破滅へと繋がる迷宮2



「ここで、最後だ」
 地下6階にある破棄処分にする機材を入れておく倉庫が幾つも並んだ一角は、003の能力をしてもその日の天気、体調等々で見えたり見えなかったりするやっかいな場所であった。彼らの居住空間は003の能力を封じるためのシールドで囲まれていて特に彼女は好きなように居住空間を出ることは出来なかった。
 何よりも彼女の情報収集能力をBG団は恐れていたのだ。
 立っているだけで、組織の命令書も遠くから覗くことが出来てしまう能力は諸刃の剣も同様であるというわけなのだ。
 この島はマグマの隆起によって生まれた火山島である。
 火山のマグマ熱を利用して電力等を供給していたのであるが、それだけでなく破棄処分になったサイボーグ、機材は全てこのマグマによって形もなく溶解されていった。マグマはある特殊な電磁波を出す。それがどういう兼ね合いなのかは未だに不明な部分もあるのだが、003の透視能力を阻むのである。
 従って、彼女はこの場所の内部を明確に透視が出来なかった。
 だからして、倉庫の全てをいちいち見て回らなくては分からない。
 彼はコールドスリープ用のポットドに入っているはずだから、それの発する機械音を辿ればよいのだが、マグマの立てる微妙な音はモーターの音と連動して聞き分け辛くさせる。特に、頭痛を伴った状態では無理というものであった。
「ねぇ、もしここに居なかったら」
 と003は不安を口に出していた。
「001の情報がガセだったってぇのか」
 004の口ぶりでは些かも001の情報に誤りがあるとは思ってはいない雰囲気があった。003とて、それを信じたいのだが、決して001はニュースソースを明かそうとはしなかったのだ。それだけは出来ないと、それが情報源となった人物との約束なのだとそれしか語ってはくれなかった。
 自分達が知らぬ場所で001は彼の安全を確保してもらえる保証のある人物と出会っていたのだろうか。隔絶された中で、誰とどうやって、とずっと昔の半世紀に近くも過去の出来事を遡る。
 001の傍にいたのは、彼の面倒を見ていた女性の看護士とその行動を監視し、護衛する女性兵士だけであったはずだ。
 科学者たちは決して001を赤ん坊とも、自分達が作り上げた貴重な作品とも思ってはいなかった。001の改造を施したのは彼の父親でサイボーグ研究所の科学者達ではなかったからだ。001を受け入れたのも、超能力者がいれば戦略と幅が広がると、その程度の見識で未だ解明されていない超能力というものに頼る科学者は少なかったのである。
「あっ…」
「どうした?」
 彼の背丈の2倍もある巨大な機材の後ろに回りこんでいた004は、突然の003の声に何事かと声を掛けた。
「分かったわ。どうして、こんなことに気付かなかったのかしら?」
「今頃気付いたのか」
 004は003の言いたいことを理解していたのだ。全てを知っているわけではないが、001が彼を託するとしたのなら、あの女以外には考えられない。自分の身を呈して001を守った女。それは命令によるものではなく、愛情というものから発露したものであることを004は知っていた。
 自分の母親が自分に、兄弟達に注いでくれた眼差しと等しいものを001に注いでいた。赤毛の体格の良い女、男ですら手に余る銃器を軽々と担ぎ上げて男勝りの戦闘能力を有しており、サイボーグの力を使わずに素手で戦ったとしたら多分、自分も勝てないそんな烈女。でも、001を腕に抱く彼女の表情は柔らかで001も彼女に懐いていた。
 だが、彼らがコールドスリープから目覚め、第二次サイボーグ計画が始まり仲間が増え始めた頃、その女は自分達の前から姿を消した。
 001に聞いた話によれば、年を取った彼女は第一線で戦うことができなくなり、後進の教育に回されてBG団の新兵を教育するセクションに移動になったと言っていたが、彼女とどういう形かは分からないが連絡が取れ、彼の居場所を報せて来たのだろう。
 001が彼の居所が分かったと、そう告げた時に004はそう考えた。
「あたしったら、すっかり忘れていたわ。彼女ならあたしたちのいえ、001の傍にいて全てを見て知っていたし、コールドスリープ用のポッドの扱いも知っているはずよね。でも、今頃、どうして?」
