具現された神々の饗宴4〜終わりへの流転〜



「ったく…このエロジジィっ!」
 2人だけで取り残されたメディカルルームで突然、002は暴言を吐き出す。くりくりとした青い瞳をすらりと通った鼻梁に寄せ、口をへの字に曲げ、ずかずかと足音を立て、肩をそびやかせて歩きながら、ベッドに座っている004の目の前に仁王立ちになった。
 004のところに歩み寄る途中にむんずと掴んだ004の防護服の上着を膝の上に落とした。そして、硬い004の胸板を人差し指で突ついて撫で上げ、掌をその厚い胸板に這わせながらも、行動とは違うことをその憎たらしい口から吐き出している。まるで、誘うような淫靡な手の動きに004は002の機嫌の悪さを感じ取っていた。
「さっと着ろよ。露出狂か?あんた」
 機嫌を悪くした子猫が毛を逆立てるような002に004は溜め息をひとつ落とす。自分は、何か怒らせるようなことをしてしまったのであろうかと、つらつらとここ数時間の2人の行動を正確に記憶された頭の中から掘り起こしてみるが、全く、覚えがない。
 別に好きで裸になっていたわけではない。
 ギルモア博士に傷の手当てをしてもらっていただけだ。別にやましいことはしていないし、こんなに機嫌を損ねられる覚えもないのだ。
「ったく…早くしろって……」
 それでも、002は004の目の前で子供のように地団駄を踏んで、早く防護服を着ろと急き立てる。
 毛を逆立てる子猫には誰も逆らえないと、004は防護服を着て、マフラーを絞めると、ようやく安堵したような溜め息を吐いて、002は004の隣へと腰を落とした。ふわりと黄色いマフラーが舞い、マフラーに残る硝煙の匂いが無機質なメディカルルームに広がっていく。
 ギルモア博士のお達しで、004、002、009の三名は明日に備えて今夜はゆっくりと休むように言われている。009はこの部屋を出たまま戻らない。多分、ドルフィン号の甲板でアポロに対する、いやガイア博士の所業にメラメラと燃え滾っているのであろう。
 ギルモア博士を哀しませるなんて、許せんと握り拳を振るわせる姿をつい002は想像してしまっていた。
 009のギルモア博士の傾倒ぶりは置いておくとしてもだ。何かあると八つ当たりの矛先を何故か自分に向けるのは止めて欲しいと思う。嫌味の一つや二つならいいのに、セクハラじみた八つ当たりはどうにかして欲しい。
 別に、004が009の意見を支持しても全然構わない。戦いの場に於いての自分と意見が対立したとしても、それを後々まで引くような関係でもない。そんなに自分と004の関係は薄っぺらいものではないと002には自負がある。
 別に009が居なければ、009以外のメンバーの前でなら、004が半裸でも全然、構わない。003は女性だが、第一次サイボーグ計画の貴重な生き残りの実験体同士として、身を寄せ合うように、生きてきたから、フランソワーズが自分達を性的な意味あいで男性だと認知していないことを知っている。
 時間から置き去りにされた三人だけの同朋であったから女性でありながら、004との関係も最初からずっと知っているという安心感もあって、危機感はないけれども、009は違うのだ。自分が004と仲良くしていて、更に、ここにギルモア博士が絡んでくると温和に見える009が昏い一面を覗かせるのである。
 メディカルルームを出て行く009はぽそりと002の耳元に、『君はいつも彼と一緒でイイね。邪魔者は消えるからごゆっくり』と囁いていったのである。しかも、嫌味な口調でだ。『そうだよ。うらやましいだろう』と反論しようとする間もなく彼の姿は消えていた。
 だから、そのやましくとも何ともないのに、半裸でのほほんと座っている004に当たってしまっただけなのだ。
 009のあの性格を知っているのは、自分と003だけである。皆の前ではおとなしぶりっ子の009のとんでもない悪魔のような性格を今の段階では004も気付いてはいない。
「どうした?」
 優しく頭を撫でられて、棘々していた気分が少し和らいで来る。鋼鉄の手は安心感と安堵感を002に齎してくれるのだ。009がギルモア博士に安らぎを求めると同じとは思わないが、009にギルモア博士の存在が必要なように自分にも004は必要だ。
 昼間の戦闘の合間も、004が相手に悟られないようにダメージが自分にあまり来ないように計らってくれていたのを知っている。
