破滅へと繋がる迷宮3



 ガチャ。


 銃火器が出す独特の音が耳朶を打つ、この場で銃を持つのは自分とそして004だけだ。
 しかも、あの撃鉄が上がるのにも似た音は004の手のマシンガンを構えた音だ。はっと004を見上げると泣き笑いに歪んだ男の顔があり、銃口は002に向けられていた。
「004ッ!!」
 間違いなく002の顔面に向けられた銃口、発射すればその命はない。目覚めるどころか永遠の眠りについてしまうことになる。
 咄嗟に二人の間に割って入った003は自らの躯を盾に彼を守ろうとした。
 自分の心を救ってくれた大切な家族以上の存在なのだ。
 目覚めなくとも自分にとっては心の支えで、彼のくれた優しさや笑顔が自分を支えている。何も知らない世間知らずで頭でっかちだった自分を守ってくれた002を今度は自分が守らなくてはと、いや、自分の出来る形で彼を守りたい。
 本能に近い部分で発露した愛情だ。
 男女の間の愛情ではない。
 もしかしたら母親が子に向ける愛情に近いものかもしれない。
 何かを返してほしいわけではない。
 ただ、目を覚まして自分の名前をあぶなっかしい英語訛りのエセフランス語で呼んで欲しいだけだ。でも、死んでしまったら、そんな希望は消え失せてしまう。互いに、002が目覚める日を、それを支えに生き延びてきたのではないかと、何も感情を表そうとはしない男の瞳を見詰めた。
「何をするつもりなの」
「どいてくれ、003」
 男の声は意外と冷静であった。
 銃口は震えることなく003の躯の向こうにある002に向けられている。
「俺は、端っからこいつを殺すつもりだった」
 どうしてと口にはしない。ただ瞳を見詰めて、胸を張って顔を上げて彼の前に立ちはだかった。その躯から湧き出る殺気はなく、空っぽのでくのぼうが目の前に立っているそんな印象が拭えなかった。
 だからなのか、003には恐怖、殺されるかもしれない恐れはない。
『コロシタラ002ハニドトキミノウデノナカニモドラナイヨ。キミハニドモコイビトヲウシナイタイノカイ』
 001の言葉が深く004のココロに刺さる。
 ずっと抱えていた不安と疑問。
 002が目を覚まさないのは自分がコールドスリープに入る前に002に告げた言葉が彼の目覚めを邪魔しているのだと、そう思い込んでしまっていたのだ。最初は違っていた。でも、戦いの日々の中で、002が隣に居ないことがその精神を最も病んでいたのは意外にも002を知るナンバーの中で屈強と思えた004であったのだ。
「知ってたのか」
『ナントナクダヨ。キミノシセンハイツモ002ニムイテイタ。スキダトソウイツモカタリタケテイタ』
「心が読めるからな」
 004は自嘲するが、銃口を下ろそうとはしなかった。
 003も決してその場を動こうとはしない。
『ソコマデ、ハジシラズジャナイヨ。ヒジョウジタイデモナイノニヒトノココロヲヨンダリハシナイ。ヨマナクトモキミノココロノコエガツタワッテキテタダケサ』
「003どいてくれ」
 首を横に振るだけで003も動きはしない。この男に002を殺させるわけにはいかない。002の為にも、そして、この男の為にもそれだけは決してさせてはいけないのだ。屈強な戦士であるが故の繊細な心。この男が見た目など宛てにならないくらい優しく、そして傷付きやすいかは知っている。
 どんなに002を愛していて、死なせてしまった恋人への想いと002への想いの狭間でどれだけ苦しんで答えを出そうと足掻いていたことくらい、一緒に生活していたから知っている。確かに、自分は世間知らずな小娘だったけれども、恋愛に関してならばよく分かる。
 彼に対する優しさが決して、友情や同情だけではなく其処には熱い心があったことを003は察していた。
 興味はバレエと、恋と、ファッション。
 普通の女の子だったから、恋も沢山したし失恋もして心を痛めて泣いたこともある。
「002は、嘘はつかないし、時間は掛かったって答えを出すは、向けられた想いから逃げたりするような、そんな人じゃないわ」
 そうだ。
 好きなら好きと、飾らずにそうちゃんと伝えられる。自分の気持ちに至極正直な人なのだ。ただ、優しすぎてその気持ちを伝えるのが、人懐っこい表面的な部分とは異なって不器用なことぐらい自分は知っている。
「だがな、003その形には色々ある」
「逃げてるだけじゃない?BG団から逃げるのが癖になってしまったからって、自分の気持ちからは逃げられないわ」
「だから、殺すんだ。俺はそんなに強い男じゃない。こいつを巻き込めるような、それでいてそれすらも抱きこめるような器量のある男じゃねぇんだ」
 004が002に向ける愛情が友情以上にものがあることには気付いていたけれども、過去に男娼として躯を売って日々を生きていた002は同性間の恋愛、特に自分がそういう対象として見られることに激しい嫌悪を示していた。だから、気付いていて気付かない振りをするしか003には出来なかった。
