ロマンティクな死神



「ここに座って」
 ジェットは自室に連れて来たアルベルトの手を引いて綺麗にベッドメイクされたそこにアルベルトを座らせた。
 今日はアルベルトの誕生日だったのだ。博士の茶目っ気のある計らいで、ギルモア邸でささやかなパーティーが催された。仕事の都合で来られなかったジェロニモとピュンマを除いたメンバーが揃い。久しぶりの賑やかな食卓を囲んでいた。
 大いに飲み、食べ、騒ぎ、笑った。
 アルコールにはいささか弱い博士ですら、鼻の頭を真っ赤にして子供のようにはしゃいでいて、最後には駄々っ子のように我侭を言って、ことりと眠ってしまった。ジョーは穏やかな笑みを浮かべながらギルモア博士を抱き上げて、部屋に連れていくと自然とパーティーはお開きとなった。
 ジェットは渡したいものがあるからと、強引に自室にアルベルトを連れてきたのだ。部屋の明かりはわざと点さずに、ベッドサイドのランプだけが互いを認識できる僅かな光源である。
「目を瞑ってくれよ」
 いつにない神妙な態度のジェットにアルベルトは凄いプレゼントをくれるんだと冗談めいた口調でそうそう言いつつも、ジェットのいうように瞳を閉じた。ブルーグレーの瞳が閉じられて白い瞼がジェットの前にある。
 無防備な男の顔にジェットは軽く口付けを落として逃げられぬように抱きついた。
「俺を…あんたにやる。だから、抱いてくれよ」
 ジェットは顔真っ赤にして耳元で怒鳴るようにそう言うが、アルベルトからの反応は返ってこない。腕を回してくるわけでも、優しく顔を上げるようにと促すわけでも、逃げようとするわけでもない。
 それがジェットを不安するのだ。
 やはり、アルベルトは男の自分を抱けないのだろうか。好きとか愛しているとかは仲間同士の延長線にあって、自分がアルベルトを求めるように求めていてくれないのかと、そういう気持ちが込み上げてくる。
「あんたに、愛して欲しい。あんたが欲しい」
「ジ、ジェット」
 ようやく痰が絡んだような声で答えたアルベルトの顔は深い困惑の彩りを浮かべていた。どうすればいいのだと、戦いのどんな局面においても見せなかった普通の男の顔が其処にある。
「それとも、あんたは俺のことそういう意味じゃあ、必要ないんだ」
 ジェットがずっと抱えていた不安が言葉となって飛び出して来る。ジェット自身ですら言うつもりはなかった言葉たちであった。
「好きだ、愛してるって言って、抱き締めてキスしてくれたアレはナンなんだよ。俺は人形じゃねえ。ぬいぐるみが欲しかったんなら、どうして俺を選んだんだよ」
 言葉を発しているうちにどんどんと興奮してきてしまっていた。不安と疑問と、フランソ ワーズやジョーに言われたことが頭を駆け巡りどんどん想像は悪い方向に転がっていって、自分でも止められなくなっていった。それでなくとも、アルベルトの愛が自分に向けられていると理解していても、自分と同じ種類のものなのかわからなくてここ数ヶ月悩んでいたのだ。
「あんたの誕生日だから、こんな俺だけどあんたが望んでるんなら・・・そう思う、俺はバカだったわけだ。あんたはそう言う意味で俺を必要としてないんだ」
 言っていて情けなくなって涙が、出てきてしまう。
 もう一緒には居られないかもしれないとジェットがアルベルトの傍から離れようとした瞬間、あの鋼鉄の手でしっかりと逃げられぬように手首を握り締められた。
「違うっ!!」
「ナニが、違うんだっ!!」
 売り言葉に買い言葉で互いの口調は激しいものになってしまう。涙を浮かべて、アルベルトを睨みつけるジェットに心から、済まないとの気持ちがわいてくるのだ。自分もジェットと抱き合いたい。あの白い痩躯を折れるほど抱き締めて自分の下に組み敷いて甘い声で自分の名前を呼ばせてみたい願望はある。
 ジェットが喘ぐ表情を想像しただけで、独りで行為が出来てしまうほどにアルベルトも実は切羽詰っていたのだが、何せ男経験が皆無なアルベルトはジェットを傷付けるのではないかと至極恐れていた。
