不適切なオトナタチ
「ホント、何もなくって良かったよ」 ジェットの嬉しそうな声が一際高く、リビングに響いた。 コンピュートピアから戻った翌朝の朝食を終えた静かな時間のことである。 「ジェットたら、あたしもそこまでお馬鹿さんじゃないわ。それに、これはちょっと目立ち過ぎよ」 ジェットはフランソワーズがちょっと目立ち過ぎと指摘した鎖骨の辺りを指先で撫でるようにさ迷わせながら、そこまで言うと、そっとフランソワーズの耳元に口唇を寄せて『愛されちゃてるもん。俺』と囁いた。舌を出して、まるで、秘密基地を作ったんだとでも言うようなジェットの告白の口調にフランソワーズは愛しさを覚えずにはいられない。 紅一点の彼女は、全員から愛されていた。 彼女に、母を、妹を、姉を恋人を重ねて、男達は彼女を見詰め、恋ではなく身内の親しい女性として愛していた。それは家族愛と似ていて、誰もがフランソワーズの笑顔が好きであった。 その彼女に涼やかなる笑顔が戻り、鈴の音のような笑い声がリビングに響くと、それだけで、場が華やかになる。 「しょうがねぇじゃん。だって……」 ジェットはフランソワーズがちょっと目立ち過ぎと指摘した鎖骨の辺りを指先で撫でるようにさ迷わせながら、そこまで言うと、そっとフランソワーズの耳元に口唇を寄せて『愛されちゃてるもん。俺』と囁いた。舌を出して、まるで、秘密基地を作ったんだとでも言うようなジェットの告白の口調にアランソワーズは愛しさを覚えずにはいられない。 「でも、彼は、アルベルトのことをあたしの恋人だと最初、思ったみたいよ」 少し意地の悪い口調でこれまたフランソワーズは囁くようにジェットの耳元で告げる。鎖骨にアルベルトが残した徴を隠そうともしない無防備なジェットが可愛くもあり、そんなに無防備で大丈夫なのかと心配でもある。 「うっ……」 反論の余地をなくして声を詰まらせ、フランソワーズを恨めしそうな目で見るジェットの赤味かかった金髪をよしよしとフランソワーズは撫でる。 「でも、すぐに、違うって分かったもん」 青い困惑した瞳が可愛くってつい意地悪してしまうことがあるけれども、大切な大切なジェットなのだ。彼と居ると愛しいという気持ちが自然と沸いてくるし、力を与えてもらえる気がする。 朝、目が覚めて、最初に見たのは、ジョーではなくアルベルトとジェットの二人であった。一緒に三人で一つのベッドで眠っていた時期もあったくらいで、二人は然程、フランソワーズには女性に対しての遠慮がない。フランソワーズもまた二人に対してだけは着替えを見られたり、寝顔を見られたり、一つのベッドに眠ることに全く、羞恥の感情がなかった。 それくらいに近い存在であるのだ。 起きて、不機嫌なフランソワーズが風呂に入ると言うのを倒れないかと心配したジェットに、なら一緒に入りましょうかと彼女はそう声を掛け、二人は久しぶりに一緒に風呂に入った。 ジェットのフランソワーズ並に白い素肌に残る鬱血の痕をからかいながら、背中を流してもらい髪を洗ってもらった。ギルモア邸にある大浴場で二人で貸しきりにして、女子大生が温泉に行って楽しむように色々な話しをした。 下降線を辿っていたフランソワーズの機嫌はジェットと二人きりにしてくれるアルベルトの計らいで、上昇気流に乗り、すっかりいつもの彼女に戻っていた。 「冗談よ。ジェットの大切なダーリンですものね」 フランソワーズの台詞にジェットは可愛らしく頬を染める。まるで、姉と妹のじゃれ合うような二人の遣り取りを新聞越しにアルベルトは穏やかな視線で包んでいた。 其処だけ、はっきり言って少女マンガのように華やかできらびやかな世界が展開されていた。もちろん、それを見ていた男連中は三人の世界についていけない。時々、この三人はどうも、世間の常識からずれる傾向にあるのだ。最近、改造された005〜009まではともかくとして、この三人はかなり昔から一緒にBG団に居て、身を寄せ合うようにしていたことも聞き及んでいるが、一緒の部屋で生活していたとか、果ては、同衾していたとか聞くに及んで、良からぬ想像をしてしまうブリテンなどは、まだ、かなりまともな部類だろう。 006はそう言う点に関しては我関せずであるし、005は三人には強い絆があると言うだけだし、008は三人の言葉を真面目に額面通りに受け止めている。009がどう考えているかは、知らないが、要らぬ妄想をしてしまうブリテンはまっとうな男でオトナであった。 「久しぶりに、一緒にお風呂入って、ジェットが幸せって確認出来て、本当にヨカッタ」 フランソワーズの台詞に知らぬ顔をしていたブリテンはつい声を掛けてしまった。