具現された神々の饗宴1〜神は人間の劣情を嘲笑う〜



 眠るつもりなどなかった。
 開け放たれた 窓から吹き込んでくる海風の心地良さと彼だけが自分に与えてくれる髪を撫でる手の心地好さに、つい眠ってしまったらしい。目を開けると、其処には難しい顔をして、部屋から見える海を見詰めている彼がいた。
 何を考えているのだろうと思う。
 今回多発する異常現象についてだとは思うが、それ以上深い思索にジェットはついてはいけない。
 肉体だけでなくその精神も、知識も戦う為に造られた男は今回の異常現象が多発する事態をどのような視線で捉えているのか、気になってしまう。
 歩く火薬庫とでも言うようなこの男の頭には、睡眠学習で叩き込まれた戦闘に対する様々な知識がこびり付いているのだ。00ナンバーの中で、真っ当に戦術論や戦況を冷静に把握、分析できるのは、008と004である。
 004が前線の司令塔なら008の後方の総合指令塔という役目を担っている。前線での戦闘そのものには004の方が長けているが、情報戦をともなう戦闘となるとやはり008の方が適役なのである。二人は自分達の特性を生かして、実に巧く互いの攻守を入れ替えて00ナンバー達の戦況を引っ張っていってくれている。
 それが故に、いつも戦いことを考えてしまうのは仕方ないのかもしれない。
 自分などは敵が見える場所にいなければ、戦っている気持ちにはなれないけれども、アルベルトは既にこの異常気象が自分達の平穏な日常を掻き乱す序章だと思っているようなのだ。ジェットは戦いの日々であれ、平穏な日々であれ、彼が傍にいてくれればそれだけで良い。
「アル」
 声を掛けると眉間の皺を解き、彼にだけ向けられる愛情を含んだ瞳を寝起きのジェットの顔に当てる。
「オレ、寝ちゃったみたいだな」
「ああ、3時間程な。まだ、寝ていていいぞ」
 ヨーロッパを中心とした異常気象に何かを感じたギルモア博士から、002、004、005、008の4人は連絡を受けて、各自連絡を取り合い異常気象の起こった現地へと飛んだ。
 008は被害が甚大であったパリを基点に、005はスペインからコマを薦めて中東へ、そして、002と004は002の飛行能力を生かして、異常気象が起こった先に直行していると言う日々がここ数日続いていた。
 いくら002の能力を使ったとしても異常気象が終わる前に辿り着けることはなく、ただ、自然の脅威に曝された文明の跡を見詰めるだけの日々だ。集められたのは、神を見たとの人々の証言だけだが、それらを統合すると、『神』と仮にそれらを呼ぶとして、自然現象としては説明のつかないことを神の形を持つ者達が引き起こしている、あるいは関わっているのは確かである。正体こそは分からないが、彼等が敵対しない相手だとは言い切れない何かを004は感じていた。
「ずっと、飛びまわっていたからな。しかも、俺を抱えてだ。疲れたろう」
 労わるように触れられるだけで、疲れが飛んで行く。
「アル……。何、考えてた」
 ジェットの真っ直ぐな視線に何故か、一瞬、たじろいだがジェットに当てていた視線を海へと戻して低い落ち着いた声で答える。
「今回の件についてな」
「また、戦いになるのか?」
 素直な疑問をジェットはアルベルトにぶつけてみる。多分、色々と考えているのであろう。ジェットの顔を見ることなく赤みを帯びた金髪を指で透くように撫でてくれる。
 遠くを見詰めるアルベルトの瞳は既に臨戦体勢に入っていることを告げていた。ギルモア博士から連絡が来たら、すぐに現地に飛べるようにと防護服を着たまま待機しているからなのかもしれないが、赤い防護服を纏った彼が、返り血を全身に浴びているように見えてしまうことがある。
 海鳥の鳴き声がし、子供達の甲高い声が窓から飛び込んでくるようなイタリア南部の小さな港町には自分達は不釣合いな存在だと感じる。
 日常のすぐ隣にある戦いという非日常がそこまで迫っている感触がアルベルトを通してジェットにも伝わって来ている。
「多分な」
 ジェットは躯を起こして、ベッドに自分に背を向けるように座っていたアルベルトの背中にそっと寄りそう。肩口に頬を当てて、右肩から手を滑らせて、剥き出しになった鋼鉄の手をぎゅっと握る。
「今回の異常気象の犯人は人々が『神』と言った正体不明の連中だと思う。目的は分からないが、異常気象によって被害を蒙った地域には何の共通点もないし、時間もランダムで規則性があるわけでない。けれども、ある作為は感じる。まるで、誰かに自分達の力を誇示しているようだ。そう、自分達と対抗出来得る者達へのメッセージのように俺は感じる。それが、俺達なのか、別の誰かなのかはわからんがな」
 戦術論や戦況に対してアルベルトは饒舌になる傾向にある。普段はどちらかというと無口な部類で一緒に過ごしていても、ジェットの方が何かと喋っていることがほとんどなのだ。
「BG…じゃないよな」
 ジェットは燻っていた疑問を口にする。日常の中でも、常に本当にBG団は滅んだのかと思っていたのだ。だったら、大手を振って生活すれば良いのにと思うけれども、ギルモア博士以下00ナンバーは常に周辺に気を配る生活を続けている。それも、分からなくはない。自分達の存在は国家にとっては、諸刃の剣でもあり、お荷物になっていることぐらいは、ジェットも説明を受けているから知ってはいる。
