青い果実のヒミツ



「オレの何処がまずいってぇのよ」
 ジェットは、ギルモア邸の廊下にある姿見に自分の姿を映し出してそう独り言を漏らした。アルベルトがギルモア邸でメンテナンスを受けると聞いて、とるも取り敢えずに飛んで来たのだ。
 今はまだ離れて暮らしていて、アルベルトの休みになるとジェットがドイツに自力で飛行をして いって休みを一緒に過ごす、あるいはアルベルトが長期の休暇が取れるとNYにやって来て二人で過ごす、あるいはアルベルトがメンテナンスの時にジェットがギルモア邸に飛んでくる。
 というのが二人の逢瀬のパターンであった。
 昨日と一昨日の二日間をかけてメンテナンスを行ったアルベルトはメンテナンス後の経過を見る為に数日は滞在する場合が多いのだ。ギルモア博士ほどの腕の持ち主ともなれば、微調整もお手の物でメンテナンス後に違和感が残ったりすることはまずないのだが、機械の部分が多いだけにアルベルトのメンテナンスは他のメンバーに比べても回数が多いし、時間も掛かるのだ。
 メンテナンス後は普通の生活を営むように言われている為、ギルモア博士の研究を手伝ったり、ジョーの手伝いをして庭の手入れをしたり、買出しに付き合ったり、イワンの子守を引き受けたりと静かに過ごしている場合が多い。
 けれども、ジェットが傍に寄って来れば相手をしてくれるし、恋人として抱き締めてもくれる。夜のセックスもお預けではない。この辺りはちゃんと博士の許可はとってあるが、二人で過ごせる時間ばかりではない為に、ギルモア邸に滞在している間は抱き合える時間を無駄にはしたくないジェットなのだ。
 なのに、久しぶりの逢瀬だからって、ちょっとばかりガンバッテ、センシー路線を狙ったのに、 なぁーと、鏡の中の自分の姿を見詰め直した。
 いつもより露出度も高めだ。
 だいたい、いつもジーンズにシャツにジャケットが定番なのだが、今日は奮発した。
 アルベルトがメンテナンスを受けている間、フランソワーズと買い物に行ったのだ。
 最近、アルベルトが構ってくれないと、フランソワーズに相談した結果、の買い物であった。フランソワーズを盲目的に信頼しているジェットは彼女の言葉はその言葉通りに受け取っていて、その裏を追求することはしない。
 辛いBG時代を肩を寄せ合って乗り切った姉とも妹とも思う相手なのだ。恋愛という愛ではないけれども、ジェットにとってはかけがえのない大切な人なのであった。もちろん、そんなジェットだからアルベルトとの関係をフランソワーズに隠してはいない、それどころか、ちゃんと話をして、相談に乗ってもらうくらいなのだ。
 肉体的な関係を持つことが出来ても、ちゃんとした恋を知らないジェットはそれに対しては殊の外、初心でフランソワーズはハラハラしながらアルベルトとの恋愛を見守っている。
 ようやく二人の関係が落ち着き始めて安堵していたところに、あまり構ってもらえないとの一言に再び、恋愛ハンターフランソワーズ様の出動と相成ったわけである。
 フランソワーズの選んでくれたのはジーンズ生地のホットパンツであった。ただし、その丈は非常に短く、後ろなどは尻が見えそうなくらい凶悪な代物である。上着は薄いブルーのぴたりと躯にフィットするタイプのランニングとその上から薄手の綿の白いシャツをセレクトしてくれた。
 ジェット自身は何処がセクシーなのか全然、わかりはしない。フランソワーズがこれならお堅いドイツ人もメロメロよ太鼓判を押してくれたのだが、このジェットの姿を見たアルベルトは苦笑しただけで、何も言わずに通り過ぎてしまったのだ。
『似合うな』とか『風邪引くぞ』とか何かコメントはないのかと思うが、全然、コメントすら寄越さずに困ったという笑いを零して、足を止めることなく通り過ぎていってしまった。
