具現された神々の饗宴3〜終わりと始まりの間に〜



『じゃぁ、強いて言うなら、004、君の『神』……とはなんだい』




 008の神は何だとの問い掛けに『コレだ』とそう答えるしかなかったとも、それしか思い浮かばなかったとも言える。
 生身でなくなったその日からこの手は人の命を奪い、そして、彼自身の命を救ってきた。つまり、神とは諸刃の刃だと言いたかったのだ。多分、それを008は理解してくれているはずだ。
 あんなに不安定な008を見たのは始めてであった。
 神と名乗ったあの連中を恐れているわけではない。自分達の心の奥に潜む何者かを恐れていたのだ。考え過ぎだと普段なら笑って済ませる話題であるが、戦術を練る立場の008ではそうもいかなかったであろう。
 自分達は戦場に出れば、最善を尽くすまでのことであり、それ以外には考えられなくなる。まずは生き残ること、そして、敵を倒すことが彼等に与えられた課題であるのだ。死んではならない、決して一人として欠けてはならない。誰かが死ぬということは、彼等にとっては自分が死ぬことよりも恐怖に近い感情に曝されるということだ。
 仲間がいれば立っていられるけれども、自分が一人なら立っていられない。人の弱さを誰もが自覚していて、ギルモア博士を入れて10人が互いに複雑な人間関係を築き上げている。一人が居なくなれば、複雑に絡み合った様々な形の愛情と言う名の絆は混乱してしまうであろう。
 それほどに、彼等の関係は密で複雑で、かつ強固なものであるのだ。
 ふと、時計を見上げるとまだ出撃予定時間までには余裕があった。ここで、一人で過ごそうかと考えていた矢先に再び、メディカルルームの扉が開いた。






