不埒なsignal



「アル……」
 甘い声で囁く年下の恋人はしなやかな腕を彼の首に巻きつけて、形の良い、けれども薄い口唇を少し開けてキスを強請る。細い腰に無骨な手を回すと、下半身を擦り付けるようにして、キスの先をも強請ってくる貪欲さすら可愛らしいと思えてしまう。
 自分だけを求める必死さが、何よりも彼の情欲の炎を燃え上がらせる。
 久しぶりの逢瀬であっのだから、尚のことかもしれない。
 彼の仕事はトラックの運転手であるが、勤めている会社はヨーロッパ各地に支社を置くある運送会社である。特に、変わった荷を運ぶことにかけては名前の知れたこの会社では、雪山を走らされたり、地図に載っていないような場所までGPSを頼りに荷を届けさせられたりとなかなかにハードな会社なのである。
 従って、休みは不定期で、彼の休みごとに逢瀬を重ねている2人にしてみれば、実に20日振りのことであったのだ。
 自分もふとした折に、年下の恋人の細くしなやかな白い肢体を思い出し、別れ際に残した首筋の証しも既に消えているのだろうと、そんなことを考えたりもしていた。
 トラックごと荷を届け、イギリスから飛行機でベルリンに戻った彼を空港で出迎えたのは年下の恋人であった。
 空港にも関わらず、まるで、飛んで来たような軽やかさで彼の腕に飛び込んで来たのだ。そして、頬にお帰りのキスを落として、彼は自分のモノと言わんばかりに、腕を絡ませてくる。
 空港からタクシーに乗り、自宅近くでレストランで夕食を済ませて自宅に戻る間、恋人はずっと彼に発情した猫のように躯をすりつけてきていた。
 確かに、そそられるとは思う。別に、年下の恋人との関係を知られても別にどうというこはないけれども、自分達は男同士なのである。帰る道すがらも、チロチロとジェットの艶やかな姿に見入っている視線が気に入らない。
 跳ねる癖のある赤みかがった金髪に、雲一つない青空のような晴れ渡った青い瞳、目元に薄っすらと残るそばかすの跡が彼がまだ年若い青年であることを告げている。薄い胸から細い腰を覆うのは、薄い紫色のシルクのシャツで細い肢体にぴたりと張り付いていてその優美なラインを曝け出していた。
 ローウエストのスリムのジーンズを海賊マークをあしらったバックルのついたベルトで止め、バックルの上には臍が覗いている。スリムのジーンズに覆われた華奢な足は猫の足というよりは、小鹿の健康的で躍動的なそんな魅惑的な雰囲気を醸し出していた。
 媚態を隠そうともしないで、回りのことなど気にも留めずに自分を強請る姿に、はっきり自分の方も限界なのだと諸手を上げることしか出来ないのだ。
 不躾な恋人の躯を舐めまわすような視線がその華奢な肢体を這い回る度に、彼はその相手に殺気を込めた視線を返すのも、また、楽しいと思えるから自分は救いようがないのかもしれないと、苦笑しつつ、待ち侘びる口唇に自分を口唇を重ねた。
 先刻の夕食の入っていたガーリックの匂いがするけれども、別に一向に構わないと思うし、生きているという感触が心の中に燻らせていた欲望という火種に油を注ぎ、簡単に燃え上がらせる。
 触れなければ、我慢も出来るが、触れてしまえば、抑えが効かなくなる。逢瀬を重ねる度に、恋人が根を上げるか、気絶するまで求めてしまう自分の強欲さに呆れてしまう反面、どうして恋人にそこまでの情欲を感じてしまうのか、不思議でもあった。
「ジェット…」
 耳朶に囁きを落とすと、閉じていた瞳を薄っすらと開けてアルベルトを見詰める。はんなりとやわらかく笑うとそのまま後に倒れて行く。道連れにされる形で2人はベッドに沈んだ。
「アル、会いたかった」
 子供のように少し拗ねた口調でそう告げる寂しがり屋のジェットが20日もよく待っていてくれたものだと、自分のことを考えて独り、今日が来るのを指折り数えて待っていたことが簡単に想像出来るだけに、一緒にいる間は、骨の隋まで甘えさせてやりたくなってしまうのだ。
 大腿部に当たるジェットの下半身が張り詰めているのがわかる。どれ程に、自分を欲していたか伝わってくる。迷いなく厚手のジーンズ地の上からやんわり握ると、背を反らせ、逃れるように躯を捩る。
「こんなに、なってるぜ」
 アルベルトの囁きにジェットはそばかすの跡の残る目元を染めながらも、真っ直ぐとアルベルトを見返して、憎まれ口の口調で、素直な彼の心を伝えてくるのだ。
「20日だぜ。20日。あんたはおじさんだから、我慢できても、俺はまだ若いから、我慢できないのっ!」
