赦されざれる者へ寄せる背徳の囁き5
これ程、惨めな気持ちになったことはないだろう。 屠殺場に引き摺り出される家畜の気持ちはこんなものなのだろうか。BG団に居た頃、ジェットの戦闘能力をアピールする為に、コロッセウムのような場所に引っ張り出されてスポンサーや取引先、幹部と思しき連中の前で戦わされたことがあるが、その時はこんなに惨めな気分ではなかった。 生き残ってやるとの強固な意志が心の奥底にあったはずなのに、今は生きようとか、死のうとかそんな感情すらも湧いて来ない。 戦場ではない。ここはホテルの一室なのに、ジェットの心は戦場にあるよりも凍えていたし、萎縮してもいた。自分など、意味のないただの社会の屑で、男に抱かれるしか能のないそんな生き物だと、卑下する気持ちで一杯だった。 それでも、そんな自分であっても心は痛いと感じるのだ。 そんな弱い心を抱き締めるようにしてバスローブの襟を握り締め、開いた胸元を隠すように両の手を交錯させる。 震えそうになる膝を宥めて、バスルームから部屋へと足を滑らせた。 素足に毛の長い絨毯の感触がある。 いつもの夜と変わらない。呼び出されて、男に欲望を注がれて過ごすいつもの夜だと、そうジェットは自分に言い聞かせる。 「済んだか」 数本のビールの空き瓶がテーブルには並び、灰皿には煙草の吸殻の山が出来ていた。ハインリヒは着替えてはおらず、ちらりとそんなジェットに視線を走らせるだけだ。その視線の鋭さを反映させるかのごとく、鋼鉄の手が光を反射して鈍い輝きを放っていた。 「随分と客を待たせるんだな。お前は」 ハインリヒは皮肉っぽくそう言うと視線だけでベッドに上がるように指示をした。 自分を買うのに、幾らいるとそう詰め寄られて、更には紙幣を叩きつけられた時から、ジェットの心は崩壊の一途を辿っていった。どうせ、一生、彼と肌を重ねることはないのだ。蔑まされて疎まれたとしても、こんな一つの思い出ぐらいあってもいいだろうと、そう思うしか自分を慰める術を知らない。 ベッドに上がり、どうしたらよいのだと客に問い掛けるような仕草ではインリヒを見詰めると脱げとだけ、短く応える。 躯を覆っていた白いバスローブをはらりと床に落とし、股間を手で隠した。メンテナンスの必要上、互いの躯は見たことはあるが、このような形で自分の裸を見られることなどあるわけがなく、ジェットはどう振舞ったらよいのかわからない。 「そのまま大の字に横になれ」 まるで、BG団の科学者達が実験体を扱う時のような感情の篭もらぬ声に、ジェットは躯を竦ませながらも、言われた通りにベッドに両手を広げて横になった。恥じらいからか、足は閉じたままであったが、近寄って来たハインリヒの手で大きく開かれてしまう。 逃げることも、断ることも、どうとでも出来たはずなのに結局自分はハインリヒの言いなりになっているのは、どんな形であったとしても、自分の持っている劣情を昇華させたかったからかもしれない。例え、客と男娼の関係であったとしても、今後、度々、自分を求めて来てもそれはそれで構わないとそう思えるくらいに、ハインリヒの触れる鋼鉄の手の感触が欲しくなってしまっていた。 偽りでも抱き締められる、そんな時間が欲しかった。 本当は、有り得ないだろうが恋人のように抱き合い。好きだと言いたいけれども、それは無理な話だろう。ハインリヒの心には、失った恋人が住み着いていて、その場所を誰にも譲ろうとはしてはいないし、またハインリヒも他の誰かを住まわせるつもりもないようだからだ。 サイボーグの躯である。 セックスの相手を探すのも難しいだろう。特に、外見上が一見ロボットのようにも見えるボディを持つハインリヒなら尚更だ。 自分がその呈の良いセックスの相手で便所代わりであったとしても、ジェットはそれでも良かった。ただ、ハインリヒの心の内が見えないのが、惨めだったし、辛いのだ。 本当にハインリヒが自分を便所としか思っていないのなら、そう言ってくれた方がいらぬ期待をしなくても済むし、割り切れるが、何を考えているのかわからない状態は何よりも辛い。 顔を背けて、目を閉じる。 自分の上から見下ろしているハインリヒの顔など直視できるわけはない。 視線が肌を這うのが感じられる。視姦が趣味という男もいなくはなかったけれども、そういう意味のあるねっとりとした視線ではなく、観察するような冷たい視線がジェットの躯だけでなく心も竦ませる。 無防備な肌の上を刺すような視線が行ったり来たりを繰り返す。 「ほう」 得心が入ったというような声にジェットは耳を欹てる。ハインリヒの台詞を一つ逃すまいと、じっと動かぬまま次の台詞を待った。 「これなら、男相手に腰振ってても・・・、誰もお前が生身の人間じゃねぇって思わないな」 呟くようにそう言うと、脇の下にある排気口に指を這わせる。元々、其処には排気の為の穴が開いていたが、再構成をする時に、ギルモア博士がバージョンアップをしてくれて、必要がない時は閉じるようしてくれた。