 少年の域を脱したばかりの瑞々しさをいつまでも持ち続ける002にそういう視線を向けるものは決して、少なくはなかった。その度に、激しい嫌悪を露にしていた。だから、004は黙ってその気持ちを押し殺していたのだと思っていた。
 もう二度と目覚めることがないかもとの、その追い込まれた状況が案外と奥手なこの男の情熱に火を点けてしまったらしい。コールドスリープする直前に002にその気持ちを伝えたのだろう。
「愛しているんでしょう?」
「ああ、あいつが嫌っていた連中みてえに、俺はあいつを抱きたいと思った。女を抱くみてぇにな。でも、あいつが嫌がるから、その気持ちを抑えていた。でもな、もう二度ととそう思った瞬間。間が差して言ってたよ。『アイシテル』ってな。あいつは目が覚めたら答えてやるってそう言ってた。だから、あいつは俺と顔を合わせたくねぇんだ。それに目が覚めたアイツに俺は何をするか自信がねぇ。どんなに世の中がゲイに対しての理解が深まったって言っても、偏見は深く根ざしている。ようやく手に入れられる自由なのに、サイボーグである以上の枷をこいつに追わせることになる。こいつが嫌だと言っても……」
 泣かない男の瞳に涙が浮かんでいた。
 003はゆっくりと歩み寄る。向けられた銃口をそのままにそっと自分よりも背の高い男の頭に手を伸ばして自分の胸にその頭を抱きこんだ。
「バカね」
 本当に馬鹿だ。
 002が004を嫌うはずはないのに、例えそんな劣情を抱いていたとしても確かに002にも葛藤はあったのだろうけれども、目が覚めたらなんてあの子らしい返事ではないのか。もうイエスだと言っているにも等しいことをどうして馬鹿な男は気付かないのだろう。
 002が自分に向けられるその視線に対して、過剰なまでの反応を示したのも自分の過去に対して004が嫌悪を抱くことを恐れていたからなのだ。彼が004をそう言う意味で愛しているのだと悟られたくなくて、ただ嫌われたくないとの一心で必死だったのだということを、003はこの瞬間に覚ったのだ。
 そのふざけた口調で返しただろう答えは002の精一杯。
 馬鹿すぎて、笑うことも出来ない。
 馬鹿すぎて愛しく思えてしまう。
 不器用すぎるのだ二人とも。そして、二人とも自分がいなければいつまでもこんなことを続けるのだろう。
 本当に世話がかかると思うけれども、それが自分を必要とされているようでとても嬉しい。サイボーグとしてではなく、女としてだけではなくただ独りの人として自分を必要としている彼らが愛しくてならない。
「殺してしまったら、こうして抱き合うことも出来ないのよ。それに、本当に002が貴方を嫌っているのなら、貴方よりも先に目を覚まして貴方なんかとっくにスクラップにしてるわよ。知ってるでしょう?あの子に手を出そうとした馬鹿な連中の哀れな末路を」
 知っている激しい嫌悪は彼を破壊という衝動に追いやり、002を性的に玩具にしようとした連中、あるにはしてしまった連中のほとんどは生きてはいないし、生きていたとしても二度とセックスが楽しめない躯にされていた。
 理性を失わせるほどの嫌悪があるのだから、仲間だと信じていた004が同じ視線で見ていたと知ったら、その場で撃ち殺していたのだろうけれど、それをしなかった。それが既に答えなのだ。
 もし、目が覚めて別の誰かを好きになっていたら、それを危惧したのだ。
 彼だけ目が覚めて、自分は眠ったままで他の誰かを好きになったら自分と約束をしてしまっていたら彼は苦しむと002はそう考えたに違いない。
「俺は」
「そう、待っていていいのよ」
 003は不規則に震える頭をもっと深く抱き寄せた。
 硝煙の匂いが抱きかかえた頭の髪からからしてくる。染み付いてしまったその匂いは何処か哀しくて、この男が背負わなくてはならない枷の異質さを003に体感させたのであった。
 自分と同じように改造された男との死闘の後ですら、泣くことはなかった男が、どんなに辛い局面であっとしても涙一つも、弱音の一つも零さない男が、自分の前で子供みたいに涙を流して、泣き言を言っている。
「ほんとに、あんたって馬鹿」
「ああ」
「馬鹿すぎて、言葉も出てこないわ」
 そういいつつも、003の言葉尻にも涙が浮かぶ。
 暫し、そうやって不器用な年上の男を抱き締めていたが、最初に動いたのは004であった。そっと003を押し退けると背を向ける。泣いていないと強がってみせる男は無言のまま姿を消した。
 そして、戻ってきたその手には重量のある機材を運ぶ荷台があった。
『001、ポッドごと運べばいいんだろう?』
『アア、ソウダネ。ドルフィンゴウヲキシニツケルヨ。003シマノシュウイノケイカイシステムハ?』
「停止させてあるわよ」
『サア、ボクタチナカマヲツレテカエロウ』
 001のその言葉に止まっていた二人の時間は再び、長い年月を経て動き始めた。目覚めぬ愛する人を見守り続けた時間が、ゆっくりと氷山が溶けるかの如くであったけれども、僅かに確実にその針は時刻を刻み始めていた。





BACK||TOP||NEXT



The fanfictions are written by Urara since'03/03/01