 恋人を目の前で失った経験のあるアルベルトは、極端に大切な人を傷付けるかもしれないという行為に臆病になっている。抱き合ったり、キスをしたりなら、男も女も関係ない。でも、裸になってその先はと言われると、唾液が混じるくらいに激しいキスをして、それ以降が真っ白でアルベルトには想像できないのだ。
 つまり鉄のカーテンの向こうで生きていた男は、同性同士のセックスについての知識が皆目なかったのだ。
 けれども、恥を覚悟で仲間たちにさり気に教えてもらおうと聞いても教えてくれるのは、実践的な行為ではなくメンタル的にアドバイスばかりで、いい加減アルベルトも焦れてしたていうより、諦めかけていたというわけなのだ。
「お前を傷付けたくはないんだ」
 絞り出すようなアルベルトの声であったが、その向こうの苦渋に満ちた心の中までは今のジェットには届いていなかった。
「あんたが、抱いてくれないほうがよっぽと、傷付くんだよ。バカヤロウッ!」
 涙がほろりと零れたジェットの傷付いた表情にアルベルトはついに負けた。確かに、男としてはとんでもない恥を晒すことになるかもしれない。でも、こんなに傷付いたジェットをこのままにしてはおけないのだ。
 アルベルトは心底ジェットに惚れていた。
 食べてしまいたいぐらいに愛しく思っている。
 出来ることならいつも一緒にいて、傷付きやすい優しい青年の心を見守りたいと願っているのだ。
 でも、今、自分の男の意地が彼を傷付けている。
「知らないんだ」
 ジェットの表情はまだ固く、アルベルトの言葉を受け入れようとはしない。
「男同士で、どうセックスしていいのか知らないんだ。恥を忍んでみんなに聞いたが、誰も実践的なことを教えてもらえなくて、何処でそういう情報を入手したらいいのかも皆目わからなくて、どうせなら、ちゃんとお前を満足させてやりたいから、その知識を体得してだな・・・・・・」
「知らない?」
 ジェットの顔が豆鉄砲を食らったようにきょとんと、大きく涙で濡れたままの目を見開いた。
「男同士のセックスのやり方本当に知らない?」
「ああ」
 本当に困った、恥ずかしいとの表情を浮かべるアルベルトの姿がジェットには至極愛しい存在に思えてならない。妙に初心なところがある男が可愛らしく見えてしまったのだから、惚れた弱みというか、あばたもえくぼとはこのことであろう。
「だったら・・・」
 ジェットは再び、覆い被さるようにアルベルトに抱きついた。
「俺が教えてやる。全部、あんたに教える。あんたを俺が満足させてあげるよ」
「ジェット」
 オトナなのに困った顔をする彼の表情は死神と恐れられる男の顔も、冷静で知的なハンサムなドイツ人もそこにはいなくて、自分に心底惚れている何処か間抜けな普通の男がいる。このギャップがたまらなくジェットの心を擽った。
「あんたの誕生日、忘れなれない夜にしてやるぜ」
 とジェットは言いつつ、アルベルトに伸し掛かるようにしてベッドに彼の躯を抱き締めてダイブした。










「ねぇ」
 ジェットは背後にジョーの声を受け流しながら冷蔵庫に顔を突っ込んで瓶ビールを彼にしては几帳面に並べていた。
 ギルモア邸の冷蔵庫は大きい。ギルモア邸に立て篭もらなくてはならなくなった事態を想定しているということもあるが、全員が揃った時などは、業務用冷蔵庫でもないと食料品が入りきらないのだ。
 贅沢をいうメンバーではないが、とにかく健啖家が多い。一番食が細いのはブリテンだが、細いといっても普通の人間の三人前は食べる。女性のフランソワーズだとてブリテンより食べるのだ。元々はバレリーナだったのだ、見掛けとは違い、ハードなバレエの舞台をフルで踊りきれる体力が元々あったのだがら、その体力を維持する為に、どれほど食べていたかは想像できるだろう。
 それはスポーツ選手の食事に匹敵するものがあるのであった。サイボーグになっても、バレリーナとして培われた食欲は既に本能になっていて、見てくれ以上にフランソワーズは食べるのだ。