傷跡のようなものは残るが、メカニックな部分が剥き出しなることもなく、服装に気を使わなくてはいけないことも少なくなった。 「ってことはこっちもか」 と足首を掴み持ち上げる。 もちろん足の裏にある噴射口も同様になっている。 飛行能力を使おうとジェットが意識し、ジェットエンジンを点火させた瞬間に足の裏の噴射口と脇の下の排気口が開くようになったのだ。だが、性能に遜色はなく、より人に近いボディをジェットは手に入れた。 それを見た時に、不思議とジェットは嬉しくはなかった。 何か、自分が違う存在になってしまったように感じられてならない。 飛行能力に関しては、何ら不都合も違和感もないが、其処に今まで存在していた生身の人ではない証がないというのは、更に重い枷を背負わされたかのようだ。いっそ、人の姿から離れていった方がずっと気が楽だったかもしれない。 「あそこも、使わねぇと閉じるのか?」 とまるで、玩具のようにジェットを扱うと、足首を握っていた手を離して双丘を両手で千切れんばかりに掴んで、アナルを押し広げた。こっちは普通ぢゃねぇかとそう零すと、ベッドに横たわったジェットに圧し掛かってくる。 ぎしりとベッドが派手に軋む音を立てる。 ジェットが躯を預けているマットはハインリヒが体重を掛ける度に、ぐぐぐっと沈んだ。目を瞑っていてもそれがハインリヒの動きを伝えてくる。 「男とやったことねぇからな。ケツの穴使うのは知ってるが…、取り敢えずは突っ込むにしたって大きくしてもらわねぇとな」 彼らしからぬ下品な台詞をドイツ語訛りの英語に乗せると、ジッパーを下ろした。聞き慣れた音がジェットの耳朶を打つ、仕事が始まる合図の一つでもあるその音に、鳴らされた躯がぴくりと反応した。 口を広げるようにと、鋼鉄の手が顎に掛かった。 目を瞑っていても、近くに男のペニスが存在するのは長年の経験でわかってしまうものなのだ。躯の他の部位と明らかに違う匂いをその場所は放っていて、ジェットは初めて体感するハインリヒのペニスに例えようもない愛しさを感じた。 もう、男のペニスを見ても汚いとか感じないし、精液を飲み干すことにすら嫌悪はなくなってしまっている。むしろ、それらを見て自分の躯を興奮させる術すら身に着けているくらいなのだ。 「ほら、咥えろよ」 今夜のハインリヒは饒舌だ。 普段は無口という程ではないが、00ナンバーのなかでは目立つほど喋るわけではない。けれども、自分の意思はきっちりと伝えて寄越すし、黙っていてもその存在感は確かなものがある、そんな男なのだ。 サッカーの試合を見て、興奮して饒舌になった姿を見たことはあるが、今夜の饒舌とは全く異なるものだ。 無理矢理口を開けさせられて、ハインリヒのペニスを捻じ込まれるけれども、それくらいは慣れたことだ。多少強引さを望む客もいて、喉の奥までペニスを突っ込まれることなど珍しくはない。嘔吐を防ぐ為にもジェットは夕食を取らない。例え食事に誘われても、申し訳程度にしか口にはしない。 食事前でよかったと、ジェットはそんなことをふと考える。 「っぐぅ」 突っ込まれたペニスにくぐもった声が上がるが、ハインリヒはお構いなしに腰を押し付けて来る。ジェットは大の字に開いていた腕を戻し、ハインリヒのペニスの根元を握るようにして、深く入り込んで来るハインリヒのペニスを調節する。 どうしてもジェットを跨いでいる体勢の為、深く喉の奥まで入って来てしまいそうになるのだ。 顔を左右に動かして、距離を調節しながら、口でねっとりと愛撫をする。 男娼のテクニックにお堅い壁の向こうから来た男が勝てるはずもないとジェットは心の中でそんなことを思いながら、もう一方の手を後から回して、玉袋を軽く揉んだ。 「っう」 ハインリヒの声が上がる。男が感じている時の声だ。口の中にあるハインリヒのペニスは苦い液体を流して、気持ちが良いとジェットに訴えてくる。男はどんなに綺麗事を言っていたとしても、ペニスを口に含まれたらどうしようもないのだ。達するその瞬間まで、走り続けるしかない。 哀しいかな、それが男の生理なのである。 ハインリヒという男を馬鹿にしているわけではないのだが、ジェットはそんな普通の男であって欲しいと願う、普通の男のように恋愛もセックスも何一つ楽しむことが出来ない彼に、せめてセックスの快楽だけでも味わってもらいたい。 セックスという立場だけなら優位に立つことが出来るからではなく、何をしても結局、自分はハインリヒに勝つことなど出来ないのだ。惚れてしまった方の負けなのである。 恋愛らしい恋愛なんてした記憶がないが、何かのドラマで主人公そう言っていたのを覚えている。確かにそうだ。惚れてしまったら相手の欠点ですら愛すべき一部になる。昔の恋人を忘れられない男のその姿すらも、彼の一部として許容してしまえるからだ。 友人を男娼として扱う惨い男であったとしても、それをネタに自分を強請って、便所代わりに躯の関係を強要したとしても、ジェットはそれすらも赦せてしまうし、また、それを望んでいる自分がいる。 