 そりぁ、ないと思うジェットに罪はない。
 だいたい、ここ数ヶ月、アルベルトの仕事が忙しく、なかなかまとまった休みが取れなかった、しかも、予定がコロコロと入れ替わり、アルベルトの仕事の都合にジェットの仕事の都合が合わせられなくて、ちゃんと顔を見てセックスして抱き合ったのは、もう3ヶ月の前のことであった。
 はっきり言って、3ヶ月も離れていたことなどなかったのだ。
 BG団のサイボーグ研究所ではずっと一緒だったし、BG団からの逃避行中ももちろん一緒だった。その上、全員が故国に帰ってからは、休みの度に逢瀬を重ねていて、1ヶ月と離れていたことはなかった。
 電話してもいつも留守で一度も繋がらなかったし、心配してフランソワーズに連絡を入れたら、元気で明日メンテナンスに来ると言う。いつも、メンテナンスの日程をジェットに教えてくれたのに今回は教えてもくれなかったことに対して、何かあるのかと疑いながらも、ギルモア邸に来て見ればアルベルトはいつものアルベルトで怪我もなく、病気でもなく至極元気であった。
 でも、少しジェットに対する態度がよそよそしい気がしていて、ジェットは憤慨していたのだ。
 久しぶりで自分が戸惑っているように戸惑っているのかとも思ったりもした。でも、メンテナンスを終えて2日目なのに何も、抱き締めることすらしてくれようとはしないのだ。極力二人きりになる状況を避けているようにも、見えなくはない。
「フランだって、セクシーだって言ってくれたし、ジョーだって太鼓判って言ってくれたのになぁ〜、それとも、ドイツで好きな人ができたのかなぁ」
 自分で言っておいて自分でずーんと落ち込むジェットがいる。
 相手が女性なら勝てないと思う。元々、アルベルトに同性愛的な性癖はなかった。ある意味、サイボーグにされたという非日常の中に放り込まれてたまたま目の前にいたのが自分で、生身の躯がもし出会っていたとしても、こういう関係にならなかったはずだ。
 非日常がアルベルトの価値を歪めて、自分との恋愛に走らせたのだと、ジェットは思っている。
 躯を売っていたから、男同士の恋愛にもジェットは通じている。本気で好きになったわけではないけれども、恋愛ごっこをした相手はいたし、女性ともセックスをしたし、恋人の真似っこもした。でも、どれも、真似やごっこで本気で恋をしたのは後にも先にもアルベルトだけなのである。
 肉体的に同姓の壁を既に乗り越えていたジェットはかなり昔からアルベルトに対しての恋心を秘めていて、相手にされるはずもないと思っていたのに、今はこうして恋人としての甘い生活を味あわせてもらっている。
 そのことに対して、ジェットは何ら不満は感じてはいない。
 むしろ、アルベルトとの時間に幸せすぎてどうしようかと思っているくらいなのだから、二人の時間を失うことが怖い。アルベルトがそんな不実な男でないとわかっているけれども、幸せが当たり前に続いたことのない生活しか知らないジェットは、何時、二人の間に何か起こるのではないのだろうと、何処かで怯えている。
 もう、一度、アルベルトの元に言って、自分をどう思ってるのか、聞いてみようとジェットは最後に自分の姿をもう一度、見直して髪を手櫛で整えると、心とは裏腹に軽いステップで身を翻した。






 遠慮がちなノックの音がして、ドアが開けられると同時にコーヒーの良い香りが室内を満たす。その香りに釣られて視線を上げると、そこには両手に一つずつマグカップを持ったジェットが居た。
 すらりとした長い足を惜しげもなく曝け出し、若木のようにしなやかな躯は白いシャツを羽織ることで一応は隠れてはいるが、そのシャツを脱いでいてくれた方が余程マシだったなと、アルベルトは視線を手元の図面に戻した。
 まだ、躯にぴったりとフィットしたランニングだけの方が目のやり場には困らない。それに、その白というのが曲者である。