薮蛇だと分かっていても、かけられずにはいられない内容であったからだ。 「フランソワーズ」 声が裏返るのを誰も、責められない。 「今、ナンテ……」 「えっ?ジェットとお風呂に入ったって言っただけよ」 フランソワーズはにっこりと微笑むと、何か変なことを言ったかしらと小首を傾げている。もちろんジェットも何がいけないんだと言う顔をして、ジェットの恋人であるアルベルトももっともだと言う顔をしている。 ブリテンはついぐるぐると回ってしまう。変なところで常識的な男なのだ。 「だって・…ジェットは男だろう?フランソワーズは女だろう?」 「間違いないけど…」 とジェット。 「あたしが男だったら怖いわね」 とフランソワーズ。 二人とも全然、変なことだとは思っていない。 長い間、BG団に居た弊害として、常識が三人の間のみに関して奇妙に歪んでいて、つい三人で…などと妄想していまう程に仲が良かったりするのだ。特にジェットとフランソワーズは時折、同衾していることもあったり、堂々とソファーで抱き合ったまま眠ってしまっていることもある。 あのジェットに関して心が狭いアルベルトがフランソワーズに対してだけはジェットに触れることを許しているどころか、触れ合う二人を温かな眼差しで見ているのだ。じゃれ合うのに飽きた二人がアルベルトにじゃれついて来ても笑って相手をしてやっている。 「ブリテンは、オトナの男女がお風呂に一緒に入るのは、変だと言いたいんだよね」 とにかくまっとうな自分の的を得たピュンマの質問に安堵したのも束の間で、よりにもよって、それを壊したのは、三人の中では、最も常識が通用するだろうとブリテンが信じていたアルベルトであった。 「だがな、子供の頃、異性の姉妹と風呂に入るの恥ずかしかったか?まあ、あいつらはそれと一緒だな」 確かに、二人にしてみればそんな感覚なのである。裸で風呂に入っても、劣情は全く沸かない。確かに、躯の作りは男と女なのだが、それ以上に深い部分で結ばれている二人には関係のないことなのだ。 恥ずかしくとも何ともない。 ジェットにしてみれば、アルベルトと風呂に入る方が余程、恥ずかしい。 「そっか。本当にジェットとフランソワーズは仲が良いのだね」 納得してしまうピュンマに納得すなっと心の中で突っ込みを入れたブリテンに罪はない。 「うん」 元気なお返事をするジェットにも罪はない。 だいたい、常識のほとんどないジェットと年端も行かないフランソワーズを一箇所に住まわせていたBG団が悪いのだ。二人しかいなければ、二人は自然と互いを求めると思っていた。そして、妊娠した子供をサイボーグに適した人間として新たなサイボーグの計画の礎にと思惑がなかったわけではないのだが、目論みは外れて、二人は家族としての愛情を育んでしまったのだ。 「三人とも、用意したから、朝ご飯、食べるよろし」 リビングに顔だけ覗かせた張大人が連れてきた胃袋を刺激する良い香りにつられてジェットとフランソワーズは立ち上がり、仲良くダイニングへと歩いて行く。新聞を畳んだアルベルトは自分の常識が通用しない三人にどうコメントを寄越すかと考察中のブリテンに、こう囁いた。 「オトナはすぐに、不適切な関係だと指摘したいらしいな。でも、あいつらはまだ、コドモだからオトナの理論は通用しないんだぜ」 そうニヒルな笑みを残して、アルベルトも二人の背中を追い掛ける。 分かってんなら、フォロしてくれと心の中で泣き言を言いつつ、ブリテンはどかっとソファに腰を下ろした。でも、ジェットとフランソワーズなら有り得てしまうと納得させられるものもなくはないのだ。ブリテンはそう言うこもあってもいいんじゃねぇかと、すぐにそう思い直す。 我等のマドンナが微笑み、我等の子猫ちゃんが笑い。 それで二人が幸せなら、自分達も幸せになれる。そんな幸せを壊してまで、不適切なオトナの理論を押し付けなくてもなと、ブリテンはそう思うと独り笑いを零した。 恋だけが愛ではないのだ。 家族や兄弟に向ける愛も愛のうちなのだ。 『スフィンクスよ。お前サンも、恋だけが愛だとは思うのではなく、父親の息子に対する想いも愛なのだと、家族に対する気持ちも愛なのだと、どうせならそうプログラムしてもらっておけばよかったな』 そして、すくなくとも愛する心を持ち続けている自分達は、自覚している以上に人間臭い存在なのではと、ブリテンはそう思った。 |
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