The stork carries the baby
結婚してから、三度目の夏がやって来た。 アンパンマンは、結婚して三年近く経った今でも、人生の伴侶であるバイキンマンに夢中なのだ。 バイキンマンもそれは十分にわかってくれていると思っていた。 アンパンマンは正義の味方稼業も、育ててくれたジャムおじさんも、友達も全てと引き換えにしてもバイキンマンの傍にいたいと願い、そして、二人は紆余曲折の結果、結ばれた。街の人達の祝福を受け、悪さばかりしていたバイキンマンを近隣の住人に受け入れてもらうのには多少の時間はかかったけれども、普段のバイキンマンを見れば、彼がどんなに優しいかということは伝わってくる。ただ、それを伝える術をバイキンマンは知らなかっただけなのだ。 基本的に善人なこの街の人々は、バイキンマンをアンパンマンの伴侶として受け入れてくれた。 バイキンマンは帰ることの許されない故郷を失った代わりに、これから生きていく場所を手にしたのであった。 だから、バイキンマンが浮気するなんてないはずなのだ。 帰る場所は自分達の家だけだし、存外に貞操観念の固いバイキンマンが浮気をするはずもない。 けれども、最近、独りで出かけることが多いし、そのことに対してバイキンマンは何も話してくれない。 ドキンちゃんにさり気なく聞いてみても、話しを逸らされるばかりで要領を得ない。 バタ子さんに聞いてみても、三年も経てば、倦怠期の一つもあるわよと、アンパンマン達が結婚した直後にジャムおじさんと結婚したバタ子さんは、豪快にアンパンマンの心配事を笑い飛ばしてくれた。 「はあ」 アンパンマンは溜め息を吐いた。 もう、バイキンマンのことで頭がいっぱいになってしまうくらいに、バイキンマンのことが結婚して三年経った今でも大好きでたまらない。クーラーなんて、どちらかといえば好きではなかったのだけれども、バイキンマンの体調を考えて結局、室内を涼しく保っている。 バイキン星人だから繁殖力や生命力があるのだと誤解されてしまうのだが、バイキン星人は地球人よりもずっと環境に対してデリケートなのである。自分の特性を無視した環境では長く生きられない。 従って、バイキンマンの為に家の中は一年を通して二十五度前後に保たれている。 三十度越えればバイキンマンがばてるし、十八度を下回れば風邪を引く。 やっかいなのだが、そんなところも手がかかって可愛いと思うくらいに、アンパンマンはすっかり骨抜きにされていた。 なのに、この暑い最中、バイキンマンは出かけたのだ。 去年は暑いといって早朝か夕方にしか買い物にだって出かけなかったのに、今年はどうだ。 先刻も暑いといいながら昼食を済ませた後、二時間程出かけていたのだ。汗をびっしょりとかいて帰宅したバイキンマンはシャワーを浴び、今はクーラーの効いたリビングのソファーの上でタオルケットに包まってお昼寝中なのである。 なのに、何処に何をしに行くかとか、バイキンマンは一言もアンパンマンに話してくれない。 どうやら、食パンマンがそれに付き合っているらしいのだが、食パンマンにはあの笑顔ではぐらかされてしまった。 あの男は、綺麗な顔をしていて、人当たりも良いが、筆舌し難い性格をしている。大概、自分も捻くれ者だが、食パンマンには勝てないと、唯一、そう思った相手なのである。 親友という間柄ではあるが、何を考えているのかわからなくなることなどしばしばであるし、人の結婚生活に嘴を突っ込むくせに、自分の恋愛事情を親友であるアンパンマンにすら漏らさないという、秘密主義的な側面も持っている。 いや、恋愛をしているというのはその態度から分かるのだが、相手が誰かはわからない。 随分と、長い付き合いであると思うのだが、相手の顔は見えてこない。だから、つい、二人の仲を疑ってしまった。 「そりゃぁ、ない」 自分でそんなことを考えておいて、自分でアンパンマンは否定した。 確かに、性格に関しては至極悪いが、親友の伴侶に手を出すほど、相手に困っている様子はない。 