地球は寂しい魂たちで構成されている



 アレハイッタイナニモノデアッタノダロウカ?

 その言葉を呪文のように唱えながら、ただ、ひたすらに歩き回った。
 彼等部族が生活を営んでいた広大な大地を一歩一歩まるで、確かめるように歩きながら、ただ、そのことだけを考え続けていた。ジェロニモが産まれるずっと昔から、この地に住み、大地と共存して来た歴史が刻まれたフィールドである。
 ささやかで、穏やかな日々がここにはあったのだろう。
 生きて、そして、死んでいくただそれだけの、人としてのシンプルな生活がそこには存在していた。ジェロニモが産まれた時には、既にインディアンの生きる大地はなかった。住んでいた一角を保護区とされただけで、それらを取り巻く全ての大地は誰のものでもないというのに、国と言うシステムが支配してしまった。
 大地は支配するものではなくと共に生きるものなのだと、長老は言っていた。
 その長老も亡くなり、長老の人望で辛うじて踏みとどまっていた人達も物質的に豊かな生活を求めて、都会に出て行ってしまった。残った僅かな家族は縮小された保護区で細々と生活を営んでいたのだ。
 長老が生きていた頃に、最後の砦を守るために、保護区に住んでいるものたちで金を出し合い、共同名義との形で、国からこの土地を買い上げたのだ。それを、残った連中は売ってしまった。多分、積まれた現金が大金に見えてしまい、半分騙されるような形でここを出て行ったのであろう。
 彼等も帰る場所を失った。
 そして、自分も、帰る場所もない。
 でも、ジェロニモを迎える故郷の風や大地だけは、温かに彼を出迎えてくれた。
 サイボーグになって、自然の息吹きを感じられなくなったが、あることを切っ掛けに生身であったころよりも確かに、対話が出来るようになった。どうしてなのかは分からない。サイボーグになったからこそ、眠っていた何かが目覚めのかもしれない。
 あの青い獣の正体は分からない。
 でも、ジェロニモには命を堵して対峙したからこそ、彼の獣の瞳の向こうに見えた寂しげな瞳を見ることが出来た。その瞳は泣いているようにすら見えたのだ。
 自分だから見れたのだとは思わない。
 無線が混乱するようにたまたま自分と波長が合ってしまったに過ぎないのだと、ジェロニモ自身は考えている。自分と対話をしてくれていても、大地が使徒として自分を選んだなどと思いあがれるようなジェロニモではない。
 彼が自分の鋼鉄の躯に牙を立てた瞬間、頭に飛び込んで来たビジュアルは何故だが風でも大地でも水でもなくあの青い地球の姿であったのだ。 
 彼等00ナンバーサイボーグは軍事用として開発されてもいたが、来るべき宇宙時代に備えて
 危険な場所での作業や、宇宙の戦闘をも想定して開発されていた。特にジェロニモやピュンマはその筆頭であった。
 ジェロニモはコロニー開発等の生きた重機として、ピュンマはありとあらゆる劣悪な環境に順応し、データを収集する存在として、特にこの二人は宇宙でのオペレーションを幾度も体験している。その時に見た地球が突然、頭の中に蘇ってきたのだ。
 しかも鮮明に、大陸の形一つすら変わってはいなかった。
 どうしてなのだろう。
 彼は何が言いたくて、自分にそのビジョンを見せたのか分からない。ただ、地球の青い姿を見せただであった。他には、何一つとして伝え様とはしなかった。
 人は愚かだとそう言ったけれども、愚かな人を生み出したのは大地であり、この地球であり、そして、神であろう。神が全能ならば、地球が意志を持つのだとしたら、何故に自分達にとって都合の悪い人間と言う存在を創らなければならなかったのだ。
 それは、必要であったからだ。
 善としてなのか悪としてなのか、あるいは二つを保つ為のバランサーとしてなのだろうか。何の為に存在しなくてはならないのか、それは自分如きでは分からない。でも、どんな形にせよ。真実の語るその中に人と言う存在が必要だからこそ、生み出されたのだと思いたい。
 愚かであるからこそ、何かを見つけられ、そして、語れるのだと人として産まれたのだからそう信じたい。サイボーグという自然の摂理に逆らう存在であったとしても、風や大地や水達、ジェロニモを囲む環境は彼に語りかけてくれる。囁くような声であるけれども、耳を澄ませば彼等の声を聞くことが出来る。
 ジェロニモを取り巻く自然と、あの青い獣は同質であり、そして異質である。
 あんなに冴え冴えとした冷たさは、ジェロニモを囲む自然にはない。彼を囲む全てはいつも温かで心を癒してくれるものばかりである。