「ア…ッ……004」
 アルと愛称を呼びそうになった002が何の前触れもなくメディカールルームに入ってきた。そして、今が戦いの真っ最中だと思い出したのか、しまったと失敗した子供が肩を竦めて、怒らないでと上目遣いに大人を見上げる目をして004を見ていた。
 こんな目をされては怒ることも出来なくなってしまう。確かに、戦場では頼れる仲間だし、メンバー唯一の空中戦のエキスパートだ。でも、其処を離れれば、愛しい恋人でもある。
 軽く肩を竦めて、良いんだと首を横に振ると足音をさせない軽やかな足取りで歩み寄り004の隣に腰を下ろした。
「004。006がメシ食べてけって…」
 それを言うと、沈黙を守る004に何か言わねばと青い瞳を宙にさ迷わせて必死で話題を探そうとするが、プライベートな時間ならいざ知らず、出撃前にはそんな些細なことすら思い浮かばない。
「さっき、008とすれ違ったケド……。予定の変更でもあるのか」
 視線を合わせようとしないで、何とか会話を続けようと焦った口調で必死に沈黙を紡がせないでおこうと足掻いている。2人の時間の中には沈黙の時間も多くあったはずだ。何も言わずに抱き合うだけの時間もあったし、004が読書し、その傍で凭れ掛かるように002がTVゲームをしたりして、会話をしない時間もあったが、戦いの緊張感を胸に仕舞い込んだまま黙っているのは002の性に合わない。
 冗談を言うことで、自分をクールダウンするのが彼のやり方なのである。
「008、何か深刻な顔してたぞ」
 まだ視線を合わせようとはしない。
 しかし、プライベートの時のようにどうしてだと詰め寄れない。戦っている時の004とプライベートのアルベルトはまるで別人かと思うことがある。穏やかな表情を湛えて、骨の髄まで蕩けてしまいそうに自分を甘やかして、愛してくれる男が、防護服を纏い戦場に出た瞬間、厳しい表情が整った鋭利な顔立ちに乗せられる。
 左手の電磁ナイフ以上に切れ味の鋭い雰囲気を纏い。『死神』に例えられた高い戦闘能力を前面に押し出し、常の前線に立ち続けている。彼が立っているだけで、安心出来るのだ。まだ、戦える。と、そう錯覚してしまうほどに彼の存在感はメンバーに浸透していることも002は知っている。
 自分は簡単にスイッチを入れるようには自分を変えられない。確かに、戦いともなれば緊張を強いられるが、だからと言って004のように簡単にコードナンバーで呼び合う関係には戻れない。
 つい、『アル』と呼んでしまいそうになるのだ。敵を目の前にすれば、それは肉体に覚え込まされたのと一緒で004と呼べるが、そうなるまでの時間はついいつもの恋人として彼の名前を呼んでしまう。
「ジェット、お前にとって『神』とはなんだ?」
 突然の質問と蒼く凍える北海の瞳が当てられ、何事かときょとんと首を傾げて、目をぱちくりとさせる。何を言うのだろうと、頭が考えることを拒否してしまう。目の前にある004の顔をハンサムだなとまじまじと見て、現実逃避してしまいそうな自分がいたのだ。
 神すら撃ち殺してしまいそうに危険な男が今更『神』と言うのもおかしい気がするし、難しいことを考える事が苦手な002は自己防衛手段として、頭の中から神というカテゴリーを封鎖してしまっていた。
 002は『神』を信じてはいなかった。クリスマスに教会に行くと、温かな食べ物が振舞われたり、ケーキやお菓子をタダで食べさせてもらえるから、それを目当てで行っていたか、あるいは客を連れ込んだ母親に追い出された寒い夜は、粗末だけれども、まだ、凍える冬のNYの寒空の下よりはましな環境だと、教会の扉を叩いたこともあった。
 それだけのことで、神など信じたくもなかった。
「008は、俺にそう聞いた」
 004の問いに彼等は何らかの理由で『神』について語っていたのだと知れる。だから、008はあんなに難しい顔をしていたのだ。何でも知っていて、教えを請うと仕方ないなと笑いながら知っていることは何でも教えてくれる。ろくに学校にも行っていなければ、教育も受けてはいないジェットが、ちゃんと読み書きが出来、少なくとも高校生程度の学力を身につけられたのは、サイボークされてからのことであったのだ。
 そんな自分に比べたら、008は博識に見える。
 それに、004と戦術という面で対等に話しが出来るのは008ぐらいものである。自分では、004を抱き止めることや、彼に抱き締められることは出来ても、それは出来ない部分であるのだ。
「だから……な」
 確かにジェットは、神など信じていないといったが、存在を否定しているわけではない。子供の頃はお菓子がもらえるからと教会に行った事はあるとは言っていたが、ミサに通ったと言う話しは聞いたことがない。確かに、教会に通える境遇ではなかったことは分かる。では、あの環境の中で何を002が支えていたのか知りたいと思う、神でないのならば何であったのだろう。
 002は短気で、我が侭で、暴れん坊だけれども、意外と前向きで強い一面を持っているのだ。過去に攫われていた自分を引き摺りだし、子供が玩具を強請る無邪気さで、自分が欲しいと言い続けてきたのだ。長い年月であったのだと思う。
 最初のうちは過去に囚われて、ジェットを抱いていても、僅かに残る昔の恋人の面影に縋る自分が居た。それを知っていて、自分を求めたジェットの強さが今は誇らしいと思うし、そんなジェットだからこそ、辛い思いをさせてしまった分、腕の中で甘やかせてやりたいと思う。甘えたくても、甘えられなかった彼の人生の負債を全て払ってやりたいとすら思える。
「ふぅ〜ん」
 納得したのかしないのか、002はそう鼻を鳴らすと、首を傾げて暫し考えている様子であった。こうして首を傾げて考え込む様子は至極幼く見える。何か思いついたのか、まだ目元に白いそばかすの跡が残るその顔に春の日差しのような笑みが広がっていく。
「俺の神様は……コレ」
 002はそう言って、鋼鉄の手を自分の両の手で大切に包み込んで胸元に抱き寄せた。
「この手に俺は、何度も命を助けられた。この手で触れられて、凄く安心出来た。お前のこの手がなければ、俺は生きていられない。だから、神様だ。神様って大切なものなんだろう?俺の一番は大切なモノは、あんただけだから」
 そう笑いつつ、鋼鉄の手に口付ける。
 まるで、無邪気な天使が祝福の接吻を落とすような様に004は苦笑いしか零せなかった。大切なモノを胸に抱くようにして、自分の鋼鉄の忌むべき手を愛していると言い切る彼の強さが、また、自分を強くしていく糧であるのだ。
 恋人を失い。生身の肉体と平穏な生活を失った代償にしか与えられないのだとしたら、それも悪くはないのかとも思える。天使を手に入れるには、それに担う代償は必要だったのだ。
 ふと抱き締めたいとの感情が込み上げてくる。
 戦いの最中には002には触れないとの戒めが守れなくなりそうな自分がいるけれども、彼が自分に対して愛情を傾けてくれた分、いや、それ以上にして返してやりたいと思う。
 008との会話が無駄だとは言わない。
 確かに、互いに自分の考えを理解するのは必要なことであった。後方で待機する人間は待つことを強要される。待つということは要らぬことまで考えてしまうというリスクを背負うことだ。必死で命がけで戦っているのと同等に苦しく、自分をフラットに保つことは至極大変なことだと理解しているからこそ、008との会話に必要性を感じたのだ。
「それに、アルは何でも叶えてくれるから…。ホント神様みたいだよ。俺、アルと居ると寂しくない。一番、欲しかったモノをいつでもくれるから……」
 そう笑うジェット顔が鈍いメディカルルームの光りを反射して軟らかな光を発しているように見えてしまった。そう、この前向きな強さが自分にとっては救いなのだ。
「そうか、なら、お前は俺の天使だな」
 そう言って、自分の戒めを自ら破りその細い躯に腕を回した。約束した。死ぬのも生きるのも一緒だと、寂しがりやの天使を残しては死ねないと皮肉っぽい笑みが自然と沸いてきて止まらなかった。
 勝てる確率が低いことを004は気付いていたけれども、今は勝てる気がしている。戦術的にはかなり厳しいとは思うが、それでも、負けない力が肉体に侵食して行くのを感じていた。
「ナンだよ」
 アルベルトの不可解な行動にジェットは口を尖らせながら、抗議を申し立てるが、その耳元にもう少しこのままと囁くと、ぴたりと動くのを止める。暫しの間は大人しく腕に収まっていたが、何か思い出したようにアルベルトを見上げた。
「あっ、俺。006にあんたを呼んで来いって言われたんだ。料理冷めちまうって怒られるじゃないか」
 ジタバタと自分の腕から逃れようとするが、本気ではないのは一目瞭然である。
 でも、あんなに熱烈の愛の告白をした彼がムードではなく、食い気を出してくる。これだから、彼の恋人は止められないのだ。
 沈んでいた自分の心をいとも簡単にフラットな状態に戻せるジェットの強さと、彼に拠って強くなれる自分を認識するのは悪いことではない。
 勝利の女神ならぬ勝利の天使を腕にしていると思うと、004は不思議と苦戦を強いられるであろうが、勝てることを戦いで磨きぬかれた第六感が確信した。相手は神ではない。自分達の行く手を阻む者達だ。
 そう天使を味方につけた死神を要する自分達は負けないという気力が漲ってくる。






「何せ、俺は『死神』だからな」
 と、004は静かに呟いた。





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