だから、バイキンマンと第三者が会うのを食パンマンが手伝っているというのも考えにくいというのか、バイキンマンが自分以外の誰かとなんて、想像できない。もしそうなら、バイキンマンを監禁してしまいそうだ。 実際、二度目は歯止めがかからない自覚があるからこそ、やっかいだとアンパンマンは溜め息をつく。 すやすやと穏やかな寝息を立てるバイキンマンを見下ろして、黒い艶やかな髪を撫でると甘えるように頭をその手にぐりぐりと押し付けてくる。人に触れられるのが苦手なバイキンマンが唯一、触れることを許してくれたのが自分なのだから、自信を持とうと思う。 けれども、自信とは違う次元の話しだよと、自分で突っ込みを入れているアンパンマンがいるのだ。 いや、ここのところ、ちょっと夜の生活がきついみたいだから、医者に通っているのかと、アンパンマンは少し反省をしてみるが、結局、バイキンマンが魅力的だから仕方がないという男の身勝手な結論に辿り着いてしまう。 夏がくれば、露出度が増す。 結婚して、痩せぎすだったバイキンマンも少しだけふっくらとした。 それでも、世間からみれば痩せすぎといわれてしまうのだが、太った分だけ色気が増したようにアンパンマンは思えるのだ。 この間も、青年会の会合に顔を出した時に、めっきりバイキンマンが色っぽくなったと皆にからかわれた。 結婚してからこっち、夜の生活に不自由させたことはないし、それどころかサービス満点で、最近では恥じらいながらバイキンマンがお誘いをするようにまでなったのである。 徐々に自分の色に染まっていくバイキンマンの身体は絶品で、いや、また、したくなってしまうのだから、男の性というものは困ったものである。 そんな色気の増したバイキンマンが露出の高い洋服を着ていれば、必然的にその気になってしまうではないか。昨日も、それで、つい頑張りすぎてしまった。 バスローブを羽織って、風呂から出てきたバイキンマンにムラムラしてこのソファーで押し倒してしまった。そのままソファーで抜かずの三発を実行してしまったのだ。それくらいに、バイキンマンに魅了されている。 なのに、どうして自分には内緒でこっそりと出かけるのかがわからない。 アンパンマンは珍しく、眉間に皺を寄せて、ありとあらゆる可能性を考えたが、結局はどれも決め手に欠けるものばかりで、すっきりとしない。 けれども、無理にバイキンマンには聞けないでいる。 聞いたら、バイキンマンの笑顔がなくなってしまうんじゃないかと、これはもう惚れた方の負けなのだが、それを考えると強い態度に出られない。それでなくとも、アンパンマンには前科があるのだから、余計にだ。 「また、監禁しちゃったら、離婚されちゃうよな」 「アンパンマン?」 ようやく起きたのか寝転がったままの体勢でバイキンマンはアンパンマンの名前を呼ぶ。 「起こしちゃった?」 「起きなくては、ダメなのだ。夕ご飯の用意をしないと、家事は俺様の仕事なのだ」 バイキンマンはゆっくりと上体を起こした。 貧血の傾向があるバイキンマンは、突然起き上がることが出来ない。ゆっくりと起き上がるのが常なのである。 「無理しなくっても、今日は僕の仕事が休みだから、僕が作ってあげるよ。それとも、散歩がてら、たまには何処かでディナーでもいいよ。誰かさん、食パンマンとばかり出かけて、僕とは出かけてくれないからね」 つい嫌味を言ってしまった。 バイキンマンは、アンパンマンの言葉尻を敏感にキャッチすると、困った顔をした。 「ね。だから二人でディナーにしよう。君は何が食べたい。僕は冷たいパスタを食べたいんだけど」 自分の言った嫌味でバイキンマンが傷付いてしまったことが、アンパンマンにはたまらなかった。そんなつもりはなかったのだけれども、独りで置いていかれたことが悔しくてたまらないのだ。 バイキンマンの伴侶は自分なのに、よりによって、ドキンちゃんとかならともかく、食パンマンというのが、二人並ぶと似合いの恋人にも見えなくはないので、余計に腹が立つ。少なくとも、ビジュアルでは負けている自覚がアンパンマンにあるから尚のことなのだ。 