「今だからさ」
 確かに、003には戦局を的確に見ることは出来るが、戦術や戦力を立てるのは008と004の仕事である。彼女は過不足なく如何に、個人的な心情を挿入することなくそれを仲間に伝えるかということを要求され続けてきた為、時折簡単な未来ですら思考し、予測するということができない場合がある。
 感情を切り離そうとするが故に、思考しようという気力が萎えてしまうのだ。
「BG団は壊滅した。彼女が現在所属する組織も縮小したか、別の組織に吸収されたか、解散したかだろう。今までは、BG団にとって最大のお尋ね者であるオレタチに連絡を取ると言うことは、彼女と001との関係を示唆し自分の身を危うくするだけでなく、001から託された例え、組織を結果的に裏切ることになったとしても守り続けていた預かりモノの行方すら露見しかねない。多分、これは俺の推測に過ぎんが。001は俺達があいつをコールドスリープのポッドごと持ち出したとやつらには思わせているに違いない。だが、あの時の俺たちには、はっきり言って自分の躯一つ持ち出すのがやっとの状態だった。だから、あいつを連れては行けなかった。つまり、連れていったと思わせて、ここにあいつを隠していたんだ。その後、あいつの行方に関しては彼女にしか分からなかったが、001はここにあいつが隠されていることに薄々気付いていたから、スカールとの対決の時この島そのものの爆破を言い出さなかったんだ。爆破したのは兵器や戦闘に深く関わる一角だけだったからな。住居地区やこの地下に関しては何もというか触れようともしなかった。001の性格からすれば、全て爆破しろといいかねないのに。俺は俺たちの躯のメンテナンスに必要な機材や部品を持ち出すためだろうと思ってたんだが。こんな裏があったとはな。いつもながらに凄い奴だよ。俺やお前に一言も漏らさなかったんだからな」
 003は、そうだったのと溜息を吐き出した。
 どういう事情が001にあろうと、何を考えていようと正直興味もない。ただ、彼の身柄が無事であってくれさえすればそれでいいのだ。それ以上は考えたくしない。深く考えればその全てで見え、聞こえる能力は明日への希望には繋がらない。知ることが出来る故につい後ろ向きに考えてしまいそうになる。全てが見えてしまう能力は、曖昧さの向こうにある明日への希望を消し去ってしまうのだ。
 だから、自分の思考にセーブを無意識にかけてしまう。
「この扉が最後というわけね」
 扉を開閉する為のコンソロールに手を走らせるが、電力が来てないらしくぴくりともしなかった。厚い扉の向こうに彼が待っているのか、知りたかった。頭痛も鎮痛剤のお陰で治まっているし、これだけ近い距離なら火山の活動によってその能力が妨げられることはないだろう。
 目を閉じる。
 頭を項垂れさせて、掌で耳を包むようにした。
 電力が供給されていないにも関わらずモーターの音がした。
 何度も聞いた音だ。
 目覚めない彼を見守る時にいつも聞こえていたあの独特のモーター音がしてくる。間違いはない、彼はこの向こうにいるのだ。後に立つ男に視線で開けてちょうだいと彼が居るから気をつけてとそう告げると、頷き、その厚い扉に向かってマシンガンが向けられた。
 慣れたそのマシンガンの音と火薬の匂いが辺りに充満し、やがて静かになった。
 万が一を考えて、003はパラライザーを構える。
 彼を守る為にトラップが仕掛けられてないと言う保障は全くないからだった。
 004が右手のマシンガンを構えたまま身を屈めてようやく入ることのできる空間にその体躯を押し込んだ。するりと抜けて、最後にマフラーがまるで、003の入室を促すようにはためいた。
 そして003も004に続いてそこを潜ると、其処には広い空間があった。
 一見何もないように見える。
 最奥に僅かに灯ったランプが彼の存在を指し示していた。
 低いモーター音と僅かなランプの明かり、防弾シートが掛けられた物体がそこにあった。人に銃口を向ける時ですら揺るがない男の手が震えていた。それを抑えるようにもう一方の手を震える右手に沿え、一気にその黒い防弾シートを剥がすと、僅かな非常灯程度の光がぼんやりと浮かび上がり、其処に独りの年若い男の顔がある。
