デパートの屋上でトキメイテ



 あの時は本当に死ぬかと思った。
 幸せだったとは言い切れないけれども、これから幸せがやって来ると信じていた人生がここで終ってしまうのかと本心でそう思った。彼が助けてくれなかったら、そうなっていたかもしれない。
 けれども、彼は勇敢に立ち向かって、自分を強盗犯から助けてくれたのだ。
 事情徴収の為、警察に連れて行かれた帰りに自宅まで送ってくれたのは、同じく事情徴収を受けた彼で、お礼をしたいからと強引に誘い出し、この二人の出会いの切っ掛けとなったデパートの中にあるカフェで待ち合わせすることにしたのである。
 約束までにはまだ少しだけ時間があるジェットはバックからコンパクトを出して、自分の顔を確認する。今日の為に、秋の新色のルージュとアイシャドウのパレットを購入した。
 しかも一番、お気に入りのワンピースを着てきた。
 助けてくれたのは、多分成り行きなのだろうけれど、彼の優しさとジェットを気遣う細やかな心遣いに、いわば惚れたのである。あまり男運の良くないジェットにしてみれば、それだけで王子様に見えてしまう。
 ちゃんと仕事をしていないのは当り前で、お金をせびらないだけマシという男とばかり付き合っていたのでは、普通の男が王子様に見えても仕方がない。
 ジェットは早くに両親を亡くし、苦労して高校を卒業した。その後、アルバイトとして現在の人材派遣会社で働き、その働きぶりが認められて、ようやく正社員になったのである。
 特にジェットが所属しているのはイベント関連に人材を派遣するセクションで、最初はきぐるみショーの雑用からスタートしたのだ。今では、子供向けのショーの司会のベテランで、新人教育も手掛けているのだが、人手が足りない時には、そうあの強盗犯に襲われた日のように現場に出て、子供向けのショーの司会をすることも少なくはない。
 テレビで人気のある戦隊ヒーローモノとなれば、相応の司会が必要だとあの日はジェット自ら出陣していたという次第なのである。
「どんな人なんだろう」
 ジェットは色々と想像しながら、目の前に置かれたティーカップの持ち手を白い指でなぞった。
「遅くなってすまない」
 と現れた彼は、先日とは別人のようで、高級そうな背広を着ていた。
 ジェットはここで回想を打ち切ると、手にしていたコンパクトをバックに仕舞った。
「遅い。随分と待たせたんだから……、埋め合わせに、何してくれる」
 ジェットは意地悪い口調で待ち合わせの相手にそう言った。
「今度の休みは、俺の手料理を湖畔の別荘で……、ってのはどうだ」
「よろしい」
 そういうと二人は顔を寄せ合って、くすくすと恋人同士にしか分からない忍び笑いを零した。
「最初のデートの待ち合わせもここだったんだぜ」
 そう最初は、アルベルトが自分の会社の社長だなんて知らなかった。何故なら、最初に出会った時にはアルベルトは悪役のきぐるみの中に入っていたからだ。よもや、いくらイベント関係の人材派遣会社からスタートして、様々な分野の専門家を抱える大手人材派遣会社に成長したその立役者の一人でもある社長が、昔が懐かしいからといって、社員に内緒できぐるみを着てショーに出演しているとは思わない。
 さすがに社長業が忙しいので、1ヶ月一度程度のペースだが、アルベルトは今もきぐるみを着てショーに出ている。最初は数人でそこからスタートさせた会社なのである。
「そうだな。お前が司会だったからな」
「???」
 アルベルトは運ばれて来たお冷を飲み、コーヒーを注文した。
「そう、あの当時、お前を正社員に昇格させるっていう話しを聞いて以来、ずっと気になっていたんで、お前が司会をするショーに出ることにしたんだ」
 ジェットは驚いた顔をする。恋人として付き合い始めて半年が経ったが初めて聞く話しである。
「それって、オレに気があったってこと」
「そうだな。その時は気付いていなかったが、強盗犯に人質に取られて泣きそうなお前の顔見てて、ああ、お前が好きなんだって気が付いた」
 これも初耳だ。
 会社では堅物で通っている社長のアルベルトが、実はジョークが好きな上に随分と恋愛に関してはずれた感性の持ち主であることを知ったのである。そう、クールでハンサムでカッコイイなんて女性社員に人気があるけれども、普段のアルベルトを見たらどうなんだろうとジェットは笑う。
 まるで、社長というきぐるみを着て仕事をしているみたいだと思えてしまう。
 余程、この仕事が好きなのだと、ジェットはアルベルトがますます好ましく思える。
「それよりも、今度、新しい仮面ライダーのショーをやるんだが、司会頼むな」
 アルベルトがそう直接言うということは、また自分も出演する気満々なのである。いつも秘書のフランソワーズがそのスケジュールのやりくりで頭を抱えているのは知っているけれども、現場ではアルベルトが社長であることを知るものは現場を仕切っているチーフぐらいなものである。
 そんな現場で働くアルベルトは本当に活き活きとして楽しそうなのだ。
 それを見ると、また惚れてしまうジェットがいる。
 しかし、アルベルトの目論見は別の方向にもあった。
 確かに、ショーに出ることは楽しいし、現場から遠ざかった今となっては趣味いや、ストレス解消にも等しいが、それ以上に、可愛いジェットに悪い虫がつかないように見張っているという意味もある。
 だいたい強盗犯がジェットを人質にしたのだって、一番可愛くて美人だから目に入ってしまったのだろう。
 でも、舞台で司会をしているジェットはキラキラと輝いていて、可愛くて、その姿を見たいけれども、悪い虫がつくのは困る。というわけで、秘書のフランソワーズに怒られながらもアルベルトは以前にも増してショーに出演するようになった。
「ああ、その話し、聞いてる。そうそう、そこのデパートの屋上にあるジェラードが美味いんだってさ。休憩時間に一緒に食べに行こう……な」
「ああ、約束だ」
 二人は、小指を絡めて、そんな秘密の約束をした。





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