具現された神々の饗宴6〜終焉への転落〜



「温かいココアでもどうかな」
 と、ギルモア博士との面談を終えたジェットが艦内に降り、メディカルルームに向かう背後から声を掛けたのは009こと島村ジョーであった。ニコニコと穏やかな人の良さそうな笑顔の向こうには有無を言わさぬ力強さがあった。
 ことあるごとに、ジョーにナニかと虐められているジェットであるが、一度、自分の懐に入れた人間に対してはとことん甘い性質を持つジェットはそのことをすぐ忘れてしまうのである。
 それに、博士と面談して自分の心の奥にあった蟠り解けて、些か気分が上昇気流に乗りつつあったジェットはすっかり、そのジョーの瞳の奥にある虐めっ子モードに気付けずにいたのだ。
 ジョーはどうしようかと首を傾げるジェットの手首をむんずと掴むとキッチンに向かってスタスタと歩き始める。おい、どうしたんだと言いつつもついて行ってしまうジェットはやはり元少年ギャングのくせにお人好しなのだ。
 キッチンに強引にジェットを押し込めるジョーの後姿はまるで、新入社員を虐めようと給湯室に押し込めるお局様のようであった。確かに、孤児院で育ち、小さい子供の面倒を見つつ、新聞配達をしながら、高校に通い。しかも、住んでいた場所は何と教会であったのだから、非常にストイックな抑圧された生活をしていたジョーはどんよりと暗い一面を持ち合わせているのだ。
 アメリカン気質をそのままに、恵まれないとはいえ気侭な生活をしていた二人に気が合えと言うのが難しいであろう。けれども、互いに互いが嫌いではない。互いに仲良くしたいとは思っているのだが、二人の間には深く長いギルモア博士と言う名前の川が流れているのだ。
 ジェットにとって、ギルモア博士は付き合いの長い、いわば、祖父的な存在で中古のプロトタイプで破棄寸前であった自分にジェットエンジンと言う翼を与えてくれた人でもある。ジョーのように歪むどころか、捩れて捻れた愛情などジェットにはとんと理解出来ないどころか、ジョーがギルモア博士を愛していることにすら気付いていないのだ。
 ジョーもジェットがギルモア博士に自分と同じ感情を抱いていないことは知っている。彼にはちゃんと004ことアルベルト・ハインリヒと言うなかなかナイス・ガイな恋人がいるのだ。ギルモア博士がもしいなかったら惚れていたかもという程度にはジョーにとっての好みのタイプなのである。
 だから、二人でイチャイチャしていることに別に嫉妬しているわけではないのだが、彼にはステディがいるのだから、ギルモア博士にちょっかいを出すなと、言いたいわけであるけれども、捩れて捻れたジョーの性格はそれを真っ向から、ぶつけられずに虐めると言う行為で表現されてしまうのだ。
 ジェットにしてみれば、いつも俺、ナニかした?と言う状態なのである。
 今も、ジョーの強引な態度にナニかあったのかな。ミュートスサイボーグ達との戦いで思うことでもあるのだろうかと、結局、人の良いジェットの思考はその辺りを想像するのが精一杯で、このジョーの捩れて、捻れた性格を理解しているのは、00ナンバーの女王様003ことフランソワーズ・アルヌールぐらいであろう。
「ナニか、あったのか?」
 ジェットはキッチンに置いてある簡易椅子を引っ張り出して来て座り、手を座面と大腿の裏との間に挟み込んで、足をブラブラさせながら、律儀にココアを入れてくれているジョーを待っている。ジョーだとて、こう言うジェットの幼い仕草を見て、可愛いと思わないわけではないのだが、とにかく自分が博士に毛布を持って行ってあげようとしていたのに、先を越したどころか、博士に手を握ってもらっていた。それに、何を話してたかは知らないけれども、あんなに愛情を込めた眼差しで自分は見詰められたことはない。
 はっきり言って面白くは無い。
 第一、今回の騒動は面白いことは何も無かった。
