Santa Claus and Reindeer 『Santa Claus and Reindeer(2003年12月29日発行)』より



 玄関のドアを開けて家の中に入ると、躯の表面についた氷の粒がキラキラキラと溶け出す。
 轟々と焚かれた暖炉の傍に寄って行くと、毛皮に含まれていた水分が音を立てて蒸発していく感触が伝わってくる。
「ご苦労だったな」
 とサンタクロースが年若いトナカイの背後からそう声を掛けて家に入ってきた。
 きっちりと施錠をし、被っていた帽子を脱ぐと当り前のように暖炉の前に立っているトナカイの隣に遣って来る。
「いや、うん」
「初めてのクリスマスの配達業務は疲れただろう?」
 優しい言葉にトナカイは困った顔を見せるのだ。
 そんなトナカイを見て、サンタクロースは嬉しくなる。手袋を外して鋼鉄の右手で肩を抱き寄せるとふわふわとした柔らかな毛皮の感触が疲れた心と躯を癒してくれる。
「あんたこそ……」
「お互い様だ」
 サンタクロースは寒さで赤くなっていたトナカイの鼻の頭に小さなキスを落とす。トナカイは甘えるように、冷たい頬を自分より更に冷たいサンタクロースの頬へと寄せた。
 互いの温もりを分け合うようにサンタクロースとトナカイは抱き合う。
 それは、世間がクリスマスの余韻から冷めた一二月二六日の午後の出来事であった。





 ここは、サンタクロースとトナカイが暮らす村である。
 サンタクロースは人間であった頃苦難の人生を歩み、精神的に老成し、円熟した人間のみに次の新たな人生としてサンタクロースという称号が与えられるのである。従って、年老いた者達が多いというのは、そういう事情があってのことだった。
 五年前にサンタクロースとしてこの村にやって来たのは、まだ年の若いサンタクロースであった。
 三〇歳そこそこの外見も珍しかったけれども、何よりも目を引いたのは鋼色の右手であった。武器になるその右手は幾人ものサンタクロースの危機を救い、そのお陰なのか若く経験も浅いながらも、他のサンタクロースからは一目置かれ、頼りにされていた。
 しかし、サンタクロースはトナカイというパートナーを得て、初めて一人前と見なされるのである。どんなに一目置かれていても、トナカイというパートナーを持たない彼はいつまで経っても半人前であった。
 サンタクロースの村から少し離れた場所にトナカイだけが住む村がある。
 サンタクロースの村に住むことが出来るのは、サンタクロースのパートナーになれたトナカイだけであるのだ。
 サンタクロースとトナカイは一心同体。
 同じ家に共に暮らし、共に苦楽を分かち合い。
 どちらかが死んだとしても、互いに次のパートナーを選ぶことなく、一年も待たずに寂しさのあまりに亡くなってしまうケースがほとんどなのである。
 互いがいなくては生きていけない程に、互いを必要としているサンタクロースとトナカイなのである。
 この年の若いサンタクロースが選んだのは、抜きん出たスピードで空を駆ることのできるトナカイであった。
 赤味掛かった金色の毛皮と青い瞳を持っていた。
 外見は普通のトナカイと違わない。強いて言えば、可愛らしい顔立ちをしているということぐらいだろう。
 だが、トナカイが最速を誇れるにも、若いサンタクロースと同じで一風変わった事情があった。蹄からジェットエンジンを噴射させ、その力を借りてマッハの速さで空を駆ることが出来るというわけであったのだ。
 自分の肉体の奇異な部分を気にしていた若いサンタクロースはこのトナカイが気になって仕方がなかったけれども、二人っきりで話す機会などあるはずもない。年月が過ぎて行き、ひょんなことで、二人は運命的な出逢いをしたのだ。
 それは、そりを引きずってサンタクロース村の村長から、NASA宛の手紙を持ってアメリカまで出掛けた帰りのことであった。
 トナカイが居れば一ッ飛びの距離なのだが、トナカイというパートナーのいない彼は自分の足で歩いていくしか交通手段はなかった。
 トナカイの村の近くを通り過ぎて、サンタクロースの村まで後少しという場所でそりを止めて一服していた所に、トナカイが声を掛けて来たのだ。
 もちろん彼のことは遠くから見ていた。あまりにも足が速く、その駆け方も特異であることから、トナカイの仲間達から敬遠されていたことも、トナカイの村から少し外れた場所で独り暮らしていることも知っていた。
