恋する反応
正義の味方だって、好きな相手を殴るということはストレスが溜まる。 相手が例え、自分ことを好きでなかったとしてもだ。 憎々しげに自分を見ていたとしても、けれども、正義の味方を今は止められない。 結局、思考の堂々巡りから逃れられないのだ。 「大丈夫かい」 アンパンマンはそう言って、冷ぴたシートを膨らんだバイキンマンの額に貼り付けた。 久しぶりに町に悪さをしに下りてきたバイキンマンを見てアンパンマンは嬉しくなって、テンションの高いままアンパンチを繰り出してしまったのだ。 しまったと思ったのだが、時既に遅く。 バイキンマンはいつもより、五割り増し遠くに飛ばされてしまった。 バイキンマンが飛ばされた場所を確認したアンパンマンはその場を取り繕い、村の周囲を16のブロックに分けてそれぞれに隠してある救急箱を引っ掴むとバイキンマンが飛ばされた場所へと急いだのである。 バイキンマンのことが好きと自覚してから、アンパンマンは悪さをするバイキンマンにお仕置きをした後は必ず、こうして怪我の治療をしてやっているのだ。 悪さをするバイキンマンを放置してはおけない。 正義の味方稼業をしている以上、それは無理というものなのである。それに、現状でバイキンマンに悪さをすることを止めさせるのも至難の技なのである。できることといえば、二人の相互理解を深めること以外にない。 とにかくアンパンマンはバイキンマンのことを知らなさ過ぎる。 どんな些細な事でもいいから、バイキンマンのことが知りたいのだ。 正義の味方稼業はしているものの、本業は別なのである。その本業の人脈を利用してバイキンマンについて調べてみたのだが、バイキンマンという名前の人物がいることすら定かではなく、実に彼の存在はそういう点でいけば怪しいという以外の何者でもない。 けれども、バイキンマンは本当は優しく、寂しがり屋なのだ。 それは、アンパンマンが良く知っている。 「痛い……のだ」 冷ぴたシートを貼った時に軽く押さえたのがたんこぶに響いたらしく、半泣きになりながら抗議の声を上げる。 「ごめんよぉ」 どちらが悪いといえばバイキンマンが悪いのに、このような場合、いつも謝るのはアンパンマンの方なのだ。 「他に怪我してるとこない?」 アンパンマンは傷にさわらぬようにバイキンマンの身体のあちこちに視線を走らせる。たんこぶ以外に怪我はないようだけれども、相変わらず細いというのにも語弊がある程にバイキンマンの身体は細かった。 ここ最近、町に現れなかったのは、惨い風邪を引いて寝込んでいたらしいのだ。 これは、ドキンちゃん発メロンパンナちゃん経由、バタコさん着というルートでアンパンマンの耳に届いたのだ。本当なら、美味しいものを沢山抱えて見舞いに行きたかったけれども、寝込んでいる姿をバイキンマンが自分に見られたいとは思わないことを十二分に承知していたアンパンマンは、メロンパンナちゃんに頼んでドキンちゃんに、様々なパンやスープ、温めるだけで食べられる料理を持っていってもらっていたのだ。 以前、ドキンちゃんは料理がとても苦手で、家事はもっぱらバイキンマンが引き受けていることを聞いていたので、少しでもバイキンマンの快復に繋がればとの気持ちだった。 毎日、メロンパンナちゃんからもたらされるバイキンマンの快復具合だけがアンパンマンの楽しみだった。 久しぶりに、現れたバイキンマンは痛々しいくらいに細くなっていた。 「これくらい、どってことないわ。オレ様はもっともっと、痛いことだって我慢できる」 その台詞にアンパンマンは心が痛む。 痛みに免疫があるって褒められたことじゃないと思うけど、と心の中で呟く。何故なら、免疫があるということはそれだけ痛い目にあって来ているということで、痛い目にあっているということは、常識的に考えると恵まれた生活をしていないという結論に達するではないか。 「なら、いっぱい食べて、早く怪我治さないとね」 それでも、自分の気持ちをしまっていつもの他称天真爛漫な笑顔を顔に張り付け、バイキンマンを見ながら、もう一つ、パトロールに出る際に持って来たバスケットを差し出した。 「おうっぷ!!」 バイキンマンは奇妙な声を上げた。そのバスケットを奪い、頭を突っ込むようにして中身を確認すると、中にはジャムおじさんのパンが沢山入っていた。家事全般得意なバイキンマンだが、その中でも料理は最も得意であった。 それは自分の大切な人達を喜ばせる為に、必死で身につけたものだけに、その一人であるドキンちゃんが美味しいと喜んでくれるだけで作りがいがある。 しかし、ジャムおじさんのパンを食べてから、パンはジャムおじさんのパンの方が美味しいと言って、時折、食べたいとねだるのだ。それが聊か悔しくて、只今、ジャムおじさんのパンに対抗できるパンを研究中なのだ。 もちろんその場合は変装をしてパンを買いに行くのだが、バレないか毎回ドキドキして、なかなか心臓によくない。けれども、最近は、こうしてアンパンマンがどういうわけか、毎回、悪さをすると飛んできて、アンパンチを食らわせるのだが、その後では何を考えたのか怪我の手当てまでしてくれて、こうしてパンを持ってきてくれる。 アンパンマンにもらうと思えば腹が立つけれども、怪我をさせられた治療費としてパンを貰うと思えば、バイキンマンのプライドも辛うじて保つことが出来る。その原因を作ったのは自分であるということはもちろん棚に上げたままであった。 それにこれはジャムおじさんのパンを越えるパン作りの研究材料にもなる 隠れてこそこそジャムおじさんの店までパンを買いに行くことをしなくともよいのは、正直助かっている。 パンももらったし、そろそろ帰ろうとバイキンマンが立ち上がると、アンパンマンは小さな声をあげた。 「あっ」 「何か用なのか」 「いや」 もう用はない。 悪さには失敗したけれども、お土産のジャムおじさんのパンが手に入った。 これ以上、敵であるアンパンマンと一緒に居る必要はない。 目の前のUFOに乗り込むと、アンパンマンに何も言わずに窓を閉じた。アンパンマンは溜息を吐いてそんなバイキンマンの様子を見守っている。 ふわりとUFOが浮くと、バイバイと手を振る。しかし、バイキンマンが手を振り返すことはない。 バイキンマンのUFOは軽やかに浮かび上がり、アンパンマンの頭の上で3回旋回すると迷わずバイキン城を目指して飛んでいってしまった。 アンパンマンはその姿が見えなくなるまで、手を振っていた。 「僕は何をしているんでしょうね。全く……」 自分の不可思議な言動をそう評する。 しかし、アンパンマンには確信があった。何時の日かこうして接触を続けていれば、きっとバイキンマンのことを知ることができる日が来ると……。 それとも、バイキンマンとのこの秘密の関係を報られて正義の味方稼業から引退させられるかもしれないと考える。しかし、そうしたら遠慮なくバイキン城に押しかけていけるのにと、アンパンマンはふとそんなことを考えていた。 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'09/05/03