そうすれば、彼の心に残ることができる。 仲間として信頼をし、生死の狭間を共に潜り抜けてきた友が男娼で、初めての男がそんな奴だったなんて、何があったとしても、ハインリヒの心の中から抹殺できるような事柄ではない。結果としては、ジェットの思惑通りになるのだ。 堕ちることを選んだ自分は間違っていなかったと、ジェットは男娼としての道を選んだことは正しかったのだと、そんな確証を得た気がした。 「ケツ、出せよ」 ジェットの口の中で見事に育ったペニスをハインリヒは引き抜くと、無防備なジェットの足を大きく広げた、先刻押し開いたアナルに鋼鉄の指を突っ込む。いくら商売柄慣れているとはいえ、解さないまま突っ込まれてはジェットといえどもたまらずに悲鳴が上がる。 「った、痛い…、ヤメテクレ」 本能が怖いと悲鳴を上げる。 最初の男性経験は強姦に近い形で、相手は母親の恋人だった。彼に母親がいない間に男に抱かれることを教え込まれた。母親を失ってからは、それがジェットが一人で生きていく手段の一つになったのはなんとも皮肉なことだ。 「ああ、商売道具に傷付けたら困るってもんだな。オンナみてぇに濡れねえのはやっかいだな。ああ、とにかく濡らしゃぁいいいんだろう」 と一人で結論を出すと、サイドテーブルに乗っていたチューブに手を伸ばして、キャップを歯で食いちぎるように空けると、ジェットのアナルにその先端を突っ込み、チューブを力任せに絞る。 にゅるりとした冷たい感触がジェットの体内に侵入する。 「ひゃ、っあ」 ほぼ全てをジェットの体内に絞り出すと、チューブを床に投げ捨てた。 何が注ぎ込まれたかジェットには分からないが、それが潤滑油代わりになるものであることだけは、アナルがその感触を伝えて寄越す。 痛くとも、ハインリヒに壊されても別に構いはしない。 男娼など続けられなくとも自分の目的は達したも同然なのだから、続けることにも続けないことにも意味を失くしてしまった。 「ほら、濡らしてやったぜ」 とハインリヒはそういうと固く猛るペニスをジェットのアナルへと挿入させる。優しさの欠片もない行為なのに、それでもジェットは不思議と幸せを感じた。愛している男の、決して触れられないと思っていた彼と少なくともどんな形であったとしても、セックスをしているのだ。 それが抱く側の勝手な欲望を吐き出すだめのセックスであったとしても、典型的な男の抱かれる側のことを考えもしないそんなものでも、深く入り込んでくる度に、その気持ちもまた深くなる。 「っく……あっ、っうう」 確かに、痛みが全くないわけではない。 いくら恋人と出掛ける寸前までセックスをしていて、アナルが少しは綻んでいたとしても慣らさないで男を受け入れる行為には苦痛が伴う。でも、その痛みすらジェットは快楽として拾ってしまっていた。 触れられていないのにジェットのペニスは硬くなり、圧し掛かってるハインリヒの服を濡らしていた。 「イタッ…、ふうんっ、っあああっあ」 「痛いって、嘘だろ? お前の勃ってんじゃねぇか」 そう揶揄されて更にジェットのペニスは固くなってしまう。 男娼としての習慣なのか、それともハインリヒに囁かれた言葉だから感じたのかジェットには区別がつけられない。 もっと深く抉りたいとハインリヒは背中に腕を回して、ジェットを抱き上げる。 頬に寄せられる男の荒い息にジェットはその広い背中を抱き締めたいと思った。ふと、自分に感じている、何を考えているのか全くわからない男が、泣いているように感じた。洗い吐息は、嗚咽のようですらある。 抱き締めてあげたい、泣いているハインリヒを慰めてあげたい。 どんなに嫌われようと、疎まれようと、自分はハインリヒを愛しているのだから、都合の良い便所であっても、ベッドの中なら腕を回して彼を抱き締めることが赦される気がする。 ジェットはそっとハインリヒの太い首に腕を回した。 上体が更に起き上がることになる為に、慣らされていないアナルはより深くハインリヒのペニスを受け入れことになり、下肢は悲鳴をあげるが、心は不思議な程に満たされていた。 何をされても、どうされても、自分は彼を愛している。 「っあ」 ジェットは突き上げながらも、離すまいと子供が縋るように必死でハインリヒに抱きついたのだった。 これ程に惨めな扱いはないだろう。 愛する男に男娼として扱われて、気遣いの欠片も感じられないセックスを受け入れさせられて、でも、何故か心は不思議と幸せに思えた。どんなに惨めであったとしても、自分の本当の気持ちがわかった気がする。 ずっと、自分の心が深海に沈んでいて見えなかった、そんな心持ちであった。 『アイシテイル』ジェットは聞こえぬように心の中でその台詞をそっと呟いたのだった。 |
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