 何故なら、トナカイの数はサンタクロースの数より遥かに多い。
 ということは一生サンタクロースに声を掛けられることのないトナカイもいるのだ。そんなトナカイ達は徒党を組み、弱いトナカイを襲ったり、痛めつけたり、あるいはサンタクロースのパートナーとなることが決まっているトナカイに嫌がらせをしたり、酷い場合には、サンタクロースとパートナーになっているトナカイにすら乱暴を働くことがあったのだ。
 だから、常に目の敵にされている自分のせいで他のトナカイに迷惑がかからないようにと、このトナカイは村外れに独りぼっちで暮らしていたのだ。
 声をかけられただけで、サンタクロースの気持ちは決まった。
 彼が自分のパートナーだと直感したのだ。
 今、放してしまったら二度と出会えないかもしれないとの恐怖からサンタクロースはその場でそりの引き綱をトナカイに手渡したのだ。
 そりはサンタクロースの大切なものである。
 その引き綱を渡すということは自分のトナカイになって欲しいと言うのも同然の事柄なのであった。
 もちろんトナカイは素直にそれを受け取った。
 そして、サンタクロースはそのまま一度もトナカイを今まで住んでいた場所に帰すことはしなかった。
 それ以来、二人は仲睦まじくサンタクロースの村の北端に住んでいるのだ。
 




「お腹一杯」
 トナカイは頬を蒸気させつつシャンパンを煽ると、大きなゲップをしてみせた。
 幸せそうな笑顔に、ついついサンタクロースのいつもは無愛想な顔も優しく綻ぶ。決して他人には見せない、トナカイを見詰める時にだけ見せる穏やかな表情なのだ。彼と暮らすようになってから、広いと感じていたこの家がそうではないと思えるようになった。
 玄関を入ってすぐにそり用の倉庫があり、其処から階段を登るとロフトがある。
 倉庫を左手に中に入って行くと、大きな暖炉が設置されているリビングダイニングキッチンがある。キッチンはアイルランド式のもので、よく二人で料理をしたりするのだ。
 リビングの深々と身を沈められるソファーにはファーが掛けられていて、手先の器用なサンタクロースが独りで過ごす時間を潰す為に作っていたクッションが乱雑に置かれている。
 更に奥には二人の寝室と、サウナ付のバスルームが完備されていた。
 二人で生活するには手頃な広さと使い勝手の良さがある。
 元々、サンタの家はトナカイと暮らすことを前提にして造られているのだから、独りで暮らしていれば広いと感じてしまうのは仕方のないことであった。
「ああ、にしてもご馳走だな」
「今まで、クリスマスも全然関係なかったしな。いっつも独りで、こんなご馳走食べたことなかったぜ」
 クリスマスの特別業務が終ると、その業務に関わったサンタクロースとトナカイには特別に各自宅に豪華なクリスマス料理が届けられるのだ。ちょうど、業務を終えて帰宅する時間を推し量って、それらは配達され、暖炉には火が入れられる。
 ローストチキン、ケーキ、パイ、フルーツ、冷えた躯を温める熱々の野菜が沢山入ったスープ、シャンパン、ワインまで添えられる。冷蔵庫にも日持ちのする料理や食料品がところ狭しと詰め込まれていて、二人で食べたとしても一日で食べられる量ではない。
 だいたいのサンタクロースの家では、クリスマスのご馳走を食いつないで、その間、何もせずにゆったりと時間を過ごし、疲れを癒すのが恒例となっている。
「雪が止んだな」
 サンタクロースがぽつりと耳元で囁いた。
 二人は隣に座って食事をする。
 ちょうど窓から外を眺められる場所にダイニングテーブルを設置して、向かい合わせではなく長いベンチタイプの椅子に座って食事をしているのだ。それは、少しでも、互いの存在を感じていたいからだった。
「うん」
 耳元で囁かれる甘い声がトナカイの毛皮の下にある素肌をぞくりと粟立たせた。
「なあ、トナカイさん。俺用の甘いデザートは用意してくれないのかね」
 と舌を耳朶に這わせる。
 クリスマスの準備でとにかく忙しかった。互いに別々の場所で仕事をすることも少なくはなかったのだ。一週間近く会えない時もあった。それは、サンタクロースとトナカイとしての義務だと理解していても辛かったのだ。
 こうしてサンタクロースが自分を欲してくれるのも、やはり久しぶりのことで嬉しくないはずはないのだ。
 サンタクロースの喜ぶことに、トナカイは喜びを感じる。