 従って、家庭用冷蔵庫では追いつかない事情が派生し、ギルモア博士は楽しそうに業務用冷蔵庫を購入したわけである。
 というより、皆が楽しそうに集まって食事をしたりする風景を博士は好きなのだ。だから、誰もが気軽にここに来られるようにと心を砕いている。
 でも、普段は、大きすぎるよな。とジョーは思う。いくら、食べるといっても自分とフランソワーズ、博士の三人なら家庭用冷蔵庫の大きさで十二分なのだから、電気代が勿体ないとか思ってしまうジョーは立派なギルモア邸の主婦であった。
 でも、今夜のパーティーをワクワクと一番楽しみに待っているのはギルモア博士なのだから、ぜひ腕を振るわないとと思うギルモア博士ラブのジョーがここにいた。
「ナンだよ」
 計3ダースのビールをサイボーグとはいえ、運んできて冷蔵庫に仕舞う作業は骨が折れるのだ。特に、整理整頓の苦手なジェットにしてみれば、一仕事終わったという心境であった。
 そして、自分のご褒美にと冷やしてあったバドワイザーの缶のプルトップを引きながら、キッチンの中央に鎮座している配膳カウンター脇にある背の高い椅子に腰を下ろした。ぐいっと呷ると、炭酸の爽やかな刺激が喉を駆け下りていく。
 口の端についた泡を手の甲で拭い、二口目を口にした瞬間であった。
「君とハインリヒってうまくいってるの?」
 そのジョーの意味深な台詞にジェットは危うくビールを器官に流し込むところであった。ようやく、ほうほうの体で、何とか食道にビールを流し込んだジェットはじろりとジョーの背中を睨んだ。
 ジョーはその視線を軽く受け流して、ボールの中の生クリームを泡立てながら身体を反転させて、流しに腰を凭せ掛けてジェットの顔をマジマジと見詰める。
「んなこと…関係ないじゃん」
 ジェットは口唇を尖らせる。
 ジョーは確かにメンバーの中でも年が近く、そういう点では気が合って、ギルモア邸に居る時は何かと連れ立って出掛けることも多いし、ゲームを一緒にしたり、くだらないどうでもいいような話に興じたりしている。
 ジェットが仲間の一人であるアルベルト・ハインリヒと恋人同士であることも知っているし、それをジェットもジョーには隠してはいない。
 そもそも、アルベルトがジョーに親切にするのを見てアルベルトの気持ちが恋で、かなり昔から好きだったのだと自覚したのだし、勢いで告白してしまったという経緯があるのだし、嫉妬からまだサイボーグになって心の整理もつかないままのジョーに些細だけれど意地悪をしてしまったという後悔がジェットにはあったのだ。
 だからこそ、仲間だけではなく年の近い友達としても付き合っていきたいとジェットはそう思っていた。もちろん、ジョーもジェットに対して、年の近い気の置けない友人として認めている。
「そうは言ってもねぇ〜」
 ジョーの台詞に内心ジェットはギクリとしていた。
 確かに、うまくはいっている。
 アルベルトが休みの度にドイツを訪れてデートを重ねているのだ。時にはアルベルトのアパートに泊まっていくこともある。ハグもキスもしているし、愛していると何度も囁いたし、囁いてもらった。
「ハインリヒ、とうとうフランソワーズに聞いちゃったからね」
 そうなのだ。
 問題は、アルベルトがジェットにキス以上のことをしてくれようとはしないのだ。ジェットもそれについては悩んでいる。心は愛していても、身体は男に反応できないんだろうかとか、男同士だということを考えてジェットの身体を気遣ってくれているのか、男性経験がなくて戸惑っているのか、あるいは改造手術の後遺症で、ナニが役に立たないのかと色々と憶測を巡らせているものの、決定的なことは何一つわかっていない。
 ジェットも怖くて聞けないのだ。
「うっ…」
 フランソワーズには随分、ジョー同様、アルベルトのことで相談に乗ってもらっていた。
 最初はイワンは眠ったままであったし、自分たち以外の仲間がいることなどジェットもフランソワーズも知らなかった。二人で身を寄せ合って、いつか生き延びてここを出ようと歯を食いしばって手を取り合って生きていたのだ。