 手始めにミュートスサイボーグの出現で心を痛めていたギルモア博士の心中を思い計って切ない気持ちになっていたのに、ジェットときたらメディカルルームで堂々とアルベルトとイチャイチャしていたし、最後にはギルモア博士とラブラブモードになってるし、それが恋愛と言う愛情でなくとも自分に向けられなくては嫌なジョーなのである。
 ミュートスサイボーグもガイア博士も御陀仏になったのは自己自得だし、色々と大変な思いをさせられたけど、怪我をした自分を必死で手当てしたくれたギルモア博士の触れる手に幸せを感じたから、御破算にしてやろうと思っている。あのアルテミスとか言うブラコン女が出てこなかったら、多分、ジェットかピュンマあたりが回収してくれて、ギルモア博士がそれこそつきっきりで手当てしてくれたものをとも思うが、過ぎてしまったことは仕方がない。
 死んでしまった者達に八つ当りはいかに優れたサイボーグといえども出来はしない。
 で、結局、ジェットは巡り合わせでジョーに虐められてしまうのだ。
「はい。ココア」
「サンクス」
 ブロークンな米語でぶっきらぼうに礼をジェットは言うが、受け取ったマグカップを両手で大切そうに包み込み、そうっと口へと運ぶ。如何にも熱そうなココアを一口含むと緊張していた心が僅かに解れる。口の端についたココアの泡を舌でペロリと舐め取る動作にジョーの視線が釘づけになった。
 確かにジェットは可愛い。子猫のような愛らしさがあり、頑固で融通の効かないドイツ人がメロメロなのも理解出来る。ココアの温かさでほんのりと染まる目元に残る白いそばかすの跡や青い晴れた空のような瞳は喜怒哀楽をはっきりと宿らせて万華鏡のようにくるくると彩りを変え、拗ねたように尖られた口唇も子供の口唇のような面持ちである。
 多分、こう言う仕草を見て、あのドイツ人はその気になったりするんだうろなと、流しに凭れかかりながらココアを啜っていたジョーはふとそんなことを考える。ジェットを虐めることに関しては、アルベルトを外して、ナンバーの中では一番エキスパートなジョーはよからぬことを思いつく。アルベルトの場合は最終的にジェットが喜ぶから、虐めには全然ならないのだけれども、ジョーが同じ事をすれば十二分な虐めになる。
「ねぇ、ジェット」
 ジョーは自分のココアを流しに置くと、座っているジェットの前に移動して正面に腰を下ろした。そして、両手をジェットの華奢な膝に乗せると、覗き込むようにして見上げる。
 きょとんとした顔を一瞬するが、すぐにどうかしたのかと首を傾げて 尋ねてくれる。
「ホント、君って可愛いよね」
 ジョーはそう言うと、右手を頬に滑らせた。両手はマグカップを握ってるが故に動かせないジェットを見越しての行為である。床の上に置いて臨戦体勢に入るとか色々と考えられるのに、ジョーに真剣な思い詰めた眼差しで下から覗き込まれて、動けなくなってしまう辺りがお人好しジェット君大全開なのである。
「ジョー?」
「ハインリヒが君に夢中になるのがわかるよ」
 とジョーはそう言う。確かに、可愛いと言う視点で見れば、フランソワーズより可愛いということは認められる。可愛いけれども、恋するかは別の問題なのであるが、面倒見の良いアルベルトにはちょうどこれくらい手が掛かるのがバランスが取れていいのだろう。
「本当に、可愛い。ジェット……」
 ジェットはアルベルトが君に夢中だと言う台詞に顔を真っ赤にしている。
「君がハインリヒに出会う前に、僕が君に出会っていたら僕はきっと、君を好きになっていたよ」
 ジョーはどう言う言葉を掛ければ相手が自分の良い様に動いてくれるのか、人間関係に苦労しながら幼少時代から培ってきた人使いのテクニックを持ち合わせていた。確かに、治安の悪い地域で育ったのはジェットの方だが、ジョーは人間同士のドロドロして感情を見て育ってきた分、そういう人の心の動きには至極聡いのである。
「ジ、ジョー……」