 穏やかに僅かに笑みを浮かべて眠り続ける少年の域をようやく脱したばかりの青年と呼ぶには、未だに幼さを残すそんな顔立ちであった。
 二人の視線がその顔に注がれる。
「ジェット」
 003の口唇がそう綴り、眉間に寄せられていた皺が綻んだ。青年を照らし出すその淡い光は微笑む003と苦しそうに眉を寄せた004の顔を暗い室内に浮かび上がらせた。
 二人の胸にはそれぞれの彼への思いが渦巻き、動けなかった。
『001、見つけたわ。002を見つけたのよ』
『ソレハ、ヨカッタ。アンシンスルノハマダハヤイケドネ。カレノジョウタイハ?』
 003は002の置かれている状況を見つめる。感情を移入させないようにとただカメラがそれを映し出すような感覚で脳裏にそれを再現する。それを001はテレパシーで読み取っていた。
 人間の記憶とは曖昧なもので、間違いなくそれを記憶していると思っていても個々によって今までに蓄積した記憶や先入観で同じものを見たとしてもそれぞれで残る記憶には差異が生じる。
 しかし、003はその誤差がないように訓練を受けていた。
 自分を見たものを、先入観や感情に左右されないように伝えるのには、訓練が必要なのである。画一化された物差しが必要なのだ。警察官やスパイなどがそれと似た訓練を受ける。個々に送られてくる情報が乱雑にならぬように整理する為なのである。どんなに優れた情報であっとたしても伝達方法が間違っていればそれをただの噂話にしか過ぎなくなる。
 003が見たものを脳裏の思い浮かべ、それを001がテレパシーで読み取る。
 実戦で幾度も使われた手段であり、003も001もその方法に長けていた。
『ヤッパリ』
『どうなんだ』
『コールドスリープカラハメザメテイル。ボクラガカレトワカレタトキトオナジバョウタイノママッテコトサ。ネムリツヅケテイル』
 その言葉に二人は何も言えない。
 彼等がコールドスリープから目覚めた時、サイボーグで実験体ということを覗いて彼らの環境は変わっていた。以前に比べて待遇がよくなり、すぐに仲間が数人増えた。自由がないのは相変わらずであったが、個々の空間に関してはその監視の目はかなり緩くなり、狭い空間ではあったが独りきりなれる場所が持てるようにはなったのだ。
 けれども、002だけはコールドスリープから目が覚めているはずなのに、脳波は異常はないのに眠ったままであった。生命維持装置に繋がれたままずっと眠っていた。科学者たちは幾度も彼を目覚めさせようと躍起になっていたが全く目覚める気配はなかった。
 新しいサイボーグ開発に科学者達の興味は集まり、やがて眠り続ける002は其処に置かれたオブジェ程度にしか値打ちのないものになり始めていた。
 それでいながら廃棄処分を免れていたのは、彼だけが唯一人飛行することが出来るサイボーグであったというに過ぎない。
 機械に繋がれたまま眠り続ける002の元を訪れるのは、ギルモア博士と苦楽を共にした001、003、004だけになってしまっていたのだ。
 時間があれはこうして眠る彼を起きてくれとココロで呼びかけた日々がプレバックして、あの彼のいない辛さが今更ながら蘇ってきた。
『ノウハニモ、シンパクニモイジョウハミラレナイヨウダネ』
『目覚めない理由は?』
『ゲンダイノカガクスイジュンデモ、ソノコタエハダセナイトオモウヨ。ボクニモナットクノイクコタエハダセナイ』
『目覚めない可能性は?』
『ノーコメント。ドウトハイマハボクニハ………』
『デモイエルノハ002ハシンデハイナイ、イキテイルッテコトダケダヨ』
 003はそれを聞いて安堵する。
 生きていれば、いつか必ず目覚める日が来る。それは明日への生を信じて生きて来た自分の希望であり、疑うべきもない未来図であった。決して、そのことに関してだけは003は悲観的になったことはない。002なら、自分の魂を救い導いてくれた彼が、このまま負け犬のままでその生命を終らせることなど有り得ないとそう彼を信じていた。





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