過去からの風が吹く坂道
「フラン」 ハンドルを軽やかに操りながらジェットは、迷った挙句前方を厳しい表情で見詰める隣のフランソワーズの名前を呼んだ。 普通の人間であれば、その声は風に掻き消されて聞こえなくなってしまう程度のものであったが、彼女に強制的に授けられた能力はそれすらも聞き逃さなかったのだ。 「ジェット」 前方を見詰めていたフランソワーズの表情が幾分か和らぎ、替わりに厳しさがその白い美しい顔を彩っていく。ジェットはこんな彼女の顔を見たくなくて自分が呼んだにもかかわらずついと視線を逸らして、運転に夢中になっている素振りをしていた。 始めて見た瞬間から、ジョーの幼友達が生身の人間ではないことはわかっていた。フランソワーズも、出会う人が生身の人間なのかいちいち確認しているわけではない。ただ、あまりにもタイミングが良過ぎた。 BG団との戦いで好まずにかかわらず身に着けさせられた自分を守らなくてはという意識が、考える間もなく彼らの体内をスキャンさせてしまっていた。 やはり生身ではなかった。 改造されていたのだ。その体内に埋め込まれた機械を見ればある程度の性能の予測はつく。そのほとんどが、フランソワーズに見覚えの機械類で構成されていた。と、いうことはフランソワーズが知っている程度の部品を埋め込まれた、言い方はかなり乱暴だが、量産品だということにほかならない。 ジョーの幼友達の思惑はどうであれ、それらを操っている相手は彼らを使って本気でジョーを抹殺できるとは思っていないはずだ。 ジョーの動揺を導き出し、どう出るか観察している。あるいは、自分たちを弄ぼうと考えている連中であるか、どちらかだと思う。ピュンマやアルベルトに聞けば、それ以上の複雑な戦略予想を聞かせてもらえるだろうが、自分が考えるのはその程度だとフランソワーズは思う。 本当は、自分とジョーの二人でどうにか出来る相手だと、そう理性では思っていても、感情がそれを許しはしなかった。 おそらく、ジョーの幼友達はジョーの目の前で死ぬであろう。どんな最期であったとしても、ジョーは深く傷つくであろう。何処か自分に対しては冷めた部分を持ちながらも、自分の以外の誰かに関してジョーは豊かな感情を持ち合わせている。 隣で車を運転しているジェットとは違う種類の心の優しさや豊かさがある。 ただ、違うことはジェットは自分が傷つくことに躊躇はしないが、ジョーは自分の心が傷つくことに臆病な男だ。それがフランソワーズには不安だった。自分だけではジョーを慰めることは出来ないとそう直感したし、形は違えども生身であったころの親しき友人隣人を全て取り上げられることの悲しさも知っている。 「フラン。さっき言ったことに間違いないのか」 ジェットは前方を見たままそうフランソワーズに問うてきた。 「ええ、間違いはないわ」 「だったら、俺、飛んでって……」 ジェットは仲間思いである。ジョーとは年齢も近いこともあって、普通の18歳の少年の友人同士としても気が合うようで、二人で出掛けたり話しをしたり、時にはテレビゲームに興じていることもある。 その場面だけみれば、微笑ましく少し年下の弟とその友達を見ている。そんな優しい気持ちにフランソワーズはさせられるのだ。 「彼らのバンは、海沿いに走り続けているわ」 目の前に長い坂が現れてジェットはギアを切り替えると、グンと車体を揺らして坂道を登り始め、エンジンがわずかに空回りするような音を立てる。 「でもね」 「うん」 「貴方が、待機してくれていて本当に良かった」 フランソワーズのトーンの落ちた口調にジェットはちらりと視線を流すと、わずかに涙で歪んだ美しい女性の顔が其処にはあった。 「貴方しか、今のあたしの気持ちは理解出来ないから……」 そう、二人が生身の人間だった頃の友人も隣人も既に過去の人になってしまっている。生きていたとしても既にかなりの高齢で、そのほとんどの人物がこの世を去ってしまっていて、自分たちがその時代に生きていたとの証言をしてくれる人はいないにも等しいことなのだ。 ただ、そのことを本当に理解出来るのは、サイボーグ第一次計画のメンバーであった。ジェットと自分と、そしてアルベルトだけだ。 だから、咄嗟にジェットを呼んでしまった自分がいたのだ。 この行き場のない感情を共有したいと思ったし、幼友達を失うであろうジョーのフォロをして欲しかった。おそらく恋愛という感情を持ち合わせている自分では彼の気持ちを彼が願う形で、受け止められないとそんな気がしたからなのだ。 「ジェット……」 「いいんだ、フラン」 そう何も言わなくともジェットはフランソワーズの気持ちを理解していた。長い間、唯一の仲間であり、家族であった。そして、血の絆にも負けない絆が二人の間には結ばれている。地獄の苦しみを分け合って生きてきたからこそ、互いの気持ちが理解できるのだ。 だから、フランソワーズは感情をジェットには故意には隠しはしない。 「急ごう、フラン」 ジェットはそう言うと更に深くアクセルを踏み込んだ。 そして、二人を乗せた車はエンジンを唸らせて、険しい未来に続く長い坂道を登っていった。 |
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