意地っ張りな恋人を抱く場所



 部屋に二人だけ残されてしまった状況に困惑したジェットは口元まで毛布を引き上げて、アルベルトを見上げた。逆光でその顔の表情までは見えないが、纏っている雰囲気から怒っていることだけは伝わってくる。
 巻き舌の英語でまくし立てられた方がまだ良いのにと思いつつ、小さな溜め息を吐き出す。
 何時もなら、ジェットの小さな溜め息一つで、どうしたと言葉にしなくともシルバーグレーに近い蒼みがかった瞳を向けてくれるのに、自分を見てはくれない。さすがに、やんちゃできかん坊のジェットとはいえ、今回は不味かったと反省はしているのだ。
 そもそも、今回の騒動の発端は自分の我が侭と早とちりからアルベルトと喧嘩になってしまったところに端を発しているのだから、仕方がない。
 さすがに、呆れられたかとジェットは肩を落としていた。
 けれども、ジョーもあんなことを云わなければいいのにと、ちょっと恨んでしまいたくなる気持ちもあるのである。
 それはアメリカの恐竜捕獲作戦で、009がアメリカにやって来た時のことであった。
 たまたまアルベルトは仕事を兼ねて、来日していた。その仕事の帰りに、ギルモア博士の元を訪ねて今後の身の振り方について相談していた所に、ゴットフリー教授から、手紙が届いたと云う次第なのである。
 それを、ジョーは如何にもアルベルトが自分に会いに来てくれたと云わんばかりの口調で話すから、ジェットは面白くなかったのだ。アルベルトがジョーを気に入っているのを知っているから、余計に腹が立つのだ。アルベルトが宥めるようにジョーの背中を軽く叩いたりするだけで、間に割って入りたいと思ってしまうジェットなのである。
 それなのに、ジョーにそんなことを云われて黙ってはいられるはずもない。
 その後、すぐさまにドイツに飛んで行って事の真相を明らかにしようと思った矢先に、アルベルトから日本に、つまりギルモア博士の元に行くと聞かされて、ちゃんと話しを良く聞かないまま、『アルベルトの浮気モノ〜』と云う捨て台詞とジェット音を残して、NYに帰ってしまったのだ。
 それから、全く、ギルモア博士どころかアルベルトにすら連絡を取っていなかったのである。その上、無茶をした挙句のこの怪我では、呆れられても仕方がないというわけである。
 今度こそ、呆れられて捨てられるかなと不安になる。斜に構えて、クールな振りをしていてもジェットはまだまだ未成熟な面をたくさん残している。そこが頑健なドイツ人の保護欲をそそり、気紛れさが情欲をそそるのだが、滅多に、そんな顔を見せないアルベルトでは、それでなくとも人の心の機微に疎いジェットにわかるはずもない。
 特にアルベルトに対しては、我が侭放題云っているようで、実は、その我が侭の向こうにはアルベルトか離れていかないか試している部分があるのだ。強気で我が侭を言っている瞳の向こうには縋るような色がいつも存在している。
 自分を嫌わないでと強く訴える瞳に、ついアルベルトは我が侭を受け入れてしまうのだ。もっと、ちゃんと躾なくてはと思うのだが、拾ってと訴える捨て猫のような縋る瞳を見てしまうとつい、躾を放り出して抱き締めてしまうのだ。
 アルベルトはどんなに怒っていても、自分が許してしまうことなどわかっていた。
 ただ、無茶をすれば、どんなに自分が心配するかをジェットは理解出来ていないのだ。ジェットから国際電話が入ったのは、真夜中であった。電話を取ったのは、張々湖飯店でウェイトレスのアルバイトをしていて、団体客が入ったおかげで帰宅が遅くなったフランソワであった。
 ただちにギルモア邸に滞在していた00ナンバーとギルモア博士はドルフィン号でNYへ飛んだ。怪我をしたわりに元気なジェットを見た瞬間、アルベルトは本気で殴ってやりたいと思うぐらい心配していたのだ。
 サイボーグの自分達は簡単には死なないけれども、怪我をしたからといって普通の病院には行けないのだ。ギルモア博士にしか自分達の身体は治せない。だからこそ、慎重な行動が必要だというのにと怒りだけが込み上げてくる。