 本能の奥にある原始的な恐怖を鷲掴みにされるようなそんな感覚は味わったことはない。あの獣はそんな強さと、恐ろしさを内包していた。勝てるとも思ってはいなかったけれども、人として誰かどんな形にせよ愛しているとの心があるのだと、一矢報いてやりたかった。
 どんな、愚かな人であったとして愛する心は持っているし、それがあるから人は人として生きていけるのだと、その心があるからこそ、憎しみ合うこともあるけれども、それが人として生きる為の原動力の根本であるのだと、その心がある間は人は破滅の道を歩んだとしても、滅びはしないとそう言いたかった。
 ひょとしたら、その善と悪のバランサーの錘の一つとしてBG団と言う存在があるとしたら、皮肉である。憎む存在で戦う相手で、自分達の人生を奪った連中であるけれども、自分がBG団の一員だと知らずにいる者達もいるのだ。
 BG団が支配する企業体に勤めている人達は自分達が日々、死の商人の手先として働いていることなど知らない。でも、BG団だから、自分達が恨んでいるかと言えば、恨んではいない。
 確かに、矛盾だらけである。
 矛盾があるから、人なのかもしれない
 けれども、彼女が夫を愛し、野菜を育てる生活を愛していたことに偽りはない。夫を愛しているというのは動物的な本能であって、愛情と言うのは人は番を選ぶ為の態の良い言い訳であり、野菜を育てるのは食物連鎖を乱しているとの見方も出来るけれども、そうでない見方も出来る。
 何が正しくて、何が間違っているかなどは、ジェロニモにも確たる答えを出せるはずもない。
 彼自身が惑う存在であるのだから。
 でも、人を愛している。
 仲間達を愛している。
 本当に、人を憎むのならば、その圧倒的な力で人類全てを抹殺してしまえば良いのだ。
 中途半端に人を襲い、騒ぎだけを起こしたことに何の意図もジェロニモには感じられない。でも、フランソワーズはあの獣はサイボーグでも生体兵器でもないと言った。普通の豹と同じ肉体を持っていたのだと、そう言って寄越した。
 どう考えても、青い獣の正体は分からない。
 そして、何故、自分に留めを差すことなく姿を消したのか。それも分からない。
 いずれ理解出来る日が来るのかとジェロニモにはそうは思えないでいる。
 残ったのは不可思議な焦燥感だけであった。
 何かをしなくては、嫌でも己だけが足掻いて何になる。そんな二つの迷いが葛藤し、繰り返し心を過ぎり、あれはナニモノだったのかと、其処に再び、思考は戻っていくメビウスの輪に入り込んでしまったと理解していても、簡単には抜け出せないでいた。
 一応、博士には心配を掛けたくなくて連絡を入れた。
 仲間にこんな気持ちのまま会って、青い獣との邂逅に何を伝えたら良いのか、見たまま伝えることが果たして真実を伝えることになるのかジェロニモは悩んでいた。
 もう、こうしてさ迷い続けて2日が過ぎた。
 ふと、空を見上げると暮れかかる空は茜色に染まる。
 その色合いは仲間の一人をふと思い出させる。
 瞬間、風が彩りを変えて、かしましいばかりに騒ぎ出すけれども、嫌な感覚はしない。誰が彼等にとってとても好ましい人物がやって来る。そう、アイドルスターでも迎えるようなざわめきにジェロニモは思いを馳せた仲間の一人がここにもうすぐやって来ることを察した。
 甲高い音が徐々に近付く。
 普通の人ならば飛行機の音だと思うだろうが、ジェロニモにはただ一人空を自在に飛べる仲間の一人が自分元に飛んでくる音だと知れる。
 難しく結ばれていた口唇が僅かに綻び、寄せていた眉間の皺が浅くなる。
 見上げた、黒い瞳には迷いはあったけれども、先刻の悲壮感は払拭されてしまっていた。
「ジェロニモぉ〜」
 ジェロニモの僅かに10メートル先に砂を巻き上げで、ジェットは降り立ち、鳥が徐に翼をたたむかのように黄色にマフラーがふわりと痩躯に巻き付いた。
「よ!兄弟」
 赤味を帯びた金髪と赤い防護服が、赤い太陽の色を吸い取り更に艶やかな赤に色を纏う彼の周りを風の精霊達があらん限りの歓待で迎えている。彼はそれを全く感じてはいないけれども、それでも、風の精霊にとってはどうでも良いのだ。
 風の精霊たちはジエットに無条件で、母が子を愛するように無償の愛を注いでいる。注がれていることにすら気付かずにいながらも、その恩恵を心の奥底ではちゃんと理解して、無意識の中で謝意をジェットは示している。
 何も知らなくとも、何もしなくとも、こうして産まれながらに愛される存在はあるのだ。
 ジェロニモは自然と対話できたとしても、自分の能力は自分だけに与えられたものでなく部族そのものに与えられたモノの一部を貰っただけなのだとそう評価しているのだ。