 つい白いシーツの上を泳ぐジェットの媚態を思い出させるからなのだ。痩躯にまとわり付くように流れるシャツのラインが何ともセクシーだし、大きめのシャツだからこそ余計に、ジェットの細身が浮き立ち、妙な保護欲を駆り立てて抱き締めたくなってしまう。
 しかもソックスも白ときている。もう狙ったとしか思えないスタイルにアルベルトは溜息を零さずにはいられなかった。
 ジェットはむっつりと黙り込んだまま難しい顔で図面を見詰めているアルベルトの脇に邪魔にならないようにマグカップを置くと、自分はドアの傍の壁に凭れ掛かり足を投げ出して座り、アルベルトの背中を見詰めながら、マグカップを両手で包み込み、熱い黒い液体をゆっくりと流し込んでいった。
 ジェットが何を言いたいのかわかっている。
 自分もつい、例えジェットの為に忙しい状況に陥ってしまったのだといえ、それをジェットに負担にどんな形でも負わせたくはないのだ。ジェットに対してアルベルトはある負債を自分で作り出したものであるけれども、抱えている。
 BG団時代から、肉体的な関係は持っていた。
 でも、最初は自分の抑えきれぬ感情をジェットにぶつけていただけで、彼を愛しているなどとは思ってもみなかった。最近になって、あれはジェットが自分を愛していてくれて、何をしたとしてもどんな仕打ちをしたとしても逃げては行かないということが自分自身でわかっていてジェットに甘えていたのだということを自覚し始めていた。
 あの細い躯で自分を支えてくれたジェットの気持ちを思うといたたまれなくなる。
 だから、アルベルトは際限なくジェットを甘やかしたくなってしまうのだ。辛い思いをさせた昔があるから、今があるけれども、でも、それだけでは割り切れない気持ちがアルベルトの中にはあり続ける。
 今回も決して、ジェットを蔑ろにしたわけではないし、ジェットに対して何か思うところがあったわけでもない。
 ただ、純粋にジェットの躯のことで自分がしなくてはならないことがあったのだ。
 ジェットの躯は高速での飛行を目的とされている為に、その骨格は他のメンバーよりかは耐久性に欠ける。耐久性と飛行性能との折り合いのつくギリギリのラインでの骨格の形成がなされている為にどうしても関節部分の怪我や故障が多い。ギルモア博士もそれをずっと危惧していたのだ。
 ある時、人体の機械に対する拒絶反応の克服が出来なかった為、サイボーグ計画は一時凍結されることに決定し、その時に関わっていた科学者の多くが解放された。ただし、中枢を担っていた科学者はそのまま研究を続行したが、その時に開放された科学者の一人が耐久性の高い軽量なある物質を発見したとの情報を掴んだのだ。
 ギルモア博士はドイツに住む彼の元を尋ねてその物質を使わせて欲しいと頼んだ。00ナンバーたちに使う以外のことはしない。こちらで取ったデータが研究に必要ならば、渡そうとまで譲歩してのにもかかわらず、イエスとは言わなかった。
 だから、ギルモア博士が日本に帰った後も、お供で付いていったアルベルトは通い続けたのだ。使わせて欲しいと自分の為ではない仲間の為に、これからも生き抜いて行く為には必要なのだと、その科学者を掻き口説いたのだ。休みも、仕事が終わってからも、時間が許す限りその科学者の元に通った。
 何よりもジェットの関節の弱点を克服してやりたかった。
 少しでも体調不良になるとすぐに関節が痛いとジェットは言い出すのだ。サイボーグでも、生体機能は残っていて、風邪を引いたりすることもあるし、頭痛や体調不良になることもあるのだ、精神的なものから来る場合もあるけれども、そんな時、いつもジェットの関節を彼が眠りに落ちるのまでフランソワーズと二人で撫で続けたことを思い出す。