 怪我の具合を見て、更にアルベルトの怒りはより強くなってしまう。
 002は対空中戦用として作られたサイボーグだ。重戦車並に武器を内臓している自分とは違い、その能力を追求する為に、軽量に作られている。軽量ということは、やはり耐久性を犠牲にしなくてはいけない部分あり、人工皮膚も薄い為に、どうしても怪我をしやすいという難点があるのだ。
「2、3日は安静にしていろとのことだ」
 ジェットは口調は怒っていても、ようやく口を開いてくれたアルベルトに安堵をする。口すらもききたくないほどには嫌われてはいないということだからだ。
「え〜、そんなに…」
 じっとしていられない性質のジェットは文句を云おうと、口を開きかけけた瞬間、じろりと殺気だった死神と評されるあの冷たい凍えた視線で射抜かれて、口を閉じる。
「そんなにじゃないだろう。人工皮膚が剥がれて、機械が露出していただけでなくて、左足がほとんど機能していなかったんだぞ。俺達はロボットじゃない、サイボーグなんだ。修理してすぐに動けるもんでもないだろう」
 強い口調に、ジェットはますます顔を毛布に埋めて行く。怒られても仕方がないし、安静にしていなくてはいけない理由もわかっている。左足は大腿部からつま先までギブスが填められていて動かそうにも動かせないのだ。
 身体のほとんどが機械であったとしても、生体機能は残っているし、痛覚もある。新しい部品に生体機能が慣れるまでには時間が必要であり、現に今も、躯が倦怠感で覆われている気がしているのだ。
 その間は、なるべく安静しているのが良いのだ。無理に動き回ると、脳にすら損傷を受けかねない。ロボットではないのだから、脳への破損は即ち死を意味することになる。
「でもよ……」
 それでも、きかん坊を発揮して暇じゃんと言おうとした瞬間、アルベルトの胸に視界を塞がれてしまった。顔まで引き上げた毛布ごと抱き締められる。怪我をして戻ってきてから、アルベルトは必要以上に近寄ろうともしなかった。
 フランソワに動き回るジェットの監視を云いつけられなければ、ここに居てくれなかったであろう。視線すら合わせてくれようとしなかった突然のアルベルトの抱擁にジェットは戸惑っていた。
「馬鹿野郎」
 唸るような声が頭上から響いてくる。息苦しいほどに抱き締められて、どれほどアルベルトの存在に餓えていたのか実感してしまう。
「無茶するなって言ってるだろう」
 苦しそうなアルベルトの声にジェットはごめんと素直に言葉が出てくる。始めて、アルベルトの自分に対する感情が見えて安堵する。怒れるほどに心配してくれていたのだと、だから自分の傍にも寄らなかったのだと、僅かに震える語尾から伝わってくる。
 正面からは云えないが、こうして抱き締められれば素直に言えてしまうのだ。
「ごめん。アル。でも、アルがジョーに優しくするから……」
 ジェットの台詞に、自分が何時ジョーに優しくしたのか記憶を遡るが、覚えがない。確かに、来日した時に会ったし、話しはした、ギルモア博士に用があったのだから、ギルモア博士べったりのジョーと顔を合わせるのは仕方のないことだが、それがどうして優しくするということになるのかアルベルトにはわからなかった。
 確かに、ジョーは好ましい青年だと思うが、それはあくまでも弟や後輩に向ける感情で、ジェットに向ける感情とは全く異質のものだし、極端な話、貞操観念の固いドイツ人は、跳ねっかえりの子猫のようなアメリカ人にしか欲情できないのだ。
 咄嗟に、ジェットはどういうわけか曲解をしていると直感する。伊達に長い付き合いではないのだ。世間を斜に見て、クールぶっているが、それは背伸びをしているだけで、実に繊細な一面を持ち併せているのだ。
 多分、ジョーが何気にもらした一言が気になって、独りでぐるぐる回った挙句、あらぬ考えに及んだのだろう。だとしたら、いきなり訪ねて来たと思ったら『アルベルトの浮気モノ〜〜』と絶叫して、帰っていった言動も頷けるというものである。
