あの青い空の下でもう一度
『そっちをちゃんと固めろよ』 と座り込んでいる自分の向かいで砂と格闘している相棒にいつもは無愛想なドイツ人がそう言う。その口調はまるで、少年のようでそれを見ているだけで、まるで自分だけが、老人になってしまったような気がしてしまう。 『わかってらぁ〜、本当にちゃんとコレで出来上がるんだろうな?』 といつも不必要なまでに陽気なヤンキーはそう言い返す。 実際、彼らが生まれた年から言うならば、自分よりずっと年上になるはずだか、彼らの時間は何処かで止められてしまっている。自分よりずっと成熟しているかと思えば、こうして無邪気にじゃれ合う二人の姿が最近、目に止まるようになった。 冷静沈着な仮面を被っていても、普段の彼はこう言うタタカイの場では想像もつかない無邪気な表情をする。 『任せろ、ガキの頃の工作の成績は優秀で、何度も表彰されたんだぜっ!!』 昔を語らない彼が語るまだ、幸せだった。こんな未来が待っているとは思いもしなかった過去の話にピュンマは嫉妬を覚える。 ジェットとアルベルトとフランソワーズ、そして、イワンは第一世代と言われるいわば、サイボーグ研究の礎となった4人であり、自分達が生まれる遥か以前からサイボーグという悲しみを背負って生きてきたが故に、自分では理解出来ない絆が存在していた。 確かに、自分達にはサイボーグの悲哀を強制的に背負わされてしまったという共通点から生じる絆はあるが、それとは全く違った。そう、祖国を独立させようと戦った同士たちともまた違った何かこうピュンマには理解出来ない類のものだ。 それを理解出来るとは思ってもいないけれども、どんな時にも冷静で居なくてはならないという立場を位置づけられてしまった彼と自分の間に、似通った影の部分を見出していて、それは自分をとても安堵させるものであったから、こんな彼を見ると、裏切られたような気持ちが拭えない。 少し離れた岩場に立って砂浜で必死で、グラマラスな横たわった女性を砂を寄せ集めて作っている姿は自分が想像でき得る範疇に入る彼ではない。しかも、その美女は昔アメリカで一世風靡をしたセックスシンボルであった女優であると知ったのは、後日のことだ。 幸せだった昔。 自分にはそれすらなかった。 両親は長く続いた内戦で殺され、生き延びた自分は祖国を独立させる為の戦いに身を投じたのは、まだ、子供と呼ばれた頃からであった。 自分は戦い以外を知らない。平和で安穏で、同じ明日が来ると思えるその感覚が理解出来ない。 平和を望むと言いながら、平和な日々が訪れると意味もない焦燥感に襲われる。このままでいいのか、また戦いのなるのでは、ならば今からそれに備えなくては、といつも戦いが頭から離れない。 自分よりも殺傷能力の高い、戦いのエキスパートである彼ですら、平和が訪れるとああして無邪気な童心に還る術を知っているのに、自分はそれすらも、平和な一時を満喫することも、何か好きなことをしようとも、出来ないで居る。 戦いの為、という形でしか何かを学ぶことのなかった自分は、それしか生きる術を知らないのだ。 仲間の中で同じ位置を占める。戦いの場では司令塔的な役割を負うものとして、互いに何よりも連携を求められるハインリヒとの間にすら、こんなに隔たりがあるのだ。他のメンバーとの間にはもっと深い河が横たわっている気がして、つい口数が少なくなってしまう。 語れるような思い出のシーンですら血に塗られたものばかりであるから、語ることも出来ない。 そんな自分に嫌気がさすけれども、ハインリヒのようにすら笑えないのだ。 人が良いだなんて、それは生きて行く為に身に着けた仮面にしか過ぎない。元々、自分はもっと利己的な人間で、独立の為と言いながらも、自分が死にたくないだけだったのかもしれない。独立戦線の戦士となる以外にあの時、確かに生き延びる術はなかった。彼らに拾われなかったら、戦乱に巻き込まれて殺されていたか、餓死していたに違いなかったのだ。 祖国の為、そんな建前を唱えるようになったのは腹が膨れてからだった。 自分はナンテ嫌な人間なんだろうと、そうピュンマは思う。 数ヶ月前、BG団との戦いの最中、ジョー独りをイワンが宇宙に送り込んだとそう言った時、自分がイワンと同じ立場ならそうすると考えた。それに対して、イワンを責めたいと思うどころか正しい判断であったと、冷静な判断力に舌を巻いたぐらいなものだった。 ジョーが死んでしまうかもしれないことに対する感情は湧いては来なかったのだ。 助けに行ったジェットに対しても馬鹿な男だと、そうココロでは思ったけれども、口に出さなかったに過ぎない。結果的にはジェットがジョーを助けにいったからこそ、ジョーは助かったのだが、それは運が良かったに過ぎなく、計算されたそれではない。 でも、ジェットが仲間を大切にするその想いが奇跡に近い運の良さを手繰り寄せてしまった。 『おい、スコップ寄越せ』 『ほいよ』 『馬鹿野郎、顔目掛けて投げる馬鹿が何処にいるっ!!』 