はないとジェットは一ブロックにある男娼を連れ込むにはもってこいのホテルの一室を指定し、其処で待っているように告げると、男と別れて、持っていた携帯電話でギルモア邸に電話を掛ける。
 電話に出たのはコンピューターによって作られた声であった。
 認識番号を入力し、男の身体的な特徴を述べる。
 そして、携帯電話を切って暫し待つと折り返しメールが送られて来る。
 ジェットに声を掛けた男の特徴と類似する容貌の持ち主は、BG団幹部の中に三名いた。
 三名の写真もメールには添付されており、やはりその中の一人がジェットに声を掛けて来た男であったのだ。
 彼は同じBG団の兵器開発部門所属の幹部であっても、サイボーグ研究とは全く異なるセクションの幹部であったから、ジェットが002だと気付かなかったのであろう。
 だが、BG団の幹部であることが判明してしまったのだから、ジェットとしてはそのまま放置しておくわけにもいかない。
 自分を男娼と間違えて声を掛けて来たのだとしたら、これは一遇千載のチャンスだ。
 ここで息の根を止めておくことは、自分達への明日に繋がることである。
「なあ、あんたの拝ませてくれる?」
 そう言うと考え事をしていたことを素振りにも出さずに、甘えた声で男を誘った。
 そして、しゃがみ込んで、男のベルトとジッパーを外し、スラックスと一緒にブリーフも床に落とす。
 男の毛むくじゃらな太い足が見えた。青白い皮膚に血管が浮いていて、その姿が妙に薄気味悪くジェットには感じた。
 男のペニスは、半分程勃っていた。
 顔を近づけると恋人とは違う男の匂いがする。
 ジェットはペニスを手で握り込み、先端を自らの躯に触れさせながら再び、立ち上がり、男の首筋を耳元に向かって舌でねっとりと辿る。
「どういうのが、好みなの? あんた」
「そうだな。普段、仕事でこき使われるからな……」
「じゃぁ、たっぷりサービスしてやるよ」
 ジェットは茶目っ気たっぷりにウィンクのサービスまでつけて言う。その後、男の鳩尾に軽く拳を入れるとあっけなくその男は気絶してしまった。
 サイボーグと生身の男では、比べものにはならないし、男はジェットのことを男娼だと思っていたのだから尚の<ことである。
 力を失った男を床に横たえると、ジェットは男の荷物を確認する。
 煙草の吸殻はない。
 常備されているミネラルウォーターにも口をつけてはいない。
 男と自分がここに居た形跡が何一つ残っていないか確認する。ジェットはサイボーグの能力を使い屋上からこのホテルに入ったので、フロントは通ってはいない。要するに、ジェットがこの部屋に入ったところを誰も目撃していないのだ。
 そして、男の洋服を靴下から靴に至るまで脱がせると、ホテルに常備してあるクリーニング袋に全て突っ込み左脇に抱える。そして、気を失っている男を右脇で抱えると開け放った窓から顔を出して、周囲を見渡した。
 地上一二階のホテルの窓から出入りする人間の姿を見ている物好きはそうはいないだろうし、時間は既に深夜二時を回っていた。
 そしてジェットは男と荷物を抱えたままNYの虚空に姿を消した。






 ジェットは路地に座り込んで、ズボンの尻のポケットに入れたままくちゃくちゃになってしまった煙草に火を着ける。
 夜の仕事や遊びから帰宅する人間と朝仕事に向かう人間が交錯するNYの慌しい一時を尻目に、ぼんやりとその流れに視線を送る。
 一人の男が死んだところで、世の中は変わらなく流動していくのだ。
 それが、ある組織の中で影響力を持った男だとしても、それは変わらない。
 男は海に沈めてきた。
 今頃はサメの餌にでもなっている頃だろうか、それとも海流に乗って何処かに流れていったのだろうか、それは海のみぞ知るというやつだ。
 どうなったのかと考えた瞬間、ホテルで見た青い血管の浮いた白い皮膚を全身に纏いながら海中を漂う男の死体の映像が脳裏に浮かび、吐き気を覚えた。
 自分達が生き延びる手段だと割り切っていたとしても、暗殺の後に襲ってくる倦怠感は何度経験しても拭うことが出来ない。
 ジェットは、戦場以外での使用目的の実験として暗殺を行う訓練も受けていたのだ。どうやったら確実に相手を殺せるのか、相手にどうやって近づくのか、その為の訓練を施し、能力を授けたBG団の幹部をターゲッドに成果が発揮されているとは皮肉なものだ。
 その為のセックスのテクニックや会話、目の色や髪の色を変えて変装する方法。人間のどの場所にどういう方法で攻撃を加えれば人間は死ぬかという講義と訓練。身近にあるものを暗殺の道具として用いる為の訓練。忘れたくとも植えつけられたメモリーをデリートすることは出来ない。
 短くなった煙草を路上で潰した。
 そして次の一本を取り出して、口に咥える。
 これは恋人が愛飲している煙草なのだ。
 NYに独りいる時、彼恋しさにこの煙草を吸う。
 突然、ジェットは彼に会いたくなった。
 ふとした瞬間に会いたくてたまらなくなってしまうのだ。特に暗殺という行為の後は尚更そんな気分になることが多い。
 あの冷たいボディに、熱い心に触れたい。
 血液が沸騰してしまうまで、乱暴に愛されたいとそんなことを願ってしまうのだ。
 暗殺をする度に自分が隠し持っている淫靡な部分を擽られる感覚に陥り、いつもより淫らに乱れたくなる。
 だから、彼に会えない時は男を捜す。
 乱暴に抱いてくれそうな、恋人に似た男を見付けて誘うのだ。
 けれども、その事実をジェットは恋人に決して告げることはない。そうすれば、恋人は自分の所に来いと、強引にでもジェットを抱き締めて離れられなくしてしまい、望むモノを与えてくれるだろう。
 それは自分の彼に対する想いとは違うことのような気がしている。
 でも、会いたいとの気持ちに偽りはない。
「アル、あんたに会いたいよ」
 小さく呟くと立ち上がり、ジェットは空を仰い見る。
 暫し、青い空を見上げていたが、いつの間にか肉食獣がサバンナに紛れるかのような密やかな足取りでジェットはNYの喧騒に身を隠してしまった。







 一ヵ月後、NY沖で休暇を楽しんでいた人物が遺体を釣り上げた。
 長い間海に浸かっていた上、サメに食い千切られた形跡もあり、身元が判明できる手掛かりはほとんどないと新聞記事に小さく掲載された。





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From '我が心を君に告げること勿れ' of the issue 2003/12/29