 だから、ジェットはフランソワーズには隠し事は出来ないし、アルベルトが触れてくれないことすら話していたのだ。
「フラン…」
「機嫌悪かったね」
 とジョーはジェットの台詞を引き継ぎながら、泡立てた生クリームを冷蔵庫に仕舞った。そして、冷蔵庫から流しに戻る途中でジェットの手の中で生温くなりつつあるバドワイザーを引っ手繰るとぐびぐびと音を立てて半分ほど流し込んだ。
 それをことりとテーブルに置きながら、ジェットを覗き込んだその時に、タイミングよく二人に声が掛かった。
「内緒話?」
 ハインリヒの誕生パーティーを催すため本人に気付かれないように、メンテナンスの期日が誕生日にかかるようにセッティングして、本人が遠慮しないように手伝って欲しいことがあるから、と朝から地下の研究室にハインリヒと博士は篭っている。全ては博士が提案したことで、こうした家庭的な行事が好きらしく、子供のようにはしゃぐ博士の姿が見られるのだ。
 皆もそんな博士の下に集うことは、楽しみの一つにもなりつつあった。
「ご苦労様、フランソワーズ」
 ジョーはフランソワーズが持っていた盆を受け取ると、流しに置いた。フランソワーズは地下の研究所の二人にお茶を持っていったのである。
 顔は笑っていても目は笑ってはいない。
 フランソワーズはジェットやジョーの前ではあまり自分を隠すことはしない。ジェットはもう家族に等しい存在で、互いに支えあって生きてきたから今更、取り繕って仕方がないし、ジョーとは女同士の親友みたいなもので、女同士の親友同士でこれもまた普通は自分を取り繕ったりはしない。
 他のメンバーの前では乙女ぶりっ子をしているフランソワーズだが、本人はジョーやジェットの方が余程、乙女だと思っている。大体、惚れた男の為にここまで自分は尽くされるならともかく尽くせないのが彼女という女性であった。
 彼女は乙女ではなく、あくまでも女性、女なのである。
「ったく、あの男はぁ〜〜」
「どうかしたの?」
 ジョーはコーヒーカップや菓子器を洗いながら、肩越しに憤慨するフランソワーズを振り返った。
「あの、ヘタレドイツ人よ。あたしに男同士のセックスについて朝っぱらから、ふっかけておいてよ。その舌の根も乾かないうちに、ジェットを大切にしたいから、このままセックスしなくってもいいでっすって? 冗談はヨシコさんよっ!!」
 フランソワーズは心が繋がっていれば、肉体関係なくても恋愛が成り立つとは思ってはいない。それは愛であって恋ではないと思っている。今までも、フランソワーズの恋愛とはそういうものであった。
 好きなら抱き合いたいと思うのは当然のことだ。恋人という関係でなくとも、肉欲がなくともジョーもジェットも好きだ。おはようのキスや、お休みのキス、何気に触れ合うことが心地良いし、心に安心感や満足感を齎してくれる。
 恋人なら尚のことではないか、触れ合って肌を重ねて始めて理解できることはいくらでもあるのだと思うし、またそうしなくては本当の恋人ではないと思う。心と躯とが結びついて始めて恋愛が成立するのだ。
 愛は心を恋は躯を意味するというのが、フランソワーズの持論だ。
 だから、肉体の関係がなくてもいいと思うハインリヒに腹が立つ。そんなままごとのような関係を求めるなら、ジェットを愛しているとは言わないで欲しい。大切に思うジェットを本気で好きなら、ジェットもまたハインリヒがどれほど好きなのかは、フランソワーズは昔から知っているから、大切な宝物を横取りされた気分で楽しくはないけれども、ジェットが幸せならば、多少の意地悪や意趣返しくらいは大目に見てもらえれば、二人の恋の道行きを応援してあげてもいいとは思っているのだ。
 だのにだ。ままごとみたいな恋で誤魔化さないで欲しい。ジェットが真剣だからこそ、そう思うのだ。
