二人の城
「何なのよ」 ドキンちゃんはその城の中に入った瞬間、そんな台詞を言った。 バイキン星から、遠く離れた地球にあるバイキン星の王家が所有する別荘である。現在の王の祖父が旅行好きで出掛けた先で気に入った場所があると別荘を購入したり、建てたりしたものの一つがこの城である。 しかし、現国王の祖父は、女好きでも有名で出かけた先で見初めた女性がいると側室としてバイキン星に連れて帰って来たことも多々ある人物であった。 この地球という星からも一人の側室を連れて帰り、祖父が亡くなった後、その側室はこの地球にあるバイキン城で静かにその余生を送った。しかし、その後、誰一人訪れるものはなかった。 さすがに、王家の所有というだけあって、外観は立派なものであったが、人が住んでいなかったせいなのか、城内は荒れ果てていた。 装飾品も家具も全て運び出されていて、ただがらんとした空間がそこにあるだけだ。 しかも、床には埃の絨毯が敷かれ、天上には蜘蛛の巣のシャンデリアが飾られている。 「最近は誰も使ってないみたいだね。ドキンちゃん」 「見れば、分かるでしょう」 ドキンちゃんはのんびりとしているバイキンマンに腹を立てる。アンパンマンを倒せと命令したのはバイキンマンの父親だ。確かに、バイキンマンのことを疎んじてる。でなければ、王子であるバイキンマンが隠遁しているバイキン仙人の庇護の元にいること次第が奇妙なことなのだ。 父親に疎まれていることに対して、諦めているだけでなく、どうしようもない任務の為、こんな僻地までやってくるバイキンマンの気がしれないし、そんなバイキンマンだけではなく、バイキンマンを取り巻く全ての人々に腹が立って仕方がなかった。 自分は仕方がない。 バイキン星には居場所はないのだし、生まれるはずもない子供であった。 いずれは何処か違う場所で生きていかなくてはならなくなる運命だからだ。 「掃除にも、時間がかかりそうだね」 とバイキンマンはあちこち覗きながら、埃を舞い上げないように静かに歩き始めた。ドキンちゃんもその後からついていく。 別に、ドキンちゃんが一緒に来ることはなかったのだが、寂しがりやのバイキンマンを独りっきりで遠い場所に行かせることは出来なかったのだ。 「ほらほら、見て」 バイキンマンが指差した場所には、大きなバスルームがあった。 大理石で作られたその場所は、明るく広々としていて、まるでお姫様が入るような浴室であった。 「まあ、素敵」 「きっと、ドキンちゃんに似合うよ」 そう言われて、悪い気はしない。 でも、この城で二人っきりになる。 家事はバイキンマンが好きだし、得意だから心配はいらない。その上、この城で暮らしていくに必要なお金は国から送金されてくる。一応、王子という身分のバイキンマンには、月々、決められた額のお金が与えられているのだ。 バイキン仙人の元で生活していれば必要のないものだけれども、これからは必要となるだろう。 「でね。バイキンマン。あたしは近くの街のホテルに今夜は泊まるから、掃除、お願いね。明日、手伝いにくるから……」 「ええ、手伝ってくれないの」 バイキンマンは触角をしょんぼりと下げて、寂しそうにそう言う。 「いいこと、あたしは、あんたが心配でバイキン仙人に頼まれてついてきてあげたのよ。あたしは、長旅で疲れてるの。ゆっくりと休んで、英気を養いたいじゃない。これから当分住む所がどんな場所なのか、見ておきたいし」 バイキンマンは仕方がないと小さな溜息を零した。 「ドキンちゃんはレディだから、仕方ないのだ」 甘いと思うけれども、しょんぼりとしているバイキンマンを見ると心が痛くなる。血は繋がっていないけれども、兄妹のような強い絆で結ばれているのだ。 「明日、ちゃんと手伝うから……ね」 ドキンちゃんはそう言うと、既にどうやって掃除をしようかと考え始めたバイキンマンを置いたまま城を後にした。 目の前のやらなくてはならないことに気を取られて、当面はホームシックになることはないだろう。 バイキンマンがどんなに寂しがり屋で優しい心を持っているのか、自分は知っているから、我侭娘と誰に言われようとも、我侭を止めるつもりはない。それどころか、これからはもっと我侭を言ってやろうと思う。 そうしたら、バイキンマンは忙しくて、寂しいとか思わなくなるだろうから……。 ドキンちゃんは、そう心に誓った。 |
The fanfictions are written by Kurataki Humiharu since'19/12/04