具現された神々の饗宴2〜始まりは終わりに似て〜



 メディカルルームに置かれたベッドの上で004は、溜め息を一つ落とした。
 今、彼の身体の中には補充された武器が満載されていて、妙に重い気がしてしまう。通常、彼の身体の中にある小型ミサイルや弾丸はせいぜい半分程度であるが、今は戦闘に備えてフル装備となっている。
 BG団と戦った時は、それでも、自分の身体が重いとは感じなかったが、今回は違う。相手がサイボーグだとして、いや、004は仮定ではなくそれは事実だと確信していた。もしくはサイボーグでなければ、遺伝子研究によって作り出された、自分達と同じ実験体という枷のついた同類に違いないと自嘲してしまう。
 右手に内臓されているマシンガンは004の意志一つで打つことも止めることも出来る代物である。最初は的に当てるのもやっとであった。どんなに優れた能力だとしても、使いこなせるには多大な努力が強いられるのである。002も、自由に飛行出来るようになるまで、日々生傷が絶えなかったし、003の能力も彼女の血の滲む努力の上に成り立っている。そんな過去が彼等にはあるのだ。彼等がその自分達と同じ立場であろうことは、004の目には明らかであった。
 神がこの世に存在していたとしても、決して姿をあのような明白な形で現すわけがない。そう、神とは形のあるものではない。神には姿形がない。自分達にその存在を理解し易いように姿を創っただけのことであり、神とはこの生命世界のある現象を人が説明する為に用いた道具が神であるという捉え方をしている。
 だから、神に祈ったとしても願いは届けられないのだ。
 願うことにより、自分の中で自分の願いに対する鮮明なビジョンが出来あがり、つまり、思い込みがその願いを叶えさせる原動力になる程度のものであろうと考える004にとって神は居るのではなく有るということなのだ。
『奴らは神じゃねえ』
 そう結論付けると、マシンガンをメディカルルームの扉にと向けた。やはり、許容量限界まで積め込まれた弾が重いせいか、どうしても狙いが下方にずれる。そのズレ具合を確認する。この僅かなズレが戦場では命取りになる。実際004の射撃の腕は100m先の蝿を打ち落とすことが出来る程のものであるのだ。手から発射されるマシンガンは、今までの闘いに於いても非常に効率良く標的の急所へと吸い込まれていった。
「やあ」
 メディカルルームの扉が左右に開き、一人の仲間が入って来た。004が向けた右手のマシンガンに苦笑しながら肉食獣のようにしなやかな足取りでメディカルルームを横切り、004が腰掛けていたベッドの向かいの椅子に腰掛ける。
「どうだい。調子は?」
「008、自分で振ったくせに、調子はないだろう?」
 004は向かい合わせに座る008の黒い瞳を見詰めた。漆黒の闇のような瞳が凍えた海のような瞳とぶつかる。004はこの男が嫌いではなかった。顔を合わせれば、自然と戦術論の話しになってしまうのだが、戦いに関しては自分以上にプロフェッショナルだ。常に、冷静に状況を判断し、仲間の状態を把握し、次の手を打ってくる。人の良い、どちらかというと優等生のような外見を持つ彼のこの計算高い部分を意外に仲間達は気付いてはいない。子供の頃から、常に戦いの中に身を置いていたものが身に付ける生き残る方法であったのかもしれない。
 笑顔の向こうにある生き残ることに対する冷徹さが、何故か004には好ましいと思えるのだ。
「良い配役だと思うけど…」
 にこりと笑って答えるが、瞳は笑ってはいない。何故かこの男は自分に対しては策士の顔を隠したりはしないのだ。それに、001が眠っている以上、軍師の役目を振れるのは008しかいない。自分は、前線向きだと認識をしているからだ。
「確かに引っ掻きまわすには、適材適所だと思うが…。切り札を出しちまうかね」
 004は肩を竦めた。恋人のアメリカ人に感化されているとそんな自分に呆れながらも、引っ掻きまわす人選に002と自分、この二人は納得がいく。鉄砲玉のジェットと射撃の名手である自分。プライベートは恋人同士だが、局地戦に於いては結構良いコンビだと自負している。
「確かにね。009は僕達の中では最強だと思うよ。だからだよ。決して、君達の存在が遊撃であることを知られない為にも、009と003が一緒にいかないと駄目なんだ」