「大体、セックスしなくってもいいなんて、今時、フザケスギヨ。ジェットだって、シタイって言ってんのによ。どうして、据え膳を食べないわけ? どう考えても役立たずってしか、考えられないじゃない。何処かのお貴族様の家系かもしんないけどね。そんなものセックスには関係ないわよ。お高くとまってても、結局、イ○ぽじゃしょうがないじゃないっ!!」
 フランソワーズは台詞を一気に捲くし立てると、ジェットの前に置かれていた存在を忘れられつつあったバドワイザーの缶の残りをこれまた一気に煽った。白い喉元がぐびりと動き、白い魚の腹を連想させる艶めかしさに二人は性的な意味ではなく見惚れた。
「でもね。フランソワーズ。少なくともハインリヒはイ○ぽじゃないと思うよ」
 何を根拠にと碧色の瞳が挑戦するようなふてぶてしさでジョーの柔らかな茶褐色も瞳に当てられるけれども、ジョーはやんわりとそれを受け流して、腕を組んで右手の人差し指を可愛らしく顎の下に当てた。
「だってね。ハインリヒの部屋のゴミ箱。ジェットと一緒に滞在してる時に限って、テッシュが沢山入ってるんだよ。不自然に丸められてるって…、いくら僕でも広げて確認したわけじゃないけどね。それって、独りでしてるってことじゃない」
 さすがギルモア邸の主婦である。ゴミ箱とは恐れ入った視点であった。ゴミ箱を見てとはフランソワーズにも気付かなかったことだ。言われてみればそうだろう。風呂場やトイレで催したのならともかく部屋でした場合、どう考えてもテッシュは必需品だ。
「でも、独りで出来たって、相手がいると勃たないって…、結局、恋人の躯を疼かせたまま放置するなんて、男の風上にもおけないわ」
 フランソワーズとジョーのあまりにも生々しい、そして、あまりにも恋人の人権を無視したような発言に黙っていたジェットは、ここで自分が恋人の名誉を守らなくては誰が守るんだとばかりに立ち上がった。
「アルは、役立たず、でも、イ○ぽでもないもん」
「でも、出会ってうん十年、付き合って10ヶ月でナニもないってのもね。フラン」
 ジェットは青い瞳を涙で滲ませて、二人をぎりりと睨み返していた。
 悪気がないのはわかっている。自分たちの関係の行く末を心配していることも分かっている。どんなに二人が自分ことを思ってくれていて、色々なことで骨を折ってくれているかも十二分に承知しているけれども、それでも、許せる発言とそうではない発言があるのだ。
「俺が大切だから、そんなことはしないだけなんだ。アルは紳士だから・・・・・・」
 ジェットはぐっと下唇を顎に梅干のような皺が寄るほどに噛み締める。
「絶対、違う」
「じゃぁ、証明してみせてよ」
 フランソワーズはそう挑戦的に言い放った。しかも、両手を組んでジェットを真っ向から睨み返す姿は凛々しき女王様のようでもあった。碧の瞳と青い瞳が交じり合う。
「ジョー、貴方が証人よ」
 フランソワーズはびしっと人差し指をジェットに向け、そして、高らかにまるで女王陛下が宣言するような厳しさで言い放った。
「ハインリヒが、ドイツに帰る明後日の朝までに、セックス出来なかったら、イ○ぽ決定!!よ。わかったわね。ジェット」
「見てやがれ、ほえ面かかせてやるぜっ!!」
 とフランソワーズの挑戦につい受けて立ったジェットは、早速とでも言うように加速装置でも使ったのかと思うほどの素早さで姿を消してしまった。視線で追いかけたジョーはジェットが見えなくなると、フランソワーズに視線を移す。
 彼女は何事もなかったかのように、鼻歌を歌いつつ足ではバレエのステップを踏みながら冷蔵庫から自分用の梅酒の缶を取り出すと、ジェットの座っていた椅子にちゃかり座って、嬉しそうにプルトップに指を掛けていた。
「ねえ。フラン」
 ナニと返ってくる視線には笑いが含まれている。先刻の女王様的な強さも傲慢さも全く見当たらない。
「ひょっとして・・・うん。やっぱりね」
 ジョーは一人で納得していた。自分の想像に間違いはないと思うし、だから、自分も知っているある事実の一端を披露したのである。いちいち、全員の部屋のゴミ箱の内容をチェックしているわけではない。単にテッシュの減りがハインリヒの部屋だけ早いなと思っていたから、つい見てしまっただけなのである。
