夏の皮



 夏が来る。
 今年は冷夏らしいが、夏は夏だ。
 夏ともなれば必然的に露出も激しく…ってなもんで、それは女性に限らず男性もというのは、当り前である。
 で、この季節になるとギルモア博士は何故だか、とある研究に夢中になる。それは人工皮膚を如何に効率よく貼るか、という研究なのである。最近発売になった、吹き付けるだけのファンデーションのCMに触発されたのか、吹き付ける人工皮膚なるものの研究に1ヶ月近く没頭していたのだ。
 完成を見たとある日、もっとも実験に適した男がメンテナンスの為に来日した。
 確かに、吹き付けた人工皮膚はぴったりと密着して、見た目にもほとんど人の変わらない外観をしていたが、如何せん所詮は吹き付けただけの代物、時間が経つと鏡も見たくないほどに化粧崩れする女性のファンデーションの如く、やはり吹き付けた人工皮膚も半日程度ではがれるとしまうという結果となったのだった。




 そんな夏のとある日、吹き付けるだけの人工皮膚の実験体になったアルベルトはギルモア邸のデッキの設置された濡れ縁に座って、花火を見ていた。珍しくランニングに膝丈のパンツを履いたいでたちで、しかも素足にビーチサンダルであった。
 流れてくる蚊取り線香の煙を団扇でかわして、ドトーンと上がる花火を見上げた。
 この花火が終るとこの辺りも秋風が吹き始め、夏休みも終るのだとジョーが言っていた。その台詞に幼い頃の夏休みをふと思い出して、少しアンニュイな気持ちにアルベルトは浸ってしまう。
 ウッドデッキにはジェットと自分としかいないのが、いけないのかもしれないとアルベルトは考えたりもしていた。
他の連中はどうしたのだろうと、視線を下げれば、花火を見ながらギルモア博士とジョーがそぞろ歩きをしていたし、後を振り返れば、冷房の効いた部屋からフランソワーズとイワンが花火を見ている。静かな夜だ。
 白い枝垂れ柳が夜空に映える。
 少し間を置くのは演出なのか、ここからは見えない仕掛け花火が披露されているのかそこまではこのギルモア邸からでは距離がありすぎて分からないが、今まで勢い良く上がっていた花火が止まると、途端に訪れ静寂が何ともいえぬ風情を醸し出すのだ。
「なあ、花火が終ったら、ちょっと散歩しないか?」
 珍しくジェットは機嫌が良かった。いつもメンテナンスを終えてドイツに帰国するアルベルトに対して、ダダを捏ねたりするのがいつもなのだが、妙なことに今のジェットも鼻歌を歌い出しそうな程機嫌が良かった。
「構わんが」
 とアルベルトが答えるとぐふふふふと喉を鳴らしてジェットは笑う。
「ご機嫌だな」
 ストレートに直球勝負で、そう訪ねてみると、ジェットは当り前ジャンと言って寄越すと、尻をいざらせて、人一人分空けて座っていたその距離を無くしてしまった。白いすんなりとした足が柔らかな感触を持って、アルベルトの剥き出しの脹脛に触れる。
「だって、いつもだいたい、この季節にあんたのメンテ多いだろう? ここ以外じゃ、あんたこんな格好しないじゃん。どんなに暑くたって、ゼッタイに肌を見せたりしない。確かに、ここなら見られても困ることないけどさ。オレとして嫌だったわけ」
 どうしてだと、視線で問うとジェットは当り前じゃんと、今度はアルベルトの右手を取った。その部分も吹き付けた人工皮膚で覆われていて、端から見る限りではアルベルトがサイボーグであることは分からない。
「あんたの躯、裸を知ってるのはオレだけだから…、見られるのすっげぇ、腹立つわけ。それが例え、あいつらだって、嫌なんだ。でもさ、博士の発明したこいつなら、アルの更迭の肌を見せなくってもいいじゃん。あの躯を知ってんのオレだけの特権したいわけ。分かる?」
 とジェットは珍しく機嫌よく、素直に自分の気持ちを吐露してくれる。いつもならゼッタイに口にしない告白にアルベルトは聊か驚きながらも、呆れながらも、それでも嬉しさは隠せなかった。
「馬鹿かお前は、こんなおっさんの裸見て、喜ぶ馬鹿はいねえよ」
「喜ばなくったって、オレは嫌なのっ!!」
 とジェットは右手を握ったまま、そう言い放った。
「だったら、お前もこれ見よがしな格好するな。オレだって、お前のこんな姿、フランソワーズら見られるのだって腹が立つ」
 そう言われたジェットの格好は、躯のラインが綺麗に出る丈の短いランニングに、膝の上で切られたジーンズだが、ちょうど際どい部分が破れているセクシーなデザインのものであるのだ。
「いいの、だって、オレ、誘ってるもん。でも、あんたはゼッタイにダメだ。オレの前以外でこんな格好すんなよな」
 とジェットは独占欲を露にする。
 夏は肌の露出が激しくなるだけはなく心の露出も激しくなるのだろうか、とアルベルトは思いつつ自分の手を握って話さないジェットの耳ともに小さなキスを落としながらこう言った。
「ああ、お前がそう言うなら、そうしよう」
 しかし、再び、夜空を染め始めた花火の轟音でその台詞がジェットに届いたのかアルベルトには分からなかった。





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