続・甘い香り
「Trick or Treat?」 子供たちの賑やかな声が玄関でする。 一人一人に色とりどりに飾りつけたお菓子が詰まった籠や箱や袋を渡すと感嘆の声が上がる。誰が誰なのかは分かるような仮装なのだけれども、いつもの子供達とは違う彼等がそこに居た。 この町の子供たちにお菓子を配るなんて、考えられないことだった。 ハロウィンもクリスマスもお正月も関係なかった。ただ、ドキンちゃんが気にするから料理を作ったり支度をしたりしたけれども、自分がそれを待ち望んでいたわけではない。何故なら、自分は独りで、ドキンちゃんは一緒に居てくれたけれど、ドキンちゃんは家族で友達ではない。 友達なんて要らないと思っていた。 でも、ここに来て、自分が独りであることを再確認した。 ドキンちゃんは早々にこの町に慣れて、友達を作り遊びに出掛けたり一緒おしゃべりを楽しんでいるようだった。もちろん、このバイキン城に遊びに来ることだってあったけれども、お茶の支度だけして自分は研究室に閉じ篭もっていたから、どんな友達が要るかもしらなかったし、知ったとしても自分には関係ない。 自分になど友達は出来ないと思っていたからだ。 けれども、友達が出来る前に恋人が出来てしまった。そして気付けば、自分を友だちと呼んでくれる人もいる。 偏屈だと思っていた自分の心の扉を強引に開けたのは足元で丸くなって眠るアンパンマンである。 正義の味方と相対する存在である自分。 けれども、気がついたら結婚していた。 結婚して4ヶ月が過ぎ、この生活にも慣れて来た。 家事をし、合間に研究をする。悪党は廃業したし、アンパンマンも正義の味方を廃業した。非常事態の時だけ、パートタイムで正義の味方をするということになっているらしい。 バイキン城に居た頃と変わらない生活だけれども、決定的に違うのは一緒に暮らしている相手がドキンちゃんではなくアンパンマンということだった。 結婚するまではキザな男だと思っていたけれども、一緒に暮らし始めて以外と抜けている部分の多いことを発見した。 今だってそうだ。 ジャムおじさんのパン工場が忙しいのは知っている。けれども、そんな疲れているんならさっさとベッドに行けばよいのに、どうしてわざわざ玄関の傍に置いてあるラグマットの上で寝るんだろう。几帳面なバイキンマンからすれば、眠たくて眠ってしまうのが分かっていながら床に寝そべっていられる神経が理解できないのだ。 全く、馬鹿だと思いつつも気付くと毛布を掛けてやっている。 「バイキンマン」 その気配に気付いたのかアンパンマンが目を開けるが、それは焦点を結んでおらずぼんやりとした色合いをしている。結婚するまでは自分の前だって気を抜かなかったアンパンマンを思えば、彼も随分変わった。 正義の味方も所詮はと、言ってしまいそうになるくらい普通の男だった。 脱いだ洋服を洗濯籠に入れるのを忘れていたり、綺麗に身体を拭かないで濡れたまま風呂からバスタオル一枚で出てきたり、その度にバイキンマンに怒られて、へいへいと小さくなっている。 でも、そんなアンパンマンが不思議と自分は嫌いじゃないし、キザな正義の味方だっただけのアンパンマンよりずっと好ましいと感じる。 「馬鹿者。こんなとこで寝たら、風邪を引く。看病するのは誰だと思って……」 けれども、ついいつもの口調で話してしまうのだ。 アンパンマンのことは好きだ。でなかったら強引な手口とはいえ、その誘いに乗ったりはしないし、ドキンちゃんバイキン城から追い出されたとはいえ一緒に暮らしたりはしない。 長い間、意地を張って生きてきたから簡単に素直にはなれない。 でも、口調とは裏腹についぼんやりとしているアンパンマンの頭を撫でていた。ふわりとまるでカルメラ色の髪が犬の毛のように掌にまとわりついてくる。 余程、気持ち好いのかアンパンマンはうっとりと目を閉じて、今にも喉を鳴らしそうなくらいであった。 結婚したからっていったって、元々は敵同士だったんだから少しは警戒すればよいのにと思う半面、そこまで信頼されていることがこそばゆい。 「いいよ。バイキンマンが傍にいてくれるから……、温かい」 そう言われてしまえば、無理に起こすことなんて出来なくなってしまうではないか。 バイキンマンは仕方がないと、アンパンマンが眠りに落ちるまでの暫しの間、ゆっくりと柔らかな髪を撫で続けた。 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/10/04