 サンタクロースがパートナーの躯を欲しているのだとしたら、トナカイはそれを拒否することは出来ないくらいに、サンタクロースとトナカイは深く結ばれているのだ。
「あっ」
 でも、久しぶりだから恥ずかしい。
 薄暗い寝室でのセックスとは違う。ここはリビングで煌々と明かりが点っているではないか。この時期に訪ねてくるようなサンタクロースはいないとしても、滅多に見せない素肌を見られることにトナカイは羞恥を感じるそんな習性を持っている。
「お前の、白い素肌を見せてくれ」
 更にトナカイの心の深い場所に誘いの言葉を落として、サンタクロースは鋭角な顎のラインを右手でなぞった。それだけなのに、ぞくりと腰の奥に熱い痺れを感じる。
 トナカイの毛皮はトナカイ自身の意志でしか脱ぐことは出来ない。
 トナカイが毛皮を脱ぐのは、風呂に入るときと、パートナーであるサンタクロースが欲した時だけなのだ。それ以外は温かな毛皮でその素肌を覆い隠している。
 小さくトナカイが頷くと、するりとトナカイの毛皮がまるで桃の皮がつるりと剥けるかの如くに肩を滑り落ちていく。
 毛皮の上からでは分からないが、意外と薄い肩と胸が露になった。
 サンタクロースはトナカイの全てが愛しくてならない、との仕草で白い素肌を確認するように口唇を這わせる。
「っあ」
 吐息が上がり、トナカイはぎゅっとダイニングテーブルの縁を掴んだ。
 サンタクロースの口唇はそのまま胸を経て、臍を擽りやがて毛皮を脱いだとしても茂る場所に辿り着く。既に勃ち上がっているペニスを口に含むと、トナカイの躯がぴくんと大きく跳ねた。
「いっ……ゃあ」
「イヤじゃないよな」
 ペニスに息を吹きかけるようにして問うと、トナカイは小さく頷く。どうして、サンタクロースに愛されることがイヤだと言えるのだろうか。サンタクロースが自分のトナカイしか愛さないように、トナカイもまた自分のサンタクロースにしかその身を委ねることはない。
 椅子に座っている体勢の為、腰の辺りでわだかまっているトナカイの毛皮と白い素肌のコントラストがまたサンタクロースの目には艶かしく映るのだ。
 トナカイの素肌は非常に敏感だ。
 触れただけで、快楽を訴えてくる。
 普段、分厚いトナカイの毛皮で覆われて保護されている為に、様々な刺激に弱いのだ。しかも、トナカイにとってパートナーであるサンタクロースへの絶対的な愛情が触れられる全ての感覚を快楽へと摩り替えてしまうのだ。
「くぅん、あん」
 くちゅりと、音を立てて愛撫してやると甘い声を上げてもっとと腰を浮かして押し付けてくる。腰が浮いた一瞬を見計らって毛皮を取りさると白いしなやかな程よく筋肉のついた足が現れる。
 ペニスを口に含みながらも、掌で白い足のラインを確かめるように撫でると、僅かな触感を拾って膝が大きく震えるのが分かる。
「ほら、いい子だ」
 と上体を起こしたサンタクロースは暖炉を前に敷かれた黒いファーを指差した。
 トナカイは困ったような顔でサンタクロースを見ると、何も身に着けない姿のまま部屋を横切りその黒いファーの上に白い肢体を横たえる。
 やはり黒いファーの上に彼の白い肌は綺麗に映える。
 轟々と燃え盛る暖の火がそれにアクセントを加えてくれ、何とも絶景な眺めとなっていた。
「っう、ふん」
 敏感なトナカイの素肌は、中途半端に愛されたことによって更に敏感になり、ファーの感触に感じて、熱い吐息を吐き出している。その証拠にペニスからはたらたらと透明の液体が流れ初めていた。
 サンタクロースは残っていたシャンパンを一気に飲み干すと、ゆっくりと立ち上がる。そして、サンタクロースのトレードマークである赤い服を脱ぎ捨てて、上半身を露にした。右腕の機械で出来た部分が暖炉の炎を反射させて、まるで溶鉱炉で溶ける鉄の如くの色合いに見えた。
 それは自分の寄せる激しい愛情を具現したようで、トナカイにはとても嬉しく思えるのだった。
「さあ、どうして欲しい?」
「あんたに、愛されたい」
 トナカイは頬を染めながらも、はっきりとサンタクロースを見上げてそう告げたのである。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'09/04/01
From 'Santa Claus and Reindeer' of the issue 2003/12/29