破滅へと繋がる迷宮1



 閑散とした印象の拭えない島。



 二度と来たくはない、三度目は決してないと思っていたその島に003と004は立っていた。
 赤い防護服に身を包んだ躯が青い空を背景に浮かび上がり、海風に黄色いマフラーが靡いた。
「行きましょう」
 そう声を掛けたのは003であった。彼女はしっかりとした足取りで歩み始め、自らその島の中枢にある施設の入り口から過去へ繋がる空間へと身を投じた。
 数十年前に誘拐され連れてこられたこの場所、強制的にサイボーグにされ、その枷を背負うこととなったこの島。そして、大切な家族と呼べる人達を手に入れた、いや強制的に運命共同体として生きていかざる得ない人達と出会ったのである。
 既に、使われなくなって数年という月日がこの施設を腐敗させつつあった。
 人のいない建物の傷みは早いというが、自分達がBG団から逃れるために、この島を攻撃して施設を破壊したにも拘らず、システムそのものは破壊されていて使い物にはならなかったが、外観はそのまま残っていて雨露を凌ぐにももってこいの場所になっていた。
 しかし、雨露を凌ぐ必要のある生き物はこの島には生息してはいない。
「001こちら003、今、中に入ったわ」
『リョウカイシタ。スデニケイビシステムハダウンシテイルハズダケレド、ナニガアルカワカラナイカラキヲツケテ』
 頭の中に001の声が響く。
 背後を守るように警戒しながらついてくることは足音で003には分かっていた。自分の身の安全は004に任せればよい。今の自分がすることは、彼を探すことであった。BG団から逃げ出し、逃避行の日々を続け、結局自分達が自由を手に入れる為には真っ向から戦わなくてはならないとの結論から、この島を急襲したのは、もう何年か前だった。
 その時も、自分の能力を駆使して彼を探した。
 けれども、その痕跡すら見付けられなくて他の場所に移動させられたのか、あるいは自分達が逃げ出した時に破棄処分されたのかと、最悪の考えが脳裏を過ぎったのだが、001が彼の安全は保障する。例え、今ここで出会えなかったとしてもと確約してくれなかったら、自分は不安でどうかなっていたのかもしれない。
 自分の背後からついてくる男もそうだ。
 自分とは違う形だけれども、彼を愛している。
 004が001を信じるとそう言わなかったら、自分は001すらも責めていたかもしれない。
 壁も何もかも通して見ることの出来る、暗闇も彼女の目には何ら障害とはならない。001が探せと指示した場所は003の能力が届かない、彼女が見ることの出来ない一角、そこに彼が居るとのことであった。
 









「004、あたしの能力でも見られない場所は三つ。最初あたしたちの部屋だった一角、そしてコールドスリープから目覚めて以降あたしが使っていた部屋、そして地下6階にある破棄処分になる機材を格納しておく倉庫だけよ」
 散々歩き回った。
 外の光が全く入らないこの施設の中では時間は分からない。能力をフルに稼動させると副作用なのか強烈な頭痛に襲われるのである。長い間、その解消に努めようとギルモア博士は色々と研究してくれてはいるが、未だ解決には至ってはいない。
 唯一、それを回避できるのは鎮痛剤だけである。
「俺が、最初の二箇所は見てくる。もし、あいつを見つけたらすぐに脳内通信機で知らせる。もし、居なかったらすぐに戻ってくるから、少し休んでいろ。ここなら安全だ」
 と004はこの島の警備システムを統括していたコンピュータールームを後にした。003はええわかったわと小さく頷いて彼を見送くる。今の自分は動かない方が良いだろう。廃墟と化しているとは言え、全くシステムが死んでいたわけではなく所々警備システムが誤作動を起こして警備ロボットやレーザー銃等の攻撃を受けていたのだ。
 銃のホルダーについている小さなポケットから白い錠剤を2錠取り出すと口に含む。嚥下してから、溜息を吐き出しこの部屋の最も高い場所にある椅子まで歩くと、その座り心地の良さそうな椅子の上に躯を投げ出した。
 コンソロールパネルに指を走らせて、カメラだけを復旧させるが、自分達でやっておいて言うのもなんだが、半分以上のカメラが破損していて使い物にならなかった。幸いと言うか自分達の住居区域に指定されていた場所は戦闘と関係なかった為に、ほとんどのカメラが破壊を免れていた。
 パネルに004の後姿が映し出された、しっかりその姿を追おうとカメラを動かした瞬間彼の右手の銃口にカメラに向けられる。
『003か?』
『ええ』
 脳内に響く通信機の音に眉を顰める。
 激痛が走るのだ。黙って待っていればそのような目にも合わずにいれたのに、気になって仕方がない。カメラを復旧させれば004が気付いて連絡を寄越すと分かっていてもそうしなくては黙ったまま待ってはいられない。
 こめかみを揉み解しながらも004の姿をテレビ画面で追った。
 男らしい広い背中は出会った時から何も変わってはいない。
 そう、もう数十年も前、彼女がこの島に連れてこられて初めて会った仲間は彼だった。死にたいとサイボーグなったことを嘆く彼女を支えてくれたのも彼だった。自分以上に過酷な実験を続けさせられて、ずっと独りで耐えていたとそう聞かされた時に自分の中に何かが芽生えた。
 彼を守ってあげたい。
 強制されたわけでなく、この島に連れてこられて初めて湧いた自発的な感情であった。
 自分では彼の躯は守っては上げられない。出来るのは、抱き締めてあげることと戦闘訓練で如何に早く敵の位置を知らせることぐらいだ。皮肉なことにこの気持ちが003の能力を開花させてしまったのだ。彼女と同程度の能力を備える為の改造手術に耐えられたとしても、彼女ほどその能力を活かせる者などないのだ。
 どんなに音が聞こえたとしても、それが何の音であるかというのを聞き分けるには気が遠くなる膨大な数の音の種類を自らに体系立てて記憶しなくてはならない。簡単に使いこなせる能力ではない。
 でも、自分が破棄処分になったら彼はまた独りになってしまう。だから、歯を食いしばって生きて来た。大切な彼の為に、絶対に彼を独りにさせない、その想いが彼女の強さを支えていたのだ。
 BG団を、このサイボーグ研究所を脱走する話が出た時、もちろん彼女は賛成だった。彼も連れて行くと思っていたからだ。でも、身一つで逃げなくてはならないのに彼は連れて行けないと、もちろん躊躇したが、001が彼の身柄は保証すると断言したのだった。001にとっても彼は恩人であり、001の持つ不安定な能力というものを理解してくれた人だった。
 001とて断腸の思いで、そう彼らに告げたのだから、何時か、絶対に迎えに来られるからとのその言葉を信じるしかなかった。
 それを支えに、彼を迎えに来ることをそれを願いに今日まで頑張って来た。
 それがようやく叶えられるのだ。



