とっても秘密な誕生日



「楽しかったぁ〜」
 とジェットは邪気のない笑いと共にアルベルトのベッドの上に細身の躯を投げ出すようにして座った。そしてコーヒーを手渡してくれたアルベルトに視線だけて礼を言う。
「それは、良かった」
 アルベルトは、ジェットが楽しめたのなら皆に声を掛けたりと、幹事役を買って出て良かったとそう思った。二人だけで過ごすのも悪くはないのだが、ジェットのメンテナンスがあったし、1週間前には我らが女王様のバースディーパーティーも予定されていたので、言い方は悪いがついでとそう考えたのだ。
 BG団との戦いが一段落して、帰国した面々の生活も落ち着いた頃合であったし、クリスマスも正月も全員が一緒に過ごせなかったのだから、悪くはない提案だと思った。ギルモア博士はもちろんだが、フランソワーズもジョーもアルベルトの提案に乗り気であった。もちろんメンバー全員がギルモア邸の滞在期間を延長して、今日のジェットの誕生パーティーと相成ったわけなのである。
「でもさ、今日は一体、ナンのパーティーだったんだ?」
 との台詞にアルベルトは正真正銘固まっていた。
 誰って…オマエの誕生日だろうが、との台詞を視線だけで現してもジェットの表情はひたすらクエスチョンマークで埋め尽くされていた。全然、わかっていない。自分達がどれだけ、ジェットの誕生日を祝おうと苦心惨憺していたのか、あまり恵まれなかった幼少時代を送ったジェットのココロの傷を癒してやれるようなパーティーになるようにと、それはココロを砕いたのが、全然、本人には伝わってはいなかった。
「フランソワーズの誕生日は終ったばかりだしな。それに、他の連中で2月生まれっていたか?」
 まるで、初めて立ち寄った屋台で食べたホットドックが見かけの割りに美味しかったとでも言うような暢気さなのである。考えなしでフライング気味で思い立ったら吉日的性格をしているジェットだが、こと自分のことになるとおっとりとしている部分が意外とあるのだ。人の為に必死で自分のことを忘れてしまうことなど、今までいくつもあった。
 だから、アルベルトもてっきり、長期の休暇を取る為に、仕事が忙しかったのだろう。あるいはプライベートで何かココロに引っ掛かるものがあったのだろうと、そう都合よく解釈していた。
「お前……ダロウ」
 ようやく、その台詞を口唇に乗せるとジェットはオレ?と自分の高い鼻の先に指差す。
「そう、お前だ」
 二人の間に、むっちりとした肉体の天使を象った赤ん坊がダンシングをしながら数人通り過ぎていった。腰を振り降りチイパッパと至極腰つきだけはセクシーな天使軍団であったのは、決して二人の気のせいではない。
 最近、嵌ってるドラマの再放送の見過ぎか?とジェットは一昔前にアメリカで流行したドラマを思い出す。主人公の女の子が自分に被るし、主人公の友人で同僚の中国系の女の子は何処かジョーに似ていて、妙に笑えたのがそもそもの始まりだったのだが……。







