心が壊れる時2



「いゃ……、やめてっ!! 兄様」
 バイキンマンは何とか兄の腕の中から逃げ出そうともがくが、兄には力で勝つことは出来ない。
 その上、二番目の兄は武術の達人で、身体のどの部分を押さえ込めば、動けなくなるかということを熟知している。やみくもに動けば、動く程、バイキンマンを覆っていた衣服は剥ぎ取られてしまうだけだった。
「お願いっ……」
「黙ってろっ!!」
 必死で懇願するが、兄の口から零れたのは恫喝するような低い声だけであった。二番目の兄だけが自分を気に掛けてくれていて、兄と慕うのは、彼だけだったのにと、バイキンマンの頬を涙が伝う。
 けれども、兄が何を欲しているのかバイキンマンには全く理解出来なかった。
 やがて、バイキンマンの身体を覆うのは、辛うじて足首あたりに引っ掛かっているスラックスと下着、ボタンが千切れ、羽織っているだけのシャツだけになっていた。
「やめっ……っ!! お願いっ、兄様」
 兄の巨躯がバイキンマンに覆い被さり、節くれだった大きな手が小さな身体を撫で回す。
 そして、ペニスを摘まれた時、バイキンマンは明らかに今までとは違う声を上げた。
「っあ……、っあん」
 兄はそれを見逃さず、バイキンマンのペニスを手の中に握り込むようにして、擦ってやると次第にその声が甘さを帯びてきた。バイキン星人は快楽に対する耐性があまりない。
「ひっ……っん、……っい…ゃあ、あん」
 とろとろとした蜜がバイキンマンのペニスから零れ、甘い匂いが兄の鼻腔を擽る。少し、手の動きを早めると本当にあっけない程簡単にバイキンマンは逐情してしまった。肌蹴られた薄い胸が上下して、目尻から零れた涙はシーツへと吸い込まれていた。
 見開いたままの目は何も映してはおらず、ペニスだけが快楽の名残りでひくひくと動いているだけだった。
 実は、バイキンマンは初めて逐情したのだった。自慰行為すら知らずに、性的なことに関してはほとんど知識を持たなかったし、興味がなかった。バイキン仙人とドキンちゃんとで暮らしていく上には不要なものでしかなかったからだ。
 兄は、そんなバイキンマンを無造作に片手でひっくり返すと、バイキンマンが掌に放った白い液体をアナルへと塗りつける。
「っう、ひっ……」
 突然の出来事で、かなりの精神的ダメージを被ったようで、思うように身体が動かないのか、先刻のように激しい抵抗が出来ない様子だった。
 兄は躊躇うことなく下着を下ろすと、其処には、勃起したペニスが天井を仰いでいた。
 それを、躊躇うことなくバイキンマンのアナルへの先端を捻り挿れる。
「っきぃぃいいっ!!」
 バイキンマンが狂ったように暴れる。
 あまりの痛みで我を失ったのだ。
 しかし、力で勝る兄は腰をしっかりと抑えたまま、ペニスをそのまま進めた。ねっとりと赤い血が流れ、それが更に兄の侵入をたやすくする手助けになってしまう。
「……やめっ!! 助け……って……っいゃゃやぁああん」
 ずるっと、鈍い音がしてペニスがバイキンマンの体内に収まってしまった。
「ぉおおっ!! お前の中に入っている」
 兄は雄叫びを上げるようにそう言うと、今度は激しくペニスを出し入れし始めた。結合部分から、ぽたりと血がシーツに赤い花弁が散るように零れている。
「っっい……、兄…さまっっったいっ! ぁぁぁつ……ひっ、ぅぅん」
 バイキンマンの声は痛みによる叫びから懇願に変わり、やがて意味のない啜り泣きへと変わっていった。逃れようと足掻いていた腕も力をなくし、力なく投げ出されているだけだ。
「っえ……、ぅぅうえっ……はぁあっ……っうううううっ」
 人形のように兄に腰を捕まれて、揺さぶられ、零れるのは嗚咽と涙だけになっていた。
「泣くんじゃない」
 自分で惨いことをしておいて、そのような言い草はないのではないかということすらバイキンマンには考えられなかった。アナルに打ち込まれているペニスが抜かれ、ゆっくりと躯を反転させられた時は、この責め苦が終るものだと思ったのだ。けれども、それは間違いで苦しみはまだまだ終らなかった。
 まるで、大人と子供ぐらいに体格差がある。
 兄はバイキンマンを軽々と抱き上げると、天上を仰いでいるペニスに向けてバイキンマンの躯を沈めた。
「いゃっ!……いたっぃぃいっ、兄様っ……っふふん」
 嫌だと抗っても自らの血で濡れたアナルは兄のペニスを呑み込んでいってしまう。全てが収まると、さすがの兄の額にも薄っすらと汗が浮かんでいた。
 このような行為とは裏腹に力を失ったバイキンマンの躯を抱き締め、涙を舌で吸い取った。
「分かっている。惨いことだというくらいは……、けれども、お前が、俺のものになると言ってくれなくては、俺はお前を助けてやれないのだ」
 そう言いつつも、腰を動かして、バイキンマンの処女地を強引に開拓していった。
「さあ、俺のものになれっ!!」
「いゃっ!……お願いっ……っひひん……ぁぁぁあっん」
 バイキンマンは苦しみを与えているその人の上着をぎゅっと握り締めて、それが過ぎ去ることをただそれだけを朦朧とした頭で考えていた。
 ただ痛くて苦しくて、自分を気に掛けてくれた唯一の兄がこのような行動に出ることが悲しくて、バイキンマンは涙が止まらなかった。
 このようなことをされながらも、兄の苦しげな言葉からはひょっとしたら自分という存在が兄をこのような行動に走らせてしまったのだろうかと、そういう考えも過ぎる。しかし、色々な考えが浮かんでは消えするだけだ。
 痛みと惨い仕打ちから逃れたくて、考えようとするのだけれども、それと一つにまとまることはない。
「っぅぉおっ!!」
 ケダモノのような声を上げて、兄の動きが止まった。
 もうバイキンマンの下半身の感覚はなかった。
「っああ」
 終ったことはバイキンマンにも何となく理解できた。ようやく解放されると、そんな安心感からかバイキンマンは辛うじて保っていた意識をついに手離してしまった。