 声が裏返っているジェットに可愛いねぇと心の中で感想を述べると、ジョーはジェットの頬に自分の頬を寄せて、少し薄めの口唇を指の腹で撫でると、ぴくんとジェットの躯が揺れる。困惑した瞳で見詰めるその姿がまたジョーの嗜虐心に油を注ぐのだ。
「君が僕を探して、迎えに来てくれた時はとても嬉しかったよ」
「たまたまだよ。ピュンマと俺が探しに出てたから……」
 と言いつつ、視線を外すジェットの頬に左手を添えて自分の方に強引に向かせて、そのまま左手を耳朶へと這わせていく。薄い耳朶を人差し指と中指で挟み込んで軟らかなタッチで触れるとジェットの肌が震えるのが伝わってきた。
 やはりジェットは敏感なのである。
 元々なのか、アルベルトに鍛えられたのかその辺りはジョーには分からないけれども、自分が指で触れただけで反応をするなんて、さぞ、ベッドでは虐めがいがあるだろうと、ふとそんなことを考える。このまま、事に及んだらどう反応するか、何処まで我慢出来るかちょっと試してみたい気分になってきてしまう。
 そのままキスをするようにして頬と頬を重ねて、愛撫するとの明確な意図を持って抱き寄せた背中を撫で下ろした。防護服の上からでもジェットの躯はその意図を敏感に察して、逃れようと背を捩った。こうして抱き込んでしまえば、力はジョーの方があるのだ。ジェットの躯は普段見ているよりもこうして抱き締めると随分、華奢であることが分かる。普段の斜に構えた憎たらしい言葉遣いと子供の我が侭のようなことを言いながらも横柄な態度の彼を見ているとそうは思わないが、本当にジョーが楽々と腕を回せてしまう程度に細い。
「ジェット…」
 耳朶に甘い吐息を吹き込みながら口唇を寄せると、気の毒なくらいにジェットの躯が震え始める。手にしているマグカップのココアはまだ2、3口しか飲んでいない為に、激しく動けば零れてしまうのだ。だから、躯を捩って逃れるくらいしか出来ない。投げ捨てて、自分を突き飛ばして行ってしまえばいいのにとジョーは思うが、それが出来ないジェットだから虐めるのは楽しいのだ。
 耳朶に口唇を寄せて、キスを落とす。鼻先で外耳を愛撫しながら耳と顔の境の部分に口唇を寄せてきつく吸う。きつく吸ったことをジェットに悟らせないように、口唇を耳朶に這わせて、ねっとりと舌で耳の穴を舐め、耳朶を歯で噛むとジェットの甘い息遣いが零れる。
「ッア……、ジョー!」
 抗議の声がジェットから上がり、肩でジョーを押し退けようとする。でも、今更で、白い柔肌にはしっかりとキスマークの跡が残っている。これに対してアルベルトがどう反応するかも見物だ。後は仕上げをごろうじろで、アルベルトに泣きついたとしてもあの目敏い男がこのキスマークに気付かないわけがないのだ。
 独占欲丸出しのアルベルトのことだ。このキスマークの上から自分でキスマークを付けるくらいのことはやるだろう。そうされれば、これだけ敏感なジェットが普通でいられるわけがない。ドルフィン号ではセックスもままならないし、ギルモア研究所に戻れば、メンテナンスが待っている。すぐに、メイクラブは出来ないのだ。
 そうすれば、悶えるのはジェットなのである。
 想像するだけで、楽しくなってくる。キスマーク一つじゃ、つまらないよな。もう一つぐらい付けてみようかなと、耳朶から首筋にと口唇を移動させて、背中に回して手で華奢な躯をしっかりとホールドすると、チューと盛大に食いついて、ついでに歯型までつけてやる。
「ジョーッ!!」
 ジェットは声を荒げて、厭々と頭を横に振った。その仕草がまた、ジョーの虐めたいという欲求を増幅させてしまう。ああ、どうせなら、防護服もひん剥いて、際どい所にもキスマークつけてやろうかなと危ないことを考え始めていた。別に、ジェットを抱きたいわけではなくて、虐めたいのだ。抱けば、虐めになるのであったら、ジョーはとっくにジェットをあの手この手で拘束してことに及んでいたであろう。
 それでは虐めにはならないから、しないだけなのだ。
「ごめんね」