 つまりは20日も構ってもらえなく寂しいと言っているのである。アルベルトと会えない20日をジェットはどう過ごしていたのか、よく覚えてはいない。曇った空を見ては、アルベルトの瞳を思いだし、機械の手のオブジェを見れば、鋼鉄の手が齎してくれる快楽を思い出し、とそんな日々だったのだ。
 今日だって、分かっていたから、ワザと露出度の高い服を選んだつもりだったのだ。
 それなのに、アルベルトはおやおやと片方の眉を上げただけで、全然、セクシーだとは思ってくれないその態度に腹が立つやら、彼らしいと思うやらなのだ。
「おじさんね」
 アルベルトはそう笑った。確かに、推定年齢18歳の彼から見れば、推定年齢30歳の自分はおじさんかもしれないが、艶に紛れてでもこういう憎まれ口を叩くジェットが悪戯好きの子猫に見える。
「だったら、試してみるか?」
 首筋に新しい証しを刻もうと口唇を寄せつつそう問い質すと、ひくりとその熱い吐息に白い肢体が反応を返してくる。それが、イエスの意味であることぐらい知っている。ジェットの感じるところは全て知り尽くしているのだ。どこを触れれば、悶えて啼くのが、どのように触れれば、感じて縋るのか、それでも抱くたびに新しい発見もあるから、彼の躯は魅惑的だと思わせる。
 シャツの裾から手を這わせて、細い腰から胸へと手を滑らせて、軟らかな肌の感触を楽しみつつ、口唇を再び、重ねて、今度は舌を滑り込ませる。
 積極的に求めるようにジェットの舌がアルベルトに絡み付き、放すまいと腕に力を込める。いつも、行かないで欲しい。自分を決して捨てないで欲しいと言葉ではなく抱き合う度、縋りついてくる躯で必死に訴えてくるのだ。
 アルベルトにならどうされてもいいから、自分を嫌いにならないでとそういつも見詰める瞳で訴えてくる。多少、恥ずかしいことを要求しても、頬を染めながら、憎まれ口を叩きながら、アルベルトの求めるままに躯を開いてくれる。
 腔内に舌を這わせて、アルベルトを求めるジェットの舌をかわしつつ上顎を撫で上げ、歯列の生え際を擽る。口唇を甘く噛み、口唇を唾液で濡らすように舌を這わせると鼻から甘い吐息が漏れ聞こえてきた。
「っあ……アル」
 我慢出来ないとアルベルトのシャツをひっぱり、その先の刺激が欲しいと強請るが、こんなセクシーな姿のジェットを脱がしてしまうのも欲しい気がする。結局は裸で抱き合うことにはなるのだから、前菜としてこの姿のジェットを楽しんでも良いかとの考えにアルベルトは敢えてジェットの願いを黙殺することにしてしまった。
 最初、彼のこのいでたちを見た時に片眉を上げてしまったのは、とんでもない服装だと思ったからではなくて、セクシーで綺麗だから、衆人に見せるのは惜しいと思っただけのことなのだ。
 顔に自分の気持ちを巧く伝えられない男は、そんな表情をしてしまっただけなのである。
 シャツの裾から潜り込ませた手は淫らな肌を余すことなく這い回り、胸の尖りを指先で転がすようにすると、更に甘い声が上がり始める。
「ッ…ぃゃや…」
 大腿に当たるジェットの昂ぶりは細い腰から足へとぴたりと張り付いているジーンズの為に結果的には、拘束されている状態になってしまっている。彼を感じたいのにと悶えるけれども、隔てる布地が疎ましいとでもいうように、腰を揺らめかせる。裸で抱き合い。乱れる自分を見て欲しいのだとジェットは、決して声を押し殺さない。
「アル……してぇ」
 甘い声を耳元に落としても、硬い鋼鉄の男は動じる様子もなく、悶えるジェットの白い肌に残酷な答えを与えるだけである。
「そう、急かすな。夜は長い……」
 アルベルトの残酷な囁きに、ジェットは歓喜に身を震わせた。今夜も、放してもらえないと思うと、それだけで自分の中で機能を停止させていた快楽の神経系統が活発に動き始め、全ての感覚が愛しい独りの男にだけに標準が絞られる。
 この男に翻弄され、抱かれる喜びは生身の頃に体験したセックスよりも凄まじい悦楽をジェットに運んでくるのだ。躯だけでなく心も全て彼の冷たい熱に溶かされて行く感覚は、この躯でしか味わえない生き抜いてきたことへの最高の報酬だ。
「アル」
 全てをアルベルトに委ねるとの意味を込めて、その名を呼ぶとジェットの好きなニヒルに笑みが返って来る。その表情を瞼の裏に焼き付けて、彼の齎らしてくれるモノへと神経系統の全てを集中させた。





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