 だから、少しでも楽にしてやりたいのだ。
 それを克服できる可能性があるのなら、頭を下げることなど惜しくはないし、自分の時間の全てを費やしてももったいなくはない。
 アルベルトのその熱意は科学者に伝わり、2ヶ月を経てようやく首を縦に振ってくれたのだ。その科学者は主に004の改造に携わった科学者で、解放された後、随分と自分のしたことに対して悩んだ。人の躯をあそこまで機械化して、そしてまるで人ではなく武器になってしまったその躯を見て深い後悔に囚われた。
 それをずっと引きずって人生を歩いていたのだ。
 この技術を発表するつもりはないし、ギルモア博士に情報をもたらしたのは自分だと告白してくれた。ただ、君を見た瞬間、どうしようもなく深い後悔に囚われて、更に、この技術によって君達を人から引き離してしまうのではと恐れてしまった弱い自分を許して欲しいとまで、そう言われた。
 自分の改造に関わった全ての科学者達の顔と名前を覚えているわけではない。改造されたばかりの頃は自分以外に仲間が居ることなど知らなかったし、生死を彷徨い、恋人を失ったことや、人ではない躯になってしまっていたショックと精神的なダメージが大きく、ジェットやフランソワーズに引き合わされるまでの記憶がかなり曖昧であったのだ。
 研究成果の全てをギルモア博士に託し、君達の為に使って欲しいとそう言ってくれた。そう、これがジェットの関節の痛みから解放してくれるのだとしたら、そんな過去は犬にでもくれてやればよいとすら思えるアルベルトがいた。
 自分の重たい過去よりも、老い先短い科学者の生涯の悔恨よりも、これからのジェットの笑顔が大切なエゴ丸出しの自分に苦笑しつつも、研究の成果の全てをギルモア博士の元に持ち帰った。
 そして、アルベルトはジェットの関節に使用する前の実験を自分でしてくれとギルモア博士に申し出たのだ。アルベルトの気持ちを汲んだギルモア博士は頷いた。二人がそういう関係であることを知っていたし、それを否定するつもりはない。
 アルベルトと一緒にいるジェットのまばゆい笑顔を見られるなら、自分はジェットが誰と愛し合おうと最大限のバックアップをしてやりたいのだ。正直、戸惑いがなかったわけではないが、アルベルトという男の人柄を知っていたから、彼にならジェットを託せるとそう感じた。
 サイボーグ同士でも愛することが出来るという事実は仲間たちにも大きな力となって伝わっている。それを、ギルモアはちゃんと理解していたからだった。
 そして、今回のメンテナンスを兼ねた小規模の改造となったのである。もちろん、そのことを二人はジェットには知らせてはいない。知らせれば、ジェットが負担に思うからだ。いずれは知らせることもあるだろうが、笑って大変だったんだぞ。っと済ませられたらとそうアルベルトは思っている。
 少しはジェットの為に、何かしてやりたいのだ。
 そうこれは自分の我侭で、決してジェットが望んでいることではないことをアルベルトはわかってやっている。ちゃんとした形にして自信がない限りは不安をジェットに吐露してしまうそうで顔を合わせるのに戸惑いがあった。男のなけなしの情けないプライドだけれども、ジェットの前ではオトナの男でいたいのだ。
 とんだ見栄だけれども、それが今のアルベルトを支える元になっている。
「なあ」
 遠慮がちな声が掛かる。
 けれども、黙殺をしてしまうのだ。あと少しでこれが終わる。終わったらちゃんと向き合ってやれる男になってるから、少し待って欲しいと心でそう呟くアルベルトがいた。






 暫し時間が流れてジェットの煎れてくれたコーヒーもすっかり冷めてしまったし、差し込んでいた太陽の光も既に茜色に変わりつつある頃、意識的にジェットの存在を締め出していたアルベルトは大きく伸びをして、床に散らばった図面とファイルに閉じられていた分厚いデータを畳んだ。ようやく冷めたコーヒーを口に含むとそれは苦い味がして、ジェットに対してしまった仕打ちに対する後味の悪さに感じられてならない。
