エンジェル! 危機一髪!ロマンスの予感
「ったく」 口唇だけを動かして暗闇の中でジェットはそう呟いた。 いつも忍び込む役はどういうわけか自分に回ってくることが多い気がするのは、自分の思い込みだけではないと思う。 探偵事務所にスカウトされるまではスタントの仕事もしていたから、躯を動かすことは好きな方であるし、コンピューターのブラウザを睨みつつ、米粒のような証拠を探し出すなんて仕事は向いてはいない自分を十分に自覚している。 でも、3人の中で一番、パソコン音痴なのは自分って言ってるのに、ピュンマときたら電源をONにしてディスクを差し込んだら勝手にデータをコピーしてくれるからと、簡単に言ってくれるしとジェットは画面上にコピーしていますとの表示を睨みながらイライラと指を噛んだ。 今回の仕事は表向きは教育評論家、実はその裏で麻薬販売の元締めをしていると噂される人物の調査であった。ガードが固くてFBIですら、潜入することは容易ではなかった。 しかし、民間人であるエンジェル達なら大丈夫だろうとFBI経由での依頼もあったし、それに、その麻薬組織の人間に麻薬を無理に打たれて死んだという女の子の両親が犯人を捜したいとイワンを通して依頼して来た。従って、彼女の死の真相を探る為にFBIと協力するという名目でこの屋敷に招待客としてジェットは潜り込んだ。 グレートはターゲットである屋敷のマダムとダンスを楽しんでいる最中。 ピュンマとフランソワーズは働く若い人達向けの雑誌の編集者とカメラマンとの触れ込みで、マダムに張り付いている。 麻薬の売買ルートのデータが入っていると思しきコンピューターはネットで繋がれてはいなく、全く独立したものとして稼動していて、幾らピュンマがハッキングの名人とは言え、ネット回線で繋がれていないパソコンに進入してデータを引き出すのは無理というものである。 その辺りはさすがに女性だけあって、用意周到というか細やかなデータ管理をしていると賞賛に値するとピュンマは笑っていた。 笑っている場合じゃねぇぞと思いつつ、ジェットはようやくコピーが出来たと表示された画面を確認して、ディスクを取り出すと電源をOFFにした。 ディスクをお腹の部分にある隠しポケットに仕舞うと辺りを見渡して、一切、そこに置いてあるものに触れぬようにドアへと向かう。 足音を殺して、猫のように扉を開けて目だけを覗かせると、廊下には誰もいない。 するりと僅かな隙間から抜け出して、数歩、足早に歩いた瞬間、タイミングの悪いことに曲がり角から出てきた警備の男と鉢合わせてしてしまう。 知らぬ顔で通り過ぎようとした瞬間、腕を掴まれた。 「何をしている」 「何って…、ちょっとイカシタ男に誘われてさ。地下のワイン倉庫で言われたんだけど、迷っちゃって」 と愛想良く笑って、分厚い男の胸に指を這わせた。 「今日の相手、中年なんだぜ。オレさ、若い体格のイイ男の方がいいもん。なあ、だったらあんたでもいいぜ」 そんなチープな誘いにのる警備員ではなかろう。 私服のボディガードは相手がどんなに魅惑的な美人であっても知らぬ顔が出来、目の前ストリップしても黙殺出来る精神力が必要なのだ。少なくとも、この男はそういう部類の男だ。 憮然とジェットを見下ろして、腕の拘束を緩めないまま警備員室に連行しようとした瞬間、警備員が遣って来た方角から一人の紳士が声を掛けてくる。 「何をしてるんだ」 聊か強い語尾に警備員の背がぴんと伸びて、明らかにジェットとは違う雇い主に対する敬意に近い態度を示した。おそらく彼は今夜のパーティーの大物ゲストなのだろうと当たりをつける。一応、パーティーの招待されている人間のリストには目を通したが多過ぎて、ジェットが覚えているのは麻薬の密売に関して関わっていると思われる人物だけだった為、それが誰かは分からなかった。 「地下の方から上がってきましたので、一応」 「失礼だぞ、君」 とその男は警備員からジェットを奪還すると自分の腕の中に収める。 