ことはじめ



「ねぇ、バイキンマン。夕飯はナニ?」
 炬燵に足を突っ込み、頭を肘で支えた格好で横になっているアンパンマンはキッチンでコーヒーを淹れているバイキンマンにそう声を掛ける。
 結婚して初めての年越しであった。
 手を繋いで初日の出を見に行き、その帰りに神社でお参りをした。アンパンマンが引いたおみくじは大吉でそのおみくじはバイキンマンの財布の中にしまった。そして、そのままアンパマンの親代わりでもあるジャムおじさんの元に挨拶に行き、お屠蘇とお雑煮とお節をご馳走になったのである。
 そして、昼過ぎに帰宅した二人は、お年玉代わりにジャムおじさんに貰ったお菓子を戴く為に、コーヒーを淹れているというわけなのである。
「何か、食べたいものがあるのか」
 バイキンマンは盆にコーヒーを二つと皿とフォークを乗せて、戻ってきた。
 どうも炬燵が置いてある空間だけ浮いている気がしてならない。
 暖炉もあるし全面フローリングという造りであるにもかかわらず、どうしてだかリビングに炬燵があるのである。バイキンマンは当初反対したのだが、アンパンマンの勢いに押されて炬燵をこの場所に置くことになったのである。
 しかし、炬燵というのはとても居心地が良い場所で、バイキンマンは自分が炬燵を置くことに反対したことなどすっかり忘れて、昼間でも何かとこの炬燵の上で作業をしていることが多い。
 コーヒーを炬燵の上に置くと、つられるようにアンパンマンも起き上がる。
「ねぇ、夕飯は?」
「腹が減ったのか」
 違うよとアンパンマンは答えながら口唇を尖らせてコーヒーを啜った。
 バイキンマンが何日も前からこつこつとお節料理を用意してくれていたのは知っている。黒地に紅い竹が描かれたお重は朱色の風呂敷に包まれて台所の隅に隠すように置いてあるはずだ。
 アンパンマンは密かにバイキンマンが作ってくれたお節料理をとても楽しみにしていた。たつくりも、黒豆も、昆布巻きも、アンパンマンは大好きである。その上、初めてバイキンマンに作ってもらうのだ、楽しみでないわけがない。特にバイキンマンはああ、見えても家事は得意で特に、料理は玄人並に上手いのだ。
 男は胃袋で釣られるとの言葉通り、アンパンマンはバイキンマンに胃袋で見事に釣り上げられていた。
 正直、独りで外で食事をするくらいならお茶漬けでもいいから家でバイキンマンの顔を見ながらゆっくり食べたいのである。
「ああ、もう、いいよ」
 アンパンマンは其処で会話を投げ出してしまった。
 これでは自分がお節を食べたいと思っていることが伝わらないと思うのだが、面と向かって食べさせてくれというのも、作っているということを決して表立ってみせないから言い難いのだ。
 再びごろりと横になると、右隣の席に座っているバイキンマンの細い足首が見えた。
 帰宅してから着替えていたバイキンマンの格好は黒の上下対の部屋着である。大きめの上着と足にフィットするズボンは丈がやや短く、足首が出てしまう。
 細い足首を見ていると、妙なキモチになってきてしまう。
 当のバイキンマンはそんなアンパンマンの気持ちに気付かないらしく、ジャムおじさんにもらったお菓子を皿に盛っていた。時折、お正月番組を盗み見してくすりと笑っている。自分は気持ちを上手く伝えられなくって不貞寝しているというのに、バイキンマンは笑っているのがアンパンマンは気に入らない。
 我侭だと分かっているけれども、でも、自分のバイキンマンでいて欲しいのだ。
「決めたよ」
 バイキンマンはコーヒーが冷めるぞと、全く取り合ってくれる様子もない。
「僕は、バイキンマンを食べることにする」
 そう宣言するとずぼっと頭を炬燵に突っ込んだ。
 横座りしているバイキンマンの膝頭をぐっと掴んで、開かせるとバイキンマンの上体がぐらりと揺れ、咄嗟に手を炬燵の上についた。
「アッ、アンパンマンッ!!」
 バイキンマンが抗議の声を上げる頃には、アンパンマンはバイキンマンのペニスをズボンの上からやんわりと握りこんでいた。