 振り向くと、そこには壁に背中を預けてしょんぼりとした風体で膝を抱えて座り込んでいるジェットがいた。随分、寂しい思いをさせてしまった。仕事で会えないなら互いにそれは理解できるけれども、今回の3ヶ月は少々長すぎた。
 アルベルトもこんなにジェットと離れていたことなど初めての経験だったのだ。
 せいぜい、どんなに離れていても1ヶ月程度で、こんなに長くその痩躯を腕に抱き締めない時はなかった。
「ジェット」
 ジェットの表情は長めの前髪に隠れて見えない。
 ゆっくりと歩いていって、目の前に膝をついて、覗き込むように出来うる限りの穏やかな声で語りかける。
「どうした?」
 赤味の掛かった金髪に触れようとしたアルベルトの手をジェットは払い除けた。
 そして、次の瞬間その固い胸板を拳骨でぽかぽかと殴り始める。本気で力を入れていない。まるで子供がじゃれるような、行き場のない感情をぶつけるようなそんなパンチにアルベルトは苦笑する。
 黙って、そのパンチを受け入れていた。
 何度も、何度も、叩かれるたびに、ジェットの寂しさが伝わってくるようで切なくなる。寂しがりやのジェットを一人にさせてしまったのは、自分の至らなさで、そればかりは謝って埋めるだけの何かをしてやらなくてはと思うけれど、今はこうしてジェットを抱き締めるしかない。
「バカ…ヤロウ」
 とジェットは呟きながら力ないパンチを繰り出し続ける。
「他に、好きな奴ができたんなら、そう言えよ。オレに愛想つきたんなら、そう言えよ」
 ジェットにしては弱気の発言だ。
 そうだ。前向きなようでジェットは自分のことになると後ろ向きになる。人のことには前向きで必死でがんばることができても、自分のこととなると後ろ向きで、途端に投げやりになる部分があるのだ。自分など中古のサイボーグで、いつ破棄処分になるかもしれないという恐怖や、幼少の頃の恵まれなかった生活がジェットの心の奥底にそんな部分を刻み込んでしまっている。
 BG団から逃げ出した後も、常に仲間の為に自分が犠牲なることを考えていた節がある。脱出する直前にアルベルトが愛しているのだと、そう告げていなければジェットは今頃ここには居なかったかもしれない。
 そんな自分を卑下してしまうような、部分がジェットの心の奥にはあるのだ。
 心の奥に刻まれたそれは容易に顔を出してくる。だから、ジェットを独りしては置けないのだ。いつも、オレが必要なのかと、そう自問自答している。そんなことを考えないようにするためには一人にはしておけないのだ。
「バカを言うな」
 逃げるジェットの躯を強く抱き締める。弱々しいパンチはあがくだけになってしまっていた。
「本当に仕事が忙しかったし、今回のメンテナンスは急なことだったんだ。博士の知り合いが開発したある技術が俺の躯に有効だとわかってのことだから…、色々とすまない。独りにしてしまって…」
「でも」
 細い躯がアルベルトの腕の中で身じろいだ。
 ジェットも分かっている。アルベルトが自分を裏切るようなことをする男ではないと、どんなに彼が誠実で自分のことを愛してくれているのかもわかっている。でも、心の奥で何かが囁くのだ。
『オマエハカレニホントウニアイサレテイルノカ』
 と、独りでいるとそんな言葉が胸の奥から語りかけてくるのだ。
「オレが…」
 抱き締められていたアルベルトの胸を突き放すと、まるで捨てないでと哀願するような子猫のような目でアルベルトを見詰めた。その態度はふてぶてしいものであるのに、その二つにはギャップがあって、ジェットの背負っている過去の暗さと歪みを感じずにはいられない。