 確かに、次の手まで考えられる余裕のある喧嘩ではない。少なくとも自称『神』と喧嘩しているのだ。まず、一手を打たねば、次の手は永遠に打てないのだから、009ですら、囮に使うという考えは理解できるけれども、それを敢えてやってのける008の策士の顔が覗く様に、つくづく敵に回さなくて良かったと思う瞬間でもある。
「つまり、俺達の方が刺身のツマってことだな」
 004はコズミ博士に教えてもらった日本語の言い回しで、008の策士振りを皮肉ると008は爽やかに笑うのだ。
「君も、結構日本通なんだね」
「ああ、じいさんに教えてもらった」
 じいさんとはコズミ博士のことであり、ことあるごとに囲碁や将棋の相手をさせられ、すっかりルールまで覚えて、結構なところまで打てるようになってしまった004であるのだ。囲碁や将棋は昔の武将達が戦術を考察するに用いたことが始まりであると聞かされて、ただ怠慢に相手をするだけではなくなったということもある。
 あの時は、確かにBG団に追われていたけれども、僅かに全員一緒に穏やかな日々を過ごした彼等にとってみれば、大切な思い出とも成り得るべき時間であった。互いの理解を深めるにも役に立ったし、コズミ博士はギルモア博士にはない何か、こう穏やかで温かい波動を齎してくれたのに間違いはない。
「で、何なんだ」
 004はこの部屋に008が入ってきたときから、彼が話したいのはそんなことではないことをちゃんと理解していた。戦いの行く末を戦術という視点から憂う2人の間でしか通じないものであった。
「君と『神』について話しをしたくてね」
 そう008は言うと胸に自分の左手の掌を当てる。その仕草は祈っているとも、何か考えているとも、004の目には映っていたのだ。
「『神』か?」
 吐き捨てるように004が言うと、おやおやと言うことを聞かない生徒に対する教師のように困惑した笑いが笑わない瞳を囲むように形成されていく。
「君は無神論者だと思っていたよ」
「俺は、別に『神』という存在を否定しねぇよ」
 004はそう答えた。
 昔、と言ってもまだ00ナンバーが007までしか居なかった頃の話しだ。007は役者崩れで、なかなかに知識の深い男でもある。シェークスピアを口ずさみ、ホメロスを愛読し、フランシス・ベーコン、ホッブス、ロック等のイギリス哲学の先駆者となった者達の哲学論を披露すると言う具合なのである。
 彼が、そう教えてくれたのだ。無神論者いや、神を信じない者達には二通りなるのだと言っていた。神の存在そのものを否定する者達と神の存在を肯定していながらも信じない者達。どちらも、神を信じていないのだが其処には大きな隔たりがあるのだと、そして、我輩は神を信じる側の人間だとシェークスピアの一説に乗せてそう語ったことがあった。
「だから、004。そういう君が好きだよ」
 008は嬉しそうに、始めて笑わなかった目まで笑みの色に染めて004を見た。
 そう、神を信じないわけではないのだ。
 ただ、全ての人にとっての神という意味が重なるわけではない。イエス・キリストも神である。そして、各地にある神話に出てくる超越者も神である。008が日々、祈りを捧げていた彼等の神もまた神であるが、彼等ミュートスの神達とは決して一直線上にはない。
 イエス・キリストは人間が求める真理の象徴として生み出された存在であったであろう。そして、アッラーの神も仏陀も、人が辿り着くことの出来ぬこの世界全てを包む真理を知り得るキィ−ワード的な役割を担っているだけなのだ。祈るという行為は本来ならば、望みを叶えてもらう為にするものではない。自分の心と静かに相対し、神と言う名の鏡を通して自己を省みることこそが本来の信仰であるはずなのだ。
 だから、其処には盲信というものは存在してはならない。
 宇宙の真理は確かに絶対的なものであるかもしれないが、人が触れられる真理はたかが知れている程度にしかすぎないのだ。
 しかし、動物にはそういう思考はない。
 全て、人間が考え出した象徴に過ぎないのだ。
 人が生まれ出でる以前には、神は存在してはいなかった。人がいないから、神の存在が記されていなかったからだけなのかと、それは、違うのだと思う。人は至極、臆病な存在で、動物のように本能のみでは生きられない。本能的なものに何かと理由をつけなくては、行動を起こせない動物なのだ。