『すまんって…』 楽しげに作業を続行させる二人は凝視しているピュンマの視線にも気付かない。気付いて自分に声を掛けて欲しい。自分を卑下するこの被虐的な行為を止めさせて欲しい。あの強い意志と想いを持つ二人に、長き時を生き延びてきたサイコウの戦士に自分の戦士としての誇りを無くさないうちにここに留めて欲しい。 そう強く口唇を噛み締めた瞬間、岩間に高い波が当たりピュンマ立っている場所まで波飛沫が飛んで来た。 冷たい霧がそのヒートした思考を沈めるかのように、ピュンマの躯をふわりと包んでくれる。 「海が、ピュンマを心配している」 と背後からのそりと現れたのはジェロニモであった。 躯は大きいが、それに反して肌理細やかな心遣いの出来る男である。鋭い感覚と知性を持ち合わせた、けれども熱いココロを持つ好い男である。 白人の多いナンバーの中にあって、最初に打ち解けたのが彼、ジェロニモであった。彼が仲介してくれなかったら、長年ココロにあった支配階級であった白人への偏見が消えぬところであったし、ナンバーたちと上手く話しすらできなかった自分がそこには居た。 「海は、話さないよ」 と現実、目に見えるものしか信じられないピュンマはそう答える。 いいやと、ジェロニモはピュンマの隣に立った。 すると、高く激しく打ち寄せる波の飛沫がジェロニモには掛かるのにピュンマには掛からないのだ。不思議なこともあるものだ。科学的には考えられぬ現象であったが、実際に目の前で起こっている現実であった。 目を見開いたままのピュンマにジェロニモは諭した。 「見えるばかりが真実ではない。見えぬもののなかにもまた真実は隠されている」 暫しの間があって、ピュンマの声が返ってきた。 「俺が海に愛されている。海を知らぬ土地で育った俺が」 ああと好い男である友はそう頷く、愛を知らぬ、恋も知らぬ未熟な戦いばかりしか知らない偏った自分をこの全ての生命を育んだ海が愛しているというのかと、あまりにも格が違う恋愛だなと、そう問い掛けるように黒い瞳をジェロニモに向ける。 動じぬ大地と同化する男はそれでも笑う。 「瞳の中に、黒い真珠を宿らせている」 それが海に愛される証だと、そう男は告げる。 ばかばかしいファンタジー小説でもあるまいしと、そう思う自分とこんな自分でも愛してもらえる存在があるとそう思える自分が混在している。 いつも、迷っていた。戦いながら、戦いたくないと思っていた。 自らを欺きながら生き永らえて、手を血に染めて、そんな生き方嫌だった。 普通で良い。 時代遅れと言われようと、アフリカの大地で父と母と兄弟と牛を飼い畑を耕す生活でもよいから、当たり前の日々を送りたかったのだとそう思うことすら自分に許せなかった。 「それは、海に愛されることはピュンマの運命なのだ」 その言葉に、ふと、涙が零れる。 悔しいのでもなく、哀しいのでもない。 何か、ずっと溶けずに胸につっかえていた大きな氷が解けていくような感覚を味わっている。運命なんて言葉嫌いだったのに、全てを自分の手で切り開けるのだと、運命を変えてみせるとそう言い続けて戦って来た自分が、運命との一言に涙してしまっている。 そこに、自分が自分であることの意味をピュンマは僅かに知った気がした。変えてみせると言った運命と、ジェロニモが言う運命は明らかに違っていた。ジェロニモが言うのは、太陽が東から昇るとのと同じくらい自然で当たり前のことだと、ピュンマにそう告げている。 疑うこともいらない。 見返りなどいらない。 ただ、自分が自分として悩み、迷いながらも生きて行けばよい。シンプルな求めていた一つの答えがそこにはある。 『ピュンマ、ジェロニモ〜!』 とグラマラスな砂の美女を作り終えたらしい二人は大きく、ピュンマとジェロニモに手を振ってくれる。何故か、そんないつもの光景が妙に嬉しくて、いつもの自分らしくなく大きく手を振り返してしまっていた。 「グラマーな美人だな」 大きな声でそう応えてしまう。 『おれたちの力作、見に来いってぇ〜っ!』 といつも陽気なヤンキーがそう二人を呼び寄せた。 見上げると其処には頼もしい友が自分と同じように笑っている。 笑えばよいのだとピュンマはそう思えた。 死神と呼ばれる男ですら、笑って視線だけだが、ピュンマを手招きしていた。 飾らずに、考えずに不自然な笑いだとしても、いつかはそれが自分のものになる気がする。繕わずに笑える日が来れば、あのアフリカの空の下で、笑えなかった祖国で僅かにでも記憶に残っている楽しい思い出を胸に……、きっといつか、再び、しっかりと足を大地につけて独りの人として立てる。 生きていれば、きっと自分が自分であることを知ることになるだろう。急がなくとも時間はあるし、友も居る。人ではないが、こんな自分を愛してくれる存在が在る。 ピュンマはそんな思いを胸に、グラマラスな美女談義をする為に仲間の元に走り出していた。 |
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