 一応、しおらしげに謝ってみせる。お人好しのジェットは取り敢えずは、実害はなかったのだしと自分を納得させようとしているのであろうか、青い目がジョーの顔とマグカップと台所の壁にと行ったり来たりを繰り返していた。 
「あんまりに、君がステキだから……。本当にごめんね。君にはハインリヒがいるから、僕がこんなことしたら迷惑だよね」
 そんな愁傷な台詞の後ろで舌を出し、三角の黒い尻尾をゆらゆらと揺らすジョーにジェットが勝てるわけはないのだ。愁傷な態度のジョーに何と返そうかと、一生懸命考えている。どうでも良いことはお喋りなくせにどうしても伝えなくてはならないことは言葉が出てこないジェットの性質をジョーは理解している。伊達に人間関係で揉まれてきたわけではないのだ。
 それに、ここのところギルモア博士の元で家事労働に従事していた彼は、すっかり世間様の主婦のありがちな生活スタイルにどっぷり浸かっていて、昼の連ドラとワイドショーは1日の大切なスケジュールになっていたのだ。そんなところで色々とネタを仕入れているのだから、バラエティーや、音楽番組しか見ないジェットには対抗する術もない。
「でもね。僕も君をこうして抱き締めてあげたいんだよ」
 つい、悪乗りしてしてしまうジョーなのである。
 多分、この台詞にジェットは悩むのだろう。自分を虐めていたのは自分のことを好きなのかと、ジタバタするだろう。アルベルトに相談を持ち掛けるのか。どのみち、ジェットを独占することに関しては心の狭いアルベルトのことだ、ただでは済まさないだろう。それを考えると、もう楽しくってしょうがないジョーなのであった。
 留めにキスの一つでもしてやろうかと、思いついたその瞬間であった。
「お邪魔だったかしら?」
 我らが女王様の登場である。
 はっきり言えば、全部コックピットから見て、眠気覚ましにコーヒーでも入れましょうか。とコックピットにいる仲間に声を掛けて、キッチンに降りてきたのである。悪乗りし過ぎて、ジェットを開放してやるタイミングを見失ったジョーに一応、助け船を出しに来たのであった。何度も言うが、ジェットを助けに来たのではない。ジョーを助けに来たのである。
 ジェットがジョーに虐められれば、泣きつく先はアルベルトか自分のところである。最近、自分に泣きつく回数が減って寂しく思っていたのだ。ジョーがジェットを虐めれば、自分の所にも来てくれるから、実はジョーの虐めを黙殺しているフランソワーズであったのだ。
 アルベルトが来るまでは二人っきりで何でも話し合って支え合って来た姉弟とも、兄妹とも言えるような仲なのである。結局は、自分に擦り寄ってくる子猫のようなジェットを撫で撫でしてあげたいのだ。
「ジョー、ご馳走様……」
 とジェットは顔を引き攣らせたまま立ちあがると、マグカップをジョーに渡して脱兎の如くキッチンから姿を消した。その腰が引けた姿が、もう何やら可笑しくてフランソワーズはつい吹き出してしまった。本当に可愛くてグリグリしてあげたくなってしまう。



 それにつられてジョーも笑ってしまっていた。
 本当に、馬鹿で楽しい、面白い玩具になってくれるジェットが本当に大好きなのだ。と、笑う。
 二人は一頻り笑うと目を合わせて、再び、笑い出した。
 軽やかな悪魔の島村様と女王様フランソワーズの笑い声は深夜のドルフィン号のキッチンにおどろおどろしく響き渡っていた。





 
 もちろんメディカルルームに戻ったジェットの白い柔肌に残されたジョーの歯型とキスマークに気付いたアルベルトにジェットが虐められてしまったのは言うまでもないことであろう。そして、ジョーの計算通りに熱く悶える躯を持て余しつつ数日過ごす羽目に陥ったジェットの姿がそこにはあった。
 もちろん、その背後には手と手を取り合いそれをにんまりと満足そうに見詰めるジョーと生温かく見守るフランソワーズの二人が居たのである。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'02/12/04