「オレ?????の誕生日?」





「そう、オマエの誕生日」





「それって、何処で手に入れたネタ?」





「博士のデータ」





「間違ってる」





「はい?」
 





「だから、今日は、オレの誕生日ぢゃない?」






「だが、博士のデータにはそう記載されてた……」





「でも、オレの誕生日じゃない」




「だったら?お前の誕生日は何時だ?」



 そう言われてジェットは、記憶の糸を辿るがあまりにも昔だったので、記憶にはない。NYでいきがって生きていた頃は本当の誕生日など知らぬので適当にでっち上げていた。
 誕生日なんて、祝ってもらったことはあるらしいのだが、ジェットの記憶にも残らない小さな頃の話で父親がまだ生きていた頃の話だ。そんな昔の事情を脳裏で滑らせながら、困った顔の恋人を見詰めた。
 この真面目な恋人はもう一回、絶対誕生日を祝ってくれそうな勢いだ。
 それは、それで嬉しくはないと言う方が無理な話で正直そんなに自分を想ってくれる彼の気持ちはありがたいが、恥ずかしいではないか?見た目とは違いジェットは恥ずかしがり屋なのだ。
 セックスに誘うことに衒いはないが、『アイシテル』なんて木っ端恥ずかしくって言えない。しょっちゅう、アイシテルだの、オマエは可愛いだの綺麗だのと、自分に囁き続けるドイツ男の神経を疑うこともシバシバあるのだが、まあ、それは置いておいてだ。
 もう、一度、メンバー全員雁首揃えて、オメデトウなんていわれたらマッハを誇る飛行能力でNYに飛んで帰ろうかと真剣に考えてしまうくらいに、ジェットは恥ずかしがり屋なのである。
 誕生日だなんて知らないでパーティーだと言われて騒いでいただけなのだが、アレが自分の誕生日だったのかと思うと、眩暈がしてきてしまう。そう言えば、いつもならピュンマが眉を顰めそうな下品なジョークにも珍しくも顔を引きつらせながら彼は笑っていたし、グレートはやけに酒を勧めていたし、フランソワーズは奮発したのよと、日本でも有数のパティシェに製作を依頼したケーキをジェットに勧めてくれた。
 もう、一度、誕生日パーティーなどという真似を恋人にさせない為には、今日が誕生日だと言うことにしてしまうのが一番だとジェットは短絡的にそう考えたのである。




「まあ、2月2日ってことにしておいてくれよ」
 そう言って、魅力的だと恋人が褒めてくれるウィンクをおまけにつけてみた。





「だが、誕生日が違うのは?」




 あくまで真面目なドイツ男は食い下がる。
 わかってくれよ、との意味を込めてジェットは最後のカードを出すしかなかった。
 冷めかかったコーヒーを長い腕を伸ばして床に置くと、隣に座る恋人ににじり寄った。コーヒーカップを握った鋼鉄の手に自分の手を添わせて覗き込むように怜悧な男の顔を見詰める。
「でもさ、博士のデータにそう書いてあったってことは、博士はそう思ってるってことだろう?だったら、そのままでいいじゃないか。博士をがっかりさせることないって…」
 ジェットはただ、一年に二回も木っ端恥ずかしい行事をしてもらうことを回避したかっただけなのだが、アルベルトは何て博士思いの優しい奴なんだと心の中で実は感涙していた。
「オマエは…」
 その可愛らしさと恋人のいじらしさについ、抱き締めてしまっていた。
「こいつは…、オレとオマエとの秘密だぜ」
 男は秘密、内緒の言葉に意外と弱い。自分だけしか知らないジェットの秘密にすっかり、メロメロな男が居た。そんな男の分厚い胸に躯を預けつつ、肩に顎を乗せてされるがままになっていたジェットは仕方ねぇなと、小さく笑う。
 こんな性悪な自分に簡単にだまされる彼が可愛いだなんて、言ったらこの男は怒るんだろう。タタカイの場に置いて戦術を展開させるその能力は天才児のイワンも認めるものがあるが、自分にだまされてるなんて、それが可笑しくて楽しくてならない。
 本当に、男なんて単純だ。
 来年からは、二人で祝いたいなんて言えば、恋人はきっとそうしてくれるに違いない。だって、全員に囲まれてオメデトウというのはかなり恥ずかしい、それだけは避けたいジェットなのであった。
 二人の思惑はすれ違ってはいたが、そんなこと恋人同士にとってはどうでも良いことなのである。
「今日はオレの誕生日なんだろう?だから、優しくしてくれよ」
 そう誘うジェットの耳元にアルベルトはいつも、優しいつもりなんだがなとそう囁きを吹き込んだ。そして、他称ジェットの誕生日を恋人同士の方法で愉しむ為に、二人の距離はもっと狭まったのである。





『でも、一体…、何処で違ってしまったのだろうか?』
 とのアルベルトとの疑問は一生解決されることはなかったのである。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'03/02/02