 そんな彼等が考え付いたのが、神と言う非常に便利な言葉によるシステムであった。超越するもの、理解出来ないもの、敵わないもの全てを無理に『神』と言う言葉によるシステムの中に押し込めてしまったにすぎない。
「そう言えば、君のあだ名は『死神』だったね。死神も神だよ。今度、連中と出会ったら、そう名乗ってみたらどうだい」
「ふん」
 004は鼻を鳴らして返事をする。決して、『神』と言う言葉では揺らがない男である。対神の戦いで怖いのは、神に対する恐れや揺らぎであると008はそう考えるのだ。009は教会で育ったというだけあって、神はイエス一人だと言い切るし、003も殺生を行う神は神でないと言った。そして、002は神を信じないと言う。彼は神に対して、興味がないだけで、信じる信じない以前の問題であるから、揺らぎはしないだろう。
 005は自分と同じで自分の先祖から伝わる信仰を持っている。
 神は自然であり、神は世界そのものである。其処に住まわせてもらっている以上、自然を敬い、世界を識ることこそが神と共存する道だと、そう教えられて今も自分の意思でそれを信仰している。
 006は漢民族の民間信仰を楚とする道教を信仰しているし、007は哲学的な男だけあって、始終に何かに対して思索を張り巡らせて悩んでいるけれども、それはあくまで精神世界に於いての言葉のゲームのようなもので、戦いとなれば決して揺らぎはしない。
 では、何故。
 008は一番、揺らぐのは神を持たぬこと男だと思ったからだ。精神的に脆弱とか言うのではなくて、戦いにおける精神の強さと信仰における精神の強さは全く別物であるからである。
 彼が『神』と言う言葉に惑わされるとは思わないが、彼の神に対する考えを聞いておきたかった。
「じゃぁ、強いて言うなら、004、君の『神』……とはなんだい」
 008の問い掛けに、眉間の皺を深くして考えていたが、徐に右手の指先を008に向けた。
「コレだ」
 鋼鉄の右手を差し出すようにして、狙いを008の頭に合わせている。やはりと008は冷静さを保ったまま、ひたすら鈍く光る鋼鉄の手を見詰めた。自分の考えが正しかったことに安堵を覚え、自分が心配していたことは杞憂だと確認して少し肩の荷が下りる。
 やはり、この男は頼りになるとの認識を改めて深くしていく。
「そうなんだね」
 008のその言葉に、004は右手のマシンガンを向けたまま視線だけで答えた。
 そうだ。この手は004にとって、命を繋ぐ道具であり、愛しい人に触れる唯一の手でもあるけれども、自分が機械仕掛けの人間だと認識させられる手であり、命を奪う凶器ともなる。
 殺気を含まない冷酷な殺し屋の目が008を確実に捉える。008は生身であった頃から常に戦場に身を置いていたが、こんな目をした男には出会ったことはなかった。誰もが明確な意思を持って、敵を殺そうしていたのだ。
 撃たれるとは思わないが、ぞくりと背筋を寒気が走り抜けていった。
「ほんと……君は『死神』だよ」
 008はそう言う。
 確かに、無表情のまま命を奪う手を持つ男の心も無表情なのではないからこそ、死神であると言いたいと008は思う。死神は神と言っても特殊な位置に属する神である。人間の終焉を演出する神であるのだ。
 つまりは、終わりがあるから始まりがある。どちらもなければ、メビウスの輪のように回り続けるだけになってしまう。
 終わりは何時かは来るのだ。永遠などは存在しない。
 だから、始まりがある。
 終わったと、自分は死んでしまったのだとの経験がある00ナンバーにはこの言葉の意味が理解出来るはずだ。生身の人として死に、そして、サイボーグとして再生された経験はある意味神を体現しているのかもしれない。
 008は立ちあがった。
 忘れていた。彼は『死神』なのだ。神が神の存在に揺らぐはずもない。自分こそどうにかしていると苦笑を漏らしつつ、神の手を持つ男に背を向ける008の心を現すように黄色にマフラーがゆうらりと躯に巻きつくように揺れる。
 004と呼びかけられて、凝視していた右手から視線を008へと向けると背を向けたまま彼はまるで、独り言を漏らすように呟いた。
「彼等は、神じゃない」





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