「分からん。確かに、スカールは死んだが、BGという存在そのものが瓦解したわけではない。組織は生きていて、細胞が増えるように次のBGが出て来たとしても不思議ではないだろう。それに、BGの本当の姿を俺達、いや博士ですら知らない。スカール自体がとがけの尻尾だったと言えない保証はないんだからな」
「アル」
 ジェットは更に、ぎゅっと鋼鉄の手を握り締める。怖いわけではない。何時、死んでもおかしくないことは承知しているし、覚悟も出来ている。けれども、彼を置いて死にたくはないと思う。恋人を目の前で失った彼にもう一度、同じ苦しみを味合わせたくはないからだ。這ってでも、手足を失ってでも、彼より先には死ねない。本当は一緒に死ぬのが良いのだけれども、とジェットは微笑みを漏らす。
 彼と一緒ならあの世でも、何処にでも行けると思う。サイボーグを受け入れてくれるあの世があればの話しだけれどもと、ジェットは思う。
「連中が俺達と同じようにBGの科学力によって多大な力を与えられて存在している者だと言う可能性もなきにしもあらずだ。過去の記憶を消されて、自分達は神だと思い込まされているのか、あるいは神として遺伝子操作で生み出されたのかは分からない。けれども、彼等は決して、俺達と同類にはなり得ないだろう。だとすれば、あるのは戦いだけだ」
 だからなのだ。BG団は巨大で彼等が知るBG団とは軍事関連を主とする組織で、莫大な研究資金を投入して兵器の開発に励んでいるけれども、採算が合わないはずだと過去008は言っていた。おそらく資金を稼いでいる別部門が存在していて、彼等は多分、おそらく採算の悪い軍事関連の部門と仲が悪いのではないとかとそう推測できるとのことである。
 それは、ギルモア博士の財産を何らかの手段を用いて凍結されていない事情からも分かる。本当に自分達を抹殺するつもりなら、ギルモア博士の財産を凍結してしまえば良いのだ。そうすれば、00ナンバー達の生命を維持することが出来なくなる。
 しないということは、BG団の中にも、彼等をそのままに知らぬ顔をしてしまいたいと思う派閥とそうは思わぬ派閥が存在していることを推察させるのだと、そう語ったことがあった。
 彼等が知り得るBG団とは、00ナンバーを開発したサイボーグ開発部門とそれに連なる組織だけである。
「何時、終わるんだろうな」
「終わらないだろうな。俺達が死ぬまでは……」
 そう言うとアルベルトはジェットの手を握り返してくる。
「俺、それでもイイよ」
 どうしてだと触れた背中が揺れて、言葉ではない言葉をジェットに伝えてくる。
「あんたと居られるなら、それでもイイ」
 ジェットはそう言うと、アルベルトの背中から腕を回してしっかりと抱きつく。それでも、良いと本当に思える。戦いの日々とその狭間にある僅かな穏やかな日々。どちらにも隣にはアルベルトが居るから、それでイイのだ。
 辛くても、哀しくても、それでもそれを選択させられたのではない。自分でアルベルトを選び、そして、アルベルトも自分を選んでくれたのだと思いたい。00ナンバーに限定された中で心を寄せる相手を探さなくてはいけないということでもなく。サイボーグ同士だからでもない。
 ただ、彼に出会ったしまったというだけのことなのだ。
「死ぬ……かも、しれんぞ」
 アルベルトはそう、普段聞かれない戦いの時にしか聞かれない声のトーンでそう問い掛けてくる。でも、それでもイイという覚悟が既にジェットの中にはあった。
「イイよ。でも、死ぬ時はあんたと一緒がいいな」
「そうだな。俺がお前より先に死んだら、誰もお前の面倒見れないからな」
 いつものアルベルトの冗談だけれども、口調は硬いままである。言ってるよとジェットは口唇を尖らせて、アルベルトの耳朶に噛みついてやると、アルベルトは肩を竦めて逃れようとする。
 背中から抱きついているジェットの腕をやんわりと外すと、座っている位置をずらして、左半身だけをジェットに向けた。アルベルトの厳しい横顔がジェットの視界に入ってくる。けれども、BG団に居た頃の悲愴さはなかった。戦いの、その向こうにある希望に繋がる道を見極めようとする類の厳しさである。
「それに、お前が先に死んだら、俺は退屈に殺されちまう」
 アルベルトの遠回しのお前は手が掛かるとの言い分に、ジェットは口を尖らせる。けれども、すぐにアルベルトの胸に抱き込まれてしまい。長くは拗ねてはいられなかった。防護服の感触が疎ましい。このまま抱き合ってしまいたいとの欲望が込み上げて来てしまう。
 ギルモア博士に呼び出された時、ベルリンを訪れていたジェットは、アルベルトに一度抱いてもらったきりで、それからは一緒にいながらも、一度も抱いてはもらってはいない。何故だか理解しているけれども、それでも、望むだけならば良いとジェットは心の中で呟いた。
「だから、死ぬなよ」
 強く抱き締められて、耳元で囁かれる。だから、死ねないと思う。戦う為に作られた男の鋼鉄の鎧に守られた心がどんな優しくそして、寂しさを厭うかということを知っているから、絶対に死ねない。生きるのも一緒なら、死ぬのも一緒だとジェットはアルベルトの腕の中で誓う。
「誓いのキスぐらいしてくれよ」
 そう強請ると、拘束されていた腕が外されて、顎を鋼鉄の手に乗せられる。目を閉じると彼の気配だけが空気を通して伝わってくる。