「窓を開けましょうか?」
 侍女はそういうと、窓を明けて外の空気を取り込んだ。
 バイキンマンは父親にアンパンマンを倒せという内密な指令を受けてから五日間、ずっとこの部屋に篭もったままであった。
 この侍女は元々バイキンマンの母親に仕えていてくれていた。母親が亡くなった後、バイキンマンの次兄の侍女となっていたのだ。だからこと、次兄はバイキンマンの面倒をこの侍女に頼んだのである。
「明日、帰るよ」
 バイキンマンはぽつりと呟いた。
「もう、少し養生なさった方が……」
「いや、明日、戻る。けど、誰にもこのことを言わないで欲しいのだ」
 その瞳には、強い意志が宿っていた。
 今までのバイキンマンにない暗い彩の瞳であった。赤ん坊の頃からのバイキンマンを知っている侍女はそんなバイキンマンを見るのが辛かった。本当は主人であるバイキンマンの次兄を呪ってやりたいと思うが、侍女の分際でそのようなことは出来ない。
 それに、次兄がどれだけバイキンマンが好きなのかということも知っている。バイキンマンの母親に恋をしていた次兄は、母親にそっくりなバイキンマンに興味を持った、それはやがて恋心へと変わり、自分がバイキンマンを守ってやりたいと思ったのだが、久しぶりにバイキンマンに会って、これから少しずつ交流を持ち、やがてはと考えていた矢先に父親から出された突然の命令に粟を食って、このような行動に出てしまったのだ。
 けれども、バイキンマンにとっては、迷惑以外の何者でもない。
「ご挨拶は……」
「俺様に挨拶されたい人はいない」
 バイキンマンは強い口調できっぱりとそう言い切った。
「でも、感謝してる。俺様を色々と助けてくれてありがとう」
「そのようなこと」
 侍女は泣きたくなった。
 優しいバイキンマンが変わってしまうことが悲しかった。ただ、彼は野望も持たずに、静かに暮らしたいだけなのに、どうしてみな、彼のそんなささやかな望みを打ち壊すことばかりするのだろう。
「明日、出立できるように準備しておきますわ」
「うん。夕食まで、少し、眠る」
「そうなさいませ」
 バイキンマンは子供の頃のような仕草で触角だけが覗せるようにして毛布に潜り込んだ。侍女はバイキンマンの寝入るまで、ベッドの脇の椅子に座っていた。
 その寝息が規則正しくなったのを確認すると、そっとその顔にかかっている毛布を外した。長い睫が陰影を作り、眉間に皺を寄せながら眠っているバイキンマンの寝顔は、幼い頃の面差しを残していた。
 何も知らず、自分の腕に抱かれていた幼い頃のバイキンマンの姿が蘇って来る。愛くるしく笑い、母親を懸命に愛し、侍女である自分達にも懐いてくれて、優しい言葉をかけてくれた。
 だからこそ、バイキンマンの母親に仕えた侍女達はバイキンマンの母親を敬愛し、バイキンマンを我が子同然に愛していた。母と子を中心に小さな世界は回っていたのだ。小さいけれど、そこに居る住人は、全員がその場所が好きでたまらなかった。
「どうか、愛し子をお守りくださいませ」
 亡き王妃に、侍女はそう祈らずにはいられなかった。
 小さな世界が存在していた場所を臨めるその部屋には、バイキンマンの寝息と侍女の祈りで満ちていた。





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The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/12/02