「そうよ。わざとよ。売り言葉に買い言葉じゃないけど、ああまで言わないと、あの子、強く出られないでしょう? あのヘタレ男からなんて考えられないもの。それに、躯、疼かせてるジェット見てるの気の毒だし…、でも、ジョー、わかってて乗ったでしょう?」
 まあねとジョーは笑った。フランソワーズはそれを見て、悪党と笑って返した。二人の共犯者は自分たちが負けるとわかっている賭けの結末を楽しみしながら、暫し台所を楽しげな笑い声で満たしていた。

 

 






「っああ・・・・・・っぁ、アルッ!!」
 自分が何度、放ったのかは忘れてしまいそうになるほどの快楽にジェットは白い痩躯を戦慄かせて、愛しい男の名前を叫びつつ達してしまった。その直後に自分の躯の中に放たれたアルベルトの迸りを感じて至極幸せに気持ちを堪能している。
「ジェット」
 耳元で甘く囁かれるアルベルトの声。
 ジェットはその声だけで背中を震わせる。
 最初は、それは懇切丁寧に時間をかけてジェットは男同士がどうするのか、何処を使うのかと身をもってアルベルトに教えた。知能の高い男は飲み込みも早くジェットが想像する以上の速さで教えられることを体得していったのだ。
 二度目に肌を重ねた時には既にアルベルトの鋼鉄の手がジェットの性感帯を探り出して、アルベルトでしかあり得ない、その手の感触に感じ入って僅かに触れられただけなのにジェットは簡単に達してしまった。
 それが余程、嬉しかったのか何度も、ジェットの躯の隅々までアルベルトは確かめるように手で、口唇で、舌で触れてくれた。
「・・・・・・っああ、アル」
 アルベルトの膝の上に座ったまま互いの背中を抱き合うという形で、突き上げられていたジェットはアルベルトの三度目の熱い滾る情熱の証を体内で受け止めたばかりであった。深く呼吸をして荒い息を整えようと数度深い呼吸をしていた最中であった。
「っ・・・!」
 体内にいるはずのアルベルトの半身が、急に大きく体積を増すのを感じられる。
「ジェット、もう一回いいか?」
 大きくなっていくアルベルト自身を感じるだけで、腰の奥から溶けていきそうな感覚に囚われてしまう。男同士のセックスを知らないなんて、これで知らないなんて冗談じゃないなとジェットは心の奥で思うが、求められて嬉しくなくはない。
 まるでセックスを覚えたての少年のような余裕のなさで、アルベルトの真面目な本質を表すような真摯さで抱き締められることが、ジェットは決してイヤではなく、むしろ彼らしくて嬉しくさえある。
「オナニー覚えた猿みたいに、さかるんじゃないぜ」
 と言いつつもジェットの躯はアルベルトが求めるままに乱れていくのだ。いや、望む通に乱れてやりたいとすら思うのだ。
「10ヶ月もお待たせしたからな。その分、サービスしないとな」
 ジェットのリードが旨かったといえ、抱き合ってみればセックスは簡単なことで、やり方に拘ることもなかったのだというくらいにあっけなくジェットとひとつになれた。でも、一度、覚えたジェットの躯はそう好すぎたのだ。中の具合が良いこともあるけれども、喘ぐ声や感極まって自分を呼ぶ声、しな垂れ掛かる痩躯、白い皇かな肌、赤味を帯びた柔らかい髪が触れる感触、全てがアルベルトの男の本能を煽り立てる。
「ったく、教えるんじゃなかったぜ」
 憎まれ口を叩きながら、躯は正直にアルベルトに応えてくれる。
 特に忌み嫌うこの鋼鉄の手で触れられることが、機械が剥き出しに躯と抱き合うことが、嬉しいと言葉で仕草で伝えて寄越してくれることが、妙に気恥ずかしくそして、そんなジェットが前よりも愛しく身近に感じられた。
「忘れられない、誕生日にしてくれるんだろう?」
「ああ、一生忘れられねぇくれぇにしてやるよ。ハッピーバースディ、アル」
 ジェットはそう言って、アルベルトの口唇に噛み付くように口付けた。





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