分別回収 −可燃物−



『ただいま』
 その声にアルベルトはタオルを掴んで、玄関へと走った。
 想像していた通り、濡れ鼠になったジェットが玄関に佇んでいた。
 その腕には、抱き締めるように箱を持っている。
 箱はビニールで厳重に防水されているのにジェットは傘で濡れないように必死に持って帰って来たよう見えた。
 それでなくとも、昼から突然降り始めた雨は激しい風を伴い、傘など役に立たないくらいに激しく降っている。
 ニュースで確認すれば、それは台風であるということが分かった。
 置き傘をしてあるけれども、多分濡れるだろうとジェットの帰る時間を見計らって、タオルを用意して待っていたのだ。
 今日は、アルベルトは休みだったので、ジェットを仕事に送り出すと、部屋の掃除と洗濯を済ませ、買出しに出掛けた。
 買出しから帰宅する途中でアルベルトも雨に降られて、ずぶ濡れになったのだ。
 その時よりも、雨は激しくなっている。
「おかえり」
 そう言ってタオルを差し出したアルベルトに礼をいうと、ジェットは玄関脇のチェストの上にその箱を置いてからようやくタオルを受け取った。
「そいつは何だ?」
 アルベルトからしてみれば、当然の質問だった。
「何って、ケーキ」
「雨の日にわざわざ、買って帰ってこなくたって……」
 少し呆れた口調のアルベルトにジェットは、全く何を言っているんだという顔をして、アメリカ人独特の肩を聳やかすポーズをとる。
「あんた、去年も、不用意なこと言って、生ゴミと化したケーキを片付ける羽目になったんだろう?」
 ジェットはそう言いながら、ずぶ濡れのスニーカーと靴下を脱ぎ、足をタオルで拭った。
 裸足でバスルームに向いながら、そいつ冷蔵庫に入れておいてとアルベルトに言うのも忘れない。
「おいっ!! 去年って……」
 バスルームの手前でジェットは後からついてくるアルベルトを振り返った。
「無意識だろうけど、故意に誕生日忘れようとすんなよな。去年もせっかくバースディケーキを作ってくれた人に何か言っちまったんだろう? で、生ゴミの化したケーキ片付けさせられた。そいつを忘れたのか」
 そう言われて、今日がジェットと出会って1周年でかつ、自分の誕生日だったことを屋思い出した。
「だから、今年は去年の分も含めて、味わって食えよ」
 ジェットは悪戯っぽい笑みを残して、バスルームへと消える。
 アルベルトは閉じた扉を驚いたような顔をしたまま見ていた。
 確かに、去年のあの頃は、何もかもが上手くいかなくて、かなりイライラしていた。
 転職して間もない頃だったし、新しい環境に慣れるだけで精一杯だったのに、あまりアルベルトが好きではないタイプの女性からの再三のアプローチは更に神経をささくれだったものにしてくれていた。
 けれども、あの日、ゴミ捨て場でジェットに怒鳴られてから、まるでそれが切っ掛けになったかというように、上手く回らなかった様々なことが回り始めたのだ。
 そして、数日後、ジェットと再会して紆余曲折の後、恋人同士になって今に至る。
 一緒に暮らすようになってからはまだ三ヶ月程しか経っていないけれども、長い間、共に居たパートナーのような安堵感をアルベルトはジェットとの暮らしで手に入れた。
 取り合えず、ジェットに頼まれたようにケーキの箱を冷蔵庫に仕舞うと、濡れたジェットのスニーカーを何とかしようと古新聞を出したりと部屋の中をアルベルトはうろうろしていた。
  まるで、バスルームの前をアルベルトが通りかかるのを計算していたかのような、絶妙なタイミングだった。
 ジェットは腰にバスタオルを巻いた格好でバスルームから上半身を覗かせる。
「ああ、肝心なこと言い忘れてた」
 そう言ったジェットの白い肌に張り付いた赤い髪からは、雨の湿った匂いではなく、愛用しているシャンプーの香りが漂ってくる。
 ジェットの髪は猫っ毛のなのに強い癖があり、なかなか男性用のシャンプーでは髪が纏まらず、女性用のシャンプーを愛用しているので、甘い香りがシャンプー後のジェットからは漂ってくる。
「誕生日、おめでとう。アル」
 ジェットは、驚いたままのアルベルトに触れるだけのキスをした。
 そして、再び、バスルームに引っ込んだ。
 アルベルトの顔が、嬉しさで歪む。
 理由なんてどうでも良い。
 ただ、ジェットが自分の誕生日を覚えていてくれて、祝ってくれようとする気持ちが嬉しくてたまらない。
「ったく、いらん気回しやがって……」
 照れ隠しにアルベルトはそう呟いた。





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