黒いタキシードに、ブルー・グレーの瞳に合わせたサファイアのカフス、僅かに香る整髪料の匂いと、抱き寄せられた時に感じた分厚い胸板。しっかりと囲うように回された腕が何とも頼もしかった。 「わたしの友人に向かって」 「失礼いたしました。貴方様のお知り合いであったとは露知らず。でしたら、決して、地下には近寄らぬよう、お友達にお伝え願えますか」 とちらりとジェットに睨みつけるような視線を流して、近付くなと釘を刺すのも忘れない。 「心配するな、わたしがちゃんと言い聞かせておこう」 と紳士がそういうと警備員はあっさりと引き下がってパーティーの喧騒にその身を投じた。 紳士が視線を細身の美人に当てると、彼はにっこりと邪気のない笑いを零す。 赤味のかかった金髪に飾られた白い牡丹の華、そして躯のラインがくっきりと出る白いハイカラーの丈の長いドレスはチャイナドレスとは少し違ったデザインで柔らかな生地で作られていて、しなやかな躯がダンスホールで動くたびに長い裾が翻って、曲線美が露になった。細い足首に嵌められた華奢な鎖がまるでしゃらんと音を立てるかの如くの軽やかさについ目を奪われていたのだ。 性的に興奮を覚えたというよりかは、芸術品を見た時に覚える感嘆に近いものであった。 子供の頃、祖父母に聞かされた物語の妖精が自分の目の前に現れたような気がして、少し騎士を気取ってみたくなったのかもしれない、と男は美人を腕に囲いながらそう思う。 「あまり、人の屋敷をうろうろとするもんじゃない。いいな、お嬢さん」 とパーティーの喧騒にジェットをエスコートして連れて行く。 数メートルの距離だけれども、紳士は子供のように心が弾んでいた。本当に妖精を見た子供の気持ちが甦ってくる気持ちだ。世知辛い世の中で、鵜の目鷹の目でビジネスという業界を泳いできた男にとって、コイビトとは別のオアシスに感じられる。 「あら、どうなさったの」 紳士の前にコイビトが現れる。 エスコートしている美人とは全く違う。美人というよりは知的で理性的で自分のありとあらゆる立場を熟知していてパートナーとしても、プライベートのコイビトとしても何一つ不満すらない女である。今日も自分のパートナーに相応しくブルーのイブニングドレスを纏っていた。 「ありがとうございます」 妖精はコイビトの姿を見ると、すぐに紳士から腕を離して、ぺこりと頭を下げてコイビトが自分の傍らに寄ってくる短い時間の間にパーティーの人込みに消えた。 もう少し見ていたかったし、コイビトにも妖精みたいな彼を紹介したかったのにと紳士は少し残念に思ってしまっていた。 「アルベルトどうしたの?」 「妖精を見たんだよ。ヒルダ」 そうコイビトに囁くと、コイビトは貴方ってとてもロマンティストなのねと、穏やかな笑みを返してくる。 「とても、可愛らしい妖精だったのでしょうね」 「ああ、祖父母が寝物語に聞かせてくれた話の妖精のようだったよ」 「惜しいな」 ジェットは人込みに紛れながら、危機を救ってくれた紳士から視線を外さなかった。 「コイビトがいなかったら、お誘いしてたのに」 と笑う。ジェットは奔放なようでいて、恋人や妻子のある相手には恋が出来ない。いると分かった段階で情熱が冷めてしまうのだ。多分、自分はとても独占欲が強くて欲張りだから、誰かとコイビトをシェアしたくはないと、そう思う。 フランソワーズとピュンマの隣をすり抜け、二人に意味深な視線を送ると二人は周りに気付かれないように合図を送ってくる。そのまま、ジェットはパーティー会場の外に向かって振り返ることなく歩いて行った。 「でも、ホント。フリーだったら、もろオレの好みだったのになぁ〜」 と僅かに残る未練をそこに脱ぎ捨てて、屋敷の外に向かった。 エンジェル達はこうして、今夜も事件を追いかけているのだ。 恋の予感は予感のままで終ったとしても、エンジェルである限りは、恋より仕事が優先されるのは仕方のないことだし、とジェットはそう笑った。 |
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