 体内に火薬を積め込んだ男の皮膚はメンバーの中でも、1、2を争う強度を誇っている。それに比べて、飛行を目的として作られたジェットの肉体は、004に比べれば脆い。それに、イザと言う時の逃走経路を確保する為には最低でも002が数分、004を抱えて飛行できる余力は残しておくべきだと、考えていたからであろう。
 戦術上必要であったとしても、気遣うように流される視線が002には嬉しいのだ。
 庇われているのではない。いざと言う時の切り札として信頼されているからの行為だから、惨めな気持ちになりはしない。何故なら、普段は子猫だの子供だのとそんな扱いをするけれども、戦闘に於いては一度もそのような扱いを002は004に受けたことはない。空中戦のエキスパートとして常に信頼してくれている証しなのだ。
 更に、004の戦略を容易くしたのは、雷は金属片の方向に流れやすいという性質のおかげでもあった。
 地面に足をつけて立っていて尚且つ、金属の塊の004に雷が飛んできやすいのはどうしても仕方のないことである。004の手当てに時間がかかったのも、帯電してしまった電気を放出する作業に手間をとっていたからなのだ。
 そのおかげもあって、002の負傷は004程ではなく手当ては比較的短時間で済んだから、009を探しに行けたのである。
 危険を顧みずに探しに行ったのに、その態度はないんじゃないかと、002は思うわけだが、ギルモア博士しか見えていない009はすっかりそんなことを忘れてしまっているのだろう。
 だったら、自分もそんな009の態度なんか忘れてやるとばかりに004の肩に頭を預ける。
 突然の甘えた仕草に004は驚くこともなく、軟らかな髪を撫でてくれる。
「あんたのさ」
「うん」
 004は続けろと肩に手を回して、抱き寄せてくれる。
 戦闘の後、002はナーバスになったり、精神が不安定になることがある。高揚した精神を巧く静められないところがあるのだ。そんな時、いつも004が傍にいて手を差し伸べてくれた。
「あんたの裸。他の連中に見られたから…イヤだった」
 002は決して、009のとは言わない。
 あの悪魔は004には正体を知られていないからだ。009のことで、言い争うぐらいなら黙ったままこうして、抱き寄せられていた方がずっと素敵なことだ。
 002は心の中でざまあみろと009に向かって舌を出していた。子供の喧嘩のようでもあるが、2人は年齢が近いこともあって、端から見れば、どうでもよいような意地の張り合いをしていることが間々あるのだ。
 更にそこに互いの好きな相手が絡んで来ると特に、その意地の張り合いが酷くなってしまう傾向にあり、大抵の場合は009の勝ちで、002は004か003に泣きついて慰めてもらうというのがオチなのである。
「何を、言ってる」
 そう言いつつも、少し苦笑を含んだ口調の004の声に002は嬉しくなる。自分がヤキモキしていたことを知って、その独占欲が嬉しいと思っていてくれる証拠だからだ。戦闘の合間だけれども、004の自分にだけ見せる優しさにどっぷり浸かっていたい。
「なぁ、添い寝してくれよ」
 002は同衾を強請る。
 セックスをしたいし、触れ合いたいのはやまやまだけれども、そんなことをしては明日からの戦いに支障が出る。戦いの最中は決して、肌を重ねないと言う2人の間にはそんな不文律が存在しているから、002もそんな無理は言わない。
 でも、キスを交わしたり、手を握ることはある。
 それは互いの気持ちを落ち着けたり、生き残ろうと言う意味の触れ合いであったりするからだ。
「興奮して寝れないのか?」
 そう004は聞いてくれる。
 それもあるけれども、メディカルルームに戻ってくるであろう009に自分と004の仲良しぶりを見せつけてやりたかった。絶対、自分達の方がラブラブだと、お似合いのカップルだと、あの悪魔に認識させてやりたいと思う。
 セクハラなんかに負けないんだ。
 悪魔の島村ジョーに比べれば、神様連中なんか屁の河童だぜと心の中でそんなことを考えながら、ベッドに横たわりジェットのスペースを確保してくれた004の腕の中に滑り込むと、子猫のように背を丸めて収まった。
 正確に時を刻む004の心臓の音を聞きながら、002は満足気な笑みを浮かべて次第に深い眠りに落ちて行ったのだった。






 もちろん、数時間後、同じベッドの上で抱き合ったまま熟睡する2人を見付けた009の顔には『しっかりと覚えていろよ。ちゃんとこの騒動が終わったら、虐めてあげるからね002』と書かれていたことは言うまでもないことであろう。





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