「ごめんなさいなのだ」 バイキンマンは俯いていた顔を上げた。 よもや、浮気の告白かと考えてしまったアンパンマンは自分で自分の頭を想像でぶん殴っていた。 「でも、ちゃんとした結果が出てなかったし……」 「???」 浮気のことではないみたいで、アンパンマンは内心胸を撫で下ろしていた反面、そんなことを考える自分に怒りの鉄槌を心の中で加えていた。 「でも、今日、ちゃんとした結果が出たみたいだし……。すっごく、なんか心配かけたみたいなのだ」 バイキンマンはもじもじとタオルケットを摘みながら、頬を赤くしている。 この態度は、恥らっているのであって、つまりバイキンマンはちゃんと自分のことが好きってことだとわかるだけでアンパンマンは良かった。 「バイキン仙人に頼んで、俺様を診察出来る地球のお医者さんを紹介してもらったのだ。でも、ちょっと遠いし、場所を知らないから、知ってる食パンマンについてきてもらっただけなのだ。それに、ドキンちゃんが独りで行くな……っていうから」 「お医者さんって」 アンパンマンの頭の中で、ばらばらになっていた出来事が一つの絵として組みあがっていく。確か、春先にバイキンマンは少し体調を崩して食欲不振になっていた。けれども、それが過ぎると急に食欲が出て、そして、最近、何処かふっくらとして、色気が増したような気が……。 「赤ちゃんが出来たのだ」 みたいではなく、出来たという報告にアンパンマンの顔が崩壊していく。 確かに、地球の人達とは身体の構造も違うし、バイキンマンは両性体だ。その可能性は全くないわけではないことも、結婚した当初に聞いていたけれど、子供が本当に出来るとは思わなかったのだ。 「本当に」 バイキンマンはこくりと頷く。 「ダメだ」 「えっ!」 「嬉しすぎて、僕、ダメかもしれない」 そう言ったアンパンマンの顔は笑顔で弛緩していく。本当に凛々しいハンサムな顔が崩れていくのをバイキンマンは目撃した。端からみたらその崩壊加減は凄まじく、アンパンマンに片思いをしていたとしたら、百年の恋も一度に冷めるだろうというくらいなものであった。 でも、バイキンマンはそこまで悦んでくれることに、安心する。 子供が出来たら喜んでくれることは分かっていたけれども、少しはバイキンマンにも不安はあったのだ。 「ああ、何て言ったらいいんだろう。嬉しすぎて、まるで、夢みたいだよ。僕たちのベイビーが君のお腹に居るんだよね。ああ、僕は」 と突然、立ち上がって、うろうろと部屋の中を歩き始める。 動物園の熊のようにうろうろしたかと思えば、立ち止まって頭をがしがしと掻き毟った。何度か、そんな行動を繰り返していたが、突然、思い出したかのように立ち止まる。 「でさ、バイキンマン。妊娠中もしてもいいんだよね」 アンパンマンのあまりにも、直接的な表現にバイキンマンは、馬鹿モノと枕代わりにしていたクッショクを投げつけた。それが顔面を直撃したのに、アンパンマンはヘラヘラと笑っている。 そう言いつつも、バイキンマンも幸せそうに笑っていた。 「だって、嬉しくってさ。もう、どうしようもないよ」 アンパンマンは嬉しさのあまりどうかなってしまいそうになっていた。 バイキンマンから自分のことを好きだと言われた時は、嬉しかったけれども、その態度から薄々気付いていたし、それ以前に第三者に恋人なのだと宣言してしまっていたから、まだ、嬉しい気持ちをセーブできた。 でも、今回はそれが出来ない。 「アンパンマン」 「もう、嬉しくって、バイキンマン。僕はどうしたらよいのかわからないよ」 アンパンマンは、バイキンマンを優しく抱き締める。 「ああ、本当に君を好きになってよかったよ。愛しているよ」 「バカモノ」 愛しているといわれると恥ずかしがるバイキンマンは、子供が出来てもやはり変わらなく、アンパンマンに抱き締められながらも、いつもの口調でそうアンパンマンを叱り飛ばしていた。 「ああ、本当に、君を愛しているよ。バイキンマン」 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/10/03