「一緒に日本に行こうっていうつもりだったんだ」
 いつものアルベルトの優しい声にジェットは恐る恐る顔を上げると、そこには自分を見詰める優しい蒼い瞳が其処にあった。
「えっ?」
「ベルリンとニューヨークじゃ、いつも一緒ってわけにいかないだろう。それに、色々と考えることもあって、当面は、ギルモア博士の所に居た方が良い気がしてな。どうせなら、お前と一緒に……って思ったんだがな」
 そう言われて、ジェットは顔を真っ赤にする。
 自分のことをちゃんとアルベルトは考えてくれていたのに、勝手に独りで怒って、いらいらして無茶をして心配させて、ちゃんと話せばよいのにとジェットは反省する。だいたい、サイボーグになってから、アルベルトとこんなに長い時間離れたことはない。仲間は居たとしても、二人きりでなくともいつも傍にはアルベルトか居たのだ。
 アルベルトが居ない孤独に慣れていないジェットが不安定になっていのは仕方がないのかもしれない。アルベルトはそういうジェットの繊細な部分をこよなく好ましいと思っている。
「信じれないか」
 瞳の奥まで覗き込まれるような視線にジェットは嬉しくなってしまう。腕を伸ばして、アルベルトの広い背中にぎゅっとしがみついた。嬉しくて声に出せなくて、首を横に振ると、良い子だと言わんばかりに、自分を翻弄する鋼鉄の手で頭を撫でられる。
「アル」
 名前を呼ぶと、うんと喉元で響かせる優しい返事が返ってくる。それだけで、嬉しくて堪らない。ずっと、独りで本当は寂しかったのだ。でも、寂しいと素直には言えなくて、アルベルトに傍に居てとは言えなくて、でも、本当は傍にいて欲しいのだ。
 そんな意地っ張りのジェットの気持ちをアルベルトはちゃんと知っている。
「心配したんだぞ」
「うん」
 鋼鉄の手で触れてくれるのは自分だけだ。誰にも、その手でアルベルトは触れようとはしない。それだけが自分の与えられた特権なのだと思うと、嬉しくてならない。
「でも、アルが見張っててくれないと、また、やっちまうかもよ」
 いつものジェットに戻って、そう言うと、アルベルトは仕方がないと言いつつ肩を竦めた。そして、見張っていてやるとそうジェットの欲しい答えをくれる。でも、一緒に居てくれるという言葉だけでは、ジェットには足りない。もっと、アルベルトと一緒いるという確証が心だけでなく躯にも欲しいのだ。
「アル」
 ジェットが誘いの色を滲ませてそう呼ぶ。怪我をした華奢な躯を見た瞬間、怒りもあったけれども、抱き締めてやりたい衝動もあったのだ。サイボーグだから、極端に痩せたり太ったりはしないけれども、やつれた感のあるジェットを見て、心が荒んでいることなど一目でわかった。それが、自分を欲してのことだと思うと、自分でも随分、壊れていると思うが、嬉しいのだ。
 抱き締めたかったのは自分の方だった。
「嫌でもベッドから出られなくしてやる」
 アルベルトがそう囁くと、ジェットは赤みのかかった金髪で顔を隠してしまう。ほのかに除く白い頬はピンク色に染まっていて、アルベルトの言う意味を理解しているのだ。
「してみろよ」
 それでも、憎まれ口を絶やさないジェットはやはり可愛いと思えてしまう。
 ジェットを監視して欲しいと言ったフランソワは、意味深な台詞をアルベルトに伝えていたのだ。本当は、ギブスなんか必要ないのだけれども、多少無理してもいいように、博士に頼んでギブスを填めてもらったからと、そう言ったのだ。その言葉の裏をアルベルトはちゃんと理解していた。
 そんなやんちゃできかん坊な青年にいかれている自分に苦笑しながらも、アルベルトを待ち侘びるようにしている少し開かれているジェットの口唇に自らのそれを重ねる。
 背中に回した手でぎゅっとアルベルトのシャツを握りしめたジェットは、微かな火薬の匂いにうっとりと身を任せたのである。





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