「オレに愛想が尽きて、男のオレが嫌になって、淫乱な男娼なんて汚いし、他に好きな女が出来て…」
 とジェットは言い募った。声を荒げて、オレなんか捨ててはしまえば楽になれるとでもいうような態度だった。でも、その瞳は不安で震えていて、アルベルトは追い込んでしまったことを深く後悔した。
 ジェットにとってどんな形でも知らぬ顔をしてしまうことはよい結果を招かない、憎まれ口でも、どんな嫌味でも反応を返さないことにジェットは過敏に反応する。自分なんか存在するに至らないのだとそう思ってしまうところがある。
「ああ、淫乱だ。こんな格好で男を誘って、何人の馬鹿な男が釣れた?」
 アルベルトの台詞にジェットの瞳が更に揺らいだ、次の瞬間、遠慮もないパンチがアルベルトの腹部を襲撃する。固い金属で保護された腹部とは言え衝撃の掛け方でダメージはあるのだ。
 伊達に躯を重ねる関係ではなく、ジェットはその僅かな部分に絶妙な角度でパンチを捻りこんできた。
 うっと呻いて、腹部を押さえながらジェットに視線を当てたアルベルトに対して、けっと口元を歪めて笑って見せるばかりだ。
 アルベルトもジェットの繰り出した本気に近いパンチの意味をわかっているから避けることはしなかった。わざと口の端だけを皮肉っぽく吊り上げて、右手をダンとふてぶてしく歪んだジェットの顔の横の壁に手をいた。
「まあ、それに釣られるのは俺もその馬鹿な男達と一緒だがな。お前のこんな格好見て、抱きたい。思いっきり啼かしてやりてぇって…思う俺もどうにかしてる。なあ、ジェット。それに、俺に女ができただと、笑わせるなよ。随分、俺を見くびってくれたもんだな。俺はしつこい体質でね。一度、手に入れたものは手放せなくてな。だから、お前を手放す気はねぇよ。それなのによ、それを、随分、言ってくれんじゃねぇか」
 ジェットの顔色がアルベルトが台詞を綴るのに従って変わっていく。ふてぶてしい顔が歪んで泣き笑いの子供の表情になっていく。
「オレのカッコ見て、シタクなった?」
「当たり前だ」
「オレの躯が欲しい?」
「いつだって欲しいに決まってる。悪いが、その辺の女じゃもう、勃たねぇぜ」
 強張っていた表情が溶けて、ようやジェットらしい笑みが醜く歪んだ唇に戻ってきた。それを見て安堵すると共に、ジェットを捨てるような不実に男だと思っていたことに対して腹が立つ。それに、こんな格好してジョーについて買出しに出掛けたりしているのだ。自分以外の第三者にこんな格好を晒していたこと事態が腹立たしい。
「こんな、イケテル格好でうろうろしたことと、俺の愛を疑ったことに対してどうしてくれる」
 少し難しい表情を作ったアルベルトの頭を抱き寄せて耳元でジェットは囁いた。
「じゃぁ、お仕置きして」
 ジェットの誘い文句だ。
「オレが啼いて嫌って言うまで、気絶するまでお仕置きしてくれよ」
 落ち込んだジェットをこうも簡単に浮上させられるのは、自分とフランソワーズだけだと思うと、ちょっとだけ嬉しく思えるアルベルトなのである。そんな自分に大概馬鹿者だよなとの感想を述べて、ジェットの剥き出しの大腿から、くっきりとその形まで分かるほどにぴっちりと下半身を覆うホットパンツの上からペニスの形通りに撫でるとジェットの甘い吐息が漏れる。
「ああ、3ヶ月分のお仕置きをしてやるよ」
 そうアルベルトは囁いて、そのまま床に蠱惑的な恋人の躯を押し倒して、抱き寄せた。
 薄暗くなりつつある室内に白い肢体が艶やかに浮かび上がる様は十二分に鑑賞するに値するとアルベルトは思いつつも、どんなお仕置きをしてやろうと、心の奥で舌舐めずりをしてみせるのだった。





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