 存在自体が自然なジェットを見ていると、不思議と、心の中の蟠り悩みが解消されてしまうのだ。どうしてなのかは分からないけれども、ジェットが居ると自分が自分で居られる気がする。サイボーグにされてしまい絶望のどん底にいたジェロニモに手を差し伸べたのはジェットだった。白人に対する偏見があったジェロニモの心を救ったのがジェットであったのだ。
 彼は、自然にそれをやって退けた。
 誰もが、サイボーグにされてしまった悲哀を潤してくれたのはジェットだったと言うのだ。どんなに辛い目にあっても、決して屈しない強さと、自らの心を広げて他人を受け入れ度量には正直驚いている。彼の生立ちを聞けば聞く程に、どうやったら彼と言う人間が作り上げられたのかジェロニモにも理解出来なかった。
 でも、ジェットと言う人が目の前に居て、仲間として自分に手を差し伸べてくれる。それ以上は望むべきではないのだ。
 精霊に焦がれても、精霊を手に入れることは出来ない。
 ジェットもそうなのだ。
 仲間として同国人として、特別な感情を彼は自分に寄せてくれる。兄弟と言う呼び掛けがそうなだ。自分の心を救ってくれる稀有な存在だけれども、これは恋ではない。愛なのである。自然を人を自分を愛するようにジェットを愛しているのだ。
 共に仲間として生きるジェットをジェロニモは深く愛していた。
 ジェットのアルベルトの仲すらそれはジェットの一部として受け止めていて、アルベルトに成り代わりたいとも思えないし、思いたくもない。幸せに笑っているジェットを見ていたいし、ジェットが望むのならば、そうしてあげたいと思える。
 自分を救ってくれた風の精霊の寵愛を受けし者がジェロニモの前に立っていた。
「ジェット」
 気付くと、その華奢な躯を抱き締めていた。
 性的な抱擁ではないかに関しては、ジェット怖い程に敏感である。ジェロニモの抱擁は性的な意味合いを全く含まないと知っているから為すがままになっている。
「ったく、大きなナリしてナニやってんだよ。さっさと、帰るぞ」
 背伸びをして自分よりも遥かに大きいジェロニモの背中に手を回して、慰めるように優しくぽんぽんと叩いてくれる。
「あんたは難しいこと考え過ぎ……。あいつがBGじゃねぇんなら、俺達の出番はナシ?だろう。それ以外までしょい込めるほど、いくら不死身のサイボーグ戦士だって無理だぜ」
 偉そうな口調で、最後には高笑いまでをしているが、ジェロニモの伝わってくる波動は優しい。そして、ジェットを寵愛する風の精霊が自分の頬を肩を背中を優しく撫でてくれるのだ。
「ジョーだって、怪我したんだ。あんただって、無傷じゃねぇんだろう。もうすぐ、博士達が追っ付けドルフィン号で飛んでくるから、待ってようぜ」
 とジェットは、太いジェロニモの腕を叩いた。
「ちゃんと見てもらうんだぞ」
 いつも、怪我をしてばかりのジェットの台詞と思えない台詞についジェロニモは吹き出してしまった。
「お前が言うか?」
「っるせぇな。怪我人は黙ってろ…って」
 ジェロニモから見れば、折れてしまいそうに細い足で、ジェロニモの足を軽く蹴り上げた。
 それがジェットらしくて今まで沈み込んでいた自分とは思えないほどに、ジェロニモは心が浮上するのを感じていた。
 空を飛ぶジェットの心は人の心も軽くする力を持っている。
 これは、ジェットが産まれた時に彼に与えられた宝物なのだろう。幸の薄い彼の人生で、彼が生きて行く為に与えられた力なのだ。
「なあ、また、インディアンの話し…聞かせてくれよ」
 地面を蹴りながらそう言うジェットにジェロニモは頷いた。
「今日は、灰色の狼の話しをしてやろう」
 そう切り出したジェロニモを期待に満ちた目で見上げるとジェットは無邪気に笑った。何一つ、媚びやジェロニモを無理元気付け様と言う計算は見られない。純粋にナニの疑いもなく自分を見上げる青い曇りのない空は、誰もが空を見て愛しいと思うように、ジェロニモも愛しいと素直に思える。
 地面に腰を下ろしたジェロニモの前に膝を抱えて座ったジェットは、静かに微笑んで、悩み多きインディアンの口から語られる灰色の狼の話しに耳を傾けるのであった。
 これで、良いのだと思う。
 あの獣がナニモノであったとしても、自分は自分としてしか生きられない。
 迷い、苦しみ、そして時には深い後悔に囚われることもあるだろう。でも、自分には、愛しいと思える者達が居てくれる。彼等の為に生きることは、自分の為に生きることなのだ。
 だから、迷いつつでも、歩みを止めずに生き続けていかなくてはとジェロニモはそう心に誓った。





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