 ネット空間には様々な情報が飛び交い、001にすれば情報を集めるのにはもってこいの空間であり、長い睡眠から覚めるとまずは世界の情勢についての情報収集するのがイワンの常であったのだ。
 いつもは一通りの作業を終えないと、研究室から出てこないイワンが研究室から僅か1時間で出てきた時には003は驚いた。すぐに、ドルフィン号を出発させると言い出したのだ。そして、ドイツにいる004に連絡を取り、夜中に迎えに行くとその場所を指示すると現在日本にいる007と006と009、そして、ギルモア博士を伴ってこの島に機首を向けさせた。
 ドイツで004を乗せた後に初めて、彼が見付かったとそう彼らに告げたのであった。
 もちろん、彼を救出で向かうには彼女も004もやぶさかではないが、007は罠ではとそういぶかしんだ。007は彼を見たことはあっても、話したこともない。003や004、そして001、時にはギルモア博士からどんな人物か伝え聞いていただけなのだ。
 だから、彼はBG団の残党にひょっとしたら洗脳されていて、自分達の中に入り込んでとも、疑ったのだ。
 疑いたくはないのは分かるが、そうとでも言わなければ、そうでなかったとしても彼に完全に意識をもっていかれている003と004に冷静な判断が下せるのかとそう現実を突きつけようとした。
 003だとてその可能性を考えないわけではない。
 もし、そうだったとしたらその時はその時だと、腹を括ったのも確かであった。
『003、こっちにはいない』
 必要最低限の通話しか寄越さないのは、003の頭痛を知っているからだ。どんなに他の仲間は誤魔化せたとしても004だけは誤魔化されてはくれない。伊達に長い付き合いではないのだ。憎らしいと共に、004がこんな気遣いが出来るようになるのには、彼への深い愛情があったこともまた003は知っていた。
 所々で004の姿が映り、少しずつ自分が居るこの場所に近付きつつあるのを視界の端に入れる。彼が出て行ってから1時間弱、そろそろ鎮痛剤が効いてきたのか頭痛が少し和らいで来る。
 立ち上がり、ゆっくりと深呼吸をしてコンソロールパネルをバー代わりにしてバレエの基本動作をいくつか繰り返した。精神を統一させるには彼女にとってはこれが一番なのだ。幼少の頃から叩き込まれたその動作は思考を拒否し、無意識の深い部分に一瞬にして自分を連れていってくれるのだ。
 だとすれば、彼が居るのは、地下深いあの場所しかない。
 彼に出会ったら、自分が出来るサイコウの笑顔でと003は004が戻るまでバレエの基本動作をただひたすら繰り返すのであった。





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