「ひっ、うん」
 バイキンマンの声が上がる。
 ここのところ大掃除だの新年の仕度だと忙しくしていたし、アンパンマンも仕事で忙しかったので、ご無沙汰していたというのもあって、久しぶりの感触に身体の力が抜けていく。
 アンパンマンの手はズボンの中に潜り込み、直接ペニスに触れていた。握ったり、摘んだりと強弱をつけられると自然と足が開いていく。
「っあぁああ」
 元来、快楽に弱いバイキンマンは既にアンパンマンのもたらす快感に流されようとしていた。
 悪戯な手は後にも回り、尻の狭間のラインをつうっと突かれるとつい腰が浮いてしまいそうになっていた。
 しかし、その奥にある場所には決してアンパンマンは触れようとはしない。
 そのもどかしさがバイキンマンを更に煽り立てていくのだ。
「ッア、アンパンマンッ!!」
 名前を呼ぶと、アンパンマンはバイキンマンの腹の辺りから炬燵布団を捲り上げて顔を出した。
「呼んだ。バイキンマン」
 こんなことをしているくせに屈託のない笑顔でバイキンマンの名前を呼ぶ。
 バイキンマンもこんなに爽やかな笑みをされると、どう言ってよいのかわからなくなってしまう。もっと、淫靡な顔をしていれば、欲しいと強請れるのかもしれないけれども、アンパンマンのこの笑顔はセックスという行為とは遠い気がして、甘えられないのだ。
「ヒメハジメしなくっちゃね」
「?」
「一年で最初にエッチすることだよ。まだ、今年に入ってから、僕達してないだろう」
 面と向かって言われると恥ずかしくて、消え入りたくなってしまうのだ。もっと、隠語を使うとか、ロマンティクなことをいうとかしてくれればよいのにと、バイキンマンはそう思ってしまうのだ。
「いやだ」
 バイキンマンはずるりと尻だけで後退る。
 アンパンマンがそれを腹這いの体勢のまま追いかけてくる。ずりっと匍匐全身をしながら、バイキンマンににじり寄る。一見、滑稽な姿であろうが、本人たちは至って真面目なのだ。
 またまた、バイキンマンがずるりと逃げる。
 今度は逃さないとばかりにアンパンマンはかえるのように飛び上がった。そのままバイキンマンを床に縫い止めて、にこりと笑う。まるで、美味しいお菓子を食べて満足している子供のような笑みであった。
「いやだは、ナシだよ。バイキンマン。そう、今年中、忘れられないヒメハジメにしてあげるから」
 と、まるで遊びに誘う子供のような無邪気な誘いにバイキンマンは力を抜いた。力では勝てないし、与えられるのは快楽のみだということをバイキンマンも学習したのだ、下手に逆らって、痛い目を見るのはゴメンなのである。
 血迷ったアンパンマンがそのようなことをしたことが、過去にはあったからだ。
「バイキンマン。今年も、来年も、再来年もずっと、僕と一緒に居てね」
 アンパンマンはバイキンマンに馬乗りになりながらそう言った。
 バイキンマンは何も答えない。
 バイキンマンにここ以外に帰る場所はないのだ。
 王子の立場を捨てた以上、バイキン城には戻れない。
 それを知っていて、この男はそう言うのかとも思うが、アンパンマンが実は自分と同じくらいの寂しがりやだということを知っているから、バイキンマンは何も言わない。黙ってアンパンマンのしたいままにさせてやるだけなのだ。
「ずっと、一緒だよ」
「ここ、以外に帰る場所はないのだ」
 そう吐き出すと、アンパンマンは本当に安心したかのように微笑んだ。
「うん。それを忘れないでね」
 まるで、セックスという刻印を刻むかのように、バイキンマンの肌に快楽の徴を刻むことにアンパンマンは没頭していった。





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The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/10/09