甘い香り
家の中は甘い匂いで満たされていた。 甘い新婚生活を楽しんでいる当人ではあるが、お菓子の匂いに包まれてその甘さに戸惑いを覚えていた。 「また、随分とがんばりましたね」 アンパンマンはハロウィンで大忙しのジャムおじさんのパン工場に手伝いに行っていた。もちろん、稼ぎ時なので本人達はハロウィンを楽しむ余裕など全くなく、ここ3日間はアンパンマンも泊り込んでの大仕事と相成った。 報酬の一部としてもらったお菓子を両手一杯に抱えて帰って来た彼を直撃したのは、所狭しと並べられたお菓子の山だった。 シナモンドーナッツ、パンプキンパイ、ミートパイ、アップルパイ、可愛らしい動物達を象った飴細工、クッキー、チョコレート、手作りと思われる籠や箱にそれらは綺麗に詰められていた。 いつから、自分達の住まいはお菓子の城になったんだろうと、アンパンマンは寝不足の頭を働かせる。 「帰ってきたら、ただいまなのだ」 キッチンから出てきたバイキンマンはそういうと、エプロンの前で手を拭きつつアンパンマンの目の前に立った。テーブルはお菓子に占拠されている為、アンパンマンはソファの上にジャムおじさんから貰ったお菓子の袋を置くと、バイキンマンの頬に軽いキスをした。 「ただいま。バイキンマン」 バイキンマンからは甘い香りがする。 もちろん、普段のバイキンマンからも甘い香りはするのだが、今日はほんのりどころでなくパイキンマンが砂糖菓子で出来ているのではと錯覚してしまうそうなくらいに甘い匂いが彼を包んでいた。 ジャムおじさんと暮らしていたアンパンマンはもちろん甘い香りが苦手ではなく、どちらかというと落ち着く匂いであるといえるが、ここまで凄いのは新婚以来初めてなのだ。 「で、これはなんなんだい」 部屋一面に、物が置ける場所は全てお菓子に占拠されている家を見渡すと、両手を大きく広げて大仰なポーズを取る。 バイキンマンはやれやれと肩を竦め、ジャムおじさんのパン工場に泊まりこみで手伝いにいって、帰って来たと思ったらこれかといわんばかりの溜息を漏らしてやる。 「忘れたのか。お前が言ったんだっ!!」 必然的にバイキンマンの口調は強くなる。 「????」 本当にアンパンマンの脳みそはお菓子の作りすぎで糖化してしまったのかと思えるほどに反応が鈍い。 「子供達が沢山来るから、たくさん、たくさん、たくさん、お菓子を作ってくれといったのは貴様なのだ」 バイキンマンの台詞を聞いてようやく自分の言ったことを思い出したアンパンマンは、かなりぐぐっとくるものを覚える。自分の言ったことを忠実に守りながら、自分を帰るのをお菓子作りをしながら、寂しい気持ちを紛らわしてくれていたのだと、思うと、バイキンマンンが愛しくてたまらなくなる。 「ありがとう、バイキンマン。バイキンマンのお菓子はとても美味しいよ。いつも、僕が独り占めしているから、そんな僕の幸せのおすそ分けをしてあげようと思ってさ」 まるで、付け足したようにそんなことを言わなくても、子供が来たら配れば良いとバイキンマンはぼそりと呟くとキッチンへと消える。 ああ、何か、バイキンマンの気に障ることを言ったのかなと考えつつも、やはり脳みそが働かないアンパンマンなのである。 ジャムおじさんのパン工場はハロウィンとクリスマスはそりゃぁ忙しい。どれくらい忙しいかというと、食パンマンに、カレーパンマン、メロンパンナ、ロールパンナを総動員したとしても不眠不休の作業を三日三晩続けないと、作業が終らないのだ。 作業が終わり、予約を受けていたお菓子をお客さんに渡し、売り物にならなかった端数やキャンセル分の中からバイキンマンが好きそうな物をがめて何とかアンパンマンは帰宅した。 アンパンマンが帰る時には、食パンマンとカレーパンマンは工場の床で撃沈し、バタ子さんは店舗の方にある買ったパンをその場で食べられるカフェタイプのスペースではげかかった化粧もそのままに突っ伏して眠っていたし、チーズは小麦粉をストックしておく倉庫の中で小麦粉に塗れて眠っていた。ロールパンナとメロンパンナは工場で壁にもたれかかり互いを抱き締めるような形で眠っていた。 ジャムおじさんは、事務所のソファーですやすやと眠っていた。 去年までなら、皆と一緒にそのまま眠ってしまうのが常でなのであるが、今年からは這ってでも帰宅しなくてはいけなかった。 眠るにしたとしても、パイキンマンの存在を感じながら眠りたい。 その一心で、帰宅したアンパンマンなのである。 椅子もお菓子に占拠されていたので、仕方なくそのまま床に座り込んだ。椅子を持ってこようとか寝室に行こうとかさんなことすら考えられなかった。 玄関先の毛足の長いラグマットの感触が気持ちいいなあとか、考えつつ気が付くとそのまま眠りの国の住人になっていた。 甘い甘い香りがアンパンマンを優しく包んでくれる。 子供達の楽しげな声と、バイキンマンの優しい声が遠くから聞こえてくる。 ふわふわとまるで雲の上を歩いている幸福感にアンパンマンは酔いしれていた。夢見心地で愛しい人の名前を呼んでみる。 「バイキンマン」 「何だ、風邪、引くぞ」 口調はいつものようにぶっきらぼうだけど頭を撫でる手はとても優しい。心地良くて眠りから覚めることができそうにない。 「いいよ。バイキンマンが傍にいてくれるから、温かい」 アンパンマンも自分が何を言ったのか朝起きた時には覚えてもいなかった。ラグマットの上とはいえ、玄関に近い床の上で眠っていたにもかかわらず、とても温かな温もりに包まれた眠りをアンパンマンは享受した。 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/10/04