 一度目は、触れるだけのキス。

 二度目は、口唇を啄ばまれるようなキス。

 三度目は、口唇を長く重ねるだけのキス。






 そして、最後には心の底から全てをアルベルトに攫われるような激しいキスが与えられる。
 何度も角度を変えて、口唇を重ねて、互いの舌を絡める。薄い口唇に歯を立てられて、歯列を舌で刺激される。ただ、抱き合い。口唇を重ねることだけに全てを委ねる二人がそこにいた。
 互いに口付けだけでは我慢出来そうになくなりつつなり、自然と互いの口唇を放して、見詰め合う。劣情に濡れた青い瞳と蒼い瞳がぶつかり、切ない吐息が口付けで濡れたジェットの口から吐き出された。
 欲しいのだと自分に向けられジェットの媚態に、アルベルトの心は揺れてしまう。抱きたいと思うけれども、この事態で彼の躯に負担をかけるわけにはいかない。最後になるのかもと思うと、自分は歯止めが利かなくなるだろう。生き残る確率を自らの行為で下げられるはずもない。
 二人の瞳が絡み合い、せめて、もう一度、触れ合うだけのキスだけでもと口唇が触れようとしたその瞬間、彼等がギルモア博士と連絡を取り合う為に持っていたGPS携帯の着信音が鳴り響いた。
 アルベルトは何の未練も見せることもなくすぐに立ちあがり、ジェットはベッドから降りてブーツを履き、マフラーを首に巻く。
 漂っていた甘い恋人の雰囲気は消失して、代わって命の遣り取りをする凛と張り詰めた緊張感が部屋を支配する。
「はい、こちら、004」



 そして、彼等は『神』と相対することとなる。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'02/10/25