とどまることなくながれつづける日々



「なあ、アル・・・」
 ジェットはベッドに入ったまま、毛布に包まりベッドを背凭れにして床に座り込んでいる恋人に声を掛ける。
「どうした」
 読んでいた本から、顔を上げて躯を捻るようにして背後にいるジェットに視線を合わせると穏やかに笑う。
 天候によるやむ得ない事情であったとしても、ジェットを独りで待たせたことに対する、些かな罪悪感が今日は恋人に対して、つい甘い態度を取らせてしまうのだ。
 昨日の夕刻から降り続いた雪は今だ止まず、テレビでは雪に対する警戒が必要とのニュースが流れ続けていた。リビングに一台しかない小さなテレビをベッドルームに移動させて、ジェットはこのアパートに到着した時から、バスルームに行く以外はずっとベッドの上で過ごしている。ジェットが読みたいといっていたドイツ版の航空雑誌が、ベッドの近くに散乱しているし、サイドテーブルにはコーラの飲み残しの缶が置かれたままである。
「つまんない」
 その言い草にアルベルトは笑いを抑えられないでいた。
 顔だけを覗かせて、口唇を尖らせてつまんないと言う口調は子供のようで愛らしいことこの上ない。これが恋というフィルターのお陰であったとしても、アルベルトはこの恋人に満足をしていた。
 何故なら、この雪のお陰で道路は麻痺して、多大な時間のロスを蒙ることになったのだ、順調に行けば、7時には帰宅してジェットと夕食を楽しむことが出来たはずなのに、実際帰宅したのは真夜中の2時であった。
 当然、ジェットは部屋を真っ暗にしてベッドの上で拗ねていた。
 それでもアルベルトの帰りを待ち侘びていたのは、何も身に着けないでベッドで待っていたことから知れる。縋るようにして抱きついてきて『独りで、寂しかったと独りで待つ部屋は寒い』と散々言いたいだけ言って、着替える間も与えずにアルベルトをベッドにと誘い込んだのだ。
 暖房すらもついていない部屋というのを忘れるくらいに、ヒートしたセックスをして仕事の疲れとセックス後の心地良さでジェットを抱き込んだまま眠ってしまった自分に気付いたのは、外が明るくなってからであった。
 いつもより激しく求めて来たジェットの柔肌を思い出して、笑いが止められない。
「ナニ、笑ってんだよ。ああ、あんたいやらしぃーー、こと考えてんだろう、このエロ爺」
 随分なことを言っているが、ジェットの表情は楽しそうで、口調も決して攻撃的なものではない。むしろ、愛情が込められているその口調にアルベルトも嬉しくなる。あんまり笑っていると今度は恋人の機嫌を損ねるのだからと、誤魔化すために手元にあった煙草を取ると口に咥えて火を点ける。
 そして、テレビでは飛行機事故が起こったとのニュースが流れていた。
 小型飛行機が墜落して、撮影をしていたカメラマンとパイロットが亡くなったとのニュースであった。後は、今後の経済の見通しや、ドイツ国内の政治のニュース、有名なピアニストがウィーンフィルと共演するとか言う日々日常のニューが淡々と読み上げられていく。
 アルベルトはニュースを視界の端に止めて、黙ってしまった様子のジェットを伺う。
 自分が飛行能力を有しているジェットは、飛行機事故に対して敏感になることがある。初期実験に於いて幾度も墜落をしたり、着地に失敗してかなりの怪我を負ったりと、大変だったとの話しを聞いたことがある。
 まだ、アルベルトがこのドイツで普通に暮らしていた頃の話だ。
 今は既に飛ぶことに対する恐怖は克服出来たものの、やはり墜落と聞くとつい躯が記憶というデータが勝手に昔を引っ張りだして来るのだ。エンジンが空中で止まってしまったことも幾度もあり、激突するまでの数十秒は数時間にも感じられてしまう。
 スローモーション再生されているかの如くに地面が近付いてきて、ぐしゃりと自分の躯が叩きつけられて、どの部分が破損しているのかすら神経系統が正確に伝えてくるその感触を思い出してしまうのだ。薄れ行く意識の中で、回収に来た兵士や科学者がもう破棄処分かなという台詞が聞こえてきたこともあった。
 全てが連鎖して脳裏を走っていくのだ。
 今はそれに対して、克服できているといっても気分の良いものではない。
「なぁ、アル」
 ジェットはそんな昔を振り払うように細い白い腕を毛布から出して、恋人の逞しい肩にそっと置いた。アルベルトは煙草を灰皿でもみ消すと、身を捩ってジェットに視線を走らせた。少し青い瞳は困惑したように揺れてはいるが決して自分がどうにかしなくてはいけない程度のものではないことは、もう長い付き合いで分かっている。
 ジェットもそれを望んではいない。
 その証拠に次の瞬間には、困惑した色の瞳は消えて、悪戯を思いついた子供のようなキラキラと輝く瞳をその顔に浮かべる。
「煙草、チョーーダイ」
 アルベルトは一本抜き取るとジェットの口唇に持っていくが、違うとアメリカンコミックのキャラクターのように歯を剥き出しにして怒る。
 ジェットの部屋には自分が愛飲しているのと同じ銘柄の煙草が置かれていたし、ジェットが吸ったと思える吸殻が灰皿に入っていた。
「それぢゃなくって、こっちの煙草、おれは煙草を好いたいんじゃなくって、煙草の楽しみたいの」
 とアルベルトの顔を両手で頬を挟むようにして自分の正面に持ってくると、強引に自分の口唇にアルベルトの口唇を寄せた。
 煙草の苦い少し辛い香りが、恋人の口唇を伝わって感じられる。
 ジェットがNYで煙草を吸うのは、実は口が寂しいだけなのである。アルベルトから伝わる煙草の残り香を移されるキスが欲しくて、その代用品で時折吸うだけなのだ。でも、教えてやらないとジェットは心の内で笑った。
 何となく、甘やかして欲しかったのだ。
 真綿で包むように、大切にされてみたかった。
 ただ、ふとそう思ったから、だだをこねてみた。待たせたハンディと言ってブランチをベッドの上で取り、テレビが見たいとテレビをベッドルームに持ってきてもらった。コーラが飲みたい、お菓子が食べたいと、散々ごねてみたのにアルベルトは笑って言うことを聞いてくれた。
 嬉しいとは思う。
 いつも彼なら、だらしない早くベッドから出ろとせっついたりすることもあるのだけれども、今日のアルベルトはとても自分をそう、お姫様みたいに扱ってくれるのだ。嫌ではないし、望んだことだけれども、ちょっとは退屈の虫が疼いて来てしまうのが、自分のいけないところだ。でも、こうして過ごすは恋人としてちょっと、とも思う。
 ベッドの上で恋人が裸でいるのに、何もしないなんてとジェットはさっきからそう考えているのだ。
 外は雪。
 外には出られない。
 二人きり、恋人は裸でベッド。
 することは一つだろうと。
 散々、ああでもないとこうでもないと我侭を言っていたくせに、今は同じようにアルベルトが裸で一緒にベッドで過ごしてくれないことがつまらなくなってきてしまった。
 口唇を合わせながらジェットはそんなことを考えていた。
 きっちりとセーターとスラックスを身に着けた恋人が恨めしい。部屋は暖房がきいていて暖かなのに、いや、サイボーグの躯にはこの程度の寒さを別段どうということはないのに、ああ、でも心が寒いと躯も寒いと感じる。
 同じ極寒の地でもアルベルトの固く冷たい胸に抱き締められるだけで、温かいとジェットは思えるのだ。
「なあ、脱いで」
 キスの狭間でジェットはそうアルベルトに告げる。
 何をだときょとんとする男が至極、妙に愛しい。
「全部、セーターもアンダーシャツも、スラックスも、パンツもだぜ」
 ここまで言っても、ピンと来ない変に鈍感なところが可愛いと思える。
「すっぽんぽんで、ベッドに入って来いよ」
 とここまで言われてアルベルトはようやくジェットの求めることを理解した。嬉しいが、仕方ないなとのポーズは崩さない。少しは男前でいたいとの変な男のなけなしのプライドであるのだが、アルベルトはそんな男なのだ。
 セーターに手を掛けて脱ごうとした瞬間。
「ちょっと、待てよ。あんた、もうちょっとセクシーな脱ぎ方できねぇの。こう、男の色気振りまいてさ」
 とジェットは楽しそうに笑う。
 何が男の色気だ脱ぐのにいちいちポーズつけていられるかと、無言で抗議すると楽しげなジェットの笑いがテレビの音に混じって部屋に響いた。
「きっちりと洋服着てるあんたを見てると、乱してやりたいと思うぜ。セックスしてどろどろに精液擦り付けて、髪乱して、オレに突っ込んで、ガンガン腰振りながら、感じてるなんて顔させてみてえって思うじゃん」
 とジェットはキスしていてふとそう思ったことを口にする。
 ベッドの上から、分厚い肩を見詰めていて自分が感じないわけないのに、昨日のヒートしたセックスが忘れられるわけないのに、いくらシーツを取り替えたとしても、部屋を換気したといしてもそこかしこに情事の跡がジェットの躯には特に濃厚に残っているのに、その気にならないと思ってる方がどうにかしている。
 散々我侭言った分、ベッドでお礼をしてやるよとウィンクをつけてアルベルトにそう告げると、アルベルトは口をへに曲げたまま、ジェットの躯に圧し掛かり、耳元で囁きを落とす。でなければ、ニヤニヤとまたジェット曰くエロ爺的な笑いが零れそうになってしまうからだ。
「だったら、俺を乱れさせてみろよ」
 ジェットはその囁きに笑顔で答えると、まるで獲物を狙う山猫のような舌舐めずりをしてアルベルトに見て、再び、ベッドにと引っ張り込んだ。






『寒気が流れ込み、明日もこの雪は続きそうです。お出かけの方は交通情報に留意してお出かけ下さい』
 女性の声で今夜から明日にかけての予報を言っているのが、聞こえる。アルベルトもジェットの互いの存在に没頭しながらも頭の隅に引っかかってくるテレビの明日の天気を聞いて、明日も二人きりでいられるのだと